PCエンジンSUPER GRAFX
ジャンル:ハードウェア
媒体:本体
発売元:NECホームエレクトロニクス
発売:1989年12月8日
価格:39800円
商品番号:PI-TG4
◆実は「PCエンジン2」!?
1989年8月、PCエンジン専門誌の一つで特に技術系の濃いめの情報で知られた「(勝)PCエンジン」誌((勝)は「マルカツ」。角川書店発行)10月号のトップスクープとして「PCエンジン2」なる新ハードが出る!?との記事が載っている。なんでもスプライトやBGの画像描画機能を従来の2倍にパワーアップ、その機能を生かした専用ソフトが遊べるだけでなく従来のPCエンジンソフトも遊べるという、いわゆる「上位互換機」らしい、というものだった。僕は後年、21世紀になってから国会図書館で同誌のバックナンバーを調べているうちにこの記事を見てビックリしちゃったのだが、次の号でこの情報が「PCエンジンSUPERGRAFX」の初期情報であったことを確認した。名前こそ変わってしまったが、「PCエンジン2」という当初のコードネーム(?)のほうが「プレイステーション」から「プレイステーション2」への移行を知っている世代には「SG」の位置づけが理解しやすいのではないかと思う。
1989年は前年にセガのメガドライブの発売、翌年に任天堂のスーパーファミコンの発売を控えた谷間の時期で、PCエンジン界はシェア獲得のために新たな戦略を練っていた。NEC−HEが打ち出した作戦はマニアックなハードのイメージ(当時においてはまだ「硬派」なイメージだった)のPCエンジンのユーザーのすそ野を広げるべく、ニーズに合わせた多様なハードを展開するというもので、低年齢向け・低価格の「PCエンジンシャトル」、従来の「白PC」をマイナーチェンジしてコア構想の中核を担わせる「PCエンジンコアグラフィックス」、そしてアーケードゲームで腕を鳴らし忠実な移植作には出費を惜しまないヘビーなゲーマーに向けては高価格なこの「SUPER GRAFX」(以下、「SG」)を、という3つのラインナップを打ち出したのだ。
「SG」はゲーム機としての基本性能は従来型のPCエンジンをほとんど引き継いでいるが(だから互換性がある)、スプライトやBGといった画像処理用のチップを2つ搭載することで、単純な話、従来型の2倍の描画能力を発揮できるようになっている。だから従来のPCエンジンではちらついたり処理落ちしたりする大型キャラや多数のスプライト、多重スクロールも十分に処理でき、3D表現(ポリゴンではなく擬似的なものだが)もふくめたアーケードのシューティング・アクションの移植に力を発揮するものと期待されていた。
◆無骨で異様なその外見
さて、実際に発売となった「SG」だが、まずその形状が異様(笑)。まず従来のPCエンジンがコンパクトにまとまっていたのに対して、無意味にデカい。載せてるチップが多少増えているとはいえその大きさは明らかに無駄。持ってみるとかなり軽いのが分かる。北米版PCエンジンである「TurboGrafx16」もデカいもの好きのアメリカ人向けに無駄に大きくしていたのだが、それと同じくらいの大きさだ。性能が従来の倍になったことを視覚的にわかりやすくしようとしたのかもしれない。
それにしても妙なデザインである。何がどうなってこういうデザインになったかわからないのだが、肋骨のように左右に伸びているものはどうやら自動車の「エンジン」のイメージらしいとは察せられる。むき出しになったネジのつもりらしい飾りはメカニックな雰囲気をだそうとしたものか。およそ洗練からは程遠い無骨なこのデザイン、発売した側のNEC−HE関係者も驚いたようで、雑誌「ドリマガ」の特集「PCエンジンの伝説」(2003年10月10・24日合併号掲載)に載る高垣信宏氏(当時NEC−HEでハード設計に関わっていた)のインタビューには「スーパーグラフィックスのデザインを見たときは、さすがにめまいがしましたね」との発言がある。それでもそのまま出したんかい、とツッコんじゃうところだが。
上位互換だからソフトはHuCARDが利用されているのだが、それを差し込むスロット部分が従来のPCエンジンと完全に違う。どうしたのか、差し込み方向が180度変わり、奥から手前に向けて斜めに差し込む形になっているのだ。このためSG専用ソフトのHuCARDは最初から表面の印刷が従来のものとは逆向きになっている(下左図)。また従来のソフトとの差別化をはかるためだろう、SG専用ソフトはCDと同じプラスチック製のケースをさらに紙製の箱に収める二重パッケージにされていた。
本体後部もなんだか変。カードスロットの後ろは不思議な反身の出っ張りがあり、後方にしっぽの如くニョキッと突き出している(上右図)。ここには従来のPCエンジン同様に「コア構想」に基づく各種周辺機器を接続できる大きな接続端子が用意されている。つまりCD−ROM2システムのインターフェイスユニットをここに接続してCD−ROMソフトを遊ぶことも可能になっているのだ。
