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「太平洋の嵐」

1960年・東宝
○監督:松林宗恵○特技監督:円谷英二○脚本:橋本忍・国弘威雄○音楽:團伊玖磨
夏木陽介(北見)佐藤允(松浦)鶴田浩二(友成)三船敏郎(山口多聞)田崎潤(加来艦長)上原美佐(啓子)藤田進(山本五十六)ほか




 東宝特撮というと怪獣映画に代表されるSF作品が真っ先に思い浮かぶが、もう一つの大きな柱として本作に代表されるような一連の戦争映画作品群がある。そもそも日本の特撮映画のルーツと言われるのが「大東亜戦争一周年記念」で製作された「ハワイ・マレー沖海戦」(1942)という戦争映画だ。この映画では真珠湾攻撃シーンなどにミニチュアセットを駆使した大スペクタクルが展開され、「実写を使用したか」と戦後米軍に言われたほどの出来栄えを見せていた。この映画で名を馳せた円谷英二は戦後あの「ゴジラ」より先に本多猪四郎監督と組んで「太平洋の鷲」(1953)という山本五十六を主人公にした戦争映画でその技術を披露している。
 本作「太平洋の嵐」は「太平洋の鷲」に続く、というよりより本格的な体勢で製作された太平洋戦争映画であり、初めてのカラーによる戦争特撮映画でもある。公開時のフルネームに「ハワイ・ミッドウェイ大海空戦・太平洋の嵐」とあるように、真珠湾攻撃とミッドウェイ海戦をテーマに描く作品で、円谷英二にとっては「ハワイ・マレー沖海戦」と「太平洋の鷲」のカラー版リメイクという性格も強い。本作の特撮シーンが後年アメリカ建国200周年記念の大作戦争映画「ミッドウェイ」(1976)で流用されたことは有名で、以前から僕もぜひ鑑賞してみたいと熱望していたのだが、どういうわけかこれまで全くソフト化されておらず(他の作品はLDで出ているのに…)、今回のDVD化で初めて見る機会を得た、僕にとって半ば伝説的存在の映画だったのである。

 本作は実在人物もかなり出てくるものの、夏木陽介演じる空母・飛龍の戦闘機搭乗員からの視点で真珠湾・ミッドウェイを描くというスタイルになっている。映画はいきなり冒頭に真珠湾攻撃を持ってきて、「ハワイ・マレー沖海戦」の名シーンをそのままカラー化したような映像を展開していく。このシーンの特撮に関してはなまじカラー化したぶん、一部いかにもオモチャっぽい映像が出てしまうのが残念ではある。
 真珠湾後、連戦連勝の日本軍。その合間をぬって主人公は故郷に帰り婚約者(上原美佐)との結婚式を挙げることとなる。戦闘シーンだらけのこの映画の中にあって、典型的日本の田舎農村における「銃後の平和」が牧歌的に描かれるこの部分もなかなか味があって良い。いよいよ挙式というそのときに海軍から出頭命令が来て、主人公は新妻と盃だけを交わして戦地へ向かう。このあたりは松林監督作品に共通して見られる描写だ。このDVDのオーディオ・コメンタリーは松林監督ご本人が出演しておられるのだが、それによればご本人が実際にそういう経験をしたのだそうで。実際に海軍経験のある監督だけに本作の海軍描写のリアリティは日本の戦争映画中でも抜きんでたものであるらしい。

 ミッドウェイ海戦に向けて、呉から出撃していく日本海軍連合艦隊の勇姿!かなり大規模なミニチュアを使用し(一部の大ミニチュアは実際に海面を走らせて撮影している)、なおかつ海岸に建設した空母・飛龍の実物大甲板セットの迫力もあって、ただの進軍シーンでありながら感嘆して見入ってしまう名シーンである。「寒天の海」を使用した艦隊航行の「空撮」シーンの本物っぽさも必見の出来。
 ミッドウェイ島攻撃シーンも素晴らしい。「真珠湾」の場面とは比べ物にならないぐらいの、まさに「実写」と見まごう大迫力の「空撮」シーンである。そしてそのあと展開されるミッドウェイ海戦。かの有名な判断ミスで一挙に日本海軍が壊滅していく展開が克明に描かれていく。前半、勇ましく闘志に燃えていた主人公が、この戦いの中で戦争の悲惨さと空しさを強烈に思い知らされていく。これは恐らく松林監督自身の体験も重なっているのだろう。このため映画の後半は明確な反戦メッセージを訴えていくことになる。監督自身「西部戦線異常なし」を念頭に置いていたと語っており、なるほどと感じるところ。
 この映画で有名なのが沈没した飛龍と運命を共にした山口多聞(三船敏郎)と加来艦長(田崎潤)の霊が海底で語り合う幻想的なシーン。「これからこんな墓場が太平洋に増えていくんでしょうな…」「もう増やしたくはないがなぁ…」と語り合うこのセリフ、オーディオ・コメンタリーで聞き手の方が、ジョン=フォードの「真珠湾攻撃」にソックリなセリフがあることを紹介していたのにはちょっとビックリ。松林監督もまったく初耳で、かなり驚いてらっしゃるようだった。これは僕もチェックしておかんとなぁ。

 ミッドウェイ海戦で命を拾った主人公だったが、海戦の敗北を隠蔽するために病院に押し込められ、外界との連絡を遮断される。ただただ空しさがつのる主人公。そしてラストシーンでは祖国に背を向けて、振り返りもせずに飛び去っていく。直接的な死などを描いてはいないものの、かなり残酷なラストシーンだと言える。それは作者自身の、戦闘に参加したものでないと語れない反戦の叫びであるように感じられた。(2001/10/14)




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