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投稿日: 2015/10/11(Sun) 20:47
投稿者Ken
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タイトルマタイによる福音書 (続き)

 ヨハネの逮捕を知ったイエスは、彼自身が伝道を行うため、ガリラヤへ戻って行ったが、故郷のナザレにはわずかしかいなかったらしい。

マタイによる福音書4章12節:イエスはガリラヤへ行った
マタイによる福音書4章13節:そしてナザレを離れて、

 その理由を窺わせる記述がある。

マタイによる福音書13章54節:イエスは故郷へ戻り、シナゴーグで教えを説き、人々を驚かせた。いつこの男がこんな智恵を得たのか
マタイによる福音書13章55節:これは大工の息子ではないか? 母親はマリアといわないか?

 同じ場面を、マルコとルカの福音書は、このように語る。

マルコによる福音書6章3節:この男は大工で、マリアの息子ではないか
ルカによる福音書4章22節:これはヨセフの息子ではないか

 つまり、マルコが語る史実のイエスはナザレの町の大工で、ファリサイ派のような知識人からみれば、教えを請う側の人間であるはずなのに、それが教える側として現れたことで、彼らを怒らせたらしい。だがマタイやルカが福音書を書いた時期には、信徒たちの間でイエスは神格化されており、彼が大工という労働者階級の人間だったことを隠そうとした。マタイは大工は彼の父だというし、ルカは大工という言葉自体を削除している。イエス自身も、人々の反発の原因を理解していた。

マタイによる福音書13章57節:イエスは彼らに言った、預言者への尊敬は、故郷の外、生家の外で得られる

 だからこそ、イエスはナザレをすぐに去ったのだろう。同じガリラヤのカペナウムの町へ移ったが、近くにガリラヤ湖があるその地は、イエスにとってナザレよりも明らかに活動しやすく、最初の弟子もそこで得た。

マタイによる福音書4章18節:ガリラヤ湖の畔を歩くイエスは、ペトロと呼ばれたシモン、そしてアンデレの二人の兄弟の漁師が網をうつのを見た
マタイによる福音書4章19節:そして二人に言った、ついてきなさい、君たちを人を獲る漁師となそう
マタイによる福音書4章20節:すると二人は網を捨て、イエスに従った

 シモンはギリシャ語で、ユダヤ名としてはシメオンが正しいが、多くのユダヤ人が名前をギリシャ化したり、初めからギリシャ語の名を付けた時代だった。また当時は現在のような姓がなく、同名の個人を区別するのに通称をよく用いた。シモンはおそらく肉体か精神が強かったので、ギリシャ語で岩を意味するペトロを通称にしたのだ。マタイの記述だと、二人の兄弟は声をかけられただけでイエスに従ったかのようだが、実際にはその説教を聞いて弟子になったのだろう。同じくカペナウムで弟子に加わったもう一組の兄弟がいた。

マタイによる福音書4章21節:さらに二人の兄弟、ゼベダイの子ヤコブとヨハネが、父の舟で網を繕っているのを見て、声をかけた
マタイによる福音書4章22節:すると二人は直ちに舟と父を離れ、イエスに従った

 当時のユダヤでは人々を引き付ける説教者がスターだった。ギリシャの哲学者、ローマの剣闘士、現代ニューヨークの演劇のように、その噂は早く広く伝わった。ひとたび聖者の評判を得ると、奇跡の力で病を治す話が伝わるのも古今に同じである。後世の英国王には聖者どころかその反対の人物も多かったが、王が触れると病が治るという信仰は十八世紀まで続いた。病人自身がそれを信じていると、心理効果から本当に病がよくなるか、良くなったような気がすることはある。だからイエスが多くの病を治した話を科学的に考察することに意味があるとは思えない。ともあれイエスの名声は広く伝わった。

マタイによる福音書4章24節:彼の名声はシリアの隅々まで伝わり
マタイによる福音書4章25節:従う者は、ガリラヤ、デカポリス、エルサレムから、非常に多く出た

 デカポリスはギリシャ語で「十の町」を意味し、アレクサンダーの征服やセレウコス朝の統治が遺したギリシャ人の植民都市群を指す。これはギリシャ人さらには異邦人(非ユダヤ人)一般までもがイエスの教えに影響を受けたことを意味する。ユダヤ人がギリシャ文化の影響を強く受けたように、異邦人にもユダヤ教に惹かれる人々がいたのだ。このことが後にキリスト教の歴史で決定的な影響をもつことになる。

