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「ライトスタッフ」
The Right Stuff

1983年・アメリカ
○監督・脚本:フィリップ=カウフマン○撮影:キャレブ・デシャネル○音楽:ビル=コンティ○製作:アーウィン=ウィンクラー/ロバート=チャートフ
サム=シェパード(チャック=イエーガー)、スコット=グレン(アラン=シェパード)、エド=ハリス(ジョン=グレン)、フレッド=ウォード(ガス・グリソム)、デニス=クエイド(ゴードン・クーパー)ほか




 

 この映画、どこに分類するかちょっと迷った。アメリカ宇宙開発史がテーマなので結局「歴史物」のコーナーに入れたのだが、時代が近いこと、宇宙ものということでやや違和感もある。といって「SF」というわけでもないからなぁ…「アポロ13」もそうだが実録系宇宙開発ものは独立したジャンルでも作った方がいいのかも。
 今頃になってこの映画を再見したのは、登場人物の一人(主役級)であるジョン=グレンが2016年12月に亡くなったことがきっかけだった。ずいぶん前にDVDを購入していて、DVD発売初期にのみ見られた「映画の途中で一回取り出してひっくり返さなきゃいけない両面記録タイプ」のものが手元にある。一回通して見たはずなのにすっかり忘れていたが、これ3時間20分もあるんだよね。ちょっとチェックする程度のつもりで鑑賞を始めたら、引き込まれて結局最後まで見てしまった。かなり忘れていたところもあり、なかなか新鮮に見られたものだ。中身をかなり忘れていたけど、聞いただけで宇宙に飛んでいきたくなるようなビル=コンティ作曲のテーマ音楽はしっかり脳内に焼き付いていたけど。

 物語は宇宙開発ばなしからではなく、1940年代後半の最新鋭ジェット機のテストパイロットたちの活躍から始まる。人類催促の世界に挑むベテランパオロットたちが集められ腕を競い合うが、時には墜落事故も起きて「戦死」してゆく者も出る。夫の無事の期間を祈る妻たちの苦しみ。やがてエースパイロットのチャック=イエーガー(演:サム=シェパード)が、ついに人類で初めて音速の壁を破る。
 この飛行の直前にイエーガーが落馬で肋骨を折っていたがそれを隠して乗り込んだ逸話は史実だとのことだが、この手の映画の常でところどころにフィクションが混じっているとのこと。それでもドキュメンタリーが原作ということもあってそこそこ史実にのっとった映画になってるし、実は主役の一人であるイエーガー自身がアドバイザーとして製作に参加しており、酒場のシーンでカメオ出演までしている(こうした例は「アポロ13」でもあったな)

 そして1950年代後半。いわゆる「スプートニク・ショック」がアメリカを襲う。冷戦で激しい対立関係にあったソ連で宇宙開発が進められ、人類初の人工衛星「スプートニク」の打ち上げに成功、それに続いて有人宇宙飛行にも乗り出し、アメリカは大いに慌てる。技術力の差を見せつけるという政治的効果もさることながら、宇宙という高高度から核攻撃をくらう可能性を恐れたとも言われるんだけど、この映画は音速越えの部分も含めて軍事的側面はほとんど触れない。映画としては生臭い現実的な話より「夢を追う男達」的な方がカッコいいわけだし。
 ともかく「スプートニク・ショック」に襲われたアメリカ政府はただちに宇宙開発に全力を注ぎ始め、人工衛星では負けたが有人宇宙飛行はソ連を出し抜いてやると決意、宇宙飛行士の選抜にも乗り出す。ここで音速越えテストパイロットたちからも宇宙飛行士への「転職」をする者が出ることになるのだが、最初に音速の壁を破ったイエーガーは宇宙飛行士への道は目指さず、これがラストの展開につながってゆくことになる。
 
 それまでのテストパイロットの話にはどこか悲壮感も漂っていたのだが、宇宙飛行士たち「ライトスタッフ」(正しい資質)が選抜され、訓練を受けていく過程はかなり喜劇的な描写になる。様々な訓練における宇宙飛行士たちの子供っぽい張り合い、人間どころかチンパンジーがライバルになってしまい、結局チンパンジーが先に宇宙に出てしまう(これはもちろん史実で、後年まったくのフィクションの映画「スペースカウボーイ」でも重要要素にされていた)、相次ぐロケット打ち上げ失敗の記録映像の連打はほとんどコント。最初に弾道飛行に成功するアラン=シェパード(演:スコット=グレン)が打ち上げまで長時間待たされるうちに小便が我慢できなくなって宇宙服に放尿、たちまちセンサーが異常感知してしまうくだりなどなど、クスッとくるシーンはかなり多い。まるで宇宙船の部品の一部のように扱われることに宇宙飛行士たちが反発、世論の支持を人質に技術者たちに宇宙船に窓をつけろと要求する場面や、宇宙飛行士たちの家族を政治利用しようとするジョンソン副大統領をグレンが断固はねつけろと妻に電話するシーンもなかなか痛快だ。

