映画のトップページに戻る
「男たちの大和/YAMATO」

2005年・「男たちの大和」製作委員会/東映京都
○監督・脚本:佐藤純弥〇撮影:阪本義尚〇音楽:久石譲○原作:辺見じゅん○製作:角川春樹
反町隆史(森脇庄八)、中村獅童(内田守)、松山ケンイチ(神尾克己)、蒼井優(妙子)、渡哲也(伊藤整一)、鈴木京香(真貴子)、仲代達矢(神尾克己老後)ほか


 

 企画発表を最初に聞いたときには「今どき戦艦大和?」という思いがした事を白状しておく。宇宙戦艦のほうはともかくとして、過去にも「連合艦隊」など戦艦大和をとりあげた映像作品はいくつかあるし、太平洋戦争敗戦から60周年ということで戦争がらみの映画企画がいろいろ出るだろうと思っていたところへこの「大和」が一番遅く発表されたせいもあるかもしれない。
 しかもあの角川春樹氏のプロデューサー復帰第一号作品…ということで、むしろ危機感を覚えたのが正直なところ(笑)。いや、この人が起こした「角川映画旋風」そのものについては否定はしないどころか高く評価しているし、話題性から収益まで映画ビジネスという面では成功させた功績は多々ある。ただこの人自身が監督した「天と地と」あたりから明白にヘンになっていたのも確かで(角川文庫刊の日本映画投票本で2ページ使って大絶賛しまくっていた)、アニメ「火の鳥・鳳凰編」では「私は火の鳥を見たことがある」とコメントしたりと文字通り「神がかり」な言動が目立つ人ではあった。今度の映画公開直前にもあれこれ露出度が高かったが、「わが闘争」なんて自伝本を出したり、「関東の地震はあと2年はオレが止めた」と言ったとか、相変わらずなところを見せていた。
 撮影終了後の記者会見で映画のキャッチフレーズが「愛する者を守るためウンヌン」というものであることにひっかけて芸能リポーターが「愛する者を守るためにあなたは戦いに行きますか?」とかバカな質問(明らかに戦争ウンヌンではなく主演俳優の結婚相手の話を聞きだそうとしたもの)をしたため若い俳優達が「そういうことになったら行きます」と返事をし、ある大物出演者などは「家族を守るということは国を守るということ。老体ですが私は戦場に向かうと思う。私は子供には何も言わない。おやじの生き様を見て考えろと伝えたい」 などとのたまっていた。聞いていてたまりかねたか佐藤純弥監督が「本当に家族を守るためには、戦争をしないこと」と締めていたとの報道があった。ただこの佐藤監督作品、というのもこのところのこの方の作品の出来からすると不安材料ではあったのだが(笑)。

 とまぁ、そんなこんながあったし、製作元の東映が「愛する者を守るため…」なんて宇宙戦艦みたいなソレっぽい宣伝をしていた面もあって、なんとなく右翼っぽい映画(あるいは単純な「滅びの美学」もの)になるんじゃなかろうか…という見方が流れていた。しかしどうも風向きが変わったかなと感じたのは映画宣伝活動の一環として広島の平和記念公園にスタッフ・出演者が行って平和への誓いをやったりしたと聞いた辺りからだ。そして公開直前になるとなかなか悪からぬ評判が聞こえてきて、公開直後にはかなりの高評価、そしてすぐあとに発表されたキネマ旬報ベスト10入り。意外といっては失礼ながら「評論家受け」する作品になったようなのである。

 そういう評価が広まってから、僕はこの映画を見に行った。
 映画は戦後60年、21世紀に入った現代から始まる。枕崎の漁港に「北緯東経に連れて行ってくれ」と漁船に頼む女性・真貴子(演:鈴木京香)が現れる。要するに戦艦大和が沈んだ地点に行ってくれということで(だったら最初からそう言えばいい気もするが)、大和の乗組員の生き残りである神尾老人(演:仲代達矢)がこれを引き受け、当時の自分とさして変わらないいかにも現代っ子の少年を助手に連れて船出することになる。この一昼夜の船旅の中で戦艦大和撃沈の経緯が語られる…という形式だ。

 映画自体の「主役」は反町隆史中村獅童が演じる海軍軍人なのだが、物語の案内役は老後を仲代達矢が演じている少年兵。大和搭乗員のさまざまなエピソードを集めた原作をシナリオ化するにあたっては特に「主役を誰にするか」で苦労があったと思われるのだが、その解決策として「一番現代人に近い目線」を持ち鑑賞者の案内役になれる少年兵を選んだということなのだろう。この少年兵神尾を演じたのが、当時急速に顔を売っていた松山ケンイチ。僕もこの映画で彼の顔と名前を覚えたものだ。

