☆マンガで南北朝!!☆
天王洲一八(作)/宝城ゆうき(画)
「大楠公」

(2010〜2011年、第三文明「第三文明」連載、単行本全1巻)


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◎なぜかこんな雑誌に連載された正成マンガ

 「こんな雑誌」なんて書いてしまうと失礼なんですが、「こんなところに正成漫画!?」と、当時ビックリしたのを覚えています。「第三文明」という雑誌自体、この連載が開始されると知って初めて買いましたし。「第三文明」と聞いても知らない人は知らないでしょうが、これ、宗教団体「創価学会」系雑誌の一つなんですね。日頃読んでないんですが、一応一般向け総合誌という形をとっているので、雑誌の内容が全て創価学会の宗教関連というわけでもなく、普通の読み物も多いという特徴があるようです。漫画の連載もあり、この「大楠公」もそんな連載マンガの一つでした。

 調べてみたところ、これ以前にも歴史物の漫画が連載されたことがあり、そちらは鎌倉時代に日蓮と関係した武士を主役とした、まさしく創価学会向けの作品だったようですが、この「大楠公」はどう見ても日蓮正宗とはまるで無関係。しかも「大楠公」というタイトルには、むしろ戦前の正成英雄視、右翼か復古調な響きすら感じさせます。なんで「楠木正成」ではなく「大楠公」にわざわざしたんだろ、と当時も思ったものです。

 雑誌を毎号チェックする気も起きなかったので、その内容全部に目を通したのは2012年に単行本が発刊されてからです。通して読むと、正成を英雄視してるのは当然ですが、さすがに戦前イメージの「大楠公」とは異なり、「民衆のために戦う英雄」「平和主義者」といったところを強調しています。大筋でいうと吉川英治が「私本太平記」で描いた正成像をなぞっている印象がありました。さらにいえばそれを原作とする大河ドラマの影響も強く受けているんですが、それについては後述しtます。

 全体としては普通に正統派な「正成伝」の漫画(タッチはかなり劇画調)となっていて、これといって創価学会読者を意図したような内容ではありません。どういう経緯でこの雑誌に正成漫画を連載することになったのかは全くわかりません。ただ、この2009年から2011年あたりまで、なぜか楠木正成を主人公とする漫画があちこちに出現するという謎の現象があり、何か根っこでつながる背景でもあったんだろうかと疑ってるところもあります。
 「第三文明」に連載した作品だな、ということをにおわせる部分がほんのわずかですがあるにはあります。鎌倉幕府滅亡の場面で北条高時が伊豆の方向に目をやり、「そういえば日蓮を伊豆に流してから七十年か」と唐突につぶやく場面がそれ。一般読者はこのつぶやきの意味はほとんど分からないと思います。善ごとの脈略もなく、これはかなり意図してわざわざ入れたとしか思えません。
 これ以外だと、正成が法華経の写経をしている場面が、やや印象的に挿入されてるくらいでしょうか。


 作者は、原作を天王洲一八、作画を宝城ゆうきが担当してますが、いずれも僕は全く知らぬ人でした。ただ調べてみると作画の「宝城ゆうき」というのは「三輪修平」という漫画家さんの別ペンネームであることが分かりました。その作品リストを眺めると、まぁバラエティに富んでいるというか、良くも悪くも仕事を選ばないといいか…ギャグ路線の絵と、バリバリの劇画調とを両方描き分けられる方のようですね。この「大楠公」も、基本的にバリバリな劇画スタイルなのですが、途中で急に「どおくまん」を思わせるギャグ絵が飛び込んできたりします(笑)。あと、効果音などの「書き文字」が、明朝体活字スタイルで小さく書いてあるのも独特な雰囲気をかもしています。


◎あれ?それってどっかで見た話

 この漫画のオープニングは、いきなり「桜井の別れ」です。湊川の戦いにおもむく正成が戦死の覚悟を息子の正行に伝え、一緒に行きたいという正行を河内に帰らせる、あの名場面ですね。この場面をうたった「青葉繁れる桜井の…」と戦前はよく歌われた唱歌もバックに、この漫画では二度もこの名場面が繰り返されます。この辺はかなり「復古調」を感じるところではあるんですが、単行本の表紙でも「正行、あとを頼む」とキャッチコピーにされていて、この漫画で特に強調したい場面ではあったようです。

