Web Forum
[記事リスト] [新規投稿] [新着記事] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]

投稿日: 2016/02/28(Sun) 21:59
投稿者Ken
Eメール
URL
タイトル書簡集(続き)

『テサロニケの信徒への手紙二』

 テサロニケへの最初の手紙は現地の反発を呼んだらしい。なにしろキリストが再臨する兆候などどこにも見えず、迫害者は栄えるばかりだったのだ。パウロは直ちに二通目の手紙を送り、その日がくれば、いま勝ち誇る者たちはみな罰されると論じた。

テサロニケの信徒への手紙二1章7節:主イエスは天上より、強い天使たちを連れて現れる
テサロニケの信徒への手紙二1章8節:神を信じない者、主イエス・キリストの福音に背く者は、火に焼かれる

 ただし、その日が来るまでは、悪は栄え、それこそがキリストが再臨する証しなのだという。

テサロニケの信徒への手紙二2章3節:その前に災厄が襲い、罪びとの正体が現れるまでは、その日はこない
テサロニケの信徒への手紙二2章4節:その罪びとは神に背き、自分こそが至高の存在といい、

 要するに、正義が実現する前提として、誰が罪人なのかを明らかにする必要がある、という説明である。特にこの一節はダニエル書がセレウコス朝のアンティオコス四世について語る表現とよく似ている。

ダニエル書11章36節:そして王は意のままに振る舞い、自分こそが神々より偉大といい、

 つまり、マカバイ登場前にはアンティオコス王の暗黒時代があったのだから、キリスト再臨前にも暗黒時代がある、と示唆している。それに、バビロニアやペルシャの神話をルーツとするユダヤの神話には、世界の始まりと終わりに同じことが起こるという考えがあった。怪獣ティアマトやレヴィアタンが殺されて天地が生じたのだから、この世が終わり、新たな世界が創られる前には、古い世界の敵が克服されねばならない。エゼキエルはマゴグの国のゴグが斃されて理想の王国ができるというし、イエス登場前のユダヤの伝説は悪魔ベリアルを語った。ベリアルはアンティオコス四世だけでなく、ポンペイウスやヘロデ大王もモデルになっているだろう。

 イエス自身も、世の終わりの前に数々の災厄が襲い、その中には偽者の救世主もいると語っている。

マタイによる福音書24章24節:偽りのキリストが現れ、

 ヨハネの手紙一では、そのような偽りのキリストを反キリストと呼ぶ。

ヨハネの手紙一2章18節:反キリストが来ると聞いたことがあろうが、今この時でさえ多くの反キリストがいるのだ

 パウロ自身は、反キリストとは特定の個人を指すような言い方をする。テサロニケへの手紙が書かれた時代を考えると、十年前に自分を神として崇めることを要求し、神殿に像まで作らせようとしたカリグラ帝が念頭にあったかもしれない。

 だがカリグラは命令が実行される前に暗殺されたし、なによりも彼の死後、世界は終わらなかった。その後の歴史でも、ネロ帝、ドミティアヌス帝、デキウス帝、ディオクレティアヌス帝などが現れると、今度こそ反キリストに違いないと言われた。中世になると、他宗派のキリスト教徒が反キリストだと互いに言い合い、宗教改革が起こると、カトリックはプロテスタントを、プロテスタントはローマ教皇を反キリストと呼び合った。

 しかし、いくら待っても、どれだけ凶悪な人物が出現しても、キリストの再臨は起こらず、やがて反キリストが口にされることはなくなっていった。レーニンもヒトラーも、もはや反キリストとは呼ばれなかったのである。



『テモテへの手紙一』

 テサロニケ宛に続く三つの手紙は、「牧師」宛てに、教会の運営について助言を与えるために書かれている。宗教指導者を牧師と呼ぶのは、人間を羊に例えることからきている。その最初の手紙の宛先はパウロの愛弟子である。

テモテへの手紙一1章1節:イエス・キリストの使徒パウロより
テモテへの手紙一1章2節:我が信仰の息子テモテへ

 ところが、この手紙は書かれた時期が謎である。

テモテへの手紙一1章3節:私がマケドニアへ行くとき、君はエフェソに留まるように望んだ
テモテへの手紙一3章14節:近日に君の所へ行けることを望みつつ、これを書いている

