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「ブレードランナー」
Blade Runnner
1982,アメリカ・香港
○監督:リドリー・スコット○原作:フィリップ・K・ディック○音楽:バンゲリス○美術:シド・ミード
ハリソン・フォード(デッカード)ショーン・ヤング(レイチェル)ルドガー・ハウアー(バッティ)ほか




 現時点でSF映画自己1位の座が譲れない作品。全世界でこれにハマっている人はかなり多いと思われる。「ブレードランナー」は必ずしもヒットした作品ではないので「マニアック作品」とか「カルト的人気」と語られる事が多い映画なのだが、その後のSF作品(映画だけでなく)に与えた影響が大であることは疑いない。例えば、当HP訪問者にはゲーム好きが多いようなので挙げるが、コナミの「スナッチャー」という人気ゲームがある。あれは事実上、全編が「ブレードランナー」のパロディに過ぎない(けなしてるんじゃないよ。創った当人も自覚してると思うんだけど)。その他の媒体でも「ブレードランナー」からの引用は良く目に付く。「二つで十分ですよ」「あ、何か落としていったぜ」というギャグを何度見たことか(分かる人にしか分からんか)。

思えば「暗い近未来」というイメージをハッキリと打ち出したSF映画って事実上これが最初ではなかっただろうか(まぁ意外にも映画草創期のSFにも目立つことなのだが)。近未来を描いた「SF映画」でありながら、全編が暗雲におおわれ酸性雨が降りしきるロサンゼルス市内のみで展開される。町を行く人々はみな倦怠感に覆われ、スラム街のように活力のない、うらぶれた光景ばかりが展開する。そんな所を舞台に展開する物語といったら、陰気な顔をした刑事が人造人間を捜し出して即刻処刑してまわるって陰惨な話だもん。殺される方も悪人でも何でもなく、限られた寿命の中で悩み苦しんでいる哀れな人々。

これじゃヒットする訳がない。実際主演のハリソン・フォードもこの作品が大嫌いらしく、監督らと結構もめていたらしい。批評家でもこの作品にかなり辛い点を付ける人もいた。製作者もあまりにも救いのない物語に業を煮やし、突然青空が広がり明るい展望が開ける、文字通り蛇足としか言いようのないラストをくっつけている。監督のリドリー・スコットのあずかり知らぬ所だったそうで(アメリカでは作品の最終決定権はプロデューサーが握っている)、10年以上経ってから「ディレクターズ・カット」版が製作された。一応この文で「ブレードランナー」と言う場合「監督版」を指すということにしたい。

ついでに付け加えると「ブレードランナー」にはいくつかのバージョンが存在する(これも息の長い人気の証拠と言えるな)。公開当時のバージョンではバッティがタイレル社社長を殺すシーン中、「残酷」と判断されたカット(目に指を差し込んでいく)が削除されていたが、このカットを含めて数分の追加を行った「完全版」がビデオで出ている。そして先述の「監督版(最終版となってることもある)」はリドリー・スコットの当初の意図通りに再編集したもので、明るいラストを削除し、説明過多になっていたデッカードのモノローグも消し去った。そしてデッカードが夢の中でユニコーンを見る、という不思議なカットが挿入されている(この意味は西洋美術・図像学の研究者にでも聞かないと理解不能)。

さて、何でこの作品が僕も含めて世界中に「カルト的ファン」を持っているのだろうか?もう語り尽くされていることではあるが、やはり最大の理由はこの作品の持つ「スタイリッシュな映像美」に尽きるんじゃないだろうか。妙に東洋的なものが目立つ未来のロス、光と影を巧みに使った画面構成、シド・ミードのデザインした斬新で美しい未来建築。そしてそこにかぶさるバンゲリスの寂しげでどこかハードボイルドな音楽。完璧に近く完成された一つの異世界を作り上げている。リドリー・スコット作品はどれもこういう傾向があるから見比べると面白い(「エイリアン」もそうだし「ブラックレイン」の大阪すらそうなってしまった)。

そしてそのスタイリッシュな舞台で展開する物語。確かに暗い。救いがない。だがなぜか見る者を強烈に引きつけずにおかない。人間によって造り出され、偽の記憶を与えられたレプリカント。限られた短い寿命を知り、苦悩し悲しみながら何とか生き抜こうとするレプリカント達に、「人間」であるデッカードそして観る我々も自分自身の運命を投影してしまう。「人生って何なんだろう?」と思わせる偉く哲学的な映画なのである。もっともその哲学性を押しつけがましく出している訳ではない。基本は追う者追われる者のサスペンスあり許されぬ恋ありの冒険物語であり、だから名作たりえているのである。

クライマックスも泣かせてくれる!未見の方のために詳細は書かないが、ルドガー・ハウアーが一世一代の名演技を見せてくれる。ルドガーくんに限らずこの作品以外印象の薄い人が多い(ハリソンさんは別だけど)。そこら辺もやっぱり「カルト的作品」なのかなぁ、と思ったりもする。(98/3/31)




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