 桜井の別れをオープニングにした上で、物語本編はちゃんと正成挙兵前から始まります。鎌倉末期の「悪党」が横行する乱れた世の中を描き(この作品では楠木一族は幕府から「悪党」呼ばわりされてることになっています)、河内の楠木一族が金剛山の「辰砂(水銀)」の採掘で利益をあげ経済力を持っている様子を描いて。そこへ日野俊基がやって来て後醍醐天皇の討幕計画に正成を誘ったりします。その後醍醐天皇、文観と一緒になって討幕の祈祷をしているあたりはかなり不気味でほとんど悪役状態に描かれてますが、これももしかすると掲載誌の宗教観が反映したりしてるのかも…

 さてそのあとの展開は「太平記」同様、元弘の乱となって正成は笠置山に馳せ参じ、「正成一人生きてあれば最後の勝利は我らのもの」と大見えを切りまして、やがて赤坂城の戦いとなります。善戦するも城は落ち、正成は妹の嫁ぎ先である伊賀の服部元成のもとへ落ち延びます。この服部元成のくだりは「上嶋文書」と呼ばれるいささか疑念もある資料に基づくものですが、吉川英治「私本太平記」や大河「太平記」も採用した話なので、この漫画では特に問題にせず服部家を忍者的な性力に設定し、幼い観阿弥も登場したりします。

 その伊賀へ、幕府の一将である足利高氏が進軍してきます。これ自体は史実で、大河「太平記」ではこの史実を利用して伊賀の地で高氏と逃亡中の正成が出会うという場面を作っていました。この漫画でも同じ状況になるわけですが、正成は芸人一座の一人に身をやつして高氏に面会、すると高氏が「何か芸を見せて見よ」と命じ、周囲が焦るなか正成は見事な芸を披露、高氏はそれが正成本人と見抜きつつも見逃してやる…という、大河ドラマ「太平記」そのまんまの展開になってるのにはビックリしました。正成の見せる芸がドラマとは異なり小刀をお手玉のように投げる芸になってはいるのですが、参考にした、というレベルじゃないよなぁ、これは…。
 ここまで露骨ではありませんが、この漫画では他にも数か所、大河「太平記」のシーンをパク…もとい、「参考にした」とみられるシーンがあります(特に終盤にドラマそのまんまのセリフのやりとりなどが頻発します)。ビジュアルな参考資料はこの大河ドラマしかないのも事実なので他の南北朝マンガ作品も確実に参考に見てるのがわかるんですが、ドラマの創作場面自体をそのまんま使っちゃうというのはいかがなもんでしょうか。

 大河「太平記」ファンとしては読んでいてそういうところが気になってしまいましたが、漫画の内容自体はオーソドックスというか、横道な「正成伝」だとは思います。その後の赤坂城奪還、天王寺方面での連戦、千早城での大籠城戦…と正成の見せ場はしっかりと押さえて展開しています。
 また千早城の建設に周辺住民の協力(ちゃんと賃金も払っている)で完成させた正成がそれを「民の城」と呼ぶなど、「民衆の支持を受け、民衆のために戦う英雄」という面を強調しています(これもNHKの歴史番組で同趣旨のがありまして…)
 あと細かい話ですが、この漫画では吉野城の戦いで護良親王を裏切る僧・岩菊丸についてわざわざ描くとか、正成が護良親王をかくまうよう高野山金剛峯寺に頼みにいくとか、他の正成ものでは触れないような描写があります。一連の経緯の結果、護良親王から「諸経の王」である法華経が恩賞として正成に送られ、正成が「南無…妙法蓮華経」と口にしたりするので、これは「仏教系雑誌」ならではの盛り込みなのかな。そう印象的ってわけでもないんですけどね。


