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投稿日: 2015/04/19(Sun) 21:20
投稿者Ken
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タイトルイザヤ書、エレミヤ書、哀歌

『イザヤ書』

 雅歌に続くのは、前七五〇年頃から前四五〇年頃まで、三世紀にわたって活躍した十六人の預言者の記録である。完全な時代順ではなく分量の多いものが先に置かれ、特に最初のイザヤ、エレミヤ、エゼキエルの三書で全体の三分の二を占める。三人の中ではイザヤが最も古く、アッシリアが興隆してゆく時代に当たる。もっともイザヤ自身が筆を取ったというより、弟子たちがイザヤの口述を書き留め、あとで編集したと思われる。その中で改変や加筆もあったろうし、それどころか後世人の著作までイザヤの作とされ、イザヤ書に入れられたらしい。現在と同じ内容になったのは、前三五〇年頃、つまりイザヤの死後三世紀以上も経た時代ではないか。

 まず冒頭で、預言者イザヤの活動時期が述べられる。

イザヤ書1章1節:イザヤがユダの歴代王ウジヤ、ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの世に見たこと

 ウジヤ(アザルヤ)の即位は前七八〇年、ヒゼキヤの死は前六九二年なので、イザヤは前八世紀の人物である。預言者として活動を始めたのは、

イザヤ書6章1節:ウジヤ王が歿した年、

 ウジヤの歿年は前七四〇年で、この年イザヤの活動が始まった。その四十年後にセンナケリブがエルサレムを包囲したときイザヤは存命だったので、活動を始めた時は若かったろう。仮に二十歳だったとすると生まれたのは前七六〇年で、イスラエルもユダも健在だった。だが前七四五年イスラエルのヤロブアム二世が歿し、アッシリアではティグラト・ピレセル三世が即位すると、アッシリアの攻勢が始まり、イスラエルは四半世紀ももたなかった。迫り来る危機はイザヤに見えていたろうし、そこでヤハウェの裁きが下ると彼は予言した。

 イザヤの父はアマツヤ王と兄弟だったという説もあるが、もしそうなら預言者には貧者の出身が多い中でイザヤは王族だったことになる。しかし彼は民衆を搾取する支配階級に挑み続けた。

イザヤ書5章8節:家という家を、畑という畑を併合し、あとに何も残さず、大地に一人だけ生き残ろうとする輩は呪われるべし

 一方でイザヤの文章には明らかに上流階級の特徴があるという。どうやらイザヤは、レオ・トルストイ伯爵のような人物だったようだ。

 預言者イザヤは初めて神を見た体験を語っている。

イザヤ書6章1節:ウジヤ王が歿した年、私は主が高い玉座に座し、衣の裾が神殿に広がるのを見た
イザヤ書6章2節:その上にセラフィムが並んでいた。みな六つの翼を持ち、二つで顔を、二つで足を覆い、二つで飛んでいた
イザヤ書6章3節:そして互いに叫びあった、聖なる、聖なる、聖なる万人の主、栄光は大地を満たす

 セラフィムという言葉がバイブルに登場するのはここだけで、翼を持つ人の姿が描写されている。中世の神学ではきわめて位階の高い天使で、セラフィムの上は神しかないとされた。セラフィムはセラフの複数形で、セラフは「燃える」を意味するサラフの類義語なので、燃えるような情熱で神に仕える者と解されている。だがサラフはヘブライ語のバイブルでは「火の蛇」を意味する。例えば、

民数記21章6節:主は民の中に火の蛇を遣わし

 この火の蛇がサラフだが、古代人に巨大な火の蛇を連想させるといえば、稲妻ではなかろうか。大昔、ヤハウェが嵐の神と考えられた時代の名残りかもしれない。

 ある時イザヤは、即位したばかりのアハズ王と面会した。ユダはその時イスラエルとシリアの連合軍に攻められていたが、イザヤはユダが耐えていれば敵は滅ぶと王に言った。事実そのとおりになったが、これは預言者でなくても分かることで、イスラエルとシリアは対アッシリアの同盟を結び、ユダも引き入れようとして軍を出したのだから、アッシリアのティグラト・ピレセル王が知れば、同盟軍など簡単に潰してしまうだろう。ところがアハズは、局外に立つだけでは不十分と考え、アッシリアへの臣従を選択した。イザヤはこれに激しく反対した。異教徒に臣従すれば、必ずその宗教に影響されるからである。(半世紀後のマナセ王のとき、まさしくそうなったのだが。)この時の応酬はこうである。

