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投稿日: 2015/01/04(Sun) 23:04
投稿者Ken
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タイトル列王記一

『列王記一』

 列王記第一書は前九七三年に始まる。在位四十年のダビデは老齢で、早く世継ぎを決めねばならない。残った息子の最年長はアドニヤで、軍の長老ヨアブと祭司長のアビアタルに支持されていた。しかし二人とも高齢で、彼らに代わろうとするベナヤ、ツァドクらは、バト・シェバが産んだソロモンを推し、預言者団を率いるナタンも同志だった。結局ダビデはソロモンを世継ぎに指名し、ほどなくダビデが歿すると、即位したソロモンは直ちにアドニヤとヨアブの命を奪い、サウル家の残党と言うべきシムイも殺害し、アビアタルを追放してツァドクを祭司長に任じた。これより王国史を通して、ツァドクの家系が祭司長の地位を世襲することになる。

列王記一2章46節:そしてソロモンの手中に王国は確立された

 今やイスラエル王国は最盛期を迎え、ソロモンの後宮は、最も高貴な家から妃を迎えるまでになった。

列王記一3章1節:ソロモンはエジプトの王ファラオと親しくなり、ファラオの娘をダビデの町に迎え入れ、

 かつてエジプトを逃れた奴隷の子孫が、エジプト王家と婚姻を結ぶまでになったのだが、当時の第二十一王朝はかろうじてナイル・デルタを維持する弱体政権で、ソロモンとの同盟に期待したのも無理はない。その効果があったのか、花嫁の父プスセンネス二世はその後三十年、ソロモン自身の治世が終わる頃まで、王朝の命脈を保つことができた。

 バイブルは、ソロモン時代の王国を理想郷として語る。

列王記一4章25節:ユダとイスラエルの人々は、ダンからベエル・シェバに至るまで、自分のぶどうの木の下、いちじくの木の下で安らかに暮らした

 その黄金時代のさらに頂点をなす事業が、神殿の建築であろう。その建材と職人を売り込んで利益を上げたのが、フェニキアの町ティルスの王ヒラムだった。

列王記一5章7節:ヒラムはソロモンの言葉を聞いて大いに喜び、

 しかし、分不相応の事業が国民を酷使するのは、エジプトのラムセス二世や、フランスのルイ十四世の例が示すとおりである。

列王記一5章13節:ソロモン王はイスラエル全国に労役を課し、三万人を徴用した
列王記一5章14節:そして彼らをレバノンに送った

 ただし労役に駆り立てられたのは征服された先住民で、イスラエル人は保護されていたという。

列王記一9章22節:しかしソロモンは、イスラエル人は奴隷としなかった

 だが、これは後にダビデ王家から離反したイスラエルからの非難に反論するため書かれたのだろう。ソロモンが大変な無理をしたことは、ヒラムへの負債を払えず、代わりに領土を割譲したことからも分かる。

列王記一9章11節:ソロモンはヒラムに二十の町を贈った

 だが、割譲されたのはイスラエルのナフタリ族の領地で、イスラエルを激怒させたのは間違いない。それでも神殿は前九六二年に完成し、神の契約の箱が設置された。

 ソロモンの事業には、船隊を作って交易を行ったこともある。ある時それが外国君主の訪問につながった。

列王記一10章1節:シバの女王はソロモンの名声を聞き、難問で彼を試そうとしてやって来た

 シバとは、アラビア南西部、現在のイエメンにある町のことで、アラブ語ではサバという。もっとも女王がいた記録などはないし、バイブルでも女王の名は書かれていないが、コーランでは彼女の名はバルキスになっている。近代のエチオピア人は、バルキスは彼らの国の女王だったと信じるようになった。エチオピアとイエメンは三十キロの海で隔てているだけなので、ありえないことではない。さらにエチオピアでは、バルキスはソロモンとの間に息子をもうけ、その子孫が現在(※アジモフの執筆当時※)まで続く皇室ということになっており、皇帝の称号の一つも「ユダの獅子」である。