…と書いたが、実は「そのまま」では接続不能。コンパクトな「白PC」「コアグラ」の3倍はあるボディがCD−ROM2システムにすっぽりおさまるわけがない。CD−ROM2システムとの接続には「ROM2アダプタ」という専用の接続ユニットを使わねばならない(下左図)。そこにはとてもゲーム機とは思えないチグハグな合体模様が出現してしまう。なんでこんなデザインにしたんだか、と思うばかり。
その反省からか、CD−ROM2システムの後継である「スーパーCD−ROM2」は、「コアグラ」「SG」ともに直接接続が可能な設計になっていた。下右図が「SG」と「スーパーCD−ROM2」の接続状態で、これにアーケードカードを加えればほぼ全てのPCエンジンソフトが遊べる最強の環境なのだが、これまた異様な威容である上に場所を取る(汗)。
SGの異様なデザインの大きな理由は、これに接続できる「パワーコンソール」なる専用の大型アナログジョイスティックの発売が予定されていたからだと思われる。開発じたいは進んでいて、発売間近とアナウンスもされ、雑誌の懸賞プレゼントまで実施されていたのだが、結局商品化に至らなかった知る人ぞ知る「幻の珍ハード」だ。
当時の雑誌に載った「パワーコンソール」の写真が右図。ごらんのとおり、航空機のコクピットを思わせるデザインの大型のコントローラーで、大きなハンドルとジョイスティックに各種ボタン、さらにレバーやテンキー、インジケーター類、マルチタップまでが搭載されたすさまじいもの。価格が5万円台を予定していたというのも無理はない(やたらな高価格なのは間違いないが、CD−ROM2システムにかかる値段を考えればそうでもない)。のちに実際に商品化され話題を呼んだ2002年に発売されたXboxソフト「鉄騎」の専用コントローラーに先立つこと12年も前に幻に終わった暴挙である(笑)。
「SG」との接続はどうやるのかというと、パワーコンソールの後部からSGを差し込んで合体するようになっている。SGの上部が傾斜状態になっているのは、この合体を実現するためだったらしいのだ。上に載せた「SG」の後部の写真をよく見ると、大きな接続端子の左脇に小さな端子があるのが見えるが、これがパワーコンソールとの接続に使われる予定だったようだ。
このパワーコンソールの開発についての関係者自身からの裏話がこちらのサイトのページに載っているので参照されたい。やはり商品化されなかった最大の理由はハンドルの強度に問題があり、しばしば壊れてしまったためらしい。これを丈夫にしようとするとさらに高価格になってしまうため断念したということのようだ。無茶な企画だったとはいえ、このパワーコンソールの発売に期待していた人も少なからずいたようで、これが実現できなかった時点で「SG」の存在意義がかなり低くなったのは間違いないだろう。
◆5本(+1本)しかなかった専用ソフト
「SG」本体発売同時ソフトはハドソンの「バトルエース」(’89)だった。「SGならでは!」をアピールすることを目指して作られたこのソフトは、パワーコンソールも意識したのかコクピット視点で展開されるオリジナルの3Dシューティングだった。ただし内容はPCエンジンでも移植作が出ていた「アフターバーナーII」(’90)とほとんど変わりがなく、SGならではのアピール度にはいまいち欠けていた。
4ヶ月後の4月、に出た第2弾ソフトが同じくハドソンの「魔動王グランゾート」(’90)。これはアニメキャラを使った横スクロールアクションで、明らかに低年齢層を狙ったフシのあるソフトであり、内容的にもPCエンジン初期の「魔神英雄ワタル」(’88)とあまり変わらない内容だった。
それから3ヶ月後の7月、NECアベニューから「大魔界村」(’90)が発売される。アーケードの人気作をかなりの忠実度で移植したこのソフトはそれまでのHuCARD史上最大の8Mビットの大容量となり、1万円を超える高価格ソフトとなったが、ようやくSGらしさを発揮した一本と言える。ただしメガドライブでも高い移植度のものが出ていたこともあり、ハードごと買わせるだけのアピールがどれほどできたかは疑問だ。
9月にはNECアベニューから「SG対応ソフト」として「ダライアスプラス」(’90)が発売される。これはCD-ROM2の大ヒット作「スーパーダライアス」(’90)のHuCARD版で、従来型のPCエンジンとSGの両方で遊ぶことができた。「SG対応」というのは同じソフトをSGで遊ぶと巨大キャラや多数スプライトのちらつきが抑えられるようになっているもので、当時この方式で発売予定のソフトが複数あったと言われる。しかし1990年の間にはSGの失敗は明白になっており、結局両対応ソフトはこの1本しか出なかった。
