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「世界大戦争」
The Last Day of The World
1961年・東宝
○監督:松林宗恵○特技監督:円谷英二〇脚本:八住利雄/馬渕薫〇撮影:西垣六郎〇音楽:團伊玖磨〇製作:藤本真澄/田中友幸
フランキー堺(田村茂吉)、宝田明(高野)、星由里子(冴子)、乙羽信子(お由)、白川由美(早苗)、笠智衆(江原)、上原謙(外相)、山村聡(首相)ほか




 このところ東宝特撮づいている。怪獣映画、戦争映画と来て、今回は…ジャンル分けが非常に難しい作品だ。タイトルからすると未来戦争映画かSF映画っぽいが、実際に見てみるとかなり印象が違う。僕がレンタルしてみたビデオのパッケージに「THE LAST DAY OF THE WORLD」と英語タイトルが添えられているように、「核戦争による世界滅亡」をテーマとした仮想戦争ドラマとでもいうべき作品で、時期からするとそうしたジャンルの先駆的存在ではなかったかと思える。
 この「核戦争による人類滅亡」テーマ作品は最近すっかり作られなくなってしまった。1980年代まではかなり現実的な話で、人類滅亡そのものかあるいは核戦争後の地球を舞台にしたSF作品は数知れず存在していたものだ。1990年代に入り、これらがほとんど姿を消してしまった背景には、やはり「東西冷戦の終結」により最終核戦争の可能性がかなり遠のいてしまったことがあるのだろう。今だって油断のならない情勢には違いないんだけど、超大国同士が戦争に突入して…というシナリオは描きにくくなったのは確か。
 本作「世界大戦争」は1961年、まさに東西冷戦が最高潮に達しようとする時期に製作された作品である(翌年にキューバ危機。それでいて日本は同時に高度経済成長へと突入していく景気のいい時期でもあるが)。決してSFではなく、現実に起こりうる最終核戦争の恐怖を訴える作品となっており、東宝特撮映画の中では特にメッセージ性の強い作品として注目される。物語のメインは外国人外交官の運転手をつとめるフランキー堺とその一家の、ごくごく普通の、ささやかながら幸せな日常を淡々と描いてゆき、それがある日突然、核戦争により「中断」されてしまうという構成になっている。日常生活と隣り合わせに破滅が待ち受けているという、今見ても背筋が寒くなる卓越した脚本なのだ。

 フランキー堺演じる主人公は外国人の運転手を勤めながら妻と子供三人と共に幸せな毎日を送っている。車に乗せる外交官から緊張した国際情勢も耳にはするが、それほど深刻には受け止めず株取引のタネにして金儲けを企む程度。長女は自宅の二階に下宿している船乗りの青年(宝田明)と恋に落ち、両親の理解もあって結婚へと話が進む。この一家を中心にその周辺もふくむごく普通の庶民たちの生活の哀歓を、映画はとにかく淡々と描いていく。このあたりは本多猪四郎監督の特撮映画には見られないリアリティある日常描写が印象的だ。途中に挟まる国際情勢の緊張のシーンが無ければ、ほとんど松竹大船調人情映画の世界である。主演にフランキー堺というのも、彼が主役を演じた反戦ドラマの名作(映画にもなった)「私は貝になりたい」を意識したような気もする。
 こうした日常描写の合間合間に、世界を二分する「連邦国」と「同盟国」の二大勢力間の緊張が高まっていく。朝鮮半島38度線で軍事衝突が起こり、小型核兵器が初めて使用されてしまう。こうした情勢の中で日本政府は戦争を放棄した国として、また被爆国として緊張緩和のために懸命に努力するのが涙ぐましい(首相にいたっては病身をおして必死の努力をする)
 二大国の軍人たちだって戦争が起こらないに越したことは無い。「連邦国」「同盟国」の双方の核ミサイル発射基地で故障やミスから、あわや核ミサイル誤発射のトラブルが相次いで起こるが、現場の軍人たちの懸命の努力で危機は回避される。そして一時、両陣営は和平に合意、核ミサイル基地の軍人・兵士たちは歓声を上げる。日本政府も骨を折った甲斐があったと大喜びする。

 この映画のシナリオの強烈なところは、このようにいったん回避されたかに見えた危機が、あっさりと覆され結局核戦争へと突入していってしまうところ。正直なところ一回見た限りではなぜ急転直下開戦にいたるのか理解しにくい感もあったが…。核戦争の勃発を知った人々はパニックに陥るが、フランキー堺の一家はあきらめたようにご馳走を作り、最後の瞬間を家族と共に静かに迎える。このあたりの描写は仏門に入っておられる松林監督らしいところと言えるだろう。もちろん「諦め」だけではなく強烈な怒りがその背景に静かに流れているのだが。
 核戦争の勃発により全世界は灰燼に帰する。助かったのはたまたま海上にいた宝田明を含む船乗りたちだけ。しかし彼らは放射能汚染を覚悟で廃墟と化した東京へと帰ることを決断する。船の乗る笠智衆が言う。「人間は素晴らしいものだがなぁ…みんないなくなってしまうんですか…」この人ならではの名セリフ。

 実は本作は怪獣映画・SF映画ほど有名ではないものの、特撮の神様・円谷英二が自らの代表作と自負している作品でもあると聞く。自負する理由は作品自体の持つテーマ性、ドラマの完成度の高さも大きいだろうが、怪獣・SFもののような「絵空事」ではなく現実に起こりうる恐怖のシチュエーションを「特撮」でリアリティをもって描けたという点にあるのではなかろうか。核ミサイル基地のシーン、北極海での戦闘機空中戦(戦記ものとは違いジェット戦闘機どうしという点も貴重)、そして世界の各都市が核攻撃で崩壊していくクライマックスシーンなど、他の特撮映画にはみられないリアリティある特撮シーンが本作では堪能できる。

 映画は死の世界と化した東京を見せながら、これはフィクションではあるが現実に起こりうる事態であり、こういうことにならないようにみんなで努力しなければならない、というメッセージを観客に送って幕を閉じる。ちょうど鑑賞したのがアメリカで起きた同時多発テロ事件の直後だっただけに、かなり強烈な印象を僕に残したものだ。(2001/10/20)

 
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