 ソロモンの統治政策の特徴は信仰の自由を認めたことで、王がユダとイスラエルだけでなく、全人民の王であることを示そうとした。彼の後宮には諸国からの女性たちがいたが、それぞれの神を祀るのも自由だった。きわめて優れた政策だが、預言者団の非難を受け、しかも時代を降るほど非難が強くなった。

列王記一11章5節:ソロモンは、アンモン人の邪神ミルコムに従った
列王記一11章7節:ソロモンは、モアブ人の邪神ケモシュのために、祭壇を築いた

 ソロモンのような政策が絶対必要だったことは、彼の世が前述のような牧歌的な理想郷ではなく、例えばエドム人ハダドやエルヤダの子レゾンなどの反逆の記録が残っていることで分かる。

 それでも最大の脅威は国内にあった。イスラエルとユダの対立、王権と祭司の対立は慢性的で、しかも複雑に絡み合う。ソロモンの時代にはイスラエルの祭司たちが最も反抗的で、なにより祭祀の場をエルサレムに集めたのが彼らには不満だった。アヒヤはそういう国粋派預言者で、同じエフライム族のヤロブアムを反乱に駆り立てた。

列王記一11章31節:彼はヤロブアムに言った、主はこう言われる、わたしはソロモンの手から王国を取り上げる

 だが反乱は失敗し、ヤロブアムはエジプトへ逃れた。当時のエジプトはリビア人の第二十二王朝で、ヤロブアムの利用を考えたシシャク王は彼を匿った。

 ソロモンは前九三三年に歿した。彼もまた多くの息子がいたのに相違ないが、相続争いは発生せず、バイブルには一人の息子しか登場しない。

列王記一11章43節:息子レハブアムが代わって王となった

 ただしこれはユダの王になったので、彼が祖父や父と同じ地位に就くには、エフライムの聖地シケムでイスラエル王としても即位せねばならない。ところが即位式にやってきたイスラエル人は、要求を出した。

列王記一12章4節:あなたの父は私たちに過酷なくびきを負わせた、どうかそのくびきを軽くしてほしい、そうすれば、私たちはあなたにお仕えする

 ところが年若いレハブアムはいきり立ち、くびきはもっと重くしてやると言い放ったので、イスラエルは反乱に立ち上がった。その領袖はエジプトから戻ったヤロブアムである。結局、統一王国は二代、前一〇〇六年から前九三三年まで続いただけで南北に分裂し、レハブアムは南のユダ王国の、ヤロブアムは北のイスラエル王国の王となる。イスラエルの都は当初はシケム、やがてティルツァに移った。祭祀の場もダンとベテルに新設されたのだが、これは復古を望む預言者団にはむしろ不評で、このあたりから彼らと王の間で路線対立が生じるようになる。ヤロブアムが、多くの人に分かり易い祭祀にしようと牛の像を持ち込んだことも、かつて彼を支持したアヒヤを怒らせ、呪いの言葉を発せしめた。

列王記一14章9節:君は異教の神々や、鋳物の像を造った
列王記一14章10節:それゆえ、見るがよい、私はヤロブアムの家に災いをもたらす

 実際にヤロブアムの王家は短命に終わるが、イスラエルは王朝交代を繰り返しながら二世紀、ユダは北王国より常に劣弱ながらも、一貫してダビデ王家で三世紀半続いた。部族に関しては、南はユダ族とベニヤミン族から構成されたが、サウルを出したベニヤミンが南へ入ったのは歴史の皮肉というほかない。南が二部族なので、北は十二部族のうちの十部族とされるのだが、ルベン族とシメオン族はとっくに消滅していたので、本当は八部族だったし、どちらにしても、ダビデとソロモンの時代に、部族制はほとんど崩壊していた。レハブアムは前九一七年、ヤロブアムは前九一二年に歿した。

 ユダでは、レハブアムからアビヤム、アビヤムからアサと父子相続が続くが、イスラエルのヤロブアムを継いだナダブは、早くも翌年、将軍バシャに殺されて王家が交代した。アサとバシャはともに治世が長かったが、両国は戦を交えてばかりで、劣勢のアサは外部に味方を求めた。