イザヤ書7章11節:主の合図を求めよ
イザヤ書7章12節:アハズは答えた、求めない、主を試すこともしない

 たしかに王が言うとおり、人が神を試す、つまり神に何かを要求することは、バイブルの中で繰り返し禁じられている。しかしイザヤは屈せず、神の合図を王に語った。

イザヤ書7章14節:見よ、処女が身籠り男の子を産むだろう、その子はインマヌエルと呼ばれる
イザヤ書7章16節:その子が悪を拒み善を選ぶことを知るよりも早く、敵国はその王を捨て去る

 言い換えれば、赤ん坊が善悪の判断を出来るようになるより早く、つまり二〜三年のうちに、敵国の王は敗退すると言ったのだ。(事実、三年後にアッシリアはシリアを滅ぼし、イスラエルもその十年後に滅亡するのだが。)だがここで最大の関心が集まるのは、インマヌエルという子供は何者かということだろう。キリスト教徒は、これこそイエスの処女生誕の予言だと主張する。だがここで「処女」と翻訳されているのは、ただ若い女性を意味する「アルマー」というヘブライ語で、処女か否かは関係がない。ヘブライ語には「ベツラー」という処女を意味する言葉があるが、ここでは使用されていない。なによりも、危機の只中にいるアハズ王に、七世紀も後に出現する救世主を語るような無意味なことをイザヤがするはずがない。ここで語られる赤子は彼の時代の子に違いないのだが、誰のことだろうか?

 インマヌエルは「神は我らとともにあり」という意味だが、そういう名の子供が生まれた記録はどの史書にもないし、バイブルのどこを探しても出てこない。一番ありうるのは、それはイザヤ自身の子ではなかろうか。この時点でイザヤは二十五歳だから、彼の妻は「若い女性」だったはずだし、この直後に彼の次男が誕生している。

イザヤ書8章3節:主は私に言われた、その子をマハル・シャラル・ハシュ・バズと名付けよ
イザヤ書8章4節:その子が父、母と叫ぶことを覚えるより早く、ダマスカスの富もサマリアの戦利品もアッシリアの王に奪われるのだから

 マハル・シャラル・ハシュ・バズは「手っ取り早い戦利品」を意味する。アッシリアの戦利品となる運命のシリアとイスラエルのことだ。こうなるとインマヌエルとマハル・シャラル・ハシュ・バズはコインの表裏で、ユダの興隆とシリア・イスラエル連合の没落を表現しており、二人ともイザヤの子と考えるのが最も筋が通る。しかしアハズは耳を貸さず、イザヤの姿は数十年後にアッシリアがエルサレムを囲むまで、舞台から消える。

 イザヤ書には、やはり、いずれ登場する救国の英雄を語っている、と解されている部分がある。

イザヤ書9章6節:我らに子が生まれる、子が授かる、その子が我らを治める、その子の名は偉大な知恵者、強い神、とわの父、平和の公子

 これが時代を降るほど、理想の王は未来に現れるという考えになってゆく。アッシリアの覇権、バビロン捕囚、セレウコス朝の大迫害という現実が進行する中で、救世主への待望はユダヤ教の重要な部分をなしてゆき、やがては、救世主そのものの宗教、キリスト教を派生させるにいたるのである。

 イザヤ書の13章と14章ではバビロンの崩壊が情熱的に語られるが、イザヤが生きた時代の主敵はアッシリアで、バビロニア人はまだアッシリアに属する弱小民族だから、明らかに後世の加筆である。その中で、バビロンの転落がこのように描かれる。

イザヤ書14章12節:お前は天から落ちる、おおルシファー、朝の子!
イザヤ書14章13節:なぜなら、お前は天に昇ると、
イザヤ書14章14節:至高の存在になると、心で信じたから
イザヤ書14章15節:だがお前は地獄へ落ちる

