☆マンガで南北朝!!☆
河村恵利「時代ロマンシリーズ」
「雨の糸」「火炎」「春宵」「笛の音」「葉隠れ」

(1991年〜2006、秋田書店プリンセスコミック、1・2・3・8巻収録)


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◎幅広い時代を扱った歴史短編漫画シリーズ

 他の項目でも書きましたが、僕自身は少女漫画世界にはかなり疎いです。それでいて調べてみると少年漫画よりよっぽど歴史ものが充実してる、それも鎌倉末から南北朝なんてマイナージャンルを扱った作品もある、とわかってきてこのコーナーに紹介することになったわけです。そしてコーナーをご覧になった方からこの河村恵利さんの「時代ロマンシリーズ」もかなり前に紹介されてはいました。その後長いこと更新を怠っていたもので、ついつい手を出してこなかったんですが、今回の更新作業を機会に南北朝関連作品だけながら入手して読んでみた次第です。
 ただ入手にあたってもちと苦労しました。何がってこのシリーズって全19巻もあって、すべて短編集。歴史ものというだけが共通点で時代もバラバラ。購入前に南北朝がらみの短編がどれなのか、どの巻に収録されているのかをきっちり調べなければなりませんでした。

 このシリーズは90年代初頭からおよそ15年にわたって書き継がれたものですが、当コーナーの趣旨に従って南北朝関連ものに限りますと、それらはシリーズの前期に集中し、合計5作品ありました。
 第1巻に収録の「雨の糸」「火炎」および第2巻収録の「春宵」の3作はいずれも足利直義を主人公としたもの。第3巻収録の「笛の音」は楠木正行、第8巻収録の「葉隠れ〜将軍義満の恋〜」はサブタイトルの通り足利義満を主役といています。
 少女漫画ということで恋愛テーマになるものが目につきますが、読んでみるとなかなか細かい歴史ドラマを描き込んでもいまして、事前知識のない人はちと読みにくいのではなかろうか、という印象も持ちました。ま、これを読んでそこから詳しく調べてみてより面白くなった、という読者もいるでしょう。


◎ひたすら美形の直義サマ

 ではまず足利直義を主役とする三作から。
 湯口聖子さんや市川ジュンさんの作品でもそうですが、直義という人、なぜか女性向け漫画でモテモテ、大人気なんですね。これは僕も大学時代にそうした漫画の影響をもろにうけた直義ファン女性に会ったことがありまして、以来「なんで?」と不思議に思っていた事なんです。これらの漫画がそもそも影響してるんでしょうけど、それを描いた時点ですでに作者が直義ファンになってるのも明らかです。いやまぁ、南北朝史専門の大学者の方にも直義ファンがいましたから、何かひきつけるものがあるんでしょうけど、女性人気ってのは正直わかんなくて。側室がいないとことかかな?

 それはともかく、これらの作品に出てくる直義はまさに少女漫画的イケメン、髷も結わず濡れたようなウェーブの金髪(?)を垂らす美青年に描かれてます。一見プレイボーイ風ながら兄の高氏から「恋する女の一人もいない」と言われる状態。その代わり(?)いつも黒い子猫を抱いて可愛がっていたりする。
 そして優柔不断のお兄ちゃんに対して「あーゆー情けないとこが大好き」と高師直の前で言っちゃうようなヘンなブラコンです(笑)。この漫画では高氏(尊氏)は純情、お人好しな人で、直義はそんな兄を手段を択ばず謀略もめぐらせながら天下人へと持ち上げてゆく、とまぁそういう役どころになっています。

 一作目「雨の糸」は、鎌倉幕府滅亡前後の話で、妻の登子および息子の千寿が気がかりで挙兵に踏み出せない高氏を見た直義が、ひそかに新田義貞に手をまわして登子・千寿を義貞の陣営に迎えさせるよう画策します。直義は義貞の「お人好し」をまんまと利用し、千寿を新田軍に入れることでその鎌倉攻略の功績まで奪い取ってしまう、という展開です。身内ともいえる北条を裏切って苦悩する高氏に対し、クールな態度を見せて次々と先手をうつ策略家の直義という構図ですが、高氏が愛してやまない登子のこともしっかり高氏のもとへ連れ返すという、どこか女性的心理の直義でもあります。そういや実際に直義には女性心理で詠んだとしか燃えない恋の歌があったりしますね。

 第2作「火炎」はそのまま続編になっていまして、建武政権に尊氏が反旗を翻すあたりまで。直義は阿野廉子と接触して護良親王の失脚をはかり、さらには中先代の乱の際に暗殺までする。「汚れ役」なところは全部直義がになっている、という形ですが、一方で尊氏の方が人々をひきつけ引っ張る君主としての才能があることも承知していて、常に陰にまわっている、という形です。
 この話では中先代の乱の直後の段階で、尊氏が例の「この世は夢のごとくに候」という願文を書いていたことになっていて、直義がそれをひそかに読んでしまい、ます。その中で「今生の果報は直義に」「直義を安穏に守らせたまえ」と書いてあるのを読んだ直義は衝撃を受け、師直に「私が兄を危険に追い込むとみたら私を斬れ」とまで口にします。師直はそんな直義を見て、いつか兄弟が戦い、直義が敗れて命も献上するようなことになるのではないか――という予感を覚える、というエンディングになります。

