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「野性の証明」

1978年・角川春樹事務所
○監督:佐藤純弥○脚本:高田宏治○撮影:姫田真佐久○音楽:大野雄二○原作:森村誠一○製作:角川春樹
高倉健(味沢岳史)、薬師丸ひろ子(頼子)、中野良子(越智朋子/美佐子)、夏八木勲(北野刑事)、松方弘樹(皆川二佐)、梅宮辰夫(井崎昭夫)、成田三樹夫(中戸多助)、館ひろし(大場成明)、原田大二郎(度会登)、中丸忠雄(竹村課長)、三國連太郎(大場一成)ほか


 

ずいぶん以前から名前だけは知っていた。いしいひさいちの「がんばれ!タブチくん!」の中でこの映画のCMのフレーズがギャグの種にもなっていたし(笑)。僕自身は公開当時の記憶がほとんどないが、角川映画のことだから大量にCMを流し、それでネタにされたんだと思う。で、名前だけ知りつつまったく見る機会がなかったのだが、今年の元旦深夜にNHKのBSが高倉健特集と銘打って主演映画を一挙放送し、その中にこれが紛れこんでいたので初めて見ることになった。
 原作は森村誠一。有名な「人間の証明」と同じ「証明」シリーズだが、内容的にはまったく関係がない。なんでも「人間の証明」映画の大ヒットを受け、最初から映画化前提で書き下ろしてくれと頼まれて原作を書いたものらしい。映画のスタッフ・キャストも監督の佐藤純弥はじめ「人間の証明」参加組が目につく。

 映画の冒頭は、いきなり自衛隊特殊部隊の猛特訓シーンから始まる。高倉健松方弘樹が「レンジャー!」と連呼しつつ、米軍の指導者のもと泥まみれになったり宙づりになったりとサバイバルな訓練を受けているのだ。こういう訓練自体は実際にあるそうで、僕も十年以上前だったか、TVで取材映像を見たことがあって、そこでもだいたい同じことをやっていた。ただなんで「レンジャー」といちいち叫ばないといけないのかよくわかんなかったが(笑)、逆に映画でも同じことをやっていたのでそれなりに「リアル」なんだな、とは思わされた。
 この過酷な訓練を受けた特殊部隊に活躍の場がやってくる。武装した極左集団がアメリカ大使一家の別荘を襲い、彼らを人質に政府に要求をつきつけたのだ。彼らが「プロレタリアートの〜ブルジョアの〜」などと演説してる様は今見るとかなり滑稽だが、1978年といえばまだまだ「あさま山荘事件」なんかの記憶も生々しいころで、当時としてはそれなりに「リアル」だったのだろう(ま、「あさま山荘」も傍から見れば滑稽なことでもあったが)。この難局を打開するため、ひそかに要請されていた自衛隊の特殊部隊が出動、別荘を襲撃してあっという間に犯人グループを抹殺してしまう。そういえば「皇帝のいない八月」でも似たような特殊部隊がラストに登場してたな。
 その事件ののち、彼ら特殊部隊隊員たちは東北の山奥でサバイバル訓練を受ける。そしてその直後にその近くの山村で大量殺人事件が発生(このスプラッタ描写も同時期の映画「八つ墓村」っぽい)、観客は高倉健の主人公がサバイバル訓練のなかで正気を失い、一般人を大量殺害してしまったのでは…?と疑いつつストーリーの本題に入っていくことになる。

 …とまぁ、ここまではなんとなく面白そうなんである。それこそ「皇帝のいない八月」につながるような自衛隊ネタの政治サスペンス、社会派ミステリっぽくなりそうな気配もあるのだ。ところがこのあと話はどんどんつまらなくなる。正直なところ僕もこれほど序盤から終盤に向かって一直線に下り坂でつまらなくなっていく映画を見るのは珍しいと思った(最初から最後までつまらん映画ってのはよくあるんだけどね)
 村の皆殺し事件から数年後、主人公の味沢(高倉健)は自衛隊を辞めて村のただ一人の生き残った少女・頼子(薬師丸ひろ子)をひきとり、、東北のある町で父子同然に暮らしていた。事件を追う北野刑事(夏八木勲)は味沢こそが皆殺し事件の犯人であると疑い味沢の周囲をさぐっている。味沢の古巣である自衛隊も味沢の動向に目を光らせて…といった展開はなんだか国家規模の陰謀ばなしっぽくて面白そうなのだ。ところが話のメインは味沢が住む町の実力者・大場一成(三國連太郎)とそのチンピラ息子(館ひろし、若い!)がヤクザ土建屋連中と組んで邪魔者を抹殺していました、というえらくローカルで俗っぽいハードボイルドな話になってしまう(梅宮、成田など東映ヤクザ映画出演組が多いのでよけいにそう感じる)。いや、これはこれで面白くなくもないのだけど、元自衛隊のレンジャーが底に絡んでくる必然性がほとんど感じられない。
 おまけに問題の少女・頼子がショックによる記憶喪失どころか「予知能力」まで持ってしまっており、この辺はほとんどオカルトばなし。これも当時流行っていた要素なのかなぁ。今見てるとこの予知能力描写部分にはほとんどついていけない。予知能力のある割にラストに意味不明な行動をとるし。頼子の「誰かがお父さんを殺しにくるよ」はCMで連呼されたらしく、当時の流行語にもなったそうだが…ただ、この頼子役に抜擢された薬師丸ひろ子の存在感は間違いなく鮮烈で、このあと一躍アイドル女優に駆けあがってゆく兆候がはっきりと見て取れる。あえて言っちゃうとこの映画の価値ってその一点だけなんじゃないかと。

 お話の展開も後半から終盤にかけて「行き当たりばったり」としか言いようがない。山村皆殺し事件の真相も「なんだそりゃ」というオチだし、ヒロインである中野良子や夏八木勲、原田大二郎、松方弘樹といった面々も唐突な行動に走ってみんなあっけなく死んでいく(そのため変な意味で緊張感を持ってみなければならない)。ラストに自衛隊の演習場に入りこむくだりも編集の順番を間違えたんじゃなかろうかと思うほど場面転換がチグハグで、ヘリによる攻撃や戦車軍団の出現など映像的に派手ではあるが(この辺りは原作にない要素らしいけど)、カネかけた割にチャチさがつきまとって「生きて」いない。大野雄二の音楽も場違いな「ルパン三世」モードで変な気分になって来るし。終わってみると結局何がしたかったんだ、この映画は、と唖然としてしまった。

 大滝秀治田中邦衛山本圭丹波哲郎など有名どころが1シーンのみ出演していて、出演者リストだけはやたらにぎやかという点は同じ佐藤純弥監督の「新幹線大爆破」に似ている。あと、話が行き当たりばったりなハードボイルドいうところは同じく佐藤純弥監督・高倉健&中野良子出演の「君よ憤怒の河を渉れ」によく似ている。ああ、「ゴルゴ13」も佐藤監督&高倉主演だ。佐藤純弥監督作品ってホントにピンからキリまでで良くも悪くもバラエティに富んでいる(笑)のだが、これはどう見ても悪い方だろう。だが当時大ヒットしたのは事実のようだし、直前の「君よ憤怒」の方も中国で凄まじい大ヒットになったりもしてるから、評価はともかく商売にはちゃんとなってることは認めざるをえない。(2013/2/23)

 

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