◎
阿野廉子姉妹を主人公とした大河漫画
「マンガで南北朝!」なんてコーナーを作った直後、読ん
だ方から存在を教えられた作品。えー、つまりそれまで全く存在は知らなかったわけでして
(現在進行形漫画界、とくに少女漫画系は疎いんですよ、僕
は)、しかも存在を教えていただいてから3年は放置してしまったわけです。ただ教えていただいた直後にアマゾンでとりよせて一
読、大いに面白く読んで「南北朝列伝」にもちょこっとその情報は反映されています。
この漫画、完結出版までにいろいろ紆余曲折があったそうでして、もともとは「あおば出版」の「サクラミステリー」誌に隔月ペースで長期連載され、
2006年に単行本が2巻まで刊行されています。ところが2007年にあおば出版が倒産。連載誌そのものが消滅した上に雑誌掲載されながらも単行本未収録
の部分が残るという作者読者ともに最悪の事態になってしまいます。
このまま浮かばれぬ幽霊のように彷徨う作品になるかと懸念されましたが、幸いにして2008年に別の出版社からこうして分厚い2冊の豪華単行本
(いずれも550ページ超!)と
して世に出て、無事に完結する形になった…のだそうです。分厚い二分冊になった理由の一つはすでに出ていたあおば出版の単行本2冊を1冊にまとめ、その続
きを下巻として出す、つまりあおば出版の単行本を持っている人への配慮ということのようです。ま、こうしてしっかりした上下2冊本になると両方買うのが正
解でしょうけど。
こんな
コーナーを作ったことで、少女漫画系には歴史ものが多いのですなぁ、それも世間的にはマイナーなジャンルが結構…とうらやましい事情を思い知らさ
れたわけですが、それにしてもあのややこしい南北朝時代をテーマにするというのはかなり冒険だったんじゃないかと思います。
南北朝にどう切り込むんだろうと読みだしてみますと、冒頭で
緋和と
いう美少女と、
八
雲王という美少年が登場します。ふむ、架空キャラカップルで話を進めるのかな、と思って読んで行きますと、まもなくこの緋和の
異母姉「千寿」が実はあの
阿
野廉子(この
漫画では「やすこ」)であり、八雲王とは実は大塔宮
護良親王そ
の人であることが明らかになり驚かされました。「護良」という名前は僧侶となっていた彼が動乱に身を投じて還俗してから名乗った名前なので、それ以前の名
前は不明ですからどうつけちゃおうと構わなかったわけですが、この出だしから「おお、手の込んだことを」と物語に引き込まれました。
緋和というのが物語を通しての主人公で、もちろん架空人物なのですが、異母姉があの阿野廉子。これ以前にもレディースコミック系の歴史漫画で阿野廉子が
主人公になった、かみやそのこさん作の例がありますが
(当
該ペー
ジ参照)、南北朝の女主人公と言うとやっぱり廉子だ!ということになるようですね。作者さんもあとがきでまず廉子の存在、それ
から護良と直義の存在がこの時代に手を付けた動機と書いています。
この漫画、まとめてしまいますと廉子と緋和の姉妹を軸とした南北朝愛憎物語ということになります。
◎南北朝愛憎物語ラウンド1
ちょうどうまい具合にこの漫画は上巻・下巻できっちり二部構成になってます。上巻は主人公・緋和および廉子、そして護良をめぐるドラマで、護良が悲劇的
な死を遂げるところで終わります。冒頭が正中の変(1324)でラストが中先代の乱(1335)ですから10年以上の歳月が流れ、一応主人公たちもその通
りに年をとってます。一応、というのは後半になるとそでもなくなってくるからでして…
当たり前ですが物語の展開自体は史実にきっちり沿っていて、廉子は
後醍醐天皇の
寵妃となって皇子を産み、「国母」となる野望に燃えて後醍醐に隠岐の流刑先まで付き添い、そこからの脱出にも大活躍。「八雲王」こと護良親王は父を助けて
倒幕運動を展開、「太平記」でおなじみの十津川・吉野方面での冒険行も詳しく描かれます。
主人公・緋和は護良とは相思相愛、彼の冒険にもずっと付き添い、男勝りの活躍ぶりをみせます。最終的に護良の妃も同然となるのですけど、鎌倉幕府が倒れ
て建武政権が成立するとこれまたほぼ史実どおりの転落展開となり、護良を警戒する姐・廉子も策謀に手を貸す形で護良は失脚、そして鎌倉で直義の手によって
殺されてしまうことになるわけです。
前後してしまいますが、幕府滅亡が近付いたあたりで
足利尊氏・
足利直義の
兄弟も登場、メインキャラクターに加わります。この漫画、有名人物でもメインに絡んでこないと全く登場しないんですよねー、
楠木正成も
新田義貞も
上巻では名前しか出てきませんし、後醍醐天皇は当然登場はしてセリフも発するものの、昔の映画の天皇役みたいにお顔はまったく描かれないんです。顔が出る
のはようやく死ぬ間際です。
さて六波羅攻撃を控えた尊氏・直義のもとへ護良と緋和が訪ねて行くという架空の場面がありますが、そこで直義と緋和はかなり劇的な出会いをします。そし
て明らかにお互いを意識し始める。この展開は直義登場時になぜか「妻は死んで今は独り身」という設定になっていた時点で薄々察知しました(笑)。直義に側
室のたぐいが全くいなかったというのはこの漫画の通りなのですが、渋川氏出身の妻がちゃんといてかなり後に直義の男子を高齢で出産している史実があります
(後半出てくる「名々」という娘が直義の妻をモデルにした
キャラ)。
もちろん作者もわかっててやってるわけで、この辺は巻末にあるように「歴史をもとにしたフィクションです」と割り切るべきでしょう。それにしても直義っ
て女性の人気を呼びやすいキャラなんでしょうか。
「我が手に入らぬ女性
ならばいっそ生涯憎まれよう」なんてセリフ
(脳内セリフだけど)が直義か
ら出るとゾクゾクする方も多いのかも。
物語のメインには絡んできませんが、足利尊氏の妻・
登子(この漫画では「たかこ」)は
かなり詳しく描かれます。兄が執権・
赤橋守時と
いうこともあって劇的要素があるからなんでしょう。新田義貞の鎌倉攻め自体はそれほど描かないけど守時の最期がきっちり描かれるなど、大河「太平記」の影
