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投稿日: 2015/06/28(Sun) 21:22
投稿者Ken
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タイトルトビト記、ユディト記

『トビト記』

 いわゆる「外典(Apocrypha)」というものがあって、ユダヤ教の正典にない物語を収録しているが、カトリックではこれもバイブルの正典に含めている。その先頭に来るのがトビト記で、書かれたのは、ユダヤ人がセレウコス朝の過酷な支配下に置かれていた前二〇〇年頃と推測され、舞台はそれより五世紀前のアッシリア時代に設定されている。

トビト記1章2節:アッシリアのシャルマネセル王のとき、トビトは囚われて連れ去られた

 正しくは、サマリアを攻めたのはシャルマネセルでも、人々を連行したのは次のサルゴン王なのだが、いずれにせよ主人公トビトはイスラエル王国が滅んだ前七二二年に生きていたことになる。ところが、その直後に彼はこういう述懐をしている。

トビト記1章4節:私が若かったとき、ナフタリ族がエルサレムの王家から離れた

 これは前九三三年に統一王国が分裂した時、ナフタリ族が北王国に属したことをいっている。同じ人物が両方の時期に生存はできないから、トビト記はフィクションで、しかも歴史に詳しくない著者の作品である。

 そのトビトはニネベの宮廷で重用され高位の官吏になる。あるとき彼は地方へ出張した。

トビト記1章14節:私はメディアへ行き、ラゲスで十タレントの銀をガバエルに託した

 しかしラゲスがアッシリア帝国の支配下に入ったことはない。十タレントといえば今の二万ドルに相当し(※バイブル・ガイドが発表された一九六九年の二万ドルだから、現在なら十万ドル=一千万円以上だろう※)そんな大金を持って国外を旅すれば無事ではすまないだろう。ただし、前二〇〇年ならラゲスを含めたかつてのメディア帝国の地がそっくりセレウコス朝の版図だったから、トビト記の著者がいつの時代に生きていたかを示す証拠の一つである。

 やがてトビトは病で失明する。彼の信仰心は不動だが、彼は死ぬことを願った。一方、彼の姪にあたるサラも大変な不幸に見舞われていた。

トビト記3章8節:彼女は七たび結婚しながら、悪魔アスモデウスが夫をすべて殺した

 しかし悪魔の行為は知られることなく、人々はサラが次々と夫を殺したと信じた。このとき、二人を救うために派遣された天使がいた。

トビト記3章17節:二人を癒すためラファエルが遣わされた

 天使の概念はペルシャの影響で発達するが、固有名を与えられたのはバイブル正典の中ではガブリエルとミカエル、外典ではトビト記のラファエルと第二エズラ記のウリエルである。

 この頃トビトは息子のトビアスをラゲスまでの危険な旅に送り出すことになり、肝に銘じるべきいくつかの注意を与えるが、その一つが、

トビト記4章15節:自分にとって嫌なことを、他の誰にもしてはいけない

 これは、後にイエスが述べる「黄金律」を否定形式で言ったものだ。

マタイによる福音書7章12節:それゆえ、自分がしてほしいことを他者に行わねばならない
ルカによる福音書6章31節:他者からしてもらいたいことを、彼らに行うべし

※一九六三年に亡くなったイギリスの作家CSルイスは、キリスト教を分かり易く解説することで有名だったが、この黄金律とまったく同じ表現(己の欲せざる所を人に施す勿れ)が中国古典の論語にも、インド古典のマハーバーラタにもあることを発見して、これこそ神の法が全人類に及んでいる証拠だと主張し、その神の法をわざわざ中国語で「Tao」(道)と呼んだ。※

 旅に出かけようとするトビアスの前に、ラファエルが人間の姿で現れ、道案内を申し出たので、二人で出発した。

トビト記6章1節:彼らは夜にティグリス川に達し、宿をとった

 だが、もともとニネベはティグリス河畔の、それも東側に位置する町だし、ラゲスはそれよりずっと東方だから、ニネベからラゲスへの旅でこの川に達するはずはない。このフィクションの作者が歴史だけでなく、地理もよく知らなかったことが分かる。ただしこの物語では、川越えは絶対に必要だった。トビアスは魚を捕らえ、ラファエルは心臓と肝臓と瘤をとっておくように言う。心臓と肝臓は悪魔退治のため、瘤は失明を治すためである。

 サラが住むエクバタナまで来たとき、ラファエルはトビアスとサラが結ばれるようにはからう。トビアスが結婚式の場で魚の肝臓を焚くとアスモデウスは退散する。使命を果たしてニネベに戻った後、今度は魚の瘤でトビトの目を治す。このとき初めてラファエルは天使の正体を現し、トビトの一族は末永く幸福に暮らすのである。トビトは死の床で、ニネベはもうすぐ滅びると警告し、トビアスは妻の故郷のエクバタナへ移住して、ニネベの滅亡を見届けることになる。

