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投稿日: 2015/05/03(Sun) 23:16
投稿者Ken
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タイトルエゼキエル書、ダニエル書

『エゼキエル書』

 預言者エゼキエルはエレミヤの同時代人だが、エレミヤよりも若かった。

エゼキエル書1章1節:連れ去られた民の一人だった私は、三十歳のとき神を見た
エゼキエル書1章2節:それはエホヤキン王が連れ去られて五年目だった

 ネブカドネザルはエルサレムの民を二度連れ去っており、エホヤキンが連れ去られたのは一度目、前五九七年で、その五年目の前五九三年からエゼキエル書は語り始める。そのとき三十歳なら、彼はエレミヤよりは二十ほど年少になる。状況を考えれば、エレミヤの弟子だったかもしれない。彼もまたユダにはびこる異教を糾弾するが、他ならぬエルサレムの神殿で異教の祭祀が行われたと言う。

エゼキエル書8章14節:神は私を主の家の北の門へ連れてきた。そこで見たのは、タンムーズのために泣く女たちで、

 太古の農耕社会では、植物が枯れることと新たに芽吹くことは、それぞれ神が死にまた再生することで説明されており、植物が枯れる季節には人々は神の死を悼んで泣き、新芽の季節には神の復活を祝う習慣ができた。タンムーズはシュメール神話のドゥム・ジのことだが、この神は女神イシュタルの恋人で、死んで冥界へ行ったのを、イシュタルが苦心のすえ連れ戻すことになっている。そして、一年の中でタンムーズの死を泣く季節と復活を喜ぶ季節がある。バビロニア人は夏至の月をタンムーズと名づけたが、これはユダヤの暦にも入っており、エゼキエルの糾弾にも関わらず、本来はこの異教の神を讃える日が、現在でも暦の中で設けられている。

 エゼキエル書の前半はひたすらユダのあり様を非難し、破滅を予言している。ユダだけではなく、周囲の国もことごとくカルデア人の手に落ち、それを期待するかのように言うエゼキエルは、まるでバビロニアの愛国者のようだ。

エゼキエル書26章1節:十一年目に、私は神の言葉を聴いた
エゼキエル書26章7節:見よ、ティルスの上にネブカドネザルを遣わすであろう、と

 ティルスは地中海沿岸の都市で、しかも重要施設を沖合いの島に移していたから、アッシリア軍もバビロニア軍も、この町を完全包囲下に置くことはできなかった。例えばサマリアを包囲したシャルマネセル五世はティルスも攻めたのだが、ティルスの艦隊に勝つことができず、結局五年後にティルスがアッシリアに貢納することで和解した。やがてユダ王国がエジプトに誘われて、命取りとなるバビロニアへの謀叛を起こした時、ティルスも叛いた。ネブカドネザルが討伐軍を送ったのがエゼキエルの言う「十一年目」つまり前五八七年だが、エゼキエルはティルスが完全破壊されると予言し、征服者バビロニア軍の栄光を讃えている。実際のところ、彼が災厄を予言するのは、ユダ王国も含めてバビロニアの敵ばかりで、バビロニアに関するものは皆無である。このことはバビロニアのユダヤ人が人道的に扱われ、信仰の自由を得ていたことを思えば、驚くにはあたらない。もちろんバビロニアは異教の国だが、それでも愛国心の対象になりうることは、現代のアメリカのユダヤ系市民を考えれば、容易に理解できよう。だから、後にユダヤ人がエルサレムへ戻って神殿と城壁を再建した時も、多くがバビロンに残留したのだ。しかしながら、ネブカドネザルの長期包囲もティルスを滅ぼすにはいたらず、エゼキエルは無念の結果を受け入れるしかなかった。

