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投稿日: 2015/03/29(Sun) 20:02
投稿者Ken
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タイトル詩篇、箴言、コヘレトの言葉、雅歌

『詩篇』

 百五十篇の詩が集録された詩篇は、ヘブライ語では「テヒリム」といい「讃美集」を意味する。そのうち百一篇に作者の名が記されており、七十三がダビデで、詩作の背景が添書されたものもある。しかし、内容的に明らかにバビロン捕囚より後の作も見られ、後世の作者が過去の英雄の名を借りたと解するのが妥当だろう。また詩篇の詩は音楽とともに吟じるので、竪琴奏者としてサウルに仕えたダビデの作とされるのは不思議ではない。サムエル記にも詩吟するダビデが描かれるし、彼を明確に詩人と呼ぶ一節もある。

サムエル記二23章1節:これがダビデの最後の言葉だった。イスラエルの愛すべき詩人ダビデ

 詩篇の第2篇は王国時代の作のようで、新たに即位した王の言葉になっている。

詩篇2篇7節:主は私に言われた、汝はわが子なり、今日、汝は生まれた、と

 中東の古代王国では、王は守護神の息子で、即位は神の子として生まれることと考えられ、ユダヤ人も例外ではなかった。だが、後のキリスト教徒にとっては、神の子とは救世主を意味したので、この詩の意味も相当に異なる理解をされることになる。

 第3篇は「息子アブサロムから逃れたときのダビデの詩」という表題がついている。「ダビデの詩」がダビデが詠んだ詩を意味するのか、それともダビデについて詠んだ詩を意味するのか、判然としないが、昔から一般にダビデが詠んだと解釈されている。この詩の三つの節の末尾に意味不明の言葉がある。

詩篇3篇2節:多くの者が私に言う、神はかの者を助けぬと、セラ

 セラという言葉は詩篇全体で七十一回登場し、ほとんどは節の末尾で、詩を吟じるときの何かの合図のようだが、正体はまったく分からない。

 伴奏音楽についての指示を付記した詩もある。

詩篇4篇:音楽長へ、弦楽器で
詩篇5篇:音楽長へ、管楽器で
詩篇6篇:音楽長へ、弦楽器と第八で

 弦楽器、管楽器はともかく「第八」とは何のことだろうか? 八本の弦がある楽器という意味だろうか。それとも八はオクターブを意味し、一オクターブ離れた二種類の声で歌うようにという指示だろうか?

※1オクターブ離れたとは基本周波数が2倍ということで、これをド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ドの8段階に区切るのは、純粋に文化的な習慣だと思うが。イスラエルはそんな昔から、現代と同じ区切り方だったのだろうか?※

 第18篇の表題はこのようなものである。

詩篇18篇:ダビデの詩。主がどの敵の手からも、そしてサウルの手からも、彼を救われた日に、

 この詩については、サムエル記第二書で、アブサロムの反乱が収まった後に引用されている。たしかにダビデは敵の手から救われたが、なぜ一世代も前のサウルがいきなり出てくるのか? 一つの説は、サウルはショルつまり冥界の誤記であろうという。ダビデはサウルではなく死の手をまぬがれたのだ。これは詩の内容とも合うようだ。

詩篇18篇4節:死の悲しみが私を包み
詩篇18篇5節:ショル(冥府)の悲しみが私を包み

 バビロン捕囚直後の段階では、まだショルは暗い陰気な地下世界と考えられており、後に一般化する地獄の概念とは異なる。ただ、ヨブ記の中でヨブは彼の苦しみをショルのようだと言っており、すでに責め苦の場としての地獄の概念がそこに芽生えている。

ヨブ記26章6節:むき出しのショルがそこにある、破壊の姿は覆うべくもない

 詩篇でも、例えば第88篇では、

詩篇88篇11節:墓の中であなたの優しさが陳べられようか? 破壊の中であなたの信仰が?

 実は、ヘブライ文学では、同じものを異なる言葉で繰り返す技法を多用する。ここでも、ヨブ記は冥府(ショル)と破壊、詩篇は墓と破壊というが、冥府と墓は同じく死者の場所で、それが破壊と同じであるというのだ。「破壊」と訳されているのはヘブライ語の「アバドン」だが、どうやら死後の世界が、ただ暗い陰気なだけの場所から、永遠の責め苦を受ける場所へ変わってゆく過程が見えるようだ。やがてアバドンは地獄を支配する悪霊的な存在と考えられるようになり、ヨハネの黙示録には、