列王記一15章18節:アサは銀と金をダマスカスに住むシリアの王ベン・ハダドに送って言った
列王記一15章19節:私と君の間には同盟が結ばれている

 昔ダビデはシリアを叩いて貢ぎ物を取ったのに、その四代後の子孫は貢ぎ物を贈って援助を求めたことになる。ユダと同盟したシリアは、イスラエルの北境を侵しダンの町を破壊した。前八八八年バシャが死ぬと、また歴史が繰り返され、後を継いだエラを衛兵隊長ジムリが殺したが、ちょうと外征中だったオムリ将軍がイスラエルの王位に就いたことを宣言し、軍を返してジムリを破り、イスラエルの第三王朝の開祖となった。オムリは、二つの王家が相次いで滅んだティルツァの都は不吉だとして、新しい都の地を求めた。

列王記一16章24節:彼はシェメルのサマリアの丘を買い取り、その丘にサマリアの町を築いた

 サマリアというのはギリシャ語で、ヘブライ語ではショムロンという。シェメル族に由来する名であるのはいうまでもない。ヨルダン川と地中海の中間に位置し、山上だから防衛にも適している。その後、王たちはイズレエルでの居住を好んだりもしたが、イスラエルの首都は一貫してサマリアにあった。そしてオムリ朝はイスラエルに初めてできた安定政権で、アッシリアの文献では、イスラエルのことを「オムリ国」と呼んでいるほどである。

 オムリはシリアと対抗するためフェニキアとの同盟を進めた。既にヒラムの王家は滅んで、アシュトレトの祭司エトバアルが王となっており、前八七五年に即位したオムリの子アハブは、ここから王妃を迎えた。

列王記一16章31節:彼はシドン人の王エトバアルの娘イゼベルを妻に迎えた

 ソロモンの時も異国人の妃が自分の信仰を続けられたが、イゼベルは一歩進めて、彼女のバアル神信仰をイスラエル全土に広めようとした。彼女なりにイスラエルとフェニキアの絆を強めようとしたのかもしれない。アハブも妻を応援したのは、対外強硬路線ばかりを要求する預言者団を抑えるためだろう。

 だがこの時、預言者団にも非凡な指導者が現れた。名をエリヤといい、サムエル以来の強烈な預言者であり、どれだけ弾圧されても、異教への闘志を一層激しくする人物だった。その後の長く激しい戦いが、最後はヤハウェ教徒の勝利に終わったので、イゼベルは悪女の代名詞、エリヤは英雄として、記憶されることになるのだが。

 アハブは預言者団に弾圧を加え、エリヤはフェニキアに身を隠さねばならなかった。(まさか、敵地に隠れるとは思わなかったろう。)しかし三年後に復活の機会が来る。エリヤは、バアルの祭司と自分でそれぞれの神に祈り、どちらの神が力を示すかを競うことを申し出る。それはカルメル山で実現し、エリヤの完勝に終わった。エリヤの祈りで祭壇に火が降ったのに、バアルの祭司たちがいくら祈っても何も起こらなかった。アハブは恐れ、エリヤがバアルの祭司を殺すことを許した。

 しかしイゼベルは夫とは違った。彼女はバアルの祭司たちが奇跡を演出するタネを知っていたろうし、今回はエリヤの方がより巧妙なトリックで出し抜いたに過ぎないことが分かっていた。結局、妻の意見に服したアハブは彼女に宗教政策を任せたので、エリヤは今度はシナイ山へ逃れた。もはやオムリ王家を転覆するしかないと考えたエリヤは、長期戦を覚悟して後継者まで選んだ。