 ルシファーと訳されているのはヘブライ語のヘレルで光輝く者を意味し、本来は王を讃える表現だったろう。これはバビロン王の凋落を予言した文章なのだが、時代が移って、神に叛いて天上界から落とされたルシファーという名の天使の話と解されるようになり、やがてルシファーこそ魔王サタンであるという話に発展する。

 イザヤ書の24章から27章にかけては、世界の終わりを語る「イザヤの黙示」になっている。これも内容的に、イザヤよりはるか後代の加筆に違いない。

 本来ならネヘミヤ記が神殿と城壁の再建を語ったところで大団円のはずだったが、やがてセレウコス朝帝国そしてローマ帝国と、ネブカドネザルのバビロニア帝国以上の迫害者が現れると、非常に大きな矛盾としか思えなかった。バビロン捕囚へ至るまでの王国は何度も異教を奉じ、神罰で国が滅んだと説明することができた。だが捕囚後のユダヤ人は揺るぎない一神教徒になったのに、なぜまだ罰を受けるのか? 結局それはノアの時のように神が悪人を根こそぎ滅ぼすため、今は悪人の正体を明らかにしているのだという説明がなされ、イザヤのような過去の預言者が既にそれを語っていたことにして、イザヤ書の中に組み入れたのだ。ただし現実の圧制者を正面から非難すれば、謀叛人として捕らえられる。そこで圧制者の名を言わないか、もしくは別の名を挙げることが行われた。たとえば、

イザヤ書24章10節:混乱の府は破壊される
イザヤ書25章10節:モアブは踏みにじられる。

 混乱の府もモアブも、時代によってバビロンであり、セレウコス朝の都アンティオキアであり、ローマであった。かれらが神の罰を受ける描写は激しく、人は死に絶え、異形のものだけが残る。

イザヤ書34章14節:梟がそこに休息し、

 梟と訳されているヘブライ語は「リリス」で、夜の怪物の名である。後にリリスはイブが作られる前のアダムの妻で、性格が悪かったので離縁されたという伝承が生じた。彼女は夜の悪魔となり、アダムとイブを堕落させるため蛇と手を組み、特に子供にとって最も危険な存在になった。

 イザヤ書にイザヤ自身が登場するのは、前七〇一年にセンナケリブがエルサレムを囲んだ時が最後である。また1章1節で列挙される最後の王がヒゼキヤなので、イザヤはヒゼキヤが歿した前六九二年より前に死んだと考えるのが自然だろう。彼は六十を越えていた。一方で、イザヤは次のマナセ王の時代にも生きたという意見もあり、これもあり得ないとはいえない。だがマナセは国の安全のためひたすらアッシリアに恭順した王で、彼の目には、神を信じて異教徒と戦えと叫ぶヤハウェ教徒ほど危険な存在はなかった。当然、弾圧が起こる。

列王記二21章16節:マナセは大量の無辜の血を流させ、エルサレムを満たした

 イザヤも犠牲になったという「イザヤの殉教」の話が広まった。

 イザヤ本人が登場しなくなった後もイザヤ書は続くが、その筆致は一変する。それまでユダ王国の不信心を容赦なく叱りつけていたのが、亡国の民に慰めと希望を与える言葉に変わるのである。

イザヤ書40章1節:いたわるべし、我が民をいたわるべしと神は言われる
イザヤ書40章2節:安んじてエルサレムと語れ

 しかも登場する王がアハズ、ヒゼキヤ、センナケリブから一世紀半も経た、捕囚時代のキュロスになる。

イザヤ書45章1節:主はキュロスの右手をとり、諸国を従えよと語られる。

 イザヤは預言者だから未来を見通したという主張はもちろん存在する。だが、普通に考えれば、これは捕囚時代に生きた別人が書いた文章で、後からイザヤの言葉にされたのに違いない。作者はいわば第二イザヤとでも呼ぶべきだろう。なお、ヤハウェが単にイスラエルの神ではなく、宇宙の唯一神という思想は、第二イザヤにおいて非常に顕著になる。