トビト記14章15節:トビアスは死ぬ前に、ニネベがネブカドネザルとアハシュエロスに占領されたことを聞いた

 史実では、ニネベを征したのはネブカドネザルの父ナボポラサルとメディアのキュアクサレスで、アハシュエロス(クセルクセス)の登場など一世紀以上も未来のことだ。要するにトビト記の作者は、セレウコス朝が滅びると言いたかったので、題材はフィクションでよかったのだ。



『ユディト記』

 これもトビト記と同じく歴史小説のたぐいで、書かれたのは前一五〇年頃と思われる。長かったセレウコス朝の圧制をついに退けたユダヤ人の民族主義が激しく昂揚し、強敵に打ち克つ英雄の物語が持て囃された時代にあたる。トビト記のような超自然現象こそ登場しないが、内容が矛盾だらけという点では、むしろこちらの方が極端である。

ユディト記1章1節:ニネベに君臨したネブカドネザルの十二年目に、

 のっけからこんなことをいっている。ネブカドネザルはバビロンに君臨したカルデアの王で、ニネベに君臨したアッシリア王ではないし、即位したのもニネベが完全に破壊された後だ。とりあえず、ネブカドネザルの十二年だけ採用するなら、前五九四年である。だが、時代設定はこれだけではない。

ユディト記1章1節:メディアのエクバタナに君臨したアルファクサドの治世に、

 メディア史にそんな王はいないが、アルファクサドにモデルがいるなら、前六四七年から前六二五年まで君臨したフラオルテスだろう。

ユディト記1章5節:その頃、ネブカドネザルがラガウの地でアルファクサドと戦った

 アッシリアのアッシュールバニパルが、前六二五年にメディアのフラオルテスと戦った史実はあるので、ユディト記はそれを借用したと思われる。この戦役に「ネブカドネザル」が動員した軍勢の描写がある。

ユディト記1章6節:王の下に馳せ参じたのは、ユーフラテス、ティグリス、ヒダスペス河畔の民、エラムの民、ケロド諸国の民、

 これは当時のアッシリア帝国東部の民族構成の記述としては、おおむね正しい。ケロドはカルデア人で、この頃はまだアッシリアに服属していた。ただしヒダスペス川は明らかな誤りで、これはパキスタンのパンジャブ地方を流れる川である。実はアレクサンダーがこの河畔で大会戦を戦っており、いわばマケドニア帝国の東の境界で、ユディト記の著者がアッシリアやネブカドネザルの名を借りながら、真実はどの国を意識していたかが見て取れる。

 「アルファクサド」を破った「ネブカドネザル」は、一転して西の敵ユダ王国に取り掛かった。

ユディト記2章4節:ネブカドネザルは軍司令のホロフェルネスを呼んで命じた
ユディト記2章6節:我に叛する西の国を討て

 再び史実の話をすると、まずアッシュールバニパルはユダを討伐などしていない。当時のユダはアッシリアに忠誠を誓うマナセ王の治世で、平和の中に栄えていた。また、ホロフェルネスという将軍は、アッシリア、バビロンどちらの歴史にも登場しないが、アッシュールバニパルより三世紀後、前三四六年、ペルシャ帝国のアルタクセルクセス三世がエジプトへ出した遠征軍の将がホロフェルネスである。ユディト記は、ユダの民がこの遠征軍を非常に怖れた、という。

ユディト記4章3節:なぜなら彼らは捕囚から戻ったばかりだったから

 こうなると、前七世紀のアッシリア帝国、前六世紀のネブカドネザル王、前五世紀にバビロン捕囚から戻ったユダヤ人、前四世紀のホロフェルネス将軍と、見事なまでに各世紀から題材を得て、ユディト記は創作されたことになる。

※鎌倉幕府(十三世紀)の足利義満将軍(十四世紀)が、応仁の乱(十五世紀)を戦うため、上杉謙信(十六世紀)に命令を下した、という話が日本人にどう聞こえるか、考えてみよう。※

 このとき、エルサレムの祭司長ヨアキムは、

ユディト記4章6節:ベトリアの住民に書簡を送った
ユディト記4章7節:丘の上の街道を守るように、その道は狭く、二人がようやく通れる幅しかないから、敵を防ぐのに有利だ

 ベトリアという地名は、これ以外にバイブルのどこにも登場しないが、そんなことよりユディト記の著者がヘロドトスから借用しているのは明らかだ。ホロフェルネスの大軍をユダの小部隊が狭い街道で迎え撃つのは、クセルクセスの大軍をギリシャの小部隊がテルモピュレで迎え撃つのと全く同じ筋書きである。だからベトリアがどこかを推測すること自体無意味なのである。

 ホロフェルネスはベトリアの水の供給源を断ち、降伏へ追い込もうとするが、このとき物語の主人公が登場する。

ユディト記8章1節:このときユディトがこれを聞き、

 ユディトはユダの女性形で、彼女は三年前に夫に先立たれたという設定になっている。ベトリアを出た彼女は降伏を偽ってホロフェルネス将軍に近づき、二人きりになったとき相手を酒に酔わせ、その首を落として脱出した。主将を失った「アッシリア」軍は敗走し、ユダヤ人は「ネブカドネザル」の脅威から解放されて、ユディト記は終わる。


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