秋山仁の数学ミステリー 秘宝「インドの炎」を死守せよ

ジャンル:その他
媒体:SUPER CD-ROM
発売元:日本放送出版協会
発売:1994年12月10日
価格:8900円

ヤフーオークションに出品されていた際の写真を拝借◆NHKが「出版」した教育ソフト!

 本作をこのリスト内でとりあつかったものかどうかかなり迷ったんだけど、PCエンジンを語る上である意味避けて通れない話題(謎)ということもあり、とりあげることにしてみた。なお、僕自身はこのソフトは目撃したことすらありません。発売当時チラッと雑誌記事で見かけたと言う程度(その後実際に目撃する機会があった。文末の補足参照)
 本作はゲームショップを通して発売されたものではなく、書店で販売されたムックの付録CD-ROM(もっとも本の方が付録というべきだろうが)。しかも発売元は日本放送出版協会、すなわち天下のNHKの出版部門である。このCD-ROMソフト(厳密にはゲームとはいえないのでこう書く)はNHKのマルチメディア戦略(昔なつかしの流行語)の一環として発売された数学教育用ソフトなのだ。「主役」である秋山仁さんといえばあのほとんどタレントと扱われている超個性的な外見の数学者だが、そういえばNHKの番組にはよく出ていたような記憶がある。

 そんなタレント数学者を使った、遊んで学べる楽しい教育用CD-ROM…というのがこの商品のコンセプト。当時はCD-ROMってのがまだまだ世間的には物珍しいもので、映像・音楽・出版をまぜこぜにした「マルチメディア」なるものを実現する次世代メディア、なんて形で実体もよく分からずにイメージ先行でもてはやされ始めていたころだった。そんな中でNHKも試みにやってみたというところだろう。じゃあなんでPCエンジンで?と思うところだろうが、当時世界で一番普及していたCD-ROMマシンはPCエンジンCD-ROMシステム(DUO含む)であったという、今日でも意外と認識されていない厳然たる状況があったのだ。NHKとしては素直に一番普及度の高いマシンで出したという事に過ぎない(NHK側も当時公式にそう言っていたことが雑誌に載っている)
 ちなみに当時のCD-ROMマシンといえば富士通のパソコン「FM−TOWNS」およびその家庭用ともいえる「MARTY」、NECのPC98「マルチ」(のちにCanBe)、そしてメガドライブの「メガCD」ぐらいという状況だった。スーパーファミコンにもソニーとの共同開発でCD-ROMドライブをつける話があったが(その名も「プレイステーション」)、これは任天堂が難色を示してお流れとなっている(そのソニーの怨念がのちの「プレステ」として実現する)。PCエンジンDUOなどはアメリカではアップルのPCに接続してCD-ROMドライブとして使われたほどで、確かに普及度の点では一歩先を進んでいたのだ。

 ただ単純に普及度のことだけではなくNHKが一時期深くPCエンジンに関わりを持っていることも考慮したほうが良さそう。「青いブリンク」(’90)「おかあさんといっしょ・にこにこぷん」(’91)「NHK大河ドラマ太平記」(’92)と三本ものTV番組関連ソフトがNHKから発売されている。どれほど売れたのか大疑問なソフトばかりだが、NHKとNECって字面もさることながらどっか体質がマッチしていたような気もする。そう、大真面目な会社のクセに妙に商売っ気を出して世間の感覚とズレた商品を乱発し、ほとんど成功しないあたりなど良く似ているような(笑)。

 さて、本作は所有していない上に情報もあまり出回っていないのでほとんど何も書くことが出来ない。ネット上で画面写真などいくつか情報が出回ってはいるが、実のところ存在そのものがマニアックというだけでどうという内容のものではないらしい。まぁ「教育用ソフト」と称するもので面白いってのもんは今だってほとんど無いんだけど。
 聞くところではアドベンチャーゲーム部分と数学パズル問題を解く部分とがあったらしい。そして難関高校入試問題の解法が本のほうに載っていたとか。まぁそんな内容ではさして売れたとも思えないなぁ。PCエンジン持ってる人はゲーム主眼なのであってこんなものに手を出さないだろうし、数学に興味をもった人がこのためだけにわざわざPCエンジン買うとも思えないし。とにかく思いっきり思惑がズレているような気がする。ゲーム機をゲーム以外の目的で使おうとする企画の大半がこのパターンに陥っている。

 CD-ROMというメディアはその初期において百科事典とか教育用ソフトといった硬めの用途が考えられていた。それをゲーム機に持ち込んで(当時では大変な冒険だったそうで)一気に親しみやすいものにしちゃったのがPCエンジンの功績であるわけだが、そのPCエンジンでもいくつかこうした「マルチメディア」を狙ったゲーム以外のソフトが出されている。たぶん一番実用的で楽しめるのは恐竜百科事典「マジカルサウルスツアー」(’90)だろうな。