エゼキエル書29章18節:ネブカドネザルはティルス相手に偉業を達すべく軍を起こしたが、成功しなかった

 この時、エゼキエルは五十二歳になっていた。

 ところでティルスを語るエゼキエルの記述にこんな一節がある。

エゼキエル書27章7節:エリシャの島の青と紫に覆われ、

 エリシャの正体は、キプロス説とカルタゴ説がある。伝承では、前八一四年ティルス人が現在のテュニスの地に建設したのがカルタゴで、エゼキエルの時代には北アフリカとシシリー島を支配していた。その最初の統治者はティルスのディド王女というが、ディドは即位後の名前で、彼女の本名はエリサといった。もし彼女が故郷ではこの名前で知られていたなら、カルタゴの別称がエリサ=エリシャとなっていても不思議はない。すべては想像だが、もしこの想像が当たっているなら、この一節はバイブルにカルタゴが登場する唯一の箇所である。

 さらにエゼキエルの記述の一節に、

エゼキエル書27章9節:ゲバルの古人たちが、

 ゲバルはレバノンの町で、ギリシャ語ではビブロスという。エジプトでピラミッドが建設されていた頃には、フェニキアの最重要都市だった。アルファベットはフェニキア人の発明だが、最古のものはここから発掘されていて、それは出エジプトよりも古い。後にビブロスはエジプト産のパピルス紙交易の中心地となり、ビブロスからもたらされるパピルス紙は「ビブリア」と呼ばれるようになる。古代の書物はすべてパピルス=ビブリアに書かれたから、ビブリアは書物の別称となり、最も重要な書物もビブリアすなわちバイブルと呼ばれるにいたるのである。

 小国が次々とバビロニアに反抗する大きな原因は、エジプトにあった。古代文明の中心では唯一バビロニアに服さないこの国へのバビロニアの苛立ちが、そのままエゼキエルの言葉に反映されている。

エゼキエル書29章1節:十年目に神の言葉を聞いた
エゼキエル書29章2節:ファラオに向かって、彼と全エジプトの暗黒の運命を予言せよ、と

 この予言がなされたのは前五八八年で、エルサレムはまだ崩壊にいたらず、エジプトの支援が唯一の希望だったが、エゼキエルは激烈にエジプトを呪っている。

エゼキエル書29章10節:神は、シエネからエチオピア国境まで、エジプトの地を破壊し尽くす。

 いくら考えても、エゼキエルはユダの愛国者ではない。



『ダニエル書』

 一口にバイブルといっても、ユダヤ教とキリスト教では、書の並び順に相違があるのだが、ダニエル書もその例である。キリスト教の経典ではダニエルは預言者の一人であり、活動期間がネブカドネザルとその後継者たちの時代なので、エゼキエル書の次に置かれている。一方ユダヤの経典ではダニエル書はルツ記などと一緒にまとめられ、他の預言者たちの書とは分けられている。考えられるのは、ダニエル書が書かれた時には、預言者の伝記はシリーズとして完結していたので、新たに挿入することができなかったということだ。すると、他の預言者ではヨナ書が前三〇〇年頃書かれたことが分かっているので、ダニエル書はそれよりも後、預言者ダニエルが活動したとされる時代(前六世紀)よりもはるか後に書かれたことになる。それどころか、ダニエル書はユダヤの正典の中では最も遅く、前一六五年頃の著作ではないかと思われる。その根拠として、ダニエル書の一部が、前二世紀以後に共通語となったアラム語で書かれていること、ギリシャ人が支配した時代の用語が多く見られることが挙げられる。次にイザヤ、エレミヤ、エゼキエルの各書は、それぞれの時代の出来事を正確に述べるのに対し、ダニエル書の中のバビロン捕囚時代の記述は誤りが多すぎる。一方ギリシャ時代の記述は正確で、それこそダニエルが未来を予知した証拠とされるのだが、未来を正しく知りながら、自分の同時代を知らないのは矛盾ではないか。どう見てもこの書の著者はギリシャ時代の人物で、彼にとってバビロン捕囚は四世紀も昔の出来事だったに違いない。