イザヤ書45章14節:主は言われる、エジプトも、エチオピアも、サベも、皆やってきて慎んで請いながら言う、神はあなた方の中におられ、他のどこにもおられない、と

 ヤハウェの民も、ユダヤ人だけではなくなり、神はイザヤに命じている。

イザヤ書49章6節:汝を異邦人の光となす、我がために地の果てまで救え

 イザヤ書の最後の十一章はまた筆致が変わるので、著者はこれまた別人の第三イザヤだろう。第二イザヤはバビロン捕囚からの解放を希望をもって予言するが、第三イザヤはすでに故郷へ戻ったユダヤ人を語っている。それなのにサマリア人の力は強く、ユダヤ人にも影響を受ける者が多くいる。第三イザヤはそれを嘆きながらも、希望も語っている。

イザヤ書60章10節:よそ者の子等が壁を建てるだろう

 エルサレムの城壁が再建される前にこれを言ったのなら、ネヘミヤが到着するより前、前四五〇年頃のことであろう。第二イザヤより一世紀、第一イザヤよりは三世紀後ということになる。



『エレミヤ書』

 イザヤの次に来る大預言者がエレミヤ。「ヤハウェを讃える」という意味である。

エレミヤ書1章1節:ベニヤミンのアナトテ市のヒルキヤの子エレミヤ
エレミヤ書1章2節:ヨシヤ王の十三年に主の言葉が降り
エレミヤ書1章3節:エルサレムが連れ去られるまで

 ヨシヤ王元年は前六三八年だから、その十三年つまり前六二六年にエレミヤは預言者として活動を始め、約四十年後のエルサレム陥落まで続けたことになる。国運が暗転してゆく只中を生きたわけだ。父の名ヒルキヤは、神殿で申命記を「発見」した祭司長と同じだが、アナトテ市の出身なら別人である。先祖のアビアタルはダビデの世継ぎにアドニヤを支持したため、一族が祭司長となる道をソロモンによって永久にふさがれてしまった。エレミヤはいわば冷遇された家系の出身である。生年は記されてないが、預言者として四十年活動したなら、始めた時は若かったはずだし、仮に前六二六年に二十歳なら生まれたのは前六四六年である。エレミヤもまたイザヤ同様、危機の時代を生きた。イザヤの時代はアッシリアの脅威だが、エレミヤの時代はアッシリアの突然の崩壊が引き起こした混乱だった。またアナトテの祭司はイスラエル王国の子孫であり、彼のユダ王国への激しい糾弾に何らかの影響をもったかもしれない。ユダ王国の誰もが、イスラエル王国は異教信仰のせいで滅んだと言う中で、エレミヤのスタンスは明らかに異なるのである。

エレミヤ書3章11節:主は言われた、偽善のユダよりは、ためらうイスラエルに正義がある

 またエルサレムの祭司たちが、神殿があるかぎり国は安泰と言うのに対し、エレミヤは、行いの正しくない者が神殿に頼ってもだめだという神の言葉を伝えた。

エレミヤ書7章9節:お前たちは盗み、殺し、姦し、嘘をつき、
エレミヤ書7章10節:そして私の神殿へ来て、救われるなどと言う

 これではエレミヤがユダ王国で好かれるはずがない。彼はかろうじて殺されることをまぬがれたが、さらに人々を怒らせる発言をした。

エレミヤ書25章8節:主は言われた、お前たちが私の言葉を聴かないから
エレミヤ書25章9節:見よ、私はネブカドネザルを遣わし、この国も、民も、すべて滅ぼす
エレミヤ書29章10節:バビロンの地で七十年が過ぎたら、お前たちをこの地へ戻す

 実際に国が滅んだ後、エレミヤが言った「七十年」は、何世紀にもわたって多様な解釈をされることになる。

 エレミヤは、ユダ王国以外にも、ネブカドネザルに滅ぼされる諸国を列挙してゆくのだが、その最後におかしな名が現れる。

エレミヤ書25章26節:そしてシェシャクの王が最後に

 シェシャクという国などどこにもない。これは暗号である。ヘブライ語でシェシャクは「シン、シン、カフ」という三つの文字で綴る。シンはヘブライ語アルファベットの最後から二つ目、カフは最後から十二番目である。一方、先頭から二文字目はベト、十二文字目はラメドで、シンの代わりにベト、カフの代わりにラメドを置くと「ベト、ベト、ラメド」となり、これはバベルの綴りになる。バベルはすなわちバビロンだから、エレミヤはバビロニアが多くの国を滅ぼした後、バビロニア自身も滅びると言っているのだ。

