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「海の牙」
Les Maudits
1947年・フランス
○監督:ルネ=クレマン○脚本:ルネ=クレマン/ジャック=レミ○ストーリー:ジャック=コンパネーズ/ヴィクトル=アレクザンドロフ○撮影:アンリ=アルカン○音楽:イブ=ボードリエ
アンリ=ヴィダル(ギベール)、ヨー=デスト(フォスター)、マルセル=ダリオ(ラルガ)、ポール=ベルナール(クチュリエール)、フロランス=マルリイ(ヒルダ)、アンヌ=カンピオン(イングリッド)ほか


 

  NHKBSで昼間に放送していたのを何となく気になって予約録画したっきり、半年以上もほったらかしにした映画。見る気になったころには「なんでこの映画を録画する気になったんだっけ?」と記憶すらあいまいになっていた。冒頭を再生してみてようやく思い出したのだが、まず監督が「鉄路の闘い」「禁じられた遊び」「太陽がいっぱい」「パリは燃えているか」といった名作の数々を生んだルネ=クレマン監督作品だったから。そしてもう一つ、これが不思議と1ジャンルを形成して人気のある「潜水艦映画」であったからなのだった。
 公開年も注目どころ。1947年。そう、第二次大戦が終わってまだ二年しか経っていないという段階だ。クレマン監督のフィルモグラフィーを見るとドイツによる占領中のレジスタンスを描いて彼の名声を高めた「鉄路の闘い」の次の次ぐらいに製作されたものみたい。映画の内容も終戦前後(あくまでヨーロッパ基準なので、ドイツ降伏のこと)の話なので、当時劇場で映画を見た人たちにとっては「ついこの間の話」であったわけだ。

 終戦間近の1945年、青年医師ギベールはフランスの港町に帰って来た。これで普通の日常が始まるはずだったのだが、彼の運命を狂わせる一隻のUボートがひそかにオスロを出航していた。断末魔状態のナチス・ドイツが南米の工作員と連絡をとって起死回生をはかるべく出航させたもので、艦内にはナチスの将軍、ゲシュタポのフォスター、イタリア人ガローシとその妻ヒルダ、ノルウェーの科学者とその娘などなど、いろんな人間が乗り込んでいた。Uボートは途中で敵艦と遭遇、この戦闘でヒルダが頭を打って意識不明となってしまい、その治療のために近くの港町から医師を拉致してこようということになる。その拉致対象にたまたま選ばれてしまったのが主人公ギベールというわけ。
 
 映画はこのギベールの視点から、潜水艦内のさまざまな人間模様を眺めてゆく。ギベールはドイツ語ができるのだが分からないふりをして情報を集め、ヒルダが将軍と不倫していていささか複雑な人間関係があること、敗戦必至の情勢を知った乗組員や乗客たちの中にはこの作戦そのものへの疑問がわいていること、それに対してゲシュタポのフォスターはあくまでナチスの勝利を盲信し作戦の遂行しか頭にないこと、などを知ってゆく。ヒルダが治ったら用済みで消されると恐れたギベールは医師という立場を利用して艦内に流行病が広まっていると嘘をついて自分の身を守り、なおかつ通信兵らを味方に抱きこんで脱出の機会をうかがう。
 やがてヒトラーの自殺とナチス・ドイツ降伏の情報が得られ、脱走を図ってフォスターに殺される者、絶望して薬で自殺する者も現れる。しかしフォスターは降伏を信じずUボートをあくまで南米へと進め、沿岸に来たところで(アルゼンチンと思しい)現地の工作員と連絡をとる。しかし工作員の方もドイツ降伏を知っているから非協力的で、怒ったフォスターは彼を殺害、さらにUボートに戻ってから連合国の船と接触して投降しようかという話になると、怒ってますます暴走、その船を魚雷で撃沈してしまったりする。そしてとうとう艦内で反乱が起こり…

 とまぁ、潜水艦を舞台になんだかいろいろ起こる映画。「潜水艦映画」というジャンルが成立するのは狭い空間にいろんな人間が押し込まれてドラマを展開して密度が濃くなるからだが、この映画でもやはりそう。時期が終戦間際で情報が入りにくいこと、軍人や乗組員だけでなく一般人の乗客がいることなど他の潜水艦映画で見られない特徴もある(と書いたが日本の「潜水艦イ-57浮上せず」なんかは良く似てる気がする)。ただ伏線で設定した複雑な人間関係がシナリオ上生かされているかというとかなり疑問で、あれよあれよとやっているうちにフォスターの狂信的暴走ぶりばかりが記憶に残る映画だ。その後の映画でもよく見かける狂信的なナチス将校役のはしりと言えるかもしれない。ラストはなんだかあれこれ未処理のまま放り出したような印象もあるな。
 主人公のギベール自身は設定上しょうがないがほとんど傍観者で、最後にとってつけたように潜水艦と一緒に漂流し、事件のあらましを記録する役割。ドキュメントを装いつつフィクションとしか思えないが、実際にナチス幹部で南米に逃れていたのはいたし、この映画製作の時点ではヒトラー本人だってまだ生きていて逃南米にいるんじゃないかと噂されていたほどで、この映画もそれをヒントにしたのだろう。

 ところでこの映画で気になるのは、ここで出てくる潜水艦はどこで調達したのかということ。艦内は当然セットだろうが、潜水艦の甲板にあがるシーンなどでは、どうも造り物には見えないのだ。これは軍事マニアの人にチェックしてもらって正確を期すべきなんだろうけど、実際に鹵獲したか接収したUボートを使ってるんじゃないかなぁ。映画のためにわざわざ作ったとしたら大掛かりだし。あるいはフランス海軍の潜水艦か?なお戦闘シーンで潜水艦が爆発、海上に水しぶきと煙があがるカットがあるが、あれは実際にUボートを爆破した記録映像からもってきたものらしく、僕はイギリスで製作したテレビのドキュメンタリー番組で同じカットを見た覚えがある。
 最後に「海の牙」という邦題について。原題「LesMaudits」は直訳すると「悪意」「悪魔」の複数形であるみたいだが、やはりピンとこないのは確かで、「海の牙」というタイトルは内容をうまく表現してるかどうかは別にしてカッコいいとは思う。藤子不二雄がその初期に「砂漠の牙」という戦記漫画(ロンメルを主人公にした映画「砂漠の狐(邦題「砂漠の鬼将軍」)」にインスパイアされたもの)があるが、もしかするとそのタイトルのヒントになっているのかもしれない。(2012/5/3)



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