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「ウォーロード/男たちの誓い」
投名状
2007年・香港/中国
○監督:ピーター=チャン○脚本:須蘭/秦天南/オーブリー・ラム○撮影:アーサー=ウォン○プロダクションデザイン:奚仲文○音楽:金培達/陳光栄
ジェット=リー(龐青雲)、アンディ=ラウ(趙二虎)、金城武(姜午陽)、徐静蕾(蓮生)ほか


 

  公開時に興味を持ったが見に行く暇がなく、ずるずる遅れて2012年になってレンタルで観ることになった。興味を持った理由はジェット=リーアンディ=ラウ金城武の三大スター競演の歴史アクション大作であることも当然だが、題材が「太平天国の乱」であることも大きかった。「歴史映像名画座」管理人としては見ておかないといけない作品だったのである。
 「太平天国の乱」は歴史の授業でもおなじみの中国近代史の大事件で、中国史上何度か繰り返された大規模農民反乱の一種でもある。共産党政権になってからの中国では他の農民反乱同様に「革命運動のさきがけ」として高い評価が与えられたが、近年では宗教団体をベースにした反体制運動ということでそう単純に絶賛するのは控えられているらしい。この映画は基本的に香港資本の映画なのでそういった歴史評価にはあまり深入りしないのだが、主人公たちが太平天国を鎮圧する側であると聞くと、その辺の事情が少し反映しているのかな、とも考えてしまった。

 それはともかく、この映画の題材自体は中国人にはおなじみのものらしい。僕はこの映画を見た後で調べて初めて知ったのだが、太平天国の乱平定に活躍し両江総督の地位にまでのぼった馬新貽という官僚が、軍事訓練の視察中に張汶祥という人物に暗殺されるという事件が1870年に起こっている。犯人は処刑されたが暗殺の理由についてはまったく謎のままで、この事件は「刺馬案」と呼ばれ、「清末四大奇案」のひとつに数えられるほど有名であるという(「案」は「事件」のこと)。これを素材とした映画・ドラマも何度も作られているというから、日本で言うと忠臣蔵はやや大げさとしても、幡随院長兵衛とか河内山宗俊とかいったところなのかも。
 この「ウォーロード」はそうした「刺馬案もの」の最新作であるわけだが、主人公たちの名前も含めて設定は大幅に変えている。調べてみたら1973年にずばり「刺馬」(英題:ブラッド・ブラザース)という映画が香港で製作されていて、主人公たちが義兄弟となるが女性をめぐって愛憎が生じ、最後に暗殺事件に至るという展開は「ウォーロード」も踏襲している。「実質リメイク」と言われるのも無理のないところだが(実際当初は英題も同じ「ブラッド・ブラザース」にする予定だったとか)、「ウォーロード」の方は三人の男たちの愛憎を主軸にしつつ、歴史・戦争スペクタクル劇の要素が大きく、まったく別物と言えばその通り。

 この映画の英題は「TheWarlords」で、日本語で言えば「名将」「軍神」といったところ。このタイトルを最初に聞いた時はニコラス=ケイジ主演の武器商人もの「ロード・オブ・ウォー」を連想してしまったが、あの映画の中でも「ロード・オブ・ウォー」を「ウォーロード」と言いなおさせるやりとりがあった。「ロード・オブ・ウォー」の方は「戦争の主」「戦いの王」といった意味になるのだが、中国語版を調べてみたら「軍火之王」となっていて、なるほど、とうなずいてしまった。
 で、話がややこしくなってきたが、この「ウォーロード」は中国語原題は「投名状」という、一見えらく地味なものである。なんだか選挙の投票用紙みたいに見えるこの名前だが、僕は「水滸伝」ですでに覚えがあった。「投名状」とは山賊集団に「身を投じる」にあたって差し出す誓約書のことなのだ。日本語版の「男たちの誓い」というサブタイトルもこれにちなむものだが、実は「水滸伝」に出てくる「投名状」とは本当は誓約書ではなく、「通りがかりの人の首をとって差し出す」というえらく物騒なもの。それをすることによって俗世間との縁を断ち、特殊な世界に仲間入りするというわけなのだ。
 この映画でも主人公三人が義兄弟になるにあたって無関係の人たちを殺しているのもそういう意味。まぁひどい話ではあるんだが、「水滸伝」にも出てくるようにアウトロー業界では実際にそうした風習があったのかもしれないし、混乱状態になった時の中国ってのはそれこそ生き抜くのが大変だから、そのくらいのことをして結束を固めないといけないということもあるのかもしれない。ただ、この映画の場合、主人公たちは官軍に馳せ参じるからそんなことする必要はないんじゃなかろうか、と僕は見ながら思ったものだ。

 清の将軍・龐青雲(演:ジェット=リー)は味方の裏切りもあって太平天国軍に完敗、たった一人生き残ってさまよっているところを蓮生(演:徐静蕾)という不思議な女に助けられる。やがて盗賊集団の村にたどりついた青雲はそこの主である趙二虎(演:アンディ=ラウ)、そして若者・姜午陽(演:金城武)と知り合う。彼ら三人は意気投合して義兄弟となり、盗賊たちを率いて官軍に加わることになるのだが、謎の女・蓮生は実は二虎の妻であったことが後に三人の関係を狂わせて行くことになる。
 中国史を学んだものならおなじみなのだが、中国の乱世というやつはハンパではない。日本の戦国時代なんてホントにカワイイもんである。とにかくやたらに命が軽く、何かというと大殺戮が発生する。この映画でもこれでもかこれでもかと「戦争の惨禍」なんて言葉じゃ生易しいようなひどい場面がぞろぞろ出てきて、当初はそれこそ水滸伝よろしく正義の軍隊を目指していた主人公たちもやがて手段を選ばぬ作戦をとるようにもなってしまう。そういう一連の描写をむき出しに、情け容赦なく描いて行くところがこの映画の凄いところ。エグいとさえ思うが、こういうことをかっこよく美化してはいけない、というのも映画製作者の姿勢なのだろう。

 それぞれに存在感のあるトップスター三人による「男の愛憎劇」。監督のピーター=チャンはこれまで撮ったのは恋愛映画が大半という人だが、ジョン=ウーの「男たちの挽歌」に感激して以来、自分もああいう男たちの友情をテーマにした作品を作ってみたいとずっと思っていて、それがこの作品で実現できたのだとか。こちらは熱い友情がじわじわと破局へ向かっていくという全然方向性は違うんだけど、言われてみればジョン=ウーチックな気はする。また男女関係のもつれが破局的かつ悲劇的な結末に向かう、というのは中国系時代劇ではしばしば見かけるシチュエーションという気もした。
 ジェット=リー、アンディ=ラウについてはいつもの通りの迫力で特に言うことはない。金城武は少し前までの「優男」な印象から、かなり男くさいいい役者になってきたなぁ、と思った。「レッドクリフ」の諸葛亮役は本来アクシデントで配役されたものだが非常によくハマっていたし、これからも歴史劇系にいろいろ使えそうで楽しみ。(2013/3/1)




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