 ただしダニエルの名自体は後世の創作ではなく、エゼキエル書にも現れている。神が罪を犯した国を滅ぼすという中で、救われる魂の一人に挙げられている。

エゼキエル書14章14節:ノアとダニエルとヨブは、魂の正しさ故に救われるが、

 どうやらダニエルは、ノアやヨブと同じく古伝承の中の偉人だったようだ。もしダニエルがエゼキエルの同時代人なら、イザヤやエレミヤどころかエリヤまでも差し置いて、ノアやヨブの名と並べるはずがない。前二世紀に生きたダニエル書の著者は、古伝の人物名を借り、舞台をバビロン捕囚の時代に設定して、独自のフィクションを書き上げたのである。

 その目的も容易に想像できる。前二世紀といえば、セレウコス朝がユダヤ人に大弾圧を加えた時期で、著者はそのことを非難したかった。だがまともに糾弾すれば謀叛人とされる。そこで、アンティオキアとセレウコス朝の王をバビロンとネブカドネザルに変えたのだ。それでも前二世紀の読者には、物語の悪役が誰のことなのかは自明だった。

 預言者ダニエルが彼の「同時代」にいかに無知であるか、いくつか例を挙げよう。それは冒頭から現れる。

ダニエル書1章1節:エホヤキム王三年、バビロンの王ネブカドネザルが来たり、エルサレムを包囲した
ダニエル書1章2節:主はエホヤキムを敵の手に渡し、神殿の器具の一部がシンアルへ持ち去られた

 エホヤキム王三年は前六〇六年で、ネブカドネザルはまだ王ではない。ネブカドネザルが初めてエルサレムを占領したのは前五九七年で、ユダの王はエホヤキンに代わっていた。またシンアルは大昔のアブラハム時代の名で、捕囚時代のユダヤ人はバビロニアをカルデアと呼んでいた。

 ダニエル書によれば、バビロンへ連れ去られたユダヤ人の中には、宮廷で登用された者たちがいた。

ダニエル書1章6節:その中に、ダニエル、ハナニヤ、ミシャエルそしてアザリヤがいた

 ネブカドネザルは、ちょうどヨセフのファラオのように、自分が見た夢を解釈する人物を求め、それに応じた廷臣たちがいた。

ダニエル書2章2節:王は夢を解かせるべく、魔術師、占星師、祈祷師、カルデア人を召し、
ダニエル書2章4節:するとカルデア人がシリア語で答えた、王よ、臣等に夢を語られよ、

 魔術師、占星師、祈祷師と並んでカルデア人(バビロニア人)が入っているのは奇妙だが、この場合は民族名ではなく、いわば賢者という意味でそう呼ばれている。先進文明を身につけた人々は、後進地域の民にとってそれだけで偉大な知恵をもつ存在に見えたであろうし、バビロニアはまさしく代表的な先進文明の地であった。だがここでは「カルデア人」と言っている。捕囚時代のカルデア人は何よりも戦士であって、その名が賢者の意味で使われるのは、ずっと後のことなのである。

※この事情は、日本史の中の武士と通じる。江戸時代には武士が知識階級、読書階級の代表だったが、平安、鎌倉期の武士は勇敢な戦士でも、学問をする集団ではなかった。例えば、源平合戦時代に「○○は武士だから、孟子ぐらい読んでるだろう」という発言があれば、明らかに時代背景と矛盾するし、おそらく江戸時代の創作にちがいないという推測が可能である。※

 さらに、カルデア人がシリア語(アラム語)で答えたというが、なぜ自らの言語でも王の言語でもない異国語を用いるのか。実は、ダニエル書のこの一節から第7章までが、ずっとアラム語で書かれているのである。その理由はもちろん、ダニエル書が書かれた時代(前二世紀)の共通語であったからだが、前六世紀にそれが現れる矛盾を誤魔化すため、シリア語(アラム語)で答えたという一節を挿入したのに違いない。

 ところがネブカドネザルは、ヨセフのファラオとは異なり、自分の夢を思い出すことができなかった。そこでダニエルが進み出て、王の夢を再現することから始めた。有名なダニエルの予言にほかならない。

