☆マンガで南北朝!!☆

もりゆき男・画/笠原一男・監修
「北朝と南朝」

(1982年、集英社・学習漫画「日本の歴史」6)


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◎セルアニメ的なカラーページが特徴

  いわゆる「団塊ジュニア」が歴史を学び始めるころを狙ってだったんでしょう、1982年前後は各社から一斉に「日本の歴史」と銘打った学習漫画シリーズが 発売されています。これもその一つですが、あまりにも「名作」であった小学館版の前には存在がかすんだか、早期に姿を消した印象があります。現在も集英社 から日本の歴史の学習漫画が発売されてますが、絵や内容はまったく別物になっています。
 そもそも「日本の歴史」を漫画で刊行する、というのは昭 和40年代に集英社が最初にやったことだったかと思われます。僕も小学生時代に市や学校の図書館に揃えられていたので断片的に読んだことがあり、結構面白 がっていたのですが、さすがにその時点で古くさくなっていました。同時期にグループ企業の小学館(本社ビルもすぐ隣なんですよね)が本格的な「日本の歴史」漫画を出すのに対抗するつもりでもあったのか、それとも「便乗」的に市場を盛り上げようとしたのかわかりませんが、ともかくこの新バージョン