☆マンガで南北朝!!☆

あおむら純・画/横井清・シナリオ/児玉幸多・監修
「南朝と北朝」

(1981年、小学館・学習まんが「少年少女日本の歴史」8)


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◎学習歴史漫画の決定版的存在

   学習漫画による通史「日本の歴史」は集英社から1960年代末に出されたものが最初だと思うのですが、1980年代初頭にはちょうど団塊ジュニア世代が 歴史に興味を持ちそうな時期にあたるとみたためか、各社から「日本の歴史」の学習漫画が相次いで刊行されました。その中で群を抜いた完成度の高さで「決定 版」的評価を受けたのがこの小学館版「少年少女・日本の歴史」シリーズです。これ以降、学習マンガを扱う各社から「日本の歴史」は何度も内容を全面的に変えたシリーズが発行されていますが、小学館版は四半世紀をすぎた今なお、ほぼ初出時のままの内容で刊行され続けている(原始時代の全面変更、戦中・戦後史の増強といった改変はありますが)というのは、その完成度が高さの証明といえるでしょう。
 まず学習雑誌の大御所である小学館だけに制作姿勢がハンパじゃなかったんですね。当時の最新学説も意欲的にとりいれつつ徹底した時代考証を加えており、内容的にも小学生上級向けと謳いながら実は大学受験日本史レベルの情報がつめこまれてます(このため大学受験用に読んだ人も少なくなかったといわれます)。そして作画をあおむら純さんただ一人で全巻担当しているのも他に例がありません(アシスタントは一定数いたと思われますが)。 全巻読むと絵柄が微妙に変化しており、プロフィールの記述からするとこの全巻を描くのに5年以上はかかっているようです。時間がかかるのは無理もなく、衣 装や背景などがしっかりした考証に基づいて緻密に作画されており、書き上げた後にあおむらさんが目を悪くされたとの話が当時の新聞記事に出ていた記憶があ ります。

  新聞記事、と書きましたが、このシリーズは当時朝日新聞社会面で大きく取り上げられたこともあったんです。記事そのものは日本の歴史漫画がよく売れてい る、という業界全体的な話だったんですが、やはり中心はこの小学館版の話で、時代考証の徹底ぶり・スタッフの手間をかけた取材ぶりなどがエピソードを交え つつ記されていたのです。
 ところでその記事の冒頭は「最近、複雑な南北朝時代に詳しい子供が増えている」といった話から始まるんですね。南北朝時代のまとめ方がとくに記者の目をひいたんでしょうか、記事と一緒に載った写真もこの「南朝と北朝」の巻の左図のページの右下のコマで、「政権獲得へ向けガッツポーズをとる後醍醐天皇」とのキャプションがついていて当時爆笑してしまった思い出があります(笑)。後醍醐さんも650年もあとに写真入りで新聞記事にされるとは思わなかったでしょう。

 実はこのコーナーを作るためにスタッフリストを見て気づいたのですが、この「南朝と北朝」の巻のシナリオは日本中世史の横井清さんが担当されていたんですね。マンガのシナリオですから基本的には「監修」の立場だったと推測されますが(シナリオには他2名が挙がっているので)、実際に横井さんの著書も読んでいた僕は今頃になってそれを知り、驚きつつ納得したものです。


◎凄まじい量の情報を見事に編集

 本書は「鎌倉幕府ほろぶ」「建武の新政」「南北朝のあらそい」「花の御所」の 4章からなり、各章きっちり30ページずつ、1297年の永仁の徳政令から1408年の足利義満の死までの約100年間がつめこまれています。今回の作業 で他社のシリーズとあわせて改めて読んでみて感服させられるのは、この本の見事なまでの構成の緻密さです。これだけの情報量をほとんど駆け足感を見せずに 実に読みやすくまとめているのは、ほとんど神業という気すらしてきます。
 