ダニエル書2章31節:陛下は巨大な像をご覧になった
ダニエル書2章32節:像の頭部は金、胸と腕は銀、腹と太腿は真鍮
ダニエル書2章33節:脚は鉄、足の先は鉄と陶器
ダニエル書2章34節:一つの石が鉄と陶器の足に当たり、これを砕いた
ダニエル書2章35節:そして、鉄と真鍮と銀と金は分解した。その石は巨大な山になり、世界を満たした

 ダニエルは続いて夢解きにかかる。まず黄金の頭部はネブカドネザルとカルデア帝国だという。

ダニエル書2章39節:その後に陛下の国より劣る王国が建ち、第三の真鍮の王国が続き、世界をすべて支配する
ダニエル書2章40節:四つ目の王国は鉄のように強い
ダニエル書2章41節:足の先の陶器の部分と鉄の部分を見るうちに、王国は分裂する
ダニエル書2章42節:その王国は強いが、壊れている部分もある
ダニエル書2章44節:そしてこれらの諸王の治世に、神は不滅の王国を建てられる

 この予言がネブカドネザルの時代になされたのなら、神の啓示そのものだろう。実際には四世紀後の世界で、歴史を振り返ったにすぎない。

 カルデア帝国より劣る第二の国はメディア帝国だろう。実際にはカルデア帝国と同時期に存在したのだが、ダニエル書の著者は、カルデアの後にメディアが続いたという誤解をいたるところでしている。メディアの国力がカルデアより弱かったのは事実である。全世界を支配する第三の王国はペルシャ帝国と思われ、たしかにユダヤ人が知っていたすべての地域を支配した。そして四つ目の鉄のように強いのはアレクサンダー大王が建てたマケドニア帝国である。像の二本の鉄の脚は、この帝国がエジプトのプトレマイオス朝とアジアのセレウコス朝に分裂したことを示す。ユダヤは当初はプトレマイオス朝の、次いでセレウコス朝の支配下にあり、とくにセレウコス朝から激しい迫害を受けた。やがて前一六八年にユダヤ人の反乱が起こる。それが巨像を砕く石にほかならない。

 第3章も、ネブカドネザルにまつわる物語となっている。彼は自分の巨大像を作り、神として拝むことを強制するが、信仰篤い三人のユダヤ人が従わず、かまどで焼き殺されることになった。ところがネブカドネザルが燃えさかるかまどを覗くと、そこには四人目の人物がおり、しかも誰一人火に焼かれてはいなかったという。四人目は神が遣わした天使であるが、このネブカドネザルも、自分を神として崇めよと、死をもってユダヤ人に強制したセレウコス朝の王のことで、前二世紀の読者なら誰でも分かることだった。

※このあたりの事情は、江戸時代に忠臣蔵が書かれた時、幕府の弾圧を逃れるため、室町初期に舞台を設定し、敵役を吉良上野介から高師直に変えたのとそっくりである。※

 第5章はネブカドネザル後の、バビロン陥落直前の話になっている。

ダニエル書5章1節:ベルシャザル王は大宴会を開き、
ダニエル書5章2節:父ネブカドネザルがエルサレムの神殿から持ち出した、金と銀の器具を出すことを命じた

 ここにも、現実のバビロン捕囚を生きた人物なら犯すはずのない誤りがある。ネブカドネザルは前五六二年に歿し、息子のアメル・マルドゥク(バイブルのエビル・メロダク)が後を継いだが、彼は前五六〇年にネブカドネザルの娘婿ネルガル・シャレゼルに暗殺され、ここで王家は簒奪されたのだ。簒奪者ネルガル・シャレゼルは前五五六年に歿して、息子のラバシ・マルドゥクが王となるが、ここでまた王位の簒奪が起こり、ナボニドゥスという人物が王になる。これがカルデア帝国最後の王である。

 するとベルシャザルとは何者か?

