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投稿日: 2014/10/26(Sun) 21:14
投稿者Ken
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タイトルバイブル・ガイド

 タイトルは『Asimov's Guide to the Bible』。一九六九年に発表された大作です。アジモフの小説では最も長い『ファウンデーションと地球』と比べても、ざっと三倍の分量があるでしょう。もう一つの解説書の大作『Asimov's Guide to Science』と比べても同等か、それに近い分量があると思われます。内容は、題名どおりバイブルの解説書ですが、教会の聖書勉強会で語られるような、宗教の話をするわけではありません。キリスト教世界では、長い間、バイブルの記述はすべて史実と信じられてきましたが、一体どの記述が真実でどれがフィクションなのかを考証してゆくのが本書の大きな目的です。

 ただしアジモフは自他の認める無神論者ですから、神が世界を創ったとか、自分に似せて人間を作ったとか、ノアの洪水を起こしたとか、息子を救世主として送り込んだとか、そういうことの真偽を検証しようとはしません。フィクションに決まっているという立場ですから。しかし、例えばエジプトで奴隷にされていたイスラエル人を脱出させるため、神がエジプトに災厄を起こしたという『出エジプト記』の話は、この時代の史実のエジプトを非常に苦しめた民族移動が背景にあるのではないか、というような考察を行います。また、超自然的な話はフィクションという原則的立場をとりつつも、予言の話だけは慎重に検証をしています。例えばダニエルの預言書とその後の歴史を照合すると、未来予知をしたとしか考えられないように見えます。本当に「預言者たち」は未来を予知したのか、バイブルの記述を詳細に検証し、バイブル以外の史料も参照しながら、考察を行います。さらには、フィクションを含めてバイブルに含まれる話が、どのような事情で書かれたのかについても、その時代の背景を考えながら、考察をしてゆきます。

 このような考証は、日本人には、古事記の研究を例に挙げれば分かりやすいかもしれません。オオクニヌシがアマテラスに国を譲ったというのは神話です。しかし、古代日本には大和と拮抗する文化を持った出雲の勢力があり、これが最後は大和の支配に服した史実が国譲り神話に反映されている、というのは歴史研究者の間で有力な説となっているはずです。また神武天皇が日向の国から興って大和を征した話はフィクションかもしれませんが、凡そ、経済や文化の遅れた地域が軍事能力だけを突出させ、先進地域を征服する事例は中世までの歴史には大量にあり、ヨーロッパ史上の王室などは、大抵は中世のノルマン人つまり最も遅れた北欧から出てきた征服者の子孫なのです。また大和が出雲を支配下に入れたとき、相当に宥和的な政策をとったに違いないことは、スサノオがアマテラスの弟とされていることから伺えますが、大和と出雲の間にはやはり抗争があったことも事実で、スサノオが高天原で狼藉を働いた話はその反映と考えられるでしょう。それでもヤマタノオロチ退治の話は残り、この出雲の神は、大和が編纂した史書の中で、邪神ではなく英雄神になっているのです。

 同じように、バイブルで語られる各エピソードのそれぞれが、果たして史実なのかフィクションなのか、フィクションにせよ、なんらかの事実を背景とするのか、そういうことを合理的に検証しようというのが、アジモフの執筆意図といってよいでしょう。

 バイブルは、ユダヤの経典である『旧約聖書』と、ユダヤ教から派生したキリスト教の誕生と成長を記した『新約聖書』から成り、それぞれが複数の「書」から構成されます。実はどの書がバイブルの正典に含まれるかは、宗派によって若干異なるのですが、本書は以下の構成を採用し、各書を順番に紹介と解説をしてゆきます。なお、各書の日本語題名は、ウィキペディアで記事のタイトルになっているものを採用しました。

創世記 / 出エジプト記 / レビ記 / 民数記 / 申命記 / ヨシュア記 / 士師記 / ルツ記 / サムエル記一 / サムエル記二 / 列王記一 / 列王記二 / 歴代誌一 / 歴代誌二 / エズラ記 / ネヘミヤ記 / エステル記 / ヨブ記 / 詩篇 / 箴言 / コヘレトの言葉 / 雅歌 / イザヤ書 / エレミヤ書 / 哀歌 / エゼキエル書 / ダニエル書 / ホセア書 / ヨエル書 / アモス書 / オバデヤ書 / ヨナ書 / ミカ書 / ナホム書 / ハバクク書 / ゼファニヤ書 / ハガイ書 / ゼカリヤ書 / マラキ書 / トビト記 / ユディト記 / マカバイ記一 / マカバイ記二 / マタイによる福音書 / マルコによる福音書 / ルカによる福音書 / ヨハネによる福音書 / 使徒言行録 / ローマの信徒への手紙 / コリントの信徒への手紙一 / コリントの信徒への手紙二 / ガラテヤの信徒への手紙 / エフェソの信徒への手紙 / フィリピの信徒への手紙 / コロサイの信徒への手紙 / テサロニケの信徒への手紙一 / テサロニケの信徒への手紙二 / テモテへの手紙一 / テモテへの手紙二 / テトスへの手紙 / フィレモンへの手紙 / ヘブライ人への手紙 / ヤコブの手紙 / ペトロの手紙一 / ペトロの手紙二 / ヨハネの手紙一 / ヨハネの手紙二 / ヨハネの手紙三 / ユダの手紙 / エズラ記二 / ヨハネの黙示録