 だが、使徒言行録のどこにも、この記述が当てはまる時期はない。この手紙の著者が真にパウロなら、考えうるのは、使徒言行録に記された時代よりも後で書かれたことだろう。使徒言行録は、ネロ帝がローマのキリスト教徒を弾圧した紀元六四年で終わっているが、テモテへの手紙一を信じるなら、パウロは弾圧の原因となった大火の前にローマを立ち去ったことになる。ローマに残っていれば、ライオンのえさにされるか、火焙りになったろう。それなら弟子のテモテと二人でエフェソへ行き、テモテはエフェソに留まったと考えられる。バイブルには記述がないが、テモテはエフェソの初代司教となり、やがて、ネロ帝よりもはるかに本格的な弾圧を行ったドミティアヌス帝の時代に殉教したという話が伝わっている。

 もっとも「牧師宛」の手紙は、パウロのものとは文体や用語が異なり、後世人が使徒パウロの名を借りただけで、そもそもパウロの著作ではないという意見もある。



『テモテへの手紙二』

 明らかに、テモテへの手紙一の続きである。いくつかの町を訪れた後、著者は自分の死が近いことを語っている。

テモテへの手紙二4章6節:召されるための準備はできた、旅立ちの時は近い
テモテへの手紙二4章7節:私はよく戦い、使命を終え、信仰を保った、

 この手紙も、パウロの著作と信じるなら、ローマを逃れた彼は再び捕らえられ、今度こそ殉教したのだろう。つまりテモテへの手紙二は、パウロが最後に書いたものということになる。



『テトスへの手紙』

テトスへの手紙1章1節:神の下僕にしてイエス・キリストの使徒であるパウロより、
テトスへの手紙1章4節:信仰を同じくする我が息子テトスへ、
テトスへの手紙1章5節:この目的のため君をクレタに残した。君は正しくない状況を直さなければならない

 パウロはローマへ向かう途上でクレタ島に寄っているから、その地に弟子のテトスを残したのだろう。手紙の中で、パウロは、クレタ人について警告し、異端への警戒を怠るなと言う。

テトスへの手紙1章12節:彼ら自身の預言者さえも、クレタ人は常に嘘をつく悪辣な獣で、満足することのない大食いだ、と言っている

 パウロがいう「預言者」とは、前七世紀のエピメニデスのことだと解釈されている。洞窟で五十七年も眠り続け、目覚めた時は魔術師になっており、百五十歳もしくは三百歳の寿命を保ったという伝承の中の人物である。



『フィレモンへの手紙』

 フィレモンはコロサイの人である。

フィレモンへの手紙1章1節:イエス・キリストの囚われ人パウロ、及びテモテより、フィレモンへ
フィレモンへの手紙1章2節:そして我らが愛すべきアフィア、アルキポス、そして君の家の中の教会へ

 自分の家の中で教会の集まりを持つということは、フィレモンはコロサイのキリスト教徒の指導的立場にいたのに違いない。アフィアは彼の妻、アルキポスは息子であろう。アルキポスの名はコロサイの信徒への手紙に登場する。

コロサイの信徒への手紙4章17節:アルキポスに伝えよ、受託した主の使命を思い、それを果たすように、と

 ということは、コロサイの信徒の実質の指導者は、息子のアルキポスということも考えられる。フィレモンへの手紙はコロサイ教会への手紙と同時期に書かれたのだろう。実際、コロサイ教会への手紙をティキコスが託された時、もう一人の人物の名が挙げられている。

コロサイの信徒への手紙4章8節:私はティキコスを送ったが、
コロサイの信徒への手紙4章9節:我が忠実で愛すべき兄弟にして、諸君の一人であるオネシモスも一緒に付けた

 このオネシモスはフィレモンの奴隷だったが、主人の財産を盗んで逃亡したのを、ローマでパウロと出会い、入信した人物である。パウロは、オネシモスをフィレモンのもとへ送り返し、ただし罰すべき逃亡奴隷ではなく、信仰の仲間として扱うように求めている。しかも、フィレモンが被った損失を償うことまで申し出ている。