 ここでマタイは有名な「山の上の説教」を語る。おそらくはイエスの多くの発言を一つの説教のようにまとめたものと思われるが、やはりイエスのどの教えも旧約聖書と関連させているのは、マタイならではである。例えば、あまりにも有名な一節、

マタイによる福音書5章5節:幸いなるは柔らかな者、地を所有するのだから

 は、詩篇からの引用である。

詩篇37篇11節:しかし柔らかな者が地を所有する

 当初、イエスの言葉はすべて口伝として広まったので、語る人によって表現も解釈も異なるのは避けられず、そこから発生した最大の対立は、結局イエスの教えはユダヤ教を継承したのか、それとも異なるものなのかという点だった。それによってモーセの律法への対応なども変わってくる。そしてマタイは、イエスはユダヤ教の継承者であるという信念を、誰よりも強く持っていた。だからこそ、山の上の説教でイエスにそのことを明言させている。

マタイによる福音書5章17節:私を律法や預言の破壊者と思ってはならない、私は破壊ではなく、これを完成するために来たのだ
マタイによる福音書5章18節:はっきりと言おう、天と地が滅ぶまで、律法の一字一句も消えることはなく、ただ完成に向かうのみ
マタイによる福音書5章19節:何者であれ、この戒めを僅かでも破り、他者にもそうせよと教える者は、天の王国へ呼ばれることはありえない

 総合的に考えれば、史実のイエスもこのように考えていたのだろう。例えば十戒は人を殺すなと教えるが、イエスは憎悪や軽蔑の気持を抱くことがそもそもいけないと教える。あるいは十戒は不倫はいけないと述べるが、イエスは誤った肉欲を抱くこと自体が罪だと教える。十戒は偽証を戒めるが、イエスは何かを誓うこと自体がいけないので、ただ真実を語れという。

 モーセの律法は、不当な扱いを受けた時は、相手に同等の報いを与えることを認める。イエスは、善に善で報いるのは信仰などなくてもできるが、悪に善で報いることこそ倫理の完成だと主張する。

マタイによる福音書5章46節:自分を愛する者を愛するだけなら、何の功績であるか? そんなことは徴税吏でもやるのに

 ここでは徴税吏が最低の人間と同じ意味で使われている。当時の徴税吏は徴税権を金で買った有力者が多く、政府へ納める以上に民衆から取り立てて私腹を肥やしていた。しかもユダヤ人から税を取り立てるのは同じユダヤ人で、同胞を搾取して敵(ローマ)に貢ぐ者として激しく憎悪されたのは想像に難くない。史実のイエスは大工で、最初の四人の弟子は漁師だったことからも、彼の教えは庶民にこそ受け入れられ、貴族(サドカイ派)や知識人(ファリサイ派)には反発されたろう。このような社会革命への志向こそ、キリスト教史の初期にあれほど多くの信者を獲得した要因ではないか。

マタイによる福音書6章24節:二君に仕えることはできない、神とマモンの双方に

 ミルトンはこの一節から『失楽園』の中で、マモンをサタンに追随する悪魔の一人の名前としたが、マモンはアラム語で富を表す。イエスは、地上の富よりも天国で価値を持つ倫理的な豊かさを説いたのだ。だが、ヨブ記などが示すように、伝統的なユダヤの思想では、正しい者が報われ、罪を犯した者が罰を受けるのは、あくまでも地上世界においてなのだ。これが、賞罰を受けるのは死後の世界となれば、現世で豊かな者は、ただそれだけの理由で来世に罰を受けるという発想に繋がるのは、自然の勢いであるし、イエス自身もその考えを支持する発言をしている。

マタイによる福音書19章24節:金持ちが神の王国へ入るよりも、駱駝が針の穴をくぐる方がまだしも易しい

 のちに、キリスト教信者に金持ちや有力者が含まれるようになると、この一節は多様な解釈をされた。例えば「針の穴」とはエルサレムの城門のことで、荷を満載した駱駝は通れないから、一部を慈善に(もしくは教会に)捧げるべきだというのもそうである。だが初期の信者たちが貧しい階級の者ばかりだったことを思えば、金持ちへの強い反発と考える方がずっと自然である。