 第一章では永仁の徳政令、悪党の跋扈、皇室の分裂といった鎌倉末期の社会情勢が8ページもかけて語られてから後醍醐天皇の登場。正中の変、元弘の変を語りながら当時の幕府内の複雑な権力対立構造(得宗・執権・内管領)をきっちり見せます。楠木正成の登場と赤坂城のゲリラ戦も描かれ、千早城の戦いは「藁人形の奇計」を2ページ大画面で描く大サービス。そのあおりで護良親王の出番までは作れなかったようでセリフですまされており、第二章にいきなり登場するのでよくわかんない人も多かった気がします。
 足利高氏が登場するのは実に26ページ目です。この漫画の尊氏もやはり「尊氏像」と信じられていたあの騎馬武者像をもとにデザインされており、鎌倉からではなく下野の足利から出陣したように描かれています。弟の直義も一緒に初登場しますが資料がないので王貞治風な顔(笑)になってます。もっともあとの章になると顔が変わってしまうんですけどね。この前の巻に出てくる源頼朝のモデルとなった肖像画は実は直義像という説が有力になってきてるんで、将来全面書き換えがあるかもしれません。
 新田義貞の挙兵から鎌倉陥落までがわずか2ページで片付けられるのはやや残念なところですが、北条高時が序盤のバカ殿風ではなく史実どおり出家姿で出てくるのはこのシリーズならではの芸の細かさです。「百四十一年にわたる鎌倉幕府の最後が…、こういう形になるとは…信濃におちのびたむすこよ、元気にそだってくれ…」と高時が炎の中に消えていくシーンは万感の哀しみがこもってますね。

 第二章は建武の新政の発足から崩壊まで。よく考えてみるとわずか3年たらずの間の話なんですから、このシリーズ全巻を通しても経過時間がとりわけ短い章と言えます(幕末の巻もかなり短い章がありますが)。武士の不満、公家の奢り、庶民の不満(紙幣発行計画の話もでてくる)といった建武政権の混乱を要領よくまとめて「二条河原の落書」を見開き画面で処理。万里小路藤房の出奔も言及されますし、護良逮捕にいたる過程で阿野廉子が1コマだけながら登場、後醍醐天皇暗殺未遂事件もナレーションのみではありますが紹介されています。中先代の乱では北条時行も姿を見せ、それを討伐して関東に居座ったため朝廷から追討された尊氏が「もとどり」を切って寺にこもる場面も描かれ、これ以後尊氏はあの「騎馬武者像」のザンバラヘアスタイルになる仕掛けです。
  さすがに箱根・竹之下の戦い→京都占領→北畠軍西上→尊氏九州落ちの過程はダイジェストで描かれますが、実際の戦闘シーンはあまり描かず、京都から避難す る庶民たちの会話で処理するところがうまい。こうした手法は第三章でも駆使され、軍事状況の複雑な変化を庶民視線でうまいことまとめています。
 九州へ落ちる途中で赤松円心も1コマだけながら姿を見せ、九州へ着く前に院宣を受け取る場面がちゃんと描かれ、それから多々良浜合戦に苦戦の末勝利したことが2コマで表現されます。東上してくる足利軍を京都へ誘い込む作戦を正成が奏上、坊門清忠に退けられる場面では正成が「これではわたしに死ねというのも同然…」と口にこそ出しませんが思う描写もあります。湊川の戦いでの正成の大奮戦はもちろんありますが、その自刃まで直接は描かない形になってます。そういえば一連の流れで新田義貞が全然出てこないんだよな。どうも不遇です、この人。


