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「ラスト・ソルジャー」
大兵小将/Little Big Soldier
2010年・中国/香港
○監督:ディン=シェン○撮影:チャオ=シャオティン○音楽:シャオ=クー○原案/アクション監督:ジャッキー=チェン
ジャッキー=チェン(梁の兵士)ワン=リーホン(衛の将軍)ユ=スンジュン(ウェン)リン=ポン(身寄りのない女)ドゥ=ユーミン(ウー)ユー=ロングァン(衛の副将軍)ほか




  「成龍」ことジャッキー=チェン、調べてみたら1954年生まれなので今年(2011)で57歳になる。四捨五入しちゃえばもう60歳になろうとしているのだ。さすがに今までのように自らノースタントのアクションをやるわけにはいかないよなぁ。
 僕がジャッキー=チェンの映画にいちばんハマったのは1990年代だ。テレビで「プロジェクトA」を見たことがきっかけで、彼が繰り出すアイデア満載の体を張ったアクロバットアクションに魅了された。彼の体が一番動いたのは80年代だろうとは思うが、アイデアの豊富さ、映画としての完成度の高さなどでは90年代のものの方が見応えがあったと僕は見ている。とくに「プロジェクトイーグル」「ツインドラゴン」「ファイナルプロジェクト(実は「ポリスストーリー4」)など、非カンフー映画の現代アクションがお気に入りで、いずれも健康的で明るく楽しいストーリー、芸の細かいギャグ、ピストル一発もろくに撃たずひたすら体を張って戦い、敵も味方もめったに人が死なない(命が危険になると敵味方共同戦線を組むという場面もよくあった)、という共通点があった。ジャッキー=チェン自身の性格やポリシーがそのまま映画に反映されているのだと思う。総じて安心して見ていられる映画だった。

 そんなジャッキーも2000年代から念願のハリウッド進出、世界的存在になったのはファンとしても嬉しかったが「ラッシュアワー」にしても「シャンハイ・ヌーン」にしても彼が主演とは言えハリウッドスターとの「二枚看板」扱いだったし、彼のアクションも香港映画に比べれば精細を欠いた(これはハリウッドでは危険な撮影を絶対やらせないことも一因)。それにジャッキー自身も50代に近づいてきて、外見は「永遠の青年」みたいな童顔の若づくりでもさすがにアクションスターの看板を掲げるのは限界も来ていた。そのころからジャッキーもアクションから離れたシリアスな役や年齢を重ねた渋い演技派俳優への転換をはかろうとしている、との話も聞こえて来た。いつだったか「やりたい役は?」と聞かれて「チンギス・ハン」と答えている記事を読んで、「やめとけ、やめとけ」とツッコんでしまったものだ(笑)。

 そんなジャッキーが「ベスト・キッド」のリメイクで旧作のミヤギさんに当たる役を演じたと聞いてちょっと驚いていた。さらにその初老の男ぶりがなかなか好評であるらしいとの噂を聞いてよけいに驚いた。失礼ながらそういう脱皮がうまくいくとはファンながら(ファンだから?)思っていたからだ。
 この「ラスト・ソルジャー」もそんなジャッキーの脱皮志向作品のひとつで、古代中国を舞台にした時代劇、しかもジャッキーは武芸などまったくできない臆病者、いかにも貧乏くさい初老の農民兵士を演じている。それでも映画のアクションコーディネーターにはクレジットされているし、演じている初老兵士もいつものジャッキーらしく人懐っこく、それこそ虫も殺せぬほどに優しいキャラクターだ。
 この映画のストーリー原案はジャッキー本人によるもので、彼が20年来温めていた企画だという。公開は昨年(2010)のことだったが、僕は公開からほぼ一年後にレンタルDVDで鑑賞することになった。棚の隣に並んでいた「ベスト・キッド」(もちろんリメイクのほう)とどちらにしようか迷った末にだ。