 それでは、アジモフのバイブル・ガイドを紹介してゆきますが、紹介を始める前にいくつかの注意点を挙げておきます。

 まず、これから書いてゆく文章の中にはアジモフの考察と、私(Ken)自身の考察・感想が混在します。大抵は内容から区別がつくと思われますが、念のため、私自身の考察・感想は※印ではさんで区別します。たとえば、

ヨナが大魚の腹中に三日三晩いたという話について、大魚とはクジラのことだと解釈する人々がいる。クジラが哺乳類で魚ではないという反論は無意味。それは近代生物学が明らかにした知識で、昔の人はクジラは魚だと信じていたのだから。jellyfish(クラゲ)やstarfish(ヒトデ)も魚ではないが、fishという。

※漢字の「鯨」もサカナ偏がある。「蛇」や「蛙」はムシ偏が付くが、実際は脊椎動物。※

 このように書かれている場合、「ヨナが〜fishという」という部分がアジモフの言葉。「漢字の」以下が私の意見です。

 つぎに、バイブルに登場する人名や地名を、どのように表記するかは迷いました。アジモフの本書は英語で書かれてますから、固有名詞もすべて英語表記です。例えば、イスラエル人を連れてエジプトを脱出したのはモウゼス(Moses)、諸部族を統一して古代王国を建てた武将はデイビッド(David)、「キリスト」の誕生を予言したと言われるのはアイゼイア(Isaiah)、「キリスト」自身はジーザス(Jesus)、その教えを広めた伝道者はポール(Paul)という名で現れます。しかし、日本語の中でこれらの人々には、モーセ、ダビデ、イザヤ、イエス、パウロという呼称が定着しており、これを使うか、それとも英語表記に従うかという迷いでした。

 これについては、一旦は英語表記に従おうと決めたのです。私が知る限り、本書の日本語訳はないので、英語で読むしかなく、固有名詞も本書に登場するままの名前で紹介するのが親切だろうと考えました。それにアジモフ作品には既にその例があり、『鋼鉄都市』の中でベイリ刑事は、自分と妻が旧約聖書の預言者と王妃と同じ名を持っていることを語りますが、それでも日本語訳で、二人の名はエリヤとイゼベルではなく、イライジャとジェゼベルと英語表記にしたがって書かれています。

 その一方で、アジモフがなぜこのような解説書を書いたのかを考えると、なによりもバイブルを読んでほしいからではないでしょうか。バイブルを読まない人が本書だけを読んでも、無意味に違いありません。そして日本人がバイブルを読むなら、通常は日本語訳を読むでしょうから、やはりその中に登場する名称で紹介してゆくのが正しいと思い直しました。よって今回は、ウィキペディアの日本語記事で使用される人名と地名の呼称に統一しました。なおバイブルの文章自体を引用する部分では、日本語訳聖書を参照しつつも、アジモフの本書に現れる文章を、私自身が翻訳しました。バイブルの文章は時代とともに変更が加えられており、例えば日本聖書協会のサイト(http://www.bible.or.jp/)に見られる文章でも、アジモフの本書とは異なる点がいくつも見られるからです。アジモフのバイブル・ガイドで引用されているのは、King James Version(欽定訳聖書)という、十七世紀のイギリスで作られたものです。

 三つ目は「信仰」を持つ人への、私からのお断りです。アジモフはいわば筋金入りの無神論者で、このガイドもバイブルを「聖書」として尊ぶどころか、その矛盾点をあぶり出し、倫理的な問題点を糺し、聖者どころかひどい人物がバイブルを書いたことを思わせるような指摘も、随所に出現します。聖書と信じる人にとっては、読むに耐えない内容かもしれませんので、そういうものを読みたくないと思う方は、アジモフのガイドも、これから書いてゆく紹介文も読まれないほうがよいかもしれません。

 ただ、ひとつだけ付け加えれば、アジモフは、非常に強い倫理観を持ち、善悪を峻別する人で、そのような倫理観を持つということは、結局、何らかの信仰を持つのと同じことであると、私は思うのです。例えば私たちの倫理観は、他人を殺してその人のものを奪うのは悪いことであると考えますが、純粋な生物学の観点から見れば、弱肉強食、適者生存こそが、生物の本来の姿であり、人間を含めて生物はこれを行うからこそ、ダーウィンが考えたような進化をするので、なぜそれが悪いのかと尋ねられて、完全にロジカルな回答を出せる人は、いないのではないでしょうか。そういうとき、信仰を持つ人は、全能の神が「汝、殺すなかれ」とモーセの十戒の中で教えていることを根拠とするのです。あるいはそこまで特定の宗教に拠っていなくても、とにかく悪いことは悪いことなのだと「理屈抜き」で私たちは信じているのです。その意味で倫理観と信仰は同じものであり、アジモフは強い信仰を持つ人であったし、このガイドもまたそのような人が書いたものであるということはいえると思います。実際のところ、アジモフの倫理とは「キリスト」が説いた倫理と同じものであり、例えバイブルの著者や登場人物(時には「神」そのもの)を批判する時も、その倫理を基準としているということです。

 それでは、アジモフのバイブル・ガイドを紹介してゆきましょう。


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