響もあるのかな、と。そもそも直義のことも含めて湯口聖子さんの作品の影響も強い気がします。あと変わったところで、鎌倉最後の将軍・
守邦親王の
異母妹で幕府滅亡後は尼になっている
久子女王と
いうキャラが出てくる、というのもありますね。
さて愛する護良が姉の廉子、そして微妙に意識している直義によって殺されたことで、緋和は絶望的なまでに深い怨念を抱きつつ、南北朝ドロドロ模様はこの
三者関係に収斂されつつ下巻に持ち込まれることになります。
◎
南北朝愛憎物語ラウンド2
下巻に入ると話はちょっと飛んで、いきなり足利軍が九州から攻めのぼる湊川合戦直前の時点へ。ここで正成、やっと登場するんですが、例の献策をして退け
られ、湊川へ向かうだけでオシマイ。新田義貞もそのあとちょっとだけ顔を出しますが、これも北陸へ下ってそれっきり。合戦展開はほぼナレーションで済ませ
て、話は一気に南北朝対立状態になります。
状況が多少落ち着いてきたところで、緋和は直義の周辺にまとわりつくようになります。
「深い強い熱い憎悪は恋愛に似ている」のだそ
うで、微妙にストーカー化してる気も(汗)。ここで
足利直冬も
「阿古丸」の名で可愛く登場します
(初登
場時に緋和が直義に「独り身じゃなかったのか?」とツッコむところが微笑ましい)。養父の影響なのか、直冬も女性ファン受けし
やすいみたいです。
直義のところに出入りするうちに
高師直も
登場。女好きの師直ですから、めざとく緋和に目をつけ、かなり強引に迫ります。この辺から「観応の擾乱」の展開の伏線がやはり個人レベルの愛憎関係で張ら
れるわけです。
一方、吉野に入った廉子ですが、皇太子にした息子の
恒良親王は
北陸で捕えられて死に
(「太平記」では直
義に毒殺されたことになってますがこの漫画では服毒自殺のようにみえます)、後醍醐の中宮として
c子内親王(北朝の光厳・光明天皇の姉)が
吉野に迎えられてやがて後醍醐の子をみごもり、廉子の「国母」の野望をおびやかす存在に。このc子のくだりは完全にフィクションですが、これがないと廉子
の出番がしばらく作れなかった、ということかも。
宗良親王が
一時皇太子に決まりかかり、廉子が死ぬ間際の後醍醐に迫って自分の子・
義良親王に
変えさせるという展開もフィクションですが、廉子っぽいといえば確かにそう。後醍醐が死んだあとも落飾(出家)しなかったというのは史実です。
ようやく国母になった廉子でしたが、あくまで「南朝の国母」。本物の、唯一の国母となるべく、南朝を女帝のごとく仕切って行くことになります。このあた
り、かみやそのこの「阿野廉子」のラストの続き、って感もありますね。
「観応の
擾乱」の複雑な展開も結構きっちりやってます。あくまでメインは緋和・廉子に直義・師直らが絡む個人レベルの愛憎関係で、師直が包囲する将軍邸
に緋和がいたり、南朝と直義の結びつきに緋和が介在して混乱に拍車をかけたり、「正平の一統」によって廉子が「唯一の国母」となる宿願を一時的にせよ果た
したり、といった感
じで物語は展開してゆきます。そして最後は直義の死
(直
義の死は毒殺にも見える、という感じでぼかしてあります)と正平の一統の破綻で物語はオシマイ。直義も死んじゃうし一応の結末
かな、とは思いますが、ちと唐突感も否めないかも。
上巻は十年ぐらいの話ですが、下巻の内容は建武政権の崩壊(1336年)から足利直義の死(1352年)まで、およそ16年間にわたります。しかしこの
下巻では主要人物たちは外見上ちっとも年をとりません。これは「観応の擾乱」を恋愛ドラマを絡めて描いたためで、それを演じる人物たちが40代の中年では
ちょっと…というわけであえてそうした、と作者さんもあとがきで断っています。
「歴
史年表に忠実に進めていったら直義があまりにおじさんになりすぎる」「中高年の恋を否定するわけではないの、でも絵で描くならもちょっと若いのが好き」と
のことで(笑)。
なお、下巻には「白の杜幻想」という現代を舞台にした短編が収録されていて、「鬼国幻想」の八雲王、すなわち護良の亡霊が登場しています。
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おもな登場人物のお顔一覧◆
皇族・公家 |
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阿
野廉子 |
後
醍醐天皇 |
護
良親王 |
宗
良親王 |
北
畠親房 |
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後村上天皇 |
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北条・
鎌倉幕府 |
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北
条高時 |
北
条守時
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足利・
北朝方 |
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足
利尊氏 |
足
利直義 |
足
利義詮 |
阿
古丸(足利直冬) |
赤
橋登子 |
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高師直 |
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新田・
楠木・南朝方 |
その他 |
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楠
木正成 |
新
田義貞 |
緋
和 |
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