列王記一19章19節:そこで彼は出発し、畑を耕しているエリシャを見つけた。エリヤは彼のそばを通り過ぎ、自分のマントを彼にかけた

 一方、アハブはシリアとの戦いに追われていた。

列王記一20章1節:シリアの王ベン・ハダドは全軍を集め、進軍してサマリアを包囲した

 アハブは窮地に立たされたが、決戦の覚悟を固め、簡潔な挑戦状を送りつけた。

列王記一20章11節:イスラエルの王は答えた、こう伝えよ、勝ち誇るのは武具を解くときで、武具を身につけるときではない、と

 現代の諺でいえば「卵が孵化する前に鶏を数えるな」ということだ。(※取らぬ狸の皮算用※)結果は、死力を尽くして戦ったイスラエル軍が大勝し、シリア軍は大損害を受けて敗走した。翌年も戦いがあり、両国の首都の中間にあるアフェクの地が戦場となるが、前年以上のイスラエルの大勝に終わった。ベン・ハダドは屈服し、多くの領土と商業利権まで譲らねばならなかった。今やイスラエルの力は王国分裂以後の極点に達した。アハブは、シリアを滅ぼせと主張する預言者団の言を退け、同盟国として残そうとするが、これは実に賢明な政策だった。この時すでに巨大な敵アッシリアが北方で興っていたからである。前八五四年、シャルマネセル三世のアッシリア軍と、アハブ、ベン・ハダドの連合軍がカルカルの地で干戈を交えた。アッシリアの文献は勝利を記録するが、領土を得たわけでもないので、引き分けたのだろう。なぜかバイブルにはこの戦いの記述がない。預言者団が完全に間違っていたという話を載せたくなかったのかもしれない。

 その代わり、アハブとイゼベルがナボトという男を罠にはめて殺し、彼の果樹園を奪った話はしっかり載せている。かつてダビデがウリヤを殺させてその妻を奪った話と酷似しているが、ナタンがダビデを非難したように、アハブを責めたのはエリヤだったという。バイブルの中で、預言者団は常に人民のために暴虐な王と戦う者として描かれる。

 しかしアハブのイスラエルは強力で、ユダで王位に就いたヨシャファトまで服属させていた。アハブはバシャの時代にシリアに奪われた領土を回復しようとヨシャファトを仲間に引き入れ、ラモト・ギレアドの地で今度はイスラエル・ユダ連合とシリアの間で戦いが起こった。ヨシャファトが推すヤハウェの預言者は敗戦を予言するが、アハブはフェニキアの神の預言者に従い、勝利を信じて出撃する。しかし彼は流れ矢に当たって戦死し、イスラエル軍は撤退した。この前八五三年のアハブ王の死をもって、列王記第一書は終わる。

※アジモフファンとくに小説『鋼鉄都市』を読んだ人なら、列王記第一書に登場するいくつかの名前に覚えがあるだろう。まず預言者エリヤは英語ではイライジャといい、同じく王妃イゼベルはジェゼベルという。『鋼鉄都市』の主人公イライジャ・ベイリ刑事と妻のジェゼベルが列王記の物語を論じ、イライジャ・ベイリの方が王妃を弁護しているのは、アジモフ自身の考えを代弁したのは間違いない。アジモフのバイブル・ガイドを読む限り、まるでアハブの方がダビデやソロモンよりも立派な君主であるかにみえる。もっともこれはアジモフのバランス感覚がなせることで、通常のバイブル読者が、英雄王ダビデ、賢者王ソロモンに対して、アハブを最悪の王と信じていることが前提にある。なお、バイブルに登場する名前は、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教が主流の国々で非常に多くの人が持っているが、当然ながら、悪人として登場する人物の名をつけることはない。だから例えば現代でも多くの女性の名に使われるイサベルやイサベラがイゼベル王妃から来ているというのは誤解で、これらの名の由来は、洗礼者ヨハネの母エリザベスにある。イゼベル王妃の名を持つ女性は『鋼鉄都市』というフィクションに登場するジェゼベルだけだし、夫のアハブ王の名も『白鯨』というフィクションのエイハブ船長だけがもっている。なお、イライジャ・ベイリの口癖「ジェホシャファト」も、列王記に登場するユダの王ヨシャファトの英語形にほかならない。※


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