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「ミクロの決死圏」
FANTASTIC VOYAGE
1966年・アメリカ
○監督:リチャード=フライシャー○脚本:ハリー=クライナー○撮影:アーネスト=ラズロ
スティーブン=ボイド(グラント)、ラクウェル=ウェルチ(コーラ)、エドモンド=オブライエン(カーター将軍)、アーサー=ケネディ(デュバル博士)、ドナルド=ブリーゼンス(マイケルス)、ウィリアム=レッドフィールド(オーウェンス)



 

 更新作業はほとんど怠っているのだが、僕は一応「アシモフ(アジモフ)」のファンサイトを経営していたりする。SF作家としてはもはや歴史的人物になってしまっている巨匠だが、映画との縁はあまりなく、最近になって「バイセテニアルマン(邦題:アンドリューNDR114)」とか「アイ、ロボット」などが映画化されるようになってきた程度。彼の代表作である未来史大作「ファウンデーション」もどうやら映画化実現に向かって動き始めたようだが、ファンとしてはいささか複雑な気分もある。アシモフの小説って読んでみると分かるけど論理性が強く(本人がミステリ愛好家であることと無縁ではない)、それでいて文章ならではの意表をついたどんでん返しの仕掛けがあったりして、映像との相性はあまりよくないのですよね。以前に映画化を前提に小説を書いたケースもあるのだけど、いずれも実現せずに終わっているのもそうした作品傾向も一因だったかと思う。
 
 さて、本作「ミクロの決死圏」はそのアシモフが「原作小説」を担当しているという点でアシモフファンの僕としては気にはなっていた映画ではある。ただし、これはあくまで映画企画が先にあったもので、アシモフはその「小説化(ノヴェライズ)」を引き受けたという事情なので「アシモフ原作」とは言い難い。しかもこの映画のアイデア――人間をミクロ化し体内に注入して治療を行う――は手塚治虫が漫画で描き、アニメ「鉄腕アトム」の1エピソードとして再利用したものを無断でパクったとの疑惑もあったりして(あくまで疑惑。この話、検証していくとけっこう「藪の中」である)、なんとなく手を出してこなかった。ようやく今頃になってDVDで借りて来て初鑑賞となったわけ。

 背景事情はともかくSF映画としてはすでに歴史的名作となっているのでストーリーもなんとなく知ってしまっていた。冒頭はSFというよりもスパイ映画風に始まる。東側の科学者が西側に亡命、その途中襲撃されて脳内に重傷を負って意識不明となる。この科学者は東西で研究が進むミクロ化技術に関する重大な秘密を握っていたため軍部(たぶんアメリカ。「ソ連」という言葉も一切出てこないが)は彼を死なせずに治療するべく、人間を潜水艇ごとバクテリアサイズにミクロ化して体内に送り込み治療をするという大胆な作戦に出る。
 映画の主人公グラント(スティーブン・ボイド)は軍の情報部員、要するにスパイである。その彼が唐突に呼び出されて未知なる体内への旅に強引に引きずりこまれる序盤の展開がちょっと面白い。ミクロ化の技術自体は知っていても「これからバクテリアサイズに小さくしてやるから、体の中へ行って来い」と急に言われちゃ誰だって「勘弁してよ」と言いたくなる(笑)。しかし一緒に行く外科医の助手コーラ(ラクウェル・ウェルチ)が美人だったから乗り気になるところは007同様、スパイは美女大好き、ということなのか(笑)。「地獄の黙示録」で兵士がラクウェル=ウェルチで妄想するシーンもあったから、この当時を代表するセクシー女優だったんだろう。
 他のメンバーは治療にあたる外科医のデュバル、道案内役の循環器の専門家マイケルス、潜水艇を操縦する海軍軍人のオーウェンスといった面々。なんでスパイのグラントが同行するのかと言えば外科医のデュバルに東側のスパイの疑いがかかっていて、なにかあったら処置を取る必要があるため。もっとも勘のいい方はこの辺で結末が分かっちゃいます(笑)。

 この映画最大の見所はなんといってもミクロ化の過程。これが実に手が込んでいて、じっくり詳細に描かれていく。僕も見る前に気になっていたのだがバクテリアサイズにまでミクロ化したものをどうやって拾って体内に注入するんだろう…と思ってみていたら、いったん目で確認できる程度まで縮小し、それを巨大な注射器の液体内に入れ、それを注射器ごとさらに縮小して、それから体内に注入する、という二段、三段構えの過程をたどるのだ。ミクロ化技術自体が大嘘と言ってしまえばそれまでだが、こうやって手の込んだ過程を映像で見せられるとそれなりに納得させられちゃうあたりが映画のマジック。ただし、この映画の科学面の考証がしっかりしてるのはこの辺までで、あとはずいぶんアバウトになってる気もする。
 ところでこのミクロ化技術だが、欠点もしっかりあって、60分後には元のサイズに戻ってしまう。これがサスペンスを呼ぶわけだけど、このアイデアも手塚治虫の漫画にあったらしく「パクリ疑惑」の根拠にもなっている…が、映画の中では「あと何分」という表示が節々で出てきて、しかもほぼリアルタイムに進行していくので実に効果的。