 時は中国戦国時代の末期、秦の始皇帝による全国統一が迫っている時代。小国・梁に隣国の衛の軍勢が攻め込み、大激戦の末に双方ほぼ全滅、というところから映画が始まる。梁軍に参加していた初老兵士(ジャッキー=チェン)は敵を殺すことも一切せず、自身は自分の体に矢が刺さっているように見える仕掛けをつけて死んだふりをして生き残っていた。彼が死屍累々の戦場をさまよっていると、重傷を負いながらもまだ生きている衛の将軍(ワン=リーホン)を見つけ、彼を捕虜にする。兵士は将軍を縛り上げて馬車に積み込むと、一路梁へ。敵の将軍という大物を捕まえて帰れば、五畝の畑がもらえると皮算用しながら…。
 腕はからきしで世間知らずだが、生き残るためのせこい知恵ははたらき、畑を得たいという素朴な欲だけの初老兵士と、智略も武芸の腕もあるが重傷のために思うに任せない若き将軍という好対照の二人が妙なコンビになって、難民や追手や熊や山岳民族などなど、次々と襲い来るピンチを二人でいがみあったり協力したりしながら切り抜けていくロードムービー、という物語の構造自体は他の映画にもあったような、と思えるシチュエーションだ。
 途中で二人の関係を聞かれたジャッキーが「こいつはおれの息子だ」と言うあたり、ジャッキーも年をとったのだなぁ、と改めて思ってしまった。さらには劇中でジャッキー自身がいつものアクロバットアクションを見せる場面は一切ない。いや、一カ所だけささやかに見せる場面があるのだが、それは「夢オチ」になるという徹底ぶり。もちろんアクションが見せられないというわけではなく、あえてそういうキャラを演じてみたかったのだろう。

 前半はギャグも多めで、いつものジャッキー映画という感じ。衛の将軍の傷の部分を何かというとジャッキーが突っつくとか、弓矢を撃ったらなぜか二人に同時に当たってしまう(説明が難しいので未見の方は見ていただかないと)といったシーンはニヤニヤしてしまう。
 しかし話が進むにつれシリアス度が増してゆく。衛の太子と、それを追う弟の兄弟相争う悲劇、途中でめぐりあう戦争で全てを失った娘の話(ただしこれは中途半端に話にからむため意味不明という気もする)、そしてジャッキーが兄達を全て戦死させていて、戦争を行う国家を強く嫌悪しているといった素朴な反戦テーマが前面に押し出されてくる。ジャッキーが父親から渡された地図に書かれているある重大な「二文字」が伏線となりそれが象徴的に提示されるシーンもあるし、ジャッキー自身もこの映画のメインテーマが「反戦」であることを宣伝で強く訴えていた。この手のテーマは下手にやると説教臭くなってしまうのだが、この映画ではジャッキー演じる農民の素朴な感覚でそれが語られるので、そうイヤミにはなっていない。

 ネタばれは避けるが、この映画のラストはいささか意外。少なくともジャッキー=チェンの映画にこれまでつきあってきたファンからすると驚きがあった(このところ見てなかったせいかもしれないけど)。賛否が分かれそうだが、ここまでの話の流れでテーマを訴えるためには必然の終わり方であったかもしれない(それでも若干の唐突感がぬぐえないけど)。これはこれで余韻のある終わり方だし、ジャッキー的な「優しさ」は確かに健在だ。
 今さらだがこの映画を見て「成龍、老いたり」と思ってしまった。いや、決して悪い意味ではない。これまでのイメージをくつがえしてうまく老いていこうとしているのだと感じたのだ。この映画で見る限りでも彼の「老俳優」への脱皮は成功しつつあるのかもしれない。

 DVDで鑑賞したのだが、エンディングではお約束のNG集が。ジャッキー本人のアクションは少なめの本作なので、本人のNGはセリフの言い間違いや言い忘れが多く、恐らく字幕ではその空気がつかめない。幸いDVDではジャッキー吹き替えといえばこの人、石丸博也がちゃんとNG部分でも吹き替えをあててくれていて、ジャッキー本人そのままに愉快なNGカットを再現してくれている。
 最後にこの映画の原題は「大兵小将」で、直訳すると「大きな兵士と小さな将軍」。一兵卒が将軍を捕虜にするという変わったシチュエーションと、映画中しばしばジャッキー演じる兵士が将軍のように大物ぶる一方で「小さなやつめ(小者)」と言われることを指していると思われる。英語タイトルも「LittleBigSoldier」だ。しかし日本での公開タイトルは「ラスト・ソルジャー(最後の兵士)」。過去のジャッキー映画でも原題にない「ファイナル」がつけられたりしたことがあるから(これが最後、と観客に思わせる)それを意識したのかもしれないが、映画が終わってみると意外にこの日本の勝手タイトルが内容にあっていたりするのだ。(2011/10/8)




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