フィレモンへの手紙1章15節:君は彼を受け入れねばならない
フィレモンへの手紙1章16節:それも奴隷ではなく、兄弟として、
フィレモンへの手紙1章18節:もしも彼が迷惑をかけ、君に借りがあるなら私に言いたまえ
フィレモンへの手紙1章19節:私が支払おうではないか

 キリストの教えはすべての人間のためにあると訴える、パウロの有名な言葉がある。

ガラテヤの信徒への手紙3章28節:ユダヤ人もギリシャ人もなく、奴隷も自由人もなく、男も女もなく、イエス・キリストの中では皆ひとつの存在なのだ

 とはいえ、パウロが奴隷制度そのものを否定したわけではない。

エフェソの信徒への手紙6章5節:奴隷は、肉の世界の主人に、キリストに仕えるように、恐れと真心をもって仕えねばならない

 当時は奴隷なしの社会など考えられなかった。現代社会が奴隷を必要としないのは、機械のおかげにほかならない。パウロはただ、フィレモンにオネシモスを寛容に扱ってくれと頼んだだけである。



『ヘブライ人への手紙』

 この手紙の著者が誰かは書かれていないが、これまでのパウロの手紙と比べると異なる点がいくつもある。まず全体の構成がしっかりしており、原文のギリシャ語の質も高く、口頭の説教を文書化したようにみえる。

ヘブライ人への手紙6章9節:だが愛すべき人々よ、このように話しつつも、諸君のより良きこと、救済とともに来たるものを、我らは理解している

 この手紙はまた、冒頭の書き出しも、著者と宛名を記するパウロの体裁とは異なる。

ヘブライ人への手紙1章1節:神はかつて我らの父祖に、時を選び、多様な形で、預言者をして語らせた
ヘブライ人への手紙1章2節:今や、神の子によって、我らに語ったのだ

 神学面の思想も、パウロのものとは異なり、むしろフィロンのような、アレクサンドリアの哲学に精通した、教養あるユダヤ人を思わせる。後世、マルティン・ルターは、パウロの助手のアポロが著者ではないかと考察した。

使徒言行録18章24節:アレクサンドリアの出身で、弁が立ち、かつ経典に精通した、アポロという名のユダヤ人が、

 たしかに、アポロならこの手紙の著者の条件に当てはまる。

 なぜ、ヘブライ人への手紙と呼ばれるのか。そもそも、ここでいうヘブライ人とはユダヤ教徒のことなのか、それともユダヤ系のキリスト教徒のことなのか?

ヘブライ人への手紙13章24節:イタリアの人々が敬意を込めて挨拶をしている

 と書かれていることからして、手紙の著者はイタリアの外に、受取人はイタリアにいるように思われる。最もありそうなことは、著者はアレクサンドリアの住人で、受取人はローマに住むユダヤ系のキリスト教徒であろう。書かれた時期についても、状況から推測するしかないが、

ヘブライ人への手紙10章28節:モーセの律法を侮る者が容赦のない死に方をしたことには、複数の証人がある
ヘブライ人への手紙10章29節:では神の子を踏み付けにした者がどれほどの罰に値するかを考えてみよ

 というくだりは、ネロ帝による弾圧の時代に書かれたのかもしれない。あるいは、わざわざヘブライ人を対象に書かれたのは、エルサレムの神殿が破壊された紀元七〇年以後、キリスト教内部における異邦人の優勢が顕著になり、ユダヤ系の信徒たちが元のユダヤ教へ回帰し始めたため、彼らを繋ぎ止めるためだったかもしれない。そのために、イエスが旧約聖書の創世記で語られる祭司長のことだと言う。

ヘブライ人への手紙6章20節:イエスはメルキゼデクに連なる祭司長となった

 メルキデゼクは、アブラハムの勝利を祝いに来た王であり、聖職者でもあった。



『ヤコブの手紙』

 ヘブライ人への手紙に続く七通の手紙の著者はパウロではないし、特定の教会へ宛てたものでもない。宛先はいわばすべてのキリスト教徒である。最初に来る手紙の著者はヤコブという人物だという。