 他の南北朝マンガと比べると明らかに師直のキャラが違ってますね。たいていは豪快な武将武将した人に描かれるんですが本作では落ち着いた老人風味。しかも直義と対立するどころか一番の理解者のようにすら描かれています。この作品は90年代初頭に描かれたもので当時としてはかなり珍しい師直像のはず。ですが2010年代以降、最近の研究動向ではむしろ師直像はこっちに近くなってきているような。実は時代を先取りしていたと言えるかも。
 
 第3作「春宵」は、ついに直義の恋のお話。話の時期は建武政権期に戻り、ちょっとですが楠木正成も登場してます。相変わらず独身の直義ですが、いつも抱いてる黒猫が珍しくなついた下働きの少女「はるめ」に次第に興味を抱いてゆきます。直義のそばにはもう一人、細川の縁者という美女もやって来ますが、直義は興味はないけど身内の関係者なので追い返しもできない。直義は「はるめ」のひたむきな心にだんだんと惹かれていくのですが、あれこれ謀略をめぐらす直義のもとに楠木の間者が潜入していることが判明、さて直義は――という、ちょっと推理小説みたいな話にもなってます。
 ネタバレ回避にしておきますが、一応史実との整合性はとれるオチです。ただ、細かいことなんですが直義が護良失脚のための謀略に使う「殿法印良忠」本人が直義に処刑されちゃうのが誤り。これ、大河でもやってましたが良忠の部下たちが処刑され「護良配下」と掲示されたのが史実です。


◎南北朝恋物語二編

 第3巻収録の「笛の音」は楠木正行と弁内侍の悲恋がテーマ。このテーマは古くは鷲尾雨工の小説『吉野朝太平記』でも描かれているんですが、実は元ネタは「吉野拾遺」という偽史です(恐らく江戸時代中期以降の偽造)。ですからそもそもハナからフィクションというミもフタもないことになるんですが…
 楠木正行と弁内侍が「事故」的に出会い、最初はお互いツンツンしてるんだけど次第に両想いに発展、しかしなぜか正行は「女などにかまってるひまはない」とあえて弁内侍と関わるまいとする。実は正行は不治の病を得ていて、命あるうちに戦いに出ねばならなかった――というストーリー。正行が病だったという話も「吉野拾遺」やそれを基にした「吉野朝太平記」から来てますが古典「太平記」でも読みようによってはそうとれる部分もあります。
 南北朝マニア的には楠木正儀が登場してるところが見どころ。正行から出陣せずとどまるよう命じられ、暗に後事を託されるようになっています。

 最後の一編は第8巻収録の「葉隠れ〜将軍義満の恋」。南北朝でも終盤の時代で、義満と、後円融天皇の寵妃・三条厳子(この作品では「たかこ」とルビがふられています)のひそかな恋物語。作者さんも単行本のコラムで書いてますが、義満は女性スキャンダルが多く(作者も「バイなのに」と書いてる)、この厳子とも密通疑惑が実際にありまして、後円融が厳子を刀で峰打ちにして重傷を負わせたり切腹未遂をするなど大騒ぎになっています。厳子が産んだ後小松天皇も実は義満が父親なんじゃないか、というのはあくまで疑惑の話ですが、そういう史実を知ってた方が楽しめる作品です。
 もっともこの漫画自体は史実のようなドロドロではなく、夢かうつつか分からぬ幻想的な「密通」として描かれていて、実際に当人たちが直接会っているのかはボカされた形になっています。まだ少年であった義満が偶然厳子と出会い、ここでも猫(「春王」と名付けられる)が両者をつなぐ媒介の役割を果たしています。義満の将軍としての成長模様もさりげなく描かれていて、北朝側についた楠木正儀の苦戦状況や、細川頼之が失脚した「康暦の政変」も物語の背景的に描かれています。そもそも義満が学習漫画以外で登場すること自体が珍しく、貴重です。
 漫画の終盤では厳子が産んだ後小松天皇の御落胤が一休宗純であることがチラッと触れられています。本編後の人物紹介コラムでは後小松が義満の子ということになると、「一休さん」の一休と将軍様(義満)って、おじいちゃんと孫ってこと?と書かれてまして、これは僕も思っていた事でした(笑)。
 
 河村恵利さんの歴史もの作品自体は今もなお書き続けられてるようですが、調べた限りでは南北朝ものはない様子。またいつかめぐりめぐって南北朝ネタ作品を手掛けてもらいたいものです。


◆おもな登場人物のお顔一覧◆
(登場作品はバラバラですが、まとめて掲載しています)
皇族・公家


後醍醐天皇 護良親王 阿野廉子
三条厳子

足利・北朝方



足利尊氏 足利直義
高師直
赤橋登子
はるめ





足利義満




新田・楠木・南朝方



楠木正成 楠木正行
楠木正儀
弁内侍
新田義貞

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