◎終盤は駆け足で

 正成が千早城で粘っているうちに、それが火付け役となって赤松円心、足利高氏、新田義貞らの挙兵、後醍醐の隠岐脱出、と話が全国スケールで盛り上がって来るところはなかなかのカタルシスです。この後半から、正成配下の女忍者「八千代」が唐突に登場し、隠岐に行ったり山崎の戦いに参加したりと各地で大活躍しちゃうんですが、これは恐らく千早城から動けない主役・正成の代わりということなんでしょう。あと女っ気のない話(正成の妻・久子は子供達の教育シーンばっかりですし)なので、少しは花を添えないと、という意図もあったかと。

 鎌倉幕府が滅亡て、都へ凱旋する後醍醐に正成が面会、これがこの正成伝の一つの「上がり」となります。つまり、あとは落ちていくだけ、というわけですが…。こここまでで全十二章のうち八章を費やしていまして、残り三章でかなり慌ただしく建武の新政の失敗と湊川の戦いまでが描かれることになります。慌ただしい展開でまとめるための参考にしたせいか、この部分に特に大河「太平記」そのまんまのセリフやシーンが多発してるんですよね。

 建武政権崩壊過程でやはり悪者になるのは阿野廉子と坊門清忠。護良親王についてもあまりよくは描かれてなくて、尊氏が好意的に描かれるところはやはり大河「太平記」を参考にしたせいでしょうか。中先代の乱のおりに直義が護良親王を殺害するくだりでは、実はそれは廉子が直義に依頼していたように描いてるところは本作のオリジナルですが。
 このあと尊氏が朝廷の追討を受けて「もとどり」を切って出家の意向を示し、最終的に翻意して出陣する展開になりますが、ここで尊氏の姿があの有名な「騎馬武者像」そのまんまになります。このころには「あれは尊氏像じゃない」という話は結構浸透していたように思うんですが、同時期の他の作品を見ても尊氏といえばあのザンバラ髪スタイル、という呪縛はなかなか強くしみついてるのを感じます。

 それから尊氏軍の京突入(その直前に尊氏と正成が会うところも大河とおんなじ)、九州への敗走と東上、という経過がめまぐるしく描かれ、湊川への出陣前に正成が参内して「足利との和睦」を進言して退けられる展開に。そういや本作でも新田義貞は影が薄いというか、かなり凡将扱いされてますね。
 湊川の戦いを前にして、冒頭の「桜井の別れ」が再び描かれ、涙、涙の場面となります。

 湊川での激闘の末、正成は八千代を河内の家族のもとへ向かわせ、自らは正季や郎党らと共に自害します。この漫画ではその自害の手前でいったん話を止め、後醍醐が吉野に南朝を立てて「南北朝時代」が始まること、成長した正行が父同様の戦死をし、その弟の正儀は南北朝和睦に尽力すること、久子が出家して晩年を過ごすことなど、「その後」のことが先回りで描かれます(ただし正儀の没年や久子の晩年については明確な史料はなく、流布説がそのまま採用されています)
 それを描いたうえで、正成らの自害シーンへ。ここで正成が戦前の国家主義時代に「忠臣」と持ち上げられたことを紹介しつつ、実際の正成は時代を先取りした人物であり、国家の安定を願った平和主義者であった、とナレーションでまとめます。そしてエンディングは、正成の無事の帰還を待つ久子や正行、農民たちのもとへ八千代が悲報を伝えに走って来る…という場面で余韻をもって終わります。このエンディングはなかなかキレイなのですが(「あの雲、お館様に似ちょる」というセリフには「ジャングル大帝か」とツッコんでしまいましたが)、その直前で「その後」を説明してしまっているので感動が薄いというか、空しさが先行してしまうというか…構成上やむをえなかったんでしょうけど。


◆おもな登場人物のお顔一覧◆
皇族・公家


後醍醐天皇 護良親王 阿野廉子
千種忠顕
日野俊基





文観
坊門清忠



北条・鎌倉幕府




北条高時



足利・北朝方



足利尊氏 足利直義
高師直
赤松円心

新田・楠木・南朝方



楠木正成 久子
楠木正行
楠木正季
八千代




新田義貞





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