ヤコブの手紙1章1節:神と主イエス・キリストの下僕ヤコブより、各地に散居する十二部族へ

 このヤコブは、イエスの弟で、エルサレム教会の指導者だったヤコブのことだという考えが、一般に支持されている。ユダヤ人の史家ヨセフスの記述では、紀元六二年、エルサレムの祭司長アンナス二世が、ローマの総督フェストゥスが後任者に交替する間隙をついて、ヤコブを処刑したことになっている。ユダヤ人がローマへの反乱に立ち上がるのはわずか四年後で、すでに民族主義者たちの感情は沸騰寸前だったのであろう。彼らはローマに抵抗しようとしないキリスト教徒を裏切者とみなし、アンナスは彼らを抑えきれなかったと思われる。

 六二年に死んだヤコブが著者なら、この手紙が書かれたのはそれより前になる。それどころか、キリスト教徒を「十二部族」つまりユダヤ人と呼び、異邦人への割礼免除問題がどこにも言及されていないので、書かれたのは、異邦人の入信が大問題になる紀元四八年のエルサレム会議より前、つまりパウロのどの手紙よりも前ではないかと思われる。

 一方で、手紙のギリシャ語の質は高く、ヤコブのような、ガリラヤの庶民出身の人物の筆にはみえないのも事実。手紙の内容は、人々に、正しい行いについて教えるものである。



『ペトロの手紙一』

 続く二通の手紙は、使徒ペトロによるものだという。

ペトロの手紙一1章1節:イエス・キリストの使徒ペトロから、ポントス、ガラテヤ、コパドキア、アジア、ビテュニアの人々へ、

 もっとも書かれている内容はパウロの思想に近いし、そもそもガリラヤ人のペトロがギリシャ語に堪能だったとは思えない。あるいは、翻訳者の助けを得たのかもしれない。それを窺わせる記述がある。

ペトロの手紙一5章12節:忠実な兄弟シルバノスの手を借りて、この手紙を書いた

 シルバノスといえば、テサロニケへの手紙に登場するパウロの弟子で、パウロの二度目の旅に同行した使徒言行録のシラスと同一人物ではないか。新約聖書を通して描かれるペトロは意志の弱い人物で、もし彼がパウロの弟子の助けを借りて手紙を書いたなら、手紙自体がパウロの思想に引きずられた可能性は、大いにある。

 もっとも、手紙が書かれたのはペトロやパウロの死後かなりの年月を経た後で、権威を持たせるためにペトロの名を借りたのかもしれない。手紙の末尾にこのような記述がある。

ペトロの手紙一5章13節:バビロンの教会が、挨拶を送る

 もちろんバビロンは消滅して久しいが、現在の迫害者を過去の迫害者の名で表すのは、バイブルで何度も利用された方法で、バビロンとはローマに他ならない。ペトロがローマへ行った記述はバイブルのどこにもないが、後世には事実として認められ、彼こそが初代のローマ教皇ということになった。

 しかし使徒の時代のキリスト教を最も迫害したのはユダヤ教徒であって、パウロの例に見られるように、ローマはむしろ保護者であることが多かった。六四年にネロ帝の迫害はあったが、ローマ市だけのことで、帝国全体ではない。そのユダヤ教徒は、やがてローマへの反乱の結果、壊滅状態となり、キリスト教を迫害するどころではなくなった。ローマが真にキリスト教の迫害者となるのは、八一年から九六年まで在位したドミティアヌス帝の時代である。この時はじめて、手紙の冒頭に挙げられた諸地域のキリスト教徒は、帝国による迫害を経験することになる。

ペトロの手紙一4章12節:愛すべき者たちよ、諸君を襲う炎の試練を、異常事態と思うな

 その後二世紀にわたって、ローマこそが迫害者すなわち「バビロン」となったのだ。そうなると、この手紙が書かれたのはペトロよりも一世代か、それ以上あとのことになる。



『ペトロの手紙二』

 次の手紙もペトロが書いたことになっている。

ペトロの手紙二1章1節:イエス・キリストの下僕にして使徒のシモン・ペトロより、同じ尊い信仰をを得た人々へ、

 しかし、ペトロの手紙一やヤコブの手紙と同様、その文体や内容から、これもまた後世の著作と考えられている。とくにそれをはっきりと示唆するのは、この部分だろう。

ペトロの手紙二3章15節:我らの主が長く苦難に会われたことが救済であり、我らの愛すべき兄弟のパウロも、
ペトロの手紙二3章16節:彼の書簡集で述べているだろう

 パウロの手紙がすでに書簡集としてまとめられていたなら、パウロ自身の時代から年月を経た時代でなければならない。また、この手紙の中には、キリスト教徒の中には、待てど暮らせどキリストの再臨が起こらないことに、不信の念を抱く者が現れていることを窺わせる記述もある。