 実はナボニドゥスは学者のような人物で、政治にも軍事にも関心がなく、王の仕事は長男のベル・シャル・ウツルに任せきりだった。これがダニエル書のベルシャザルで、王位に就いたわけでもなければ、ネブカドネザルとも赤の他人なのである。

 すでに時代はカルデア帝国滅亡前夜だった。

 バビロニアのカルデア帝国に関するダニエル書の知識はかくも貧弱だが、その後の時代についてはもっとひどい。

ダニエル書5章30節:その夜、ベルシャザルは殺された
ダニエル書5章31節:メディアのダレイオスが王国を奪った、彼は六十二歳だった

 前五三八年にバビロンを攻め落としたペルシャのキュロス王は、たしかにその時六十二歳くらいだった。だがカルデアを滅ぼしたのはペルシャでメディアではない。メディアはカルデアと同時期に存在した国で、どちらもペルシャに滅ぼされたのだ。ただダニエル書の著者は、夢解きの話が示すように、カルデアの次にメディアが来たと信じていたので、カルデアを滅ぼしたのはメディアと考えたのだ。そして、前五二一年に即位したダレイオスは、メディアではなくペルシャの王である。あるいは、こういう記述もある。

ダニエル書9章1節:メディアのアハシュエロスの子ダレイオスの治世元年に、

 アハシュエロスはクセルクセス、ダレイオスの子で父ではない。

ダニエル書6章28節:ダニエルはダレイオスからペルシャのキュロスの世まで栄え、

 つまりメディアのダレイオス王の後から、ペルシャのキュロス王が現れるという。よくもこれだけいい加減なことを書けるものだ。

 第7章からのダニエル書は黙示録的になる。まず四つの王国を表す四頭の獣が語られる。

ダニエル書7章4節:一頭目は獅子に似て、鷲の翼をもつ
ダニエル書7章5節:二頭目は熊に似る
ダニエル書7章6節:次は豹に似て、四つの頭をもつ
ダニエル書7章7節:そして四頭目の獣は恐ろしく比類なく強く、鉄の歯と十本の角をもつ
ダニエル書7章8節:十本の角をよく見ると、もう一つ短い角が現れ、その前の三つの角は引き抜かれた

 翼を持つ獅子はカルデア帝国、熊はメディア帝国、豹はペルシャ帝国、四頭目の最強の獣が、アレクサンダーのマケドニア帝国なのは分かる。ユダヤ人にとっては、マケドニア帝国から分かれたセレウコス朝とりわけ前一七五年に即位した第八代のアンティオコス四世が、最大の迫害者だった。十本の角のうち七本は彼より前の王たちで、アンティオコスが短い角。彼は内戦で三人の競争相手を倒して八代目になったのだ。

 第8章も獣に擬した諸国の歴史である。二本の角(メディアとペルシャ)を持つ羊が一本の大角(アレクサンダー帝国)を持つ山羊に殺される。その山羊には新たに数本の角が生じ、そこからまた小さな角が現れる。これもセレウコス朝とアンティオコス四世だが、それをダニエルに教える者が現れる。

ダニエル書8章16節:私はそこで声を聞いた。ガブリエル、説明をしてやれ、と

 天使の概念はペルシャの影響下でユダヤ人の間に培われ、ガブリエルは大天使の一人とされた。ダニエル書でこのような伝達者の役割を当てられたため、後にイエスの受胎をマリアに告げるのも、マホメットにコーランを教えるのも、ガブリエルの役割とされた。ユダヤ人の間でも、ヨセフを兄たちの場所へ導いたり、モーセを埋葬したり、センナケリブの軍勢を破ったのがガブリエルとされている。天使の固有名は外典や新約聖書で言及されるが、ユダヤの正典ではダニエル書だけで、このこともダニエル書が非常に遅い時代に書かれたことの証拠にあげられる。

 ここでダニエルは、破壊された神殿は七十年で復活し、理想の世が来るというエレミヤの予言について尋ねる。ネヘミヤが神殿と城壁を再建したとき、これで予言は実現すると多くの人が信じたのに、いくら待ってもユダヤ人は異教徒の支配から抜け出せず、ついにセレウコス朝のような迫害者の下で苦しまねばならなくなった。この謎をガブリエルはダニエルに説明する。