 もう一つイエスが激しく非難しているかに見える存在がある。

マタイによる福音書7章6節:聖なるものを犬に与えるな、豚に真珠をやるな、彼らはそれを踏みにじり、こちらを襲うだけなのだから

 犬だの豚だのと、最大の罵倒を投げられているのは何者だろうか? 一切の信仰を持とうとしない罪人のことで、そういう連中に道を説いても無駄だといっているのか? では、説教をする相手とは、すでに信仰を持つ者に限られるのか? そうではないことは、イエス自身の別の発言で分かる。

マタイによる福音書9章12節:医者を必要とするのは健やかな者ではなく、病める者である

 ここはやはりマタイ自身のユダヤ主義を思い起こすべきだろう。彼にとって、キリストの教えを説く相手はユダヤ人だった。異邦人を相手にそれをするのは無駄であるのみか、却って相手の反感を呼び「こちらを襲う」結果になる。何よりもモーセの律法を知らずにキリストを受容する者は、尊い教えを「踏みにじる」だけなのである。このことは、後に、娘の病を治してほしいとイエスに頼んだカナン人女性の話で、より明確に語られている。

マタイによる福音書15章24節:イエスは答えた、私はイスラエルの迷い羊のためだけに遣わされた
マタイによる福音書15章26節:子供のパンを取り上げて、犬にやることはできない

 これこそが、ユダヤ至上主義者マタイが理解したイエスだった。ここでの子供と犬は、ユダヤ人と異邦人のことなのである。また、イエスが弟子たちを伝道のために派遣した場面でも、マタイの考えが現れている。

マタイによる福音書10章5節:イエスは命じた、異邦人の方へは行くな、サマリア人の町へ入るな
マタイによる福音書10章6節:イスラエルの家の迷える羊のところへ行け

 だが、ここでマタイのような人物にはジレンマがあった。福音書が書かれた時代には、大半のユダヤ人が救世主イエスを断固拒絶する一方で、驚くほど多くの異邦人が入信しつつあったのだ。異邦人に布教をせねばキリスト教の未来はないことは、さすがのマタイにも見えていたであろう。だから彼は、不承不承ながら、異邦人もまたキリストに救われる存在と認める記述も行っている。前述のカナン人女性の話には続きがある。イエスに犬扱いをされた彼女は、それを認めた上で、尚も懇願しているのである。

マタイによる福音書15章27節:女は言った、そのとおりです、主よ、ですが犬でも飼主の食卓からこぼれたかけらを食べます

 結局イエスは子供の病を治してやる。要するに、異邦人が自己の劣等を認め、十分な卑下をするなら、入信させてやらないこともない、というのがマタイの態度だった。もっとも、山の上の説教の直後に記載された別の話は、異邦人を積極的に受け入れるのみか、強情なユダヤ人への警告になっており、異邦人の問題は、マタイ自身も相当に迷っていたのかもしれない。

マタイによる福音書8章5節:イエスがカペナウムに入った時、一人の百人隊長が懇願のために訪れた。
マタイによる福音書8章6節:彼が言うには、主よ、我が家の召使いが麻痺を起こしております

 この百人隊長がローマの進駐軍の士官なのか、それともイドゥミア人の王の士官なのかは分からないが、いずれにせよユダヤ人でないことは確かである。彼はイエスが彼の家まで来なくても、その場で治癒の言葉を発してくれれば十分だと言った。イエスは隊長の信仰心を賞賛した。

マタイによる福音書8章10節:これほどの信仰心はイスラエルの民にもみたことがない
マタイによる福音書8章11節:聞くがよい、多くの者が東と西から来て、天の王国でアブラハム、イサク、ヤコブと席をともにするだろう
マタイによる福音書8章12節:だが王国の子等は、闇の中へ放り出される

 さて、マタイの福音書の第10章で、イエスは弟子たちの中から、伝道の助手とするため、十二名を選抜している。いわゆる十二使徒の登場である。ペトロとアンデレの兄弟、ヤコブとヨハネの兄弟、徴税吏のマタイはイエスの弟子になった場面の記載がある。一方、フィリポス、バルトロマイ、トマス、アルファイの子ヤコブ、タダイの五名はこのときが初登場である。十一人目は「ゼロット党のシモン」という。ゼロット党は過激なユダヤ主義者で、ローマへの武力反抗を唱える勢力だった。紀元六六年についに蜂起し、三年間戦い、最後は一人残らず殺されることになる。そして十二使徒の最後に来るのが、イエスを裏切ることになる人物である。