ペトロの手紙二3章8節:主の一日は千年であり、千年は一日である
ペトロの手紙二3章9節:主が約束を守るに怠惰なのではない

 このような言い方で信徒たちを説得せねばならないとすれば、やはり使徒たちの時代よりも後世に書かれたことが、分かるだろう。



『ヨハネの手紙一』

 ここからの三つの手紙は著者の名が入っていない。ただ、文体も内容も第四福音書と酷似しており、同じ作者であるのは確実と思われる。イエスを「言葉」と呼ぶことまで共通している。

ヨハネの手紙一1章1節:始まりから存在したもの、命の言葉、

 それゆえ第四福音書の著者がゼベダイの子ヨハネとされているので、この三つの手紙もヨハネの手紙と呼ばれる。紀元一〇〇年頃エフェソで書かれたことが推測されるのも、第四福音書と同じである。三つの内で最初の手紙が最も長く、反キリストに気をつけること、兄弟愛を持つことを訴える内容になっている。



『ヨハネの手紙二』

 二つ目と三つ目のヨハネの手紙では、著者は自分のことを「長老」と呼んでいる。

ヨハネの手紙二1章1節:長老より、選ばれた婦人とその子供たちへ

 婦人というのは、特定の女性を指すのかもしれないが、あるいは教会のことかもしれない。

※カトリックでは、イエスと教会を、夫と妻の関係に例える※



『ヨハネの手紙三』

 三つ目のヨハネの手紙も同様の書き出しになっている。

ヨハネの手紙三1章1節:長老より、愛すべきガイウスへ

 ガイウスは、他宗派との争いでヨハネを支持した味方であったようだ。

ヨハネの手紙三1章9節:教会へ手紙を出したが、地位を望むディオトレフェスが、我らを拒んだ
ヨハネの手紙三1章10節:私が訪れることがあれば、彼(ガイウス)の功績を忘れまい



『ユダの手紙』

 手紙の中で最後に収録されているのがユダの手紙である。冒頭で著者の名を挙げる。

ユダの手紙1章1節:イエス・キリストの下僕にして、ヤコブの兄弟のユダより、聖者たちへ、

 ヤコブとユダの兄弟といえば、イエス自身の兄弟として福音書に現れる。

マタイによる福音書13章55節:これは大工の息子ではないか、それに弟のヤコブとヨセフとシモンとユダではないか

 だが、この手紙の内容はペトロの二通目の手紙の第二章とそっくりで、やはりドミティアヌス帝の時代に書かれたと思われるので、たとえ著者の名がユダだとしても、兄弟云々は、権威付けのための加筆であろう。異端を攻撃する点もペトロの手紙二と共通するが、ユダは黙示文学を引用し、異端者をサタンと呼んでいる。

ユダの手紙1章9節:大天使ミカエルが悪魔と争ったとき、モーセの遺体に関する議論となった

 これはイエスと同じ時代にパレスチナのユダヤ人が著した、モーセの死と埋葬と昇天の伝説に基づいている。人間の魂が死後に裁かれるとき、悪魔は生前の罪を告発する。モーセはエジプト人監督を殺したから、天国へ入る資格はないと、悪魔は主張した。

出エジプト記2章11節:モーセが成長した時、エジプト人がヘブライ人を打っているのを見た
出エジプト記2章12節:モーセは周囲を見て、誰もいないことを確認すると、エジプト人を殺して砂に隠した

 この伝説が広く信じられていたとなると、手紙が書かれたのはやはりイエスの時代よりもずっとあとであろう。


- 関連一覧ツリー (★ をクリックするとツリー全体を一括表示します)

- 返信フォーム (この記事に返信する場合は下記フォームから投稿して下さい)
おなまえ
Eメール 非表示
タイトル
メッセージ    手動改行 強制改行 図表モード
URL
パスワード (英数字で8文字以内)
プレビュー

- 以下のフォームから自分の投稿記事を修正・削除することができます -
処理 記事No パスワード

- Web Forum -