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「大誘拐」
〜Rainbow Kids〜
1991・「大誘拐」製作委員会
○監督・脚本:岡本喜八○原作:天藤真○撮影:岸本正広○音楽:佐藤勝○美術:西岡善信・加門良一
北林谷栄(柳川とし子)、緒形拳(井狩本部長)、風間トオル(戸並健次)、内田勝康(正義)、西川弘志(平太)、天本英世(串田老人)、樹木希林(くーちゃん)、嶋田久作(「東京」)ほか




 健次以下三人のチンピラが一攫千金を狙って誘拐事件を企てた。その標的となったのは紀州の山林をいくつも持つ大金持ちの「柳川とし子」なるお婆ちゃん。首尾良くお婆ちゃんの誘拐に成功する三人組だったが、機転の効くお婆ちゃんにアジトの危険性を指摘され、いつしか誘拐犯が被害者の指示を仰ぐという妙なことに。そして身代金の金額もお婆ちゃんが「切りよく百億や!びた一文まからんで!」と勝手に決めてしまう!かくして全世界が注目する中、スーパーお婆ちゃんの指揮のもと、警察相手の百億円奪取の大作戦が始まった…!

映画にせよ、小説にせよ、日本生まれのものでこれほど上質のユーモア精神に満ちた作品は珍しいと思う。原作は異色の推理作家だった天藤真の同名小説で、映画はほぼ忠実にその内容をなぞっている。誘拐された本人が自分の身代金を法外な額に決めてしまい、誘拐犯達を手足のように使って警察と丁々発止とやりあうという、まさに奇想天外なアイデアの推理(?)小説だ。元の話がすでに滅法面白いのだから映画も面白くなって当然…とはナカナカいかないのが世の習いだ。過去、名作小説を駄作化した映画は数知れない。
 監督は岡本喜八。これまた日本映画界では珍しい、ギャグとアクションを得意とする映画作家だ。日本では誠に珍しいユーモアとアクションをとりまぜた戦争映画「独立愚連隊」が出世作という人である(その一方で「日本のいちばん長い日」のようなドキュメント的大作も作っているけど)。この「大誘拐」の前にはえらくとっぱずれたセンスの時代劇「ジャズ大名」も制作している。こういう監督が「大誘拐」の映画化を長らく考えていたというのは、やはりその異色性において相通ずるモノを感じたのだろう。

 とにかくこの映画、テンポがいいのだ。誘拐計画を実行していく段取り、そして誘拐実行後いつの間にやらお婆ちゃんに主導権を握られる過程、そして「身代金百億」を指定してからのマスコミも動員した警察との丁々発止の対決。とにかく見始めたら止まらない。このテンポの良さは他の岡本作品に共通する点だが、これが「映画的快感」を呼び起こしてくれるのだ。そして要所要所にギャグ的キャラクター(樹木希林の「くーちゃん」、嶋田久作の「東京」など)が配置され、コミカルに話を彩っていく。「くーちゃん」と「東京」は原作にも登場するが、映画ではいっそう活躍の場を与えられていて、映画特有の面白さを引き出してくれるのだ。
 命のやりとりなんかは一切無い。それでいて百億円奪取をめぐる警察との犯人グループのやりとりはまさにハラハラドキドキのサスペンス。テレビ局がさんざん利用されるんだけど、やはり実際に「観せて」しまう映像の力、原作よりもこの辺の描写は迫力がある。

 さて、この映画の魅力はそればかりではない。岡本喜八映画にはもう一つ重大な要素がある。徹底した「戦争」へのこだわりだ。「独立愚連隊」は戦争アクションでありながら戦争の愚劣さを描き出し、「日本のいちばん長い日」は戦争時の指導者たちを、「肉弾」では戦争時の一兵隊にスポットを当て「戦争」を厳しく告発した。ユーモアサスペンス映画であるこの「大誘拐」にもそれがチラリとではあるが、しかし強烈に暗示されている。
主人公・柳川とし子は戦争で三人の子を失っている。映画の初めのほうでさりげなく出てくるこの三人の遺影が、映画の後半で重大な意味を持ってくるのだ。なぜとし子刀自は「身代金百億」を指定したのか?それは実は自分から多くのものを奪っていった「お国」に対する復讐だったのだ(未見の方、ネタバレごめん)。この設定は原作よりも映画の方に濃厚に出ており、このあたりに岡本監督のこだわりがあるように感じられる。ラストシーン、対決を終えたお婆ちゃんと県警本部長の縁側での対話はしみじみとして味わい深い。笑わせ、ハラハラさせ、そして泣かせ…ホント、贅沢な映画です。(2000/3/23)



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