 体内に注入され、血管の中を進むくだりは今見てもインパクト十分。どういう映像処理でこの場面を作ったのか知らないが、赤血球らしきものがうねうねと浮かび伸縮している光景は、まさに原題どおりの「ファンタスティック」。この辺は科学考証的に正しいかどうかより幻想感を重視しているようだし、「体内にも宇宙の神秘がある」というのはこの映画のテーマにもなっている。どこか「2001年宇宙の旅」のラストの外宇宙の光景にも似ている気もするが、映画製作じたいはこっちのほうが先だった。それにしても体内、いくらなんでも明るすぎませんか、ってそこに突っ込んじゃいけないか。

 ともかく潜水艇ごと人体内に入った一行は、次から次へと予期せぬトラブルに見舞われる。加えて例の東側のスパイが妨害工作を次々と仕掛けてくるため、たった1時間の旅行ながら全く気が抜けない展開となる。冒険映画としてみればやはりよく出来たシナリオだと思う。ただSF映画としてみるとどうしてもツッコミどころが多いのは否めない。




 以下、次第にネタばれ注意報から警報になっていきます(笑)。




 頚動脈を通って患部の脳に行くはずが、途中で血管が混線していたらしく(?)静脈に入ってしまった潜水艇。逆行も出来ないので心臓を突破することに。その間死なない程度に心臓を止めようということになるあたり、映画ならではのサスペンスで見入ってしまうのだが、そのために電気ショックを与えて一時的に心臓を止め、また鼓動を再開させるというのは可能なのか?
 その後、何者かの妨害工作で推進用の空気が不足し、肺で空気を調達することになるのだが…あらかじめ潜水艇に入れてあって一緒に縮小された空気と、肺から直接採取する空気とはサイズが異なるのでは…?なんせバクテリアレベルまで小さくなってるんだから。
 肺からまた心臓に入らなきゃいけないんじゃないかと見ていたらいつの間にかリンパ管に入っていたのも気になるし、時折襲ってくる「抗体」がヒトデかイソギンチャクみたいに体にくっついてくるというのも妙。そもそもレーザー銃をミクロ化してそのまんま持っていってそれで脳内の患部を「銃撃」して治療するというのはいくらなんでも乱暴なのでは…




 以下はネタばれ警報。未鑑賞者は速やかに高台に避難してください(笑)。



 物語の終盤、ドタンバになって東側の潜入スパイがその正体を現す…というか、予想通りですって(笑)。このへん、ドンデン返しの名手だったアシモフならもそっとうまく処理したかもなぁ。見ていて興味深かったのが、この東側スパイが「人体の神秘」に感動する一同にあくまで合理的・科学的な物言いをし、「創造主の御業」とか「霊魂の存在」をバカにするような台詞があること。そう、いわゆる「唯物的」な態度を連打するのだ。こういうの、敬虔な(いや、特に敬虔でなくても)アメリカの一般的キリスト教徒は頭に来るもので、社会主義・共産主義体制への生理的な嫌悪感の理由となってもいたようだ。だからこの映画を見ていると「こいつが悪役なんですね」と見当がついてしまうわけ。なお、小説版担当のアシモフも実は徹底した無神論・唯物論者の科学者で、そのために一部で風当たりが強かったとの話もある。

 で、古き良き冒険活劇映画のお約束ということで悪役はしっかりと自滅する。それにしてもここでまた疑問が。この人さんざん妨害工作をしまくるんだけど、無事に帰還する算段はついていたんだろうか?最後なんてもう特攻をかけてるとしか思えんが…ハッ、邦題の「決死圏」とはその意味か!(笑)。
 クライマックス、脳内でのドンパチがあり、潜水艇は破壊され、悪役も侵入者をとりこみにきた白血球に巻き込まれて死んでしまう(主人公グラントが一応助けようと努力するも結局間に合わない辺りもお約束)。60分の時間切れが近づいてきて、潜水艇も失った主人公達は脳から視神経を通って、目から涙と一緒に体外へ脱出する。時間ギリギリで間に合い、元のサイズに戻っていくラストは確かに感動モノなのだが…白血球に飲み込まれた潜水艇と死んだスパイは元のサイズに戻っちゃったりしないんでしょうか!???(2005/3/19)



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