 ソ連の宇宙飛行士の連中がどうだったかは知らないが、この映画では無機質感のあるソ連に対して、「人間味」あふれる描写を多く入れることで「アメリカらしさ」を描こうとしているのだろう。ついでに言えば「ライトスタッフ」たちのお披露目会見で記者から「皆さんは教会に行くか?」と質問が飛ぶシーンも、当時のアメリカ人一般がソ連の「無宗教」に強い嫌悪感を抱いていたことをさりげなくうかがわせる。実際、ソ連のガガーリンが世界で最初、つまりアメリカを出し抜いて宇宙に飛んだ時、「神はいなかった」と発言したことがアメリカでは大きなショックであったらしいのだ。それでいて自らも宇宙開発には邁進していくわけなんだけど。

 アメリカ宇宙飛行士で最初に宇宙を飛んだアラン・シェパードが国民的英雄として大々的にもてはやされる一方で、2番手として宇宙に打ち上げられ無事帰還するものの「事故」あるいは「操作ミス」によって宇宙船を海に沈めてしまい、ひどく冷遇を受けるガス=グリソム(演;フレッド=ウォード)のエピソードも強く印象に残る。大統領夫妻との面会どころか田舎の海岸保養地(?)の安ホテルに宿泊という「ごほうび」に憤慨する妻と大ゲンカになり(それでいてマスコミが来た途端にさっと「よき妻」を演じるたりもアメリカ的)、「俺は必ず月に行くぞ」とぶつやくグリソム。この映画だけ見てると分からないが、このあとグリソムは「アポロ1号」の乗組員となり、訓練中の火災事故で悲惨な死を遂げてしまうことになる(そうそう、これも「アポロ13」の冒頭で描かれてた)。それを知った上でこのシーンを見ると、余計に彼の悲劇が際立って印象に残ってしまう。

 三人目で打ち上げられたのがジョン=グレン。今回の鑑賞のきっかけになった人物であり、のちに高齢ながらスペースシャトルに乗ってもう一度宇宙に出たことで知られる人物だ。演じたエド=ハリスは「アポロ13」に管制の指揮官として出演していて、両作が「続編」のような錯覚を起こさせてくれる。
 グレンはアメリカ宇宙飛行士として初めて地球周回に成功するのだが、宇宙に出た直後に「ホタル」のような光の粒子が宇宙船の外に舞うのを目撃して驚くシーンがある。この映画中ではいっさい説明がないので僕もこのシーンに戸惑ったのだが、あとで調べてみたらこのシーンは実際に起こったことを正確に再現していて、のちにこの現象は宇宙船から漏れた空気が船外で凍り付き、それに太陽の光が反射したものと判明しているそうである。

 グレンの地球周回成功で宇宙開発史の方は話が終わってしまうが(それにしてもグレンの帰還パレードシーンの大規模再現ぶりの凄いこと!)、映画は最後に、最初に音速を越えながら宇宙飛行士には進まなかったチャック=イェーガーに再びスポットを当てる。宇宙飛行士たちが栄光に包まれるなか、すでに忘れ去られたようなイェーガーが勝手に最新鋭戦闘機に乗り込み、丞相高度の世界記録更新に挑むのだ。記録は達成するものの操縦不能に陥り、戦闘機をオシャカにして本人は無事助かるというタフっぷりを見せて映画は終わるんだけど、さすがに無断で戦闘機に乗っちゃったというのは脚色らしい(目的を告げずに飛んじゃったのはホントらしいけど)。この人で映画が終わることで、人類が音速を越えてから宇宙にバンバン出て行くまでの年月がいかに短いものだったかを実感できる。そしてそのあとのアポロ計画については映画なら「アポロ13」、ドラマなら「人類、月に立つ」あたりを見て補習のこと。

 最後に他の映画との関連ばなしを。
 アメリカの宇宙ロケットが次々と打ち上げに失敗する場面(記録映像が巧みに使われてる)、その連発ぶりがコントのようでかなり笑えるのだが、見たことある人は思い出すはず。アニメ映画「王立宇宙軍 オネアミスの翼」を。ガイナックス結成のきっかけとなった一本であり、その後有名になる多くのクリエイターが参加した傑作だが、この中で主人公たちが「映像講習」としてロケット打ち上げ失敗映像を「笑える映画」として鑑賞してるシーンがあり、これは恐らく「ライトスタッフ」の影響で挿入されたものだと思う。そもそも「王立宇宙軍」自体、異世界を舞台にしているとはいえ「人類初の宇宙飛行」に挑む話であるため、宇宙飛行士の訓練シーンでも「ライトスタッフ」に似たコメディ調の演出が見られる。
 以前「BSアニメ夜話」で同作が取り上げられたとき、プロデューサーであった岡田斗司夫氏が「ライトスタッフ:についてチラリと言及していた。「王立宇宙軍」製作の資金集めのため奔走しているころに「ライトスタッフ」が公開され、岡田氏らはむしろ企画の類似に「しまった」と思ったそうなのだ。これでは便乗企画、二番煎じと思われると危惧したのだろうが、むしろ「ライトスタッフみたいなのを作ります」とアニメに詳しくないオエライさんたちに説明しやすくなるという効果があったんだとか。全然違う映画といえばそうなんだけど、やはり作るにあたって影響はそこかしこに受けたんじゃないかな、と。(2017/2/10)



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