◎天皇から庶民までの視線で立体的に

  第三章は湊川の後の京都攻防戦は一気にすっ飛ばして、後醍醐がひとまず幽閉され建武式目が発表されるところから。そして後醍醐の吉野へ潜行し南北朝時代が 開始されるわけですが、あまりに戦闘の連続ばかりでは読者も退屈するだろうという配慮からか、漫画では「太平記」の作者の一人である僧侶(小島法師かどうかは明記なし)が各地を取材してまわり、旅する商人たちや、団結して乱世を生き抜くたくましい農民たちの様子を目撃していくという展開になります。武士や公家ばかりが歴史を動かしているのではない、というこのシリーズを貫く姿勢の一例ですね。この僧侶の旅の中で北畠顕家の戦死が伝聞として語られ、続いて新田義貞の戦死シーン。義貞の顔がまともにアップで描かれてるの、この戦死シーンだけのような…(哀)。
 このあと北畠親房の「神皇正統記」執筆の経緯、そして後醍醐の死(後村上天皇、まだ子供だと思うんだけど、青年に描かれてる)と天竜寺創建&貿易船派遣の話が語られ、いよいよ「観応の擾乱」へと突入してゆきます。高師直がここで唐突に登場し、「帝や院など木か金物で作っておけばよい」という有名な発言も紹介され、「ばさら大名」の例として土岐頼遠佐々木道誉がその笑顔を1カットだけ見せてくれます(笑)。
 観応の擾乱の展開を説明するのはもう大変ですから、ここでも庶民たちの会話で一気に1ページで処理。話に加わっていた母親が「おまえたちもけんかはほどほどにしなさい」と兄弟ゲンカをしてる息子をこづく、というオチが重い展開に息抜きを与えてます。そして難局打開に悩んだ末に尊氏が南朝への降伏を決断、義詮に京を託して直義を討つために鎌倉へ出陣するところでこの章は幕を閉じます。この漫画では尊氏は大英雄ってわけでもないけど基本的には「いいひと」「よく悩む人」というイメージで描かれてますね。このあとの直義毒殺、親房と尊氏の死についてはナレーションで済まされます。

 第四章はまるまる30ページ使って足利義満の生涯をまとめてます。冒頭で義詮が細川頼之に 義満を託して死に、頼之による倹約令や半済令といった政策、花の御所の建設といった少々小難しい話をまとめつつ室町幕府の体制を図解で説明していきます。 康暦の政変で頼之が失脚、涙ながらに義満のもとから去っていく頼之が、その後再び義満と再会して復活していく過程もドラマチックに展開されていまして、僕 が「室町太平記」の構想をもった原点がここにあるわけです(笑)。実際、この経過をしっかりビジュアル化してる例はほかにないように思います。このあと義 満と頼之が山名一族を滅ぼす密談をするシーンでは、その呼吸の合い方が見事。義満が頼之の頭を叩き、二人で「ワハッハッハッ」「イッヒッヒッ」と笑うカット(右図)はまるで時代劇の悪代官と悪徳商人のようです(笑)。
  明徳の乱のあとは南北朝合体、北山山荘建設、応永の乱と続き、明との交渉で「日本国王」になる話も簡単ではありますが描かれます。そして北山山荘に後小松 天皇を招いての供宴の話になり、その直後の義満の死が語られてこの巻は幕を閉じます。義満が天皇をも凌駕する地位を得ようとする展開は難しいと思ったのか ほとんど触れられておらず(この辺、最初の集英社版は描いたんですけどね)、北山山荘に紫宸殿があるとか義満が桐竹紋の法服を着てるとかでそれをにおわす形になってる程度です。

 長く書いちゃいましたが、子供に読ませるにはもったいないぐらいの名作、大人でも南北朝入門にはもってこいなのではないかと思うハイレベルな一冊です。これを入口にしてもっと面白くディープな南北朝ワールドに入ってもらいたいもんだ、と思うばかり。
 なお、この小学館版「日本の歴史」は1983年から84年にかけて「まんが日本史」のタイトルでTVアニメ化もされており、南北朝時代は4回で制作されてるのでだいたいこの漫画版と同じ構成だったんじゃないでしょうか。当時サボりつつ見ていたので、南北朝部分がどうアニメ化されていたのか、まるで記憶がないんですよ…。

◆おもな登場人物のお顔一覧◆
この作品は学習漫画ながら、かなりマメに登場人物が出てきます。とくに公家さんが意外に多い。
皇族・公家

後醍醐天皇護良親王日野資朝日野俊基吉田定房
万里小路藤房千種忠顕阿野廉子坊門清忠北畠親房
北畠顕家後村上天皇
北条・鎌倉幕府


北条高時北条時行北条(赤橋)守時
長崎高資
足利・北朝方
足利尊氏足利直義足利義詮足利義満佐々木道誉
赤松円心高師直高師泰細川頼之大内義弘
土岐頼遠夢窓疎石
新田・楠木・南朝方その他


楠木正成楠木正季新田義貞名和長年
小島法師?

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