ダニエル書9章24節:君の民と君の聖都は、七十週で罪が消える

 七十年ではなく七十週という。七十週とは週(七)の七十倍で四百九十を意味する。ここでは神殿破壊の原因となった罪が消えるまで四百九十年かかるといっているのだ。前五八六年の破壊から四百九十年なら前九六年で、少なくともダニエル書の著者にとっては、まだ先だった。そして、さらに詳しい説明が行われる。

ダニエル書9章25節:救世主の公子が現れるまで七週、町が再建されるまで六十と二週、
ダニエル書9章26節:その六十と二週のあと救世主は断ち切られ、

 七週は四十九だから、神殿の破壊から四十九年で救世主が現れると言っている。前五八六年から数えると前五三七年で、なるほどキュロスがユダヤ人の帰郷を許した前五三八年とほぼ一致する。その後、六十二週つまり四百三十四年を経て前一〇四年、救世主は断ち切られるという。実はダニエル書が書かれた頃、セレウコス朝に立ち向かったユダヤの祭司長がいた。前一九八年にその地位に就いたオニアス三世である。オニアスはセレウコス朝に敢然と立ち向かい、前一七一年に処刑されるのだが、それがユダヤ人の反乱を引き起こし、歴史の転換点となった。

ダニエル書9章26節:来たる公子は町と聖域を破壊し、
ダニエル書9章27節:それは一週続く。彼は週の半ばで祭祀を止めさせ、非道を拡大し、荒廃させ、

 著者自身の時代に近づくにつれ、弾圧の危険を避けるため曖昧な表現になってくる。オニアスの処刑から一週つまり七年は前一七一年から前一六五年に該当し、その週の半ばといえば前一六八年になる。この年アンティオコス四世はエルサレムを襲い、ユダヤ教を禁じ、神殿を穢した上でゼウスを祀る場所に変え、祭壇で豚を犠牲に捧げることまでした。これがダニエル書のいう非道で、神殿は荒廃した。

 第11章では、二つのマケドニア帝国の争いが語られる。

ダニエル書11章5節:南の王は強くなり、
ダニエル書11章6節:王の娘は調停のために北の王を訪れ、

 南の王がエジプトのプトレマイオス家、北の王がシリアのセレウコス家で、両者の戦いは当初エジプトが優勢だった。

ダニエル書11章7節:軍勢を連れて来たり、北の王の砦に入って勝利する

 これは第三シリア戦役でセレウコス朝を大破したプトレマイオス三世のことと思われる。この時がプトレマイオス朝の最盛期だが、その後はセレウコス朝が盛り返す。

ダニエル書11章15節:北の王が来たり、多くの城市を取り、南の腕は支え得ず、

 この北の王はアンティオコス三世で、ユダヤを含めたアジアの領域は、プトレマイオス家からセレウコス家の支配下に移った。セレウコス朝は最盛期を迎え、アンティオコス四世の代になる。

 だがこの頃になると、世界情勢が大きく変化していた。西方のローマの興隆である。ローマはアンティオコスにエジプトからの撤退を命じ、ローマに敵し得ないことを知っていたアンティオコスは従うしかなかった。

ダニエル書11章30節:キティムの船隊が来たり、彼は嘆きのうちに引き返した。彼の怒りは聖教へ向けられた

 キティムはキプロスだが、ダニエル書は船団が西から来たことをぼかして言っている。もちろんこれはローマの船団で、旧約聖書にローマが登場する唯一の箇所である。屈辱を受けたアンティオコス四世は怒りの矛先をユダヤ人に向けた。神殿が穢されたのはこの時である。

ダニエル書12章1節:かつてない災いの時が来た
ダニエル書12章7節:一と二と半分の間、
ダニエル書12章11節:非道の行いが始まってから千二百九十日、

 一と二と半分は三年半、千二百九十日も同じである。神殿が穢されてから、ユダヤ人が立ち上がり、神殿を取り戻して清めるまで、それだけの期間を要したのだ。その物語は、マカバイ記で語られる。


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