<補足>
この文章を書いた時期もこのソフトは異様な高値で話題を呼びつつあったが、その後何がキッカケかは不明だがネットオークションで30万円もの高値がつき、秋葉原のレトロゲームショップでも20万円で買い取って30万で売ったら即座に買い手がついたという
(週刊アスキー連載「カオスだもんね!」にあった情報)。2004年秋段階で僕が目撃したところでは未開封品でなんと60万円弱もの値がつけられており、レトロゲーム業界最高値のお化けソフトとなっている。もうコレクター相手じゃなくて転売に明け暮れてる人たちがいるとしか思えないのだが…いくらレア商品とはいえ、内容から考えればこの高値はあまりにも異常。数万円台に落ちない限り僕は興味はわきませんね。
発売元は天下のNHKなんだし、在庫があるんじゃなかろうか、って気もするのだが。国会図書館で調べたらしっかり献本されているようなので興味のある方は調べてもらいたい。プレイできるかどうかはともかく、手に触れるぐらいはできるかと(笑)。2004/11/19記




<追記:プレイリポート>

 2012年になってようやくこの「幻のゲーム」をプレイする機会を得た。ムックの方は見てないのだが、とりあえずCD-ROMソフトの方は全編プレイしたので記事を追加しておく。

トップ画面 CD-ROMを起動すると、軽やかなBGMと共に秋山仁先生の実写画像がクルクルと回転して登場する。トップメニューでは「GAME PLAY」「MATHEMATICS(数学)」の二つが表示され、「GAMEPLAY」を選ぶと秋山先生が「数学は難しいと思うかもしれないけど、実は身近なところに数学的な考え方はたくさんあります。ゲームを通してそれを学んでいきましょう」といった趣旨の話を自ら手ぶりを交えてしゃべってくれる。実はこのゲームを通じて主役であるはずの秋山先生ご自身が肉声を披露するのはここだけ。タレントとしても活躍されてる先生だが、さすがに演技は素人なので、ゲーム中では全て阪修さんが秋山先生の声を担当。ぱっと耳には本人がしゃべってるように聞こえるぐらい似せてるからさすがはプロだ。

 ゲームの方はジャンル的にはミステリーアドベンチャーになっている。プレイするまではこのソフトについては「教育用」ということもあって面白くなさそうという先入観があったのだが、実際にプレイしてみてそう思っていたことを反省した。いやいや、これ、かなり良く出来てますよ。PCエンジンCD-ROMでデジタルコミック以外のアドベンチャーというと名作「スナッチャー」(’92)とあといくつか、というぐらいしか思いつかないのだが、この「秋山仁の数学ミステリー」もPCエンジン史上のアドベンチャーの名作…とまではいかなくても力作ぐらいには挙げていいと思う。

 アドベンチャーゲームは「秘宝『インドの炎』を死守せよ」とサブタイトルがつくように、「インドの炎」と名のついた巨大な赤い宝石をめぐるお話で、それを狙う「B3」なる怪盗一味と、なぜか探偵役をつとめる秋山仁先生の攻防戦(?)を描くミステリーだ。
 秋山先生と美人助手の本城まなみは、大規模な宝石展示会が行われるリゾート孤島「ウェルスシティ」にやってくる。この島はソーラーシステムで都市全体のエネルギーがまかなわれ、環境にも配慮した設計のモデル未来都市で、原発事故なんかがあった現在から見るとかえって新鮮。このゲーム世界では秋山先生はどういうわけか単なる数学者を超えた知名度と信頼を得ておられるようで、警察関係者から展示会の警備にアドバイスをしてくれるよう頼まれてVIP待遇でこの島に招待されるのだ。
 そしてそこにイタリア人のプレイボーイ数学者「ペペ」と、表面的には若き宝石商ながら実は盗賊団「B3」のリーダーと疑われている謎の美女「クイーン」、秋山先生と古い知り合いの刑事「デカ長」(一貫してこの名前でしか登場しない)といったキャラクターたちが登場して秋山先生とまなみに絡んでくることになる。「インドの炎」の所持者として「英国皇太子」までチラッと登場しちゃうのだが、これってチャールズさんですよねぇ?

 システムは実にオーソドックスな、「見る」「話す」「考える」といったコマンドを選択して話を進めて行くもの。雰囲気的には「スナッチャー」によく似てる。コマンド総当たりというわけでもなく、必要なことをしたらさっさと先へ進むようになっている。何かあるとすぐに「保存しますか?」とこまめに聞いてくるのが不思議だが、このアドベンチャーは分岐も行き詰まりも、もちろん戦闘もまったくない一本道である。だからコマンドを選びながら映画やアニメを見ている感覚なのだが、テンポは割といいのでコマンド選びも面倒には感じない。
 「数学ミステリー」というから、物語を進めるためには数学クイズを解かなくちゃいけないんじゃないかな、と思っていたのだが、実はそれもない。物語中、ところどころで「数学的な物の考え方」が示されるのだが、それをプレイヤー自身が解く必要は全くない。そのイベントがあったところで「考え方を確認する」というコマンドが出現するので、それを選ぶと今の話をちゃんと数学的に説明してくれるモードに入る。そこで基本問題が提示され、秋山先生からのヒントを聞き、解法と解答が示される。さらにその応用問題も提示され同様にヒントや解法が示されて全部読んだところでゲームに戻れる。このモードでもプレイヤーが解く必要はなく、解説をただただ流し読みすればよい。