マタイによる福音書10章4節:イエスを裏切ったイスカリオテのユダ

 イスカリオテとは、ユダヤのケリオト市の住人のことで、彼はガリラヤ人ばかりの使徒に一人混じったユダヤ本土人と長く思われてきた。だが最近になって、イスカリオテはシカリオテつまりシカリ派の誤記という説が有力になっている。シカリとは暗殺者の意味で、ゼロット党の中でもさらに過激な行動を採ろうとする人々をいう。

 この時代、サマリア人の子孫はどうしていたろう。かつて第二神殿の建設に参加を申し出て拒絶された彼らは、前三三二年に自分たちの神殿をゲリジム山に建て、独自の伝統を守っていた。アンティオコス四世に迫害されたのも、ユダヤ人と同様である。だがマカバイ王朝が現れるとサマリアを征服し、前一二九年にはその神殿を破壊した。結果としてはローマが彼らをユダヤの支配から解放したが、ユダヤとサマリアの対立は、なまじよく似た宗教をもっているだけに、福音書に書かれた時代を通して、非常にはげしいものになった。

 洗礼者ヨハネの一党との関係だが、獄中のヨハネ自身はともかく、彼の弟子たちはイエスを競争相手とみたようである。

マタイによる福音書9章14節:ヨハネの弟子たちがやって来て言った、我々もファリサイ派の人々も断食の行をするのに、君の弟子はなぜやらないのか

 イエスは、断食は哀悼の儀式だから、弟子たちが自分と一緒にいて、喜びに満ちている時にはふさわしくないと回答した。それを聞いたヨハネは、元から自分は救世主の露払いと信じていたから、このような回答をするイエスこそが救世主ではないかと期待しただろう。ヨハネは弟子を遣わしてイエスは救世主かと尋ねるが、イエスは直接の回答は避けた。

 いずれにせよ、イエスたちにとって最も危険な相手は、律法の厳守にこだわり、それを権威の基盤とするファリサイ派だったろう。彼らはイエスたちが危険な異端者であると非難した。例えば、イエスが病人を治した後に言ったことが問題とされた。

マタイによる福音書9章2節:わが子よ、喜ぶがよい、そなたの罪は許された
マタイによる福音書9章3節:すると、見よ、書記たちの一人が言った、この男は神を冒涜する、と

 ここでの書記はファリサイ派と同じ意味である。たしかに人間の罪を許すことができるのは神だけで、ここでのイエスは救世主としての自分を、より強く出しているようだ。

 イエスが、社会から嫌われていた人々と友人になり、弟子の一人にさえ加えたことも、問題とされた。

マタイによる福音書9章9節:イエスは税を取り立てていたマタイという男を見て言った、一緒にくるがよい。マタイは立ち上がって、イエスに従った
マタイによる福音書9章11節:ファリサイの人々はこれを見てイエスの弟子に言った、なぜ君たちの師は徴税吏のような罪びとと食卓をともにするか
マタイによる福音書9章12節:イエスは彼らに言った
マタイによる福音書9章13節:生け贄よりも慈悲をもて、という言葉の意味を学ぶがよい。

 これはホセア書の引用である。

ホセア書6章6節:私が望むのは生け贄ではなく慈悲である、供物よりも神の智恵である。

 ファリサイ派も、ホセア書を持ち出されては、引きさがるしかない。だが、知識人の彼らに道を説く僭越な男への憎悪は強まるばかりだった。

 安息日を巡っての応酬もあった。天地を創造した神が七日目に休息したという創世記の記述に拠り、一週の内の一日は労働を行わず、神に仕える日とされる。安息日を守るのは十戒の一つでもある。もっともバビロン捕囚以前には、十戒を述べる箇所以外に安息日はほとんど登場せず、その起源は異教の満月祭の可能性が高い。捕囚の間にユダヤ人が他民族と同化しないように厳格化されたのだろう。あるときイエスの弟子たちが安息日にとうもろこしを採取して食べたが、これを見たファリサイ派は、安息日を破って収穫の労働を行ったと咎めた。イエスの回答はマルコの福音書に記載がある。

マルコによる福音書2章27節:イエスは彼らに言った、安息日が人のためにあるので、人が安息日のためにあるのではない

 今やファリサイ派にとって、イエスはどうしても排除せねばならない相手となった。彼らはイエスが悪魔を祓えるのは魔王ベルゼブブの力を借りているからだと主張し、イエスは悪魔同士が戦うわけがないと応酬した。しかしファリサイ派がイエスを攻撃している話は、ナザレに住むイエスの家族にまで届いたようで、心配した母と弟たちが尋ねてきた。彼らが何をしにきたのか、マタイは語らないが、マルコには記載がある。