それからしばしの空白期間があり、翌年2月にハドソンのオリジナルシューティング「オルディネス」(’91)が発売される。これこそSGならではの巨大キャラや目もくらむような多重スクロールを駆使した意欲的なソフトではあったのだが、アーケード移植作には知名度でかなわない上に見た目にはいたってオーソドックスな横シューティングで、このためにSGを買う人はまずいなかったろう。すでに「終わったマシン」となっていたSGの、所有者向けサービスに近いゲームだったと思う。
それから半年後の8月、SGならではのアーケード移植作として早くからアナウンスされ期待も集めつつ、SGの状況から「本当に出るのか?」と危惧もされていたハドソンの「1941カウンターアタック」(’91)がようやく発売された。これは高い移植度を実現したSGならではの良作で、事実このゲームの家庭用への移植の例はこのSG版しかない。しかしSGユーザー向けの「義務」としてどうにか発売にこぎつけたものらしく、発売本数は相当に少なく、PCエンジン史上有数のレアソフトの一つとなってしまった。そしてこれが最後のSG専用ソフトとなり、ほぼ同時にPCエンジンはSCD時代へと突入していくことになる。
「SG」失敗の要因はまずその価格と、異様なデザイン、そしてパワーコンソールの発売中止といったところが挙げられるが、やはり専用ソフトのそろえが悪すぎたのが最大の問題だろう。立ち上げ時に「大魔界村」か「1941」があれば少しは展開が変わったのではないかと思うのだが…
◆「上位互換」は難しい?
「SG」はPCエンジンの上位互換機という位置づけだから当然従来のPCエンジンHuCARDもすべて遊ぶことができる。だがさすがに一部ソフトでは動作に問題が出たようで、当時の雑誌によると「スペースハリアー」「P47」「桃太郎電鉄」が正常に動作しないとの報告がある。しかしちゃんと対策はあってSG本体にある切り替えスイッチを入れるとSG機能を止めて従来型のPCエンジンの処理になり、こうしたソフトも問題なく遊べるという。その記事によると従来機種ではCPU能力の3分の1しか使っていないが「SG」では3分の2程度まで使うようになっており、従来機種では未公表のCPU命令を「SG」で使用するケースで一部ソフトに動作異常が起こるのだとのこと。
パソコンの世界では前世代のソフトをそのまま次世代のハードでも利用できる「上位互換」というのは当り前のようにあり、家庭用ゲーム機の歴史において「上位互換」を実現した前例としては、セガの「SG-1000」から「セガマークIII」「マスターシステム」「メガドライブ」へと続く流れがある。パソコンの規格ではあるが家庭用ゲーム機という性格が強かった「MSX」も「MSX2」が上位互換を実現している。
「SG」の1年後に出る任天堂のスーパーファミコンも当初ファミコンとの上位互換がうたわれていた時期があり、PCエンジンもそれを意識して上位互換の「SG」を発売したものだと思う。しかし結局価格面で無理があるという理由でスーパーファミコンとファミコンとの互換性は完全に排除された(任天堂の市場支配の戦略という面もあったとは思うが)。大量のソフト資産が活かせるという点でユーザーにとってもメーカーにとってもメリットが多そうな気がする上位互換だが、ゲーム機の高性能化が進むにつれ実行するのはどんどん難しくなっていく。
のちにNEC−HE&ハドソンはPCエンジンの後継機「PC−FX」においてPCエンジンとの互換性を当然考慮したものと思われるが、CD-ROMソフト資産を生かすよりも価格を下げる方を選んで結局互換性を排除している。
そもそもその「PC-FX」じたいが性能的にSGとあまり変わらないとの意見もある。PCエンジンの画像処理能力を「SG」ていどに強化し、そこに独特の動画再生機能を付け加えてCD-ROMドライブを倍速にしたのが「FX」だと言われるぐらいで、「SG」が早すぎたのか、「FX」が時代遅れだったのかという微妙な議論になる。そんなわけで「SG」で上位互換移行に失敗したトラウマも「FX」に互換性を持たせなかった要因なんじゃないかなぁ、と思われるわけだ。
はるかのちにソニーの「プレイステーション」シリーズが常に上位互換を実現しつつ進歩していく成功例を作り、僕などは「SGの夢がようやく実現(笑)」などと冗談を言っていたものだが、この文章を書いている2008年正月時点で、ついに「プレステ3」が「2」との互換機能を削除したマシンを売り出すとの報道が流れている。そのあと慌てて取り消したりしてるのだけど…
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