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「相棒-劇場版-絶体絶命! 42.195km 東京ビッグシティマラソン」

2008年・日本・「相棒 -劇場版-」パートナーズ
○監督:和泉聖治○脚本:戸田山雅司○撮影:会田正裕○美術:伊藤茂/近藤成之○音楽:池瀬広
水谷豊(杉下右京)、寺脇康文(亀山薫)、木村佳乃(片山雛子)、津川雅彦(瀬戸内米蔵)、本仮屋ユイカ(守村やよい)、柏原崇(塩谷和範)、細山田隆人(木佐原渡)、平幹二郎(御厨紀實彦)、西田敏行(木佐原芳信)ほか


 

 人気テレビドラマの劇場版。一定の観客が見込めるので近ごろよく作られるものだがそのすべてが興行的に当たるとは限らない。その中でこれはかなりの大当たりだったと聞いている。僕自身はというと、ヒットの情報や内容のそこそこの評判を耳にしてはいたが、もとのテレビドラマの方を全く見ていないので劇場に足を運ぶまでには至らなかった。もっとも同様にテレビドラマの劇場版で大ヒットした「踊る大捜査線」の2作はドラマを全く見ていないのに足を運んでいて、1作目については結構楽しめたこともある。

 そんなわけでこの「相棒」劇場版の一作目、先日TVで放映されたので(すでに二度目だそうで)ようやく初鑑賞することになった。繰り返すがテレビドラマシリーズの方は全く見ていないので、「相棒」の人物・設定などについてはほとんど無知。だから前半については正直なところ何がどうなってるのか半分くらい分からなかった。映画はドラマを見てる人が見ることを前提にしているようで、登場人物紹介のような場面は全くと言っていいほどない。たいていの映画はそのために序盤の一定部分をどうしても割かなければならないのだが、この映画はそれも一切なく、いきなり事件開始なのだ(最初に事件の発端となる南米某国のシーンが挿入されるが)。その分ドラマ部分に時間が回せるから結果的にそれが正解なのかもしれないが…

 雨のなか、鉄塔に一人の男の死体が吊るされていた。その男は人気ニュースキャスターで、殺された理由は不明。続いて国会議員・片山雛子(木村佳乃)のもとに封筒爆弾が届き、さらに車がラジコン爆弾の襲撃を受ける。一見無関係に思えた二つの事件の現場に暗号と思われる文字が残されていたことに気付いた特命係の杉下右京(水谷豊)は、二つの事件が共通の犯人によるものであり、暗号の文字と数字はチェスの棋譜を示していると推理。そしてネット上の会員制サイトにあった「処刑リスト」と事件は結びつきさらなる殺人も発生、右京はメールによるチェス対戦を通して犯人と接触する。
 やがて事件の背景に数年前に世間を騒がせた日本人青年人質事件が浮かび上がってくる。犯人は青年を見殺しにした政府と日本国民への復讐を図っているらしく、折しも開催される東京シティマラソンがテロの標的にされるとみられた。右京と亀山(寺脇康文)の二人はテロ阻止のために奔走するが、真相は二転、三転…

 というような話で、いつものドラマを見てない僕にはもう一つピンとこないところもあるが(登場人物の多くがドラマで出たキャラということもある。ドラマ見てる人には「お約束」な場面も多いみたい)、劇場版らしくスケールも大きく、時間に余裕もあるから連続殺人のサイコサスペンスタッチも出せるし二転三転の展開もできて、内容的には確かに盛りだくさんで飽きさせない。ただチェスでやりとりするくだりなんかは「どっかで見たような」観が強くて…なんだっけと考えたのだが、そう、「ダイ・ハード3」が近い。もひとつ言えば「ダイ・ハード4」のノリもかなり感じる。
 「ダイ・ハード」で思い出したが、「ダイ・ハード2」にはパナマの独裁者で麻薬王のノリエガ将軍をモデルにした人物が登場する。ノリエガはアメリカによって逮捕されるが、その前まではアメリカが彼を反共工作に利用していた過去があり、アメリカの右翼勢力(軍人含む)がノリエガをモデルとする人物を手段を選ばぬテロによって奪還しようとするストーリーになっている。アクション娯楽映画でありながらアメリカ外交政策の欺瞞をえぐりだすという硬派な要素を含んでいた。

 なんで唐突にその話をするかといえば、この「相棒・劇場版」にも多くの人に覚えがある実話をモデルにした話が出てくるため。治安の悪い南米某国に舞台を変えているが、映画の中で描かれる日本人青年人質事件はイラク戦争の最中に起こった二つの日本人人質事件をモデルにしたのは明らかだ。実話の方の一人の青年が拉致され結局殺されてしまった事件をベースにしつつ、映画は結果的には解放された複数人が人質になった事件の方のシチュエーションをより取りこんだ形になっている。政府やマスコミ、国民のかなりの部分が「自己責任」論を唱えて被害者であるはずの人質たちやその家族が「非国民」とばかりに非難されるという、僕自身当時かなり気持ち悪くなったあの事件を巧みに脚色して観客に思い起こさせたシナリオは高く評価していいと思う。

 当然映画は基本的に娯楽作品なのであの実話をモデルにしつつそこに政府の隠ぺい工作とそれを示す資料があったというフィクションを加え、それが最後にあっけなく暴露されることで観客が快感を覚えるつくりにしてある(もうちょっと工夫がほしかった気はしたが)。そういう工作自体はフィクションとしても当時の政府が「自己責任論」に巧みに誘導した形跡は確かにあり、一部マスコミもそれに乗ってあることないこと騒いだのも事実。映画の中でそのときの首相を演じる平幹二郎の髪型が明らかに小泉さんのそれとソックリになっているのは作り手が明白にそれを意識した証拠だ。そして人質の家族に対する大衆の陰湿な「非国民」攻撃は映画的にわかりやすくはなっているものの、やはり大同小異のことは実際にあって、日本人も戦前からこういうところは変わってないんじゃないかと映画を見ていて改めて慄然とした。この事件をモデルにした映画は他にもあった記憶があるが聞くからに主張が先走ってイマイチそうな感じだったのに対し、こちらはエンターテイメントの枠の中でうまく処理して観客に突きつけた。

 ただその動機面はいいとして、見終えてから改めて事件を振り返ると、正直なところ「そこまで凝ったことをしなくても」と思うところも。あの俳優さんがこんなチョイ役で出るわけないわなぁ、と途中で気が付くもんなんだけど、どんでん返しを狙って前半と後半がギクシャクしてしまっている。サイコ・サスペンス調にやるのか硬派な政治的背景を描く方向でやるのかどっちか一つにせい、と思うところも。とくにチェスのくだりはドライな推理要素が先行し過ぎて話についていきにくかったし、反対に終盤は日本人好みの「泣かせ」にドップリ突入してしまい(ま、それがヒットした一因でもあるんだろうが)、これはこれでついていきにくかった。

 それにしてもサブタイトルの異様な長さはどうにかならなかったのか。二時間サスペンスドラマじゃないんだから…確かにシティマラソンの場面が大掛かりで見せ場だけど、観終わってみると実はあんまり重要じゃないんだよな。
 中身が分かりやすい長いサブタイトルで客を呼ぼうという発想は分からなくはないんだけど…。最近外国映画の邦題にも同様の傾向があって、個人的には鬱陶しく思っているもんで。(2012/5/8)




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