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今回の餌食
「JSA」

2001年・大韓民国
○監督:パク=チャヌク〇脚本:キム=ヒョンソク/イ=ムヨン/チョン=ソンサン/パク=チャヌク〇撮影:キム=ソンポク〇音楽:キム=グアンソク
イ=ヨンエ(ソフィー)、イ=ビョンホン(イ・スヒョク)、ソン=ガンホ(オ・ギョンピル)、キム=テウ(ナム・ソンシク)、シン=ハギュン(チョン・ウシン)ほか




 「シュリ」に続く韓国映画ショック上陸第二弾、ってなところでしょうか。「シュリ」に興奮し二度も劇場に足を運んでしまった僕だが、この「JSA」には少々気がひけていて、結局観たのは公開終了直前(少なくともその映画館では)のことだった。観た結果としては「『シュリ』がバカみたいに見えてきたな」などという感想を抱くにいたってしまった。
 もちろん、「シュリ」が実は駄作であったことに気づいたとか、そういうことではないのだ。あのバリバリのアクション、畳みかけるようなハリウッド映画も真っ青のキビキビした脚本・演出には今でも賞賛を惜しまない。しかし「シュリ」を観て僕らが思い知らされた「分断国家の悲劇」ってやつは、この「JSA」で描かれるそれに比べればかなり「お遊び要素」が強かったと思わざるを得ない。あれはあくまで分断国家の悲劇を素材に使った娯楽大作と言うべきなのだ。「JSA」もまたミステリー仕立てのエンターテイメント作品であるわけだが、背景に浮かび上がる「悲劇」の深刻さはより深く、かつリアルである。

 「JSA」とは「Joint SecurityArea」、ニュースなどでもおなじみの南北間の接点、板門店の「共同警備区域」のことである。ここの北朝鮮歩哨所から銃声が響き、重傷を負った韓国兵士1名が橋(帰らざる橋)の上に倒れこむ。歩哨所の中では北朝鮮の兵士2名が射殺され、1名が重傷を負っていた。事件は南北間の銃撃戦まで引き起こすが、真相は双方の主張が食い違って藪の中(このあたり、確かに「藪の中」を原作にした黒澤明の「羅生門」にも似ている)。事件の捜査はスイスなど中立国の監督委員会の手にゆだねられ、スイス軍の女性将校であり韓国系のソフィー(イ=ヨンエ)が事件の真相に迫っていく…物語の基本骨格はこのソフィーを探偵役とした推理ものの王道をゆく展開となっている。銃声の回数、銃弾の数、死体の検証から浮かび上がる謎…ミステリファンにもぜひ見ていただきたい、「密室殺人」ものの醍醐味すら味わえる内容だ。

 第一部「AREA」は事件の捜査が進み、その「真相」の一端が明らかになってきたところで突然幕を下ろす。第二部「SECURITY」は時間をさかのぼり、事件にいたる経緯が再現され、観客に説明されていく(このあたり、またしても黒澤明の「生きる」を連想させるところがある)。敵国同士としてにらみ合う南北両国の兵士たちの間に人間同士の交流が始まり、友情が芽生え…という実に泣かせる展開になってくるのがこの第二部だ。僕などもこの部分に大いに感銘を受けたのは確かだが、韓国人にはそれこそ計り知れないほど大きな感銘を与えるものなのだろう。敵国兵士として向かい合っているとはいえ、互いに同じ言葉を話し同じ文化を持つ同胞であることを、この第二部の展開は観客に強烈に訴えかける。「まさか、そんなことが」と感じる人も多かったかもしれないが、僕も韓国人の知人(もちろん軍隊経験がある)から聞いたところでも、この映画ほどではないものの南北兵士間の「交流」の噂ぐらいはあるようで(映画で雪の中行軍演習で南北兵士が遭遇し煙草を交わすシーンがあるが、あれに近いことはあったようだ)、この映画の創作もそれなりにリアリティのある設定なのだ。
 余談だが、あの映画狂として知られる北朝鮮の労働党総書記も南北首脳会談において韓国人記者相手に「シュリ」をけなしつつ「JSA」に高い関心を示し、実際に見たうえで高い評価を与えていたという(ま、確かに「シュリ」に出てくる北朝鮮の一部の描写はかなりきついものがある)。政治、イデオロギー的な「南北対立」ではなく、あくまで人間同士として、同じ文化をもつ民族同士として友情を育んでいく4人の兵士たちの描写は、南北双方の人にとっては涙なくしては見られないものなのではないだろうか。また劇中使われる流行歌など世代的な感傷にひたれる要素もあるようで、この点も僕などにはまだまだ感動を共有しきれないところだと思える。それでもこの南北兵士の交流シーンはしみじみと情に訴える見事な出来だと言っていい。第一部の陰惨なミステリーじみた描写から暖かい人間味あふれる描写へと、章ごとの空気の違いも際立っている。

 第一部「AREA」同様、第二部「SECURITY」も唐突に幕を下ろす。楽しげな展開が続いた四人の和気あいあいの友情物語は急転直下、悲劇の底へと転落していく。その転落が始まったところで、唐突に物語は打ち切られ、また第一部「AREA」のラストに戻り、第三部「JOINT」に入っていく。それにしても各章のタイトルは絶妙というほかは無いですな。実は僕などは「JointSecurityAera」の単語を一つ一つ章のタイトルにしてみよう、ってなところからシナリオが書き始められたんじゃないかと推測しているのだが…。この第三部の解決編はまさに良質な推理モノのお手本みたいな展開。一応未見の人のためにもネタばれは伏せておきましょう。とにかく最後まで目が離せません。単なる謎解きにとどまらず、分断国家の悲劇をきちんと絡ませた説得力ある展開にはもう脱帽モンです。

 この映画、やはり俳優陣がいずれも素晴らしかった。主演で人間味あふれる北朝鮮兵士を演じたソン=ガンホは「シュリ」にも出ていたが、あの映画ではそれほど印象的な役ではなかった(少なくとも僕の印象では。悪役ながらチェ=ミンシクのほうが強烈な魅力を放っていた)。しかし今作の彼の存在感はまさに圧倒的だ。あと、探偵役にあたるソフィー役のイ=ヨンエのクールな美しさ。これも特筆しておきたい。彼女を探偵役に配したこともこの映画の成功の大きな要素だろう。
 基本は実に映画らしい謎解きエンターテイメント、そしてそこからにじみ出てくる人間ドラマの感動。この両者をちゃんと両立させた、世界レベルでみても良作の一本と言えるだろう。(2001/10/10)

 
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