 この少年兵神尾が巨大戦艦「大和」に乗り込む。これまで「戦艦大和」が出てきた映画は数多いが(「宇宙戦艦」の方も含んでいいかも)、そのほとんどは船内セットとミニチュアで処理されていた。この「男たちの大和」は実物大セットを尾道の海岸に実際に作って撮影したのがウリで(もちろん戦艦全体を作ったわけではなく艦橋から前の一部であるが)、CG合成の助けも借りてるとはいえ大和の「本物感」は映像でもよく発揮されている。もっとも戦闘シーンはクライマックスの航空攻撃による撃沈場面しかないので米軍機に向け機銃をバリバリ撃ってる絵ばかりしか出てこず、「男たちの高角機銃砲台」などとネット上で揶揄されていたものだ。ま、実際「大和」って実戦で自慢の主砲をまともに撃ったことはあまりなかったみたいだもんな。

 あこがれの巨大戦艦大和に乗り込んだ少年兵たちの軍艦生活が描かれるあたりは戦争もの、軍隊ものの定番の展開。ただこの映画で主役である反町隆史が直接的な戦闘員ではなく「炊事係」であるのがポイントで、「食事」という人間が生きるために不可欠な部門を担当していることから日本の戦争映画にありがちな犠牲賛美や人命軽視の傾向からまぬがれることに成功している。もう一方の主役といえる中村獅童のほうは軍隊内の暴力体質への批判を体現する役割を担っていて、この二人の配置だけでも従来の戦争映画と一線を画したといっていいと思う。特に獅童の「しぶとい兵隊」ぶりは出色で、レイテ沖海戦でこりゃ完全に死んだかと思うほどの重傷でいったん入院しながら、病院を抜け出して特攻出撃にも参加、それでも大和撃沈からも生き延びてしまった。このキャラが「硫黄島からの手紙」でもしぶとく生き残ることにつながっていったりする。

 史実だから仕方がないが、映画の後半、大和は沖縄への特攻出撃を行い、その途中で米軍機の猛攻撃を受けて撃沈される。その過程を1時間ほど使って映画はじっくりと描いてゆく。これが生きて帰らぬ出撃だと乗組員たち全員が覚悟し、それぞれに一時上陸で家族その他に別れを告げてくる。このあたりの湿っぽい描写は定番ではあるが、もとのノンフィクションでも実際に取材されていることではあるんだろう。

 この大和の特攻出撃だが、そもそもその必要があったのか、という議論はある。渡哲也演じる伊藤整一も「この作戦が成功すると思っているのか?」(成功とはあくまで沖縄にたどりつくことね)とあきれているが、それに対して海軍幹部が「使える軍艦はもうないのか、と陛下がおおせられた」と困った顔で応じている。ああ、ここ、バッチリ描いたな、と思うところで、実際、大和は温存と言うより役に立てようがない状況で出撃する必然性はなかったのに、昭和天皇がもらしたこの一言が海軍を慌てさせ、大和特攻出撃が実行されてしまったのだ。もちろん海軍内部でも「大和を使わないまま敗戦よりは華々しく散らしてやりたい」という気分もあったというし、昭和天皇もそこまでのつもりじゃなかったんだろうから全責任をおっかぶせるのは酷だが、「大元帥陛下」の一言が無意味に大勢の人を死なす原因になった、という事実に触れたのは大きいと思う。映画でも描かれるように海軍上層部ではさすがに無茶かつ無意味な作戦に反対の声をあげる者もいたらしいのだが、伊東整一が「我々は死に場所を与えられた」として受け入れてしまった。この末期状況になるともはや日本では陸軍も海軍も勝ちようがないのは分かってるから「滅びの美学」な方向に走って冷静な判断が通らなくなっちゃってるんだよな。
 …もっとも、映画でもセリフで出てくるように連合艦隊司令長官の豊田副武ら連合艦隊の幹部はこの作戦に同行せずしっかり戦後まで生き延びている。大和は「第二艦隊」として出撃し、伊藤はその長官だった。東宝戦争映画「連合艦隊」が大和撃沈で終わるもので僕も勘違いしていたのだが…他にも例があるんだけど、要領のいいオエライさんというのは部下をさんざ死なせといて結構ちゃっかり生き残ってるもんなんだよな。

 死ぬのがほぼ確実という大和に、乗員たちはみんな戻ってくる。国を守るとかウンンウンより「仲間を見捨てられない」というあたりが船乗り思想だなぁと思うが、一部の登場人物たちがなんとか部下を生き延びさせよう鑑を下りろと勧める描写もある。結局それも聞かないんだけど。集団心理としてはそうなっちゃうもんなんだろうな。
 だが出撃にあたって「死に方用意」として長嶋一茂(どうしてもこう書いちゃうな。「ミスタールーキー」以来の独特の存在感はあった)が「思い切り別れを叫べ!」と命じると乗員たちが口々に母親や(こういうとき、だいたい兵士は母を呼ぶものだそうで)、妻や子供たちに向けて大声で、しかし届くはずのない別れの叫びを挙げるシーンは強い印象を残す。湿っぽいのが多い日本戦争映画でもこういう直接的な描写は「メソメソしてる」ということで避けて来たんじゃないかなぁ。このメソメソがあるだけに、どうしてこんな特攻作戦をやんなきゃいけないんだ、という気もしてくるわけで。