ヨハネの黙示録9章11節:底なし穴の霊、ヘブライ語のアバドン、ギリシャ語のアポリオン

 という記述がある。アポリオンはギリシャ語で「完全破壊」を意味し、ジョン・バニヤンが十七世紀に発表した『天路歴程』に登場する。

 第18篇は、ヤハウェに関する古い考えが現れているようだ。

詩篇18篇10節:主はケルビムの背で飛ばれた。しかり、風の翼で飛翔された。

 純粋に霊的な存在といわれる神を、これはまた物理的に描いたものだが、太古、ヤハウェが嵐の神と考えられていた時代の名残りらしい。

 第25篇はヘブライ語以外の言語に訳しても意味をなさない。一行目は文字アレフ、二行目は文字ベト、三行目は文字ギメルと、ヘブライ語のアルファベット順に行頭の文字が選ばれている。このような技法を「折句」という。第34篇も同じ技法を用いているし、第119篇は手が込んでいて、全体が二十二部に分かれ、各部とも八行から成る。そして各部の八行の先頭の文字がすべて同じであり、それがアルファベット順に変わってゆく。このような技法を用いると、詩を覚えやすい利点はあったろう。しかし、本来なら最も適当な言葉が使えず、結局は文脈の方を犠牲にするのも避けられない。バイブルの詩篇にもそれが見られる。

※「いろは歌」も、すべての仮名文字を一度ずつ用いることにこだわらなければ、より優れた歌になったのだろうか?※

 第42篇の表題は、

詩篇42篇:音楽長へ、マスキル、コラの息子たちのため

 コラは民数記16章でモーセに反抗して罰された人物だが、子孫は神殿の儀典係となっていたことが、歴代誌に記されている。

歴代誌一9章19節:コラ族は祭祀で勤め、神の幕屋の入口を守った

 第45篇の表題は「愛の歌」で、王家の婚姻を祝う。花嫁は異国の王女らしい。

詩篇45篇12節:ティルスの娘が贈り物と一緒に

 だが、王家に嫁いだティルスの王女となると、アハブ王の妃イゼベルか、ヨラム王の妃でイゼベルの娘アタルヤしかないのだが。

 第56篇と第57篇はこのように書き出す。

詩篇56篇:音楽長へ、彼方のテレビンシアの鳩にのせて
詩篇57篇:音楽長へ、破壊するなかれ

 詩を吟じるときの奏楽をこのように指定する。第56篇は「彼方のテレビンシアの鳩」という曲があり、詩吟の伴奏とするのだろう。では第57篇は「破壊するなかれ」という曲があったのか? そうかも知れないが、この部分を書き写した人物が、注意書きとして書いたものが、誤って本文の一部と思われてしまったのかもしれない。

 第74篇は、滅んだ国と勝ち誇る敵を描写する。するとダビデどころか王国時代の誰も作者ではありえず、最も早い場合でもネブカドネザルの神殿破壊より後の作のはずである。

詩篇74篇7節:彼らは聖域に火を放ち、君の家名を地に投げうった
詩篇74篇8節:彼らは心で言った、敵を破壊しようと。そして神のシナゴーグを焼き尽くした

 シナゴーグは神殿が破壊された後に信者が集まる場となった。書記が経典を取り出し、人々は声を合わせて読んだり、歌ったりするのである。そのシナゴーグが焼き尽くされたとなると、セレウコス朝の迫害時代のことで、これはもう相当に後の世の作品であろう。

 第105篇では、神に仕える者に危害を加えることを神が禁じ、後世に大きな影響を与えた。

詩篇105篇14節:誰も彼らを虐げてはならないと、王たち自身のために戒められた。
詩篇105篇15節:私が油を注いだ者に触れるな、私の預言者たちを傷つけるな

 これが中世には、聖職者は俗世の権力から守られるべきという主張の根拠となった。聖職者が読み書きできる者とほぼ同義語だったこともあり、バイブルの一節でも読めれば処刑を逃れる習慣が十八世紀まで続いたのである。さすがにその後は習慣が廃止されたのは、読み書きのできる者が増えすぎたのだろう。



『箴言』

 ヘブライ語のタイトル「ミシュリ」は知恵ある言葉を意味する。(※漢字の箴は戒めの意味※)知恵といえば誰もがソロモンを連想するが、10章から22章までと25章から29章までの二箇所は、ソロモン作と書かれた箴言が続く。

箴言10章1節:ソロモンの箴言
箴言25章1節:これらもソロモンの箴言である

 たしかにソロモンの時代やそれ以前にすら遡るほど古い箴言もあるが、大半はソロモンよりはるか後の作品であることを窺わせるし、ソロモン作とされるものですら、現在の形になったのは、前三〇〇年頃かもしれない。

箴言25章1節:ソロモンの箴言もあり、ユダのヒゼキヤ王の時代に写した

 ヒゼキヤはソロモンより二世紀後の人物で、揺るぎないヤハウェ信仰を持っていたから、過去から伝わるヤハウェ信仰文学の編集を命じたのだろう。

 現代に通用するものもある。

箴言13章24節:子を憎む親は子をぶたない、子を愛する親は早いうちに叱る
箴言15章1節:柔らかな返答は怒りを収める
箴言16章18節:自惚れは身を滅ぼす。



『コヘレトの言葉』

 コヘレトは説教師と訳されているが真の意味は分からない。そのコヘレトは、冒頭で自己紹介をしている。

コヘレトの言葉1章1節:ダビデの子、エルサレムの王、コヘレトの言葉

 つまりソロモンだが、これも知恵を述べる言葉をことごとくソロモンに帰する伝統に過ぎないので、本書もまた書かれたのはバビロン捕囚以後、前三〇〇年から前二〇〇年のあたりと思われる。

コヘレトの言葉1章2節:コヘレトは言う、空虚は空しい

 我々に分かり易い言い方をすれば「この世ははかない」ということだろう。俗世の事物がいかに無価値であるかというのが、主題である。それは貧者、弱者だけでなく富強な者にとってもそうなのだと、最も栄えた王ソロモンに言わせる。

コヘレトの言葉1章12節:コヘレトの私はエルサレムの王だが
コヘレトの言葉1章13節:天の下で行われるすべてについての知恵を求めた

 コヘレト(説教師)は、人間にできるのはつかの間の喜びの追及で、それ以上のことは気にかけるべきでないと言う。

コヘレトの言葉8章15節:人が日の下で望みうるのは、食べて、飲んで、楽しんで、

 このあまりの虚無主義に驚いて、付記を足した者がいるが、明らかに別人である。

コヘレトの言葉12章13節:神を怖れよ、神の戒めを守れ

 ソロモンがそれほどの賢者とされるのは、夢で神から何を望むかと尋ねられて、知恵と答えたと書かれているからだろう。

列王記一3章9節:あなたの下僕たる私に、善と悪を見分け、民を裁く知恵を授けてください



『雅歌』

 これもソロモン作ということになっており、英語のタイトルは「The Song of Solomon」である。ラテン語では「カンティクム・カンティコルム」、ヘブライ語では「シル・ハ・シリム」で、ともに最も優れた歌を意味する。結婚式で歌われたと想像される恋の歌を集めたもので、多くの妻がいたとされるソロモンにふさわしいと思われたのだろう。

列王記一11章3節:七百人の妻と三百人の妾がいた

 しかしながら、箴言と同じく、書かれたのは明らかにバビロン捕囚より後で、ソロモンのはずがない。
 その内容があけすけに男女の関係を歌うものだから、実はもっと深い意味があると解釈されることが多かった。ユダヤ人はヤハウェとイスラエルの関係を表すというし、カトリックはキリストと教会を、プロテスタントは神と人の間の愛を歌っているというのである。だがこれは無意味な過剰解釈で、人間の愛の歌として素直に読めば大変に美しいし、花婿、花嫁、女性たち、その他の人たちが発言して、いわば詩劇を成している。例えば花嫁の言葉に、

雅歌1章5節:あたしは黒いけどきれいよ、ソロモンのカーテンみたいに
雅歌1章6節:あたしが黒いのは日にやけるからよ、

 歌をソロモンに関連付ければ、この色黒の花嫁はソロモンのエジプト人の妃か、またはシバの女王と想像することもできるが、そうではなく彼女が農民の娘であることは、この後に続く言葉で分かる。

雅歌1章6節:母さんの子たちが、あたしにくだもの園の番をさせたから

 次に彼女は愛人のことを語る。

雅歌1章14節:あたしのいとしい人は、エン・ゲディのくだもの園に咲くヘンナの房みたい

 エン・ゲディは死海西岸のオアシスで、ダビデがサウルから逃走する間、身を隠した地でもある。

サムエル記一23章29節:ダビデはエン・ゲディの砦に住んだ

 再び花嫁は自分を語る。

雅歌2章1節:あたしはシャロンのばら、谷の百合

 シャロンはジャファとカルメル山の間に横たわる沿岸平野で、一帯がフェニキア人やペリシテ人の勢力圏だったので、バイブルへの登場は珍しい。

 花婿が花嫁に語る部分もある。

雅歌6章4節:おまえはきれいだな、ティルツァみたいだな、エルサレムみたいにきれいだな

 エルサレムはユダ王国の都だが、ティルツァは前九〇〇年から前八八〇年くらいにかけて、イスラエル王国の都だった。だが統一王国時代のティルツァはエルサレムと並び立つ都ではなかったから、この歌がソロモン時代の作品でないことは明らかである。もっともティルツァが首都だった時代の作とも限らない。エルサレムと並び立つ北の都は長くサマリアだったが、バビロン捕囚後のユダヤ人にとって、憎むべき異端者サマリア人の町をエルサレムと対等に扱うなど、絶対にできなかったはずで、サマリアの代わりにもっと古い都の名を使用したことが考えられるからである。

 クライマックスは愛の本質を歌い上げる。

雅歌8章7節:いくら水をかけても愛の火は消せない、洪水が起こっても愛は沈まない、男が全財産を愛のために投げ出そうとしても、軽蔑されるだけ

 意味は、

〜愛を壊すことは誰にもできない、愛を金で買うことも誰にもできない〜


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