マルコによる福音書3章21節:親族たちはイエスを捉えた。彼が狂っていると聞いたからだ

 これはマルコにとっては普通の記事だったのだろう。しかしイエスの誕生にまつわる奇跡譚を語ってきたマタイには、受容できない話だったから、記載されていない。それでもイエスの対応から、彼の家族が彼を応援にきたのでないことは読み取れる。

マタイによる福音書12章49節:イエスは弟子たちを指して言った、見よ、彼らが我が母であり弟である

 つまり彼にとっての真の家族とは信仰の仲間であって、彼を理解しない肉親ではないと言っている。イエスが家族を追い返した場面の後、イエスが例え話を多用して彼の思想を述べる場面を、マタイは描いている。だが、弟子たちは、もっと直截的な言い方を求めたようだ。

マタイによる福音書13章3節:イエスは例え話で人々に多くのことを語った
マタイによる福音書13章10節:弟子たちは言った、なぜ例え話で話されるのか?

 イエスは、真に神の国へ入ることを望む者なら理解しようと努力するはずだと答えた。だがあまりにストレートな言い方では反対者をますます怒らせるのが真の理由だったのではないか。なにしろこの頃、洗礼者ヨハネが処刑されているのだ。ヨハネを処刑したヘロデ・アンティパス王はイエスもヨハネの同類と見て捕らえようとしたが、イエスはベツサイダという辺境の町へ逃れた。この地でイエスは、五斤のパンと二匹の魚で、五千人以上の人々に食を与えたとマタイは記す。これは四つの福音書のすべてで語られる唯一の奇跡である。だがベツサイダも安全ではなく、イエスを失望させた。支持者の数が少なすぎたのだ。そのためこの町もカペナウムも、イエスに呪われている。

マタイによる福音書11章21節:ベツサイダに災いあれ!
マタイによる福音書11章22節:裁きの日には、お前よりもティルスやシドンの方が許される
マタイによる福音書11章23節:そしてカペナウムよ、今は天で愛でられても、その時は地獄に引き込まれよう

 史実のイエスはこの時気分が落ち込んでいたのではなかろうか。彼は直近の弟子たちに、彼を何者と思うかと尋ねた。弟子たちはこもごもに、死んだ洗礼者ヨハネが復活した姿とか、エリヤ、エレミヤあるいは別の預言者が蘇ったのがイエスだとか答えたが、その中でペトロの答えだけが異なっていた。

マタイによる福音書16章16節:シモン・ペトロが答えた、あなたはキリスト、神の子です、と

 ペトロのこの回答は、福音書におけるターニング・ポイントだったといえる。喜んだイエスは言った。

マタイによる福音書16章17節:幸いなるは巌のシモンよ、それを君に教えたのは生身の者ではなく、天の父なのだ

 自信を取り戻したイエスはシモン・ペトロを自分の後継者に任じた。

マタイによる福音書16章18節:ここに言おう、君はペトロであり、その巌の上に私の教会は建てられ、地獄の門を封じるだろう
マタイによる福音書16章19節:そして、天の王国への鍵を君に託そう

 ペトロは後にローマへ行き、その地の司教になったと伝わる。彼こそが、初代ローマ教皇なのである。一方、イエスがキリストであることが彼自身にも弟子たちにもはっきりしたとき、奇跡が起こったという。すなわち、イエスがペトロ、ヤコブ、ヨハネという最も重要な三人の弟子を連れて山へ登った時、彼の姿は光に包まれ、そこへモーセとエリヤが現れてイエスに話しかけたという。さらにイエスは、救世主である自分がなすべきことと、そのせいで彼に起こることを予言した。

マタイによる福音書16章21節:その時から、イエスは弟子たちに、自分がエルサレムへ行き、苦難を経験し、殺され、しかし三日後に復活するであろうことを告げた

 だが、福音書を読み進めれば、弟子たちがイエスの受難や死などを予想しておらず、それが現実になったとき慌てふためいたことは明らかである。むしろ栄光の未来を信じていたからこそ、特別な地位を要求する弟子まで現れた。

マルコによる福音書10章35節:ゼベダイの子ヤコブとヨハネは、やって来て言った
マルコによる福音書10章37節:あなたの栄光の中で、我々があなたの左右の位置を占められるようにしてください

 他の弟子たちが反発したのはいうまでもない。もっともマタイは、兄弟に特別の地位を望んだのは彼らの母親だったといっている。


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