 そして坊ノ岬沖海戦。予想通り出撃して間もなく大和は米軍機軍団の猛攻にさらされ、実のところほとんどなすすべなく撃沈されてしまう。先述のように高角機銃を撃ちまくる乗員たちだが、米軍機の機銃掃射を受けてあたりはたちまち血の雨と海。砲弾を運んでいる最中に吹っ飛ばされてしまう兵もいる。実物大セットでの俳優たちの演技、それにCGによる米軍機、それとミニチュア艦橋などを巧みに組み合わせてこの地獄絵図を大迫力で描いて見せたのもこの映画の功績だろう。ともすればキレイにカッコよく「戦死」を描きがちな戦争映画だが、この映像見たら戦争なんて行きたくなくなるよね。スピルバーグの「プライベート・ライアン」あたりから戦闘描写の凄惨化、という世界的潮流があるのだが、日本におけるこれはその代表になるかもしれない。ま、それでもエグさは極力避けてはいるけど。
 佐藤純弥監督、他の作品でこうした壮絶描写は記憶にないので、スタッフが良かったというべきなのかな。役者たちの死に物狂いの絶叫演技も凄いんだが、考えてみるとこれ、あのオープンセットで実際には銃撃も爆発もない中で演じてるわけだよね。俳優はすごいというべきなんだろうが、撮影風景を想像するとちょっと可笑しくもある。

 この壮絶な撃沈シーンが終わり、語り手である神尾少年に九死に一生を得る(そりゃ老後の彼が出てくるわけですからね)。それからがやや長いのもこの映画の特徴で、戦死した戦友の故郷を訪ねて自分だけ生き残ったことをわびたり、その後の原爆投下でさらに大切なものを失ってしまうなど、生き残った者だからこその悲劇が次々と襲う。そして戦争は日本の降伏で終わる。結局失うものが多いばかりで、大和の出撃自体も何の役に立たなかった、という事実が残酷にのしかかってくる。くりかえすがこの脚本の作者(あくまで噂で聞いたんだけど、クレジットされてる佐藤純弥監督とは別人が原形を書いたもののノンクレジットになってるらしい)はともすればお涙頂戴で戦死を美化しがちなパターンにはまらないよう入念に気を使っている。古典的なやり方で泣かせるところは泣かせつつ、この撃沈後の部分の残酷さによって戦争の無意味さを思い知らせたという点で、この映画は日本戦争映画史上で画期をなす一本かもしれない、と思ったものだ。

 もっとも、その一方で冒頭の呉港でインド洋任務から帰還する自衛艦が描かれているのはなぁ…いや、大和と違って「平和活動」です、ということではあるんだろうけど、この映画の公開時の2005年といえばアメリカ主導のイラク戦争の「お手伝い」を日本の自衛隊がさせられていて、その是非が議論されてもいた。撮影に海上自衛隊の協力も得ているので…という事情はあったかもしれないが、妙に目立つ挿入だけに映画の趣旨とあうんだろうか、と見終わってから気になった。深読みするとかつて大和でアメリカと戦ってボコボコにされた「日本海軍」はすっかり子分にされちゃいました、という意味なのか…そこまでは考えてないだろうけど、実際はそういうことなんだよな。
 老人神尾の体験談を聞き、大和撃沈現場で散骨したのち、それまで利き手に徹していた現代っ子の少年が、まるで神尾を引き継ぐかのように船を操って帰途に就く。このラストも先人の悲惨な体験を受け止めて後の世代が…と前向きに見るのが本来の趣旨なんだろうけど、見ようによっては「また大和を作って乗り込んで戦ってやるぜ」という意思に見えなくもない。このラストもちと疑問の残ったところで。

 最後に長渕剛の主題歌について。「CLOSE YPUREYES」という歌で、確かにいい歌には違いなく当時結構話題になった記憶もあるのだが、「瞳を閉じれば」という歌詞が気になって気になって…(笑)。ま、「目」と言っちゃうと詩としてはキレイじゃないんで「瞳」って言葉に置き換えることはよくあるんだけどね、「瞳」ってあくまで目の中の黒い部分のこってしょ。それを「閉じる」って…?
 誰だったか忘れたが、ラジオ番組で出演者がこの疑問点に触れて、「瞳孔を閉じるってことなんじゃないの」と言ってて大受けした覚えもあるなぁ。(2018/1/25)





(2004/7/7)

映画のトップページに戻る