☆マンガで南北朝!!☆

飴あられ・作
「君がために〜楠木正成絵巻〜」

(2010年、講談社コミックス別冊フレンド・描き下ろし)


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◎イケメンだらけの楠木正成マンガ

 このコーナーでもいくつか取り上げていますが、「歴史物」は意外と少女漫画の世界で多く出てるんですね。もっとも歴史上の人物そのものを主人公とするというより、その周辺に架空キャラを配置して、またお約束として恋愛ドラマを組み込む、というのが定番のようですが。
 この作品は、僕はAmazonで南北朝関連本をチェックしているうちに見つけて、発売直後に入手して読んでました。このコーナーに入れるまでずいぶん作業をサボってしまいましたけど…作者の「飴あられ」さんについてもまったく知らない状態です。作品リストを見ると「源義経絵巻」なるものも手掛けられてるようですね。

 この「君がために〜楠木正成絵巻〜」は雑誌連載ではなく描き下ろし作品で、最初から単行本一冊の形で刊行されました。ですから内容的にそれほど長い話にできるはずもなく、かなりサラッと読めるお話。一応「正成伝」的な内容ではあるのですが、正成の少年期から青年期までしか描かれません。それでいて赤坂城の戦いと、その後の同城奪回までが描かれていますので、南北朝マニアとしては正成の年齢設定が気になってしまいます。まぁ他の歴史物少女漫画作品でも登場人物の恋愛ばなしにするためにあえて史実の年齢は無視、ということはあるんですけどね。正成は歴史に登場した時点で四十代とされることが多いのですが、どうせ明確な生年は分かってないから、なんとでも描けます(笑)。

 物語は元亨2年(1322)に始まります。河内のある村が悪党に襲われ、家族を殺され孤児となった少女「あぐり」(5、6歳?)は、楠木党の惣領である楠木正遠に拾われ楠木館に連れてこられます。あぐりは自分の家族を殺したのは楠木党だと考え、正遠を殺して仇討ちをしようとしますが、そこをイケメンの少年に止められます。あぐりはこの少年を通して次第に事情を知ってゆき、実際に自分の村を襲ったのは楠木党と対立関係にある湯浅党であり、正遠は逆に村を救おうとしていたという真相を知ります。そして自分を助けてくれる謎の少年の正体こそ、正遠の嫡男・楠木正成であることを知ることになるわけです。

 そこまでが序章で、続く第一章では9年ほど時間が流れています。正成は楠木党の惣領となり、あぐりも美少女に成長してますが、残念ながら(?)ずっと年上の正成(作中では20代にしか見えませんが)は久子と結婚、すでに長男の正行ももうけていまして、あぐりは正成が妻子と過ごしてる光景を哀しげに見守るしかありません。なお、この漫画ではヒロインはあくまで「あぐり」だからということなのか、久子がほとんど登場せず顔もまともに出てきません。

 都では後醍醐天皇が討幕計画を進めており、正成のもとにも参加をうながしにあの文観がやって来ます。こういうスカウト役は日野俊基がやってることが多いのですが、本作ではなかなかイケメンの文観がつとめています。実際正成らをオルグしたのは文観、という説はありまして、作者さんもそれを踏まえたのでしょう。

 イケメンと言えば正成の弟・正季もやはり若いイケメンキャラ。これがあぐりに絡んでくるのかな、と思ったらそうではなく、幕府方につく湯浅党の惣領、湯浅孫六宗藤がこれまた大変な若きイケメンとして登場してまして、これがあぐりに何かというと迫ってきたりする、正成とは違ったワル的魅力をふりまくイケメンなんですな(笑)。湯浅孫六をそう使ってくるか、と南北朝マニアとしてはちょっとしたカルチャーショックではありました。


◎イケメンにはさまれた河内の三角関係

 やがて後醍醐の笠置挙兵があり、やはりイケメンの護良親王(僧侶姿と還俗後と両方拝めます)も登場して、いよいよ物語は赤坂城の籠城戦へ。そこそこ激戦となりますが、史実のとおり陥落、正成たちは死んだふりをして落ち延びてゆくことになり、一緒に籠城して負傷していたあぐりは正成と再会を誓って城に残されます。落城した赤坂城に乗り込んできた幕府方の兵士たちが生きているぐりに気づいて奪い合おうとするんですが、そこへ来たのが湯浅孫六サマ。そんな兵士たちを蹴飛ばし、「この女は俺の女だ」なんてセリフまで吐いて、あぐりをお姫様だっこして自分の館へと連れ帰ってしまいます。

 それから湯浅孫六サマのあぐりへの大攻勢(笑)が始まるわけですが、やがてあぐりは湯浅孫六宗藤が楠木正成と長年争う宿敵であり、実は自分の家族を殺した張本人に他ならないことを知り、愛憎ゴチャゴチャの状態になっていきます。ここで湯浅があぐりを力づくでモノに…と思えるシーンまであったりするわけですが、そんな時でもあぐりは正成に必死に助けを求めるのを目にして、とうとう手を出さぬままになります。

 このあたりで知ってる人には話の結末が読めてきますね。「太平記」で語られるとおり、このあと正成・正季は奇計を用いて赤坂城を攻撃、奪回をすることになります。ここで正成と湯浅宗藤は顔を合わせ、宿命に決着をつけようと決闘を始める。そこにまたあぐりの存在が絡んできて、三角関係が史実と(やや強引ながら)ミックスされる盛り上がるクライマックスに。ご存知の方も多いでしょうが「太平記」で赤坂城を正成に奪われた湯浅孫六は正成に降参、以後は正成配下の武将となるわけで、この漫画ではあぐりが二人の決闘に割って入り、そういう形に二人をまとめる、というオチになってます。確信はないのですが、作者さんは正成と湯浅の関係がドラマに使えるとふんで、そこかた発展して恋愛ドラマに仕立て上げたのではないかなぁ、と。

 この赤坂城奪回で話はオシマイ。単行本のページ数の都合もあったでしょうし、おそらく正成と湯浅の関係から話を作ったためにここできれいに終わっているのも確かです。ただこのあとこそが楠木正成の大活躍の本編なのでありまして、そこを読んでみたかった気はします。
 この作品は単行本描き下ろしで、あとがきで作者さんも「できれば続きを書きたい」との気持ちを読者に表明しています。この漫画への反響は不明ですが、とりあえず続編は描かれてません。もし続きが描ければこの三角関係を引っ張りに引っ張って、湊川まで行っちゃったらスゴイのですけど、このイケメン正成が「桜井の別れ」なんてやったらえらく不似合いのような…
 
 

◆おもな登場人物のお顔一覧◆
皇族・公家




護良親王
文観


花山院師賢
北条・鎌倉幕府




湯浅宗藤




新田・楠木・南朝方


楠木正成 あぐり 楠木正遠
楠木正季 村上義光

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