数学解説 物語中にこの数学的な考え方が突然乱入してくるのはちょっと強引とも感じるが、もともとそういうゲームである。数学者自身を主人公にしているためそれほど押しつけがましさはないし、実際「実生活の中にある数学」をテーマにしたこともあって「へぇ」と感心して見入ってしまう。特に僕は「直方体の透明グラスで2分の1、3分の1の体積の液体を図る方法」とか、「複雑な構造の部屋で監視カメラ数を最低で済ます方法」「円と直線で出来た町中をゆく最短コース」などは大変楽しめた。図形系だけでなく、お手軽な数学クイズものや、素因数分解を使った暗号文とか、一見簡単そうで解けない数学史上の難問(証明不可能問題)の紹介など、幅は広い。もともとこの手の話が好きな人(僕もそう。解けるかどうかは別にして)は大いに楽しめるし、そうでもない初心者でも興味は持たせられるのを選んでいる。
 ゲーム中に登場する「数学的な考え方」は全部で13個ぐらいだったか。この全てがトップメニューの「MATHMATICS」で最初から読めるようになっているのも親切設計だ。このソフトの趣旨である「数学ってこんなに楽しいんですよ」と中学生レベルの子供をいざなうにはかなり成功していると思う。もっとも発行部数が少ないようなので、どれほどの子供が楽しめたか…。

 で、こうした数学的な考え方があちこちにちりばめられる一方で、物語の主軸である「インドの炎」の争奪戦には数学的な話は全くと言っていいほど絡んでこない。これは不徹底とは思うが、無理して絡めることをせず、ストーリーに没頭するほうを優先したものだろう。
 ストーリー自体はよくできている。「ルパン三世」チックなものと思ってもらえばいいのだが、厳重な警備をかいくぐっていかに「インドの炎」を盗み出すか、というトリックが主軸で、主役の秋山先生が探偵役であるにもかかわらずプレイヤーは「B3」がいかにして奪取に成功するかワクワクしながら読める。ミステリーとして見ても結構出来は良い方だし、縦横に伏線を張り、ほどよくプレイヤーにヒントを与えて行く(推理小説みたいに最後に探偵が延々解説、というのをある程度防いでいる)シナリオも配慮の行き届いたものだ。秋山先生がカッコよすぎ、というきらいはあるが(笑)、数学的思考により推理をたて(そこで「背理法」が導入される)、犯行を未然に防げはしなかったものの「インドの炎」奪回には成功し、まるくおさまる展開はお約束と言えばお約束ながらかなり読ませる。本音を言えばラストにもうひと山、犯人一味と秋山先生の対決でもあれば完璧だった。プレイ時間は合計して3時間ちょっと、というところで、操作できる映画としてみればまずまずのボリューム。

レベルの高い一枚絵 ストーリーだけよければいいってものではない。CD-ROMアドベンチャーでは特に「絵が命」になる。この「絵」がまた素晴らしく、どんどん先へ進み、最後まで一気にプレイしてみようという気にさせるだけのものがある。
 このソフトが発売された1994年末といえばPCエンジンSCDのビジュアルシーン演出がTVアニメのレベルに達するほど成熟した時期(もちろんソフトメーカーにもよるが)なのだが、このソフトもその一例といっていい。一枚絵のレベルがデザイン・構図・色使いともにかなりセンスが高く(PCエンジンの色数と解像度で「セル画並み」に見せてしまうというのはかなりのセンスが必要)、またその枚数も豊富で、しかも要所要所で見事にアニメし、パッパッと切り替え表示する映画的カット演出も加わって飽きさせない。アドベンチャーゲームに限って言えばPCエンジンでも最高のビジュアル演出と言っても過言ではないと思う。詳細は分からないが、これはアニメ製作会社か何かに絵の外注をしているのではないかなぁ…

 「製作・著作」には「NHKエデュケーショナル」(1989年創設のNHK関連企業で、教育番組・ソフト開発をしている)がクレジットされており、そこは天下のNHK、下請け発注にしても資金・人材面でかなりいい投入をしたんじゃないかと思える。また「製作・著作」にはもうひとつ「IPA」というロゴがクレジットされるが、これは現在の独立行政法人「情報処理推進機構(IPA)」とロゴが同じであるため、その前身の政府機関「情報処理振興事業協会」ではないかと思える。これも詳しい経緯はわからないが、当時流行の「マルチメディア」ブームに乗って教育ソフトでも作ってみろと資金を出したってことかも。だとすると半ば「国家事業」的な企画だったという大げさな話にもなってくるのだが、その割に発行部数が少ないのは流通系統の問題があったんじゃないかと。最初っからPCエンジン向けゲームソフトとして出せばよかったのに、と思っちゃうのだが…。

 なお、2012年現在、このソフトの現物は相変わらず中古市場では最高値で、最近現物を見かけないけどどこぞの店の買い取り表では16万円の価格がつけられている。


★ファミコン通信クロスレビュー(発売前テスト版による10点満点での採点)
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