 この確信をもっていたからか、エレミヤはユダが今はバビロニアに従うべきと主張するが、エジプトの手で王位に就けられたエホヤキムは耳を貸さず、親エジプトの方針を変えなかった。前五九七年にバビロニアがエルサレムを攻め、エホヤキムが死に、後を継いだエホヤキンもバビロニアに連行され、ネブカドネザルがゼデキヤを傀儡王の座に就けたのは、列王記に記すとおりである。

 しかしユダ宮廷の反バビロン感情は非常に強く、それが親エジプト感情となって現れた。バビロニアが王位に就けたゼデキヤも、結局はエジプトと結んでバビロニアに反旗を翻した。この時エレミヤは自ら首枷を着けて出歩き、人に問われれば、バビロニアの枷に繋がれればこそ、ユダは生き残るのだと答えていた。ところが神殿の祭司ハナニヤは、神の加護がある限りユダは安泰だといい、バビロニアの枷を取り去ると称して、エレミヤの首枷を壊してしまった。ハナニヤは喝采を浴び、エレミヤは売国奴と見なされ、生命の危険に晒された。

 エルサレムの愛国的昂奮はバビロンへ連れ去られたユダヤ人にも伝染し、エルサレムの蜂起に呼応の姿勢を見せていたが、エレミヤはバビロンへ連行された人々(知識階級だったと思われる)こそ、ユダヤの将来のために残さねばならないと思い、バビロンへの使節にメッセージを託した。

エレミヤ書29章5節:家を建て、植物を植え、
エレミヤ書29章6節:妻を娶り、子女を生み、その地で増えよ、減るでない、
エレミヤ書29章7節:その町で安寧を求めよ

 幸いバビロンではエレミヤに賛同する意見が勝った。ユダヤ人はユダヤ教を奉じたままで、平和に暮らし、豊かになった。

 だがエルサレムの王はついに反乱を起こし、たちまちバビロニア軍に囲まれた。エレミヤは国が投降しないのなら、個々の市民がするしかないと訴えた。

エレミヤ書21章9節:この町に留まる者は剣に、飢饉に、疫病に斃れるだろう、だが町を出てカルデア人に降る者は生きるだろう

 エレミヤは裏切者として投獄されるが、やがてエルサレムは落ち、またも大量の人々がバビロンへ連行された。ところが、そのバビロンの地においてユダヤ教は発展するのだ。一方、親バビロニア派と見なされていたエレミヤは牢を出されるが、今度は親エジプト派がエジプトへ亡命する際に、一緒に連れ去られてしまう。そのエジプトでもエレミヤの舌鋒は健在だった。

エレミヤ書44章30節:主は言われる、見よ、エジプト王ファラオ・ホフラを、彼の生命を狙う敵に引き渡すであろう

 この言葉を最後に、エレミヤはバイブルから姿を消す。



『哀歌』

 哀歌はエルサレムの破壊と荒廃を嘆く五つの詩からなる。

哀歌1章1節:なにゆえ、人であふれていた町が、見捨てられたのか

 ヘブライ語の題名は「なにゆえ」に相当する「エカー」である。

 著者名の記載はないが、昔からエレミヤと考えられてきた。『エレミヤの哀歌』と呼ばれることもある。イザヤ書とエレミヤ書の次に置かれ、この後エゼキエル書、ダニエル書と続くことから分かるように、預言者の話の中に挿入された形になっているのも、エレミヤの著作と考えられたからである。だがその根拠は、この時代の最も知られた人物ということと、歴代誌の中でヨシヤ王の死を悼むエレミヤが描かれているというにすぎない。

歴代誌二35章25節:エレミヤはヨシヤのことを哀しんだ

 だからといって、哀歌の詩がこの時の作品のはずがない。哀歌は破壊されたエルサレムを嘆いているが、ヨシヤの戦死は破壊の二十二年前だし、哀歌のどこにもヨシヤの名は現れない。しかも、最初の四つの詩は、各行の頭文字を拾うと、隠された意味が現れる折句の技法を用いている。エレミヤのような人物がエルサレムの破壊を嘆くとき、そんな言葉遊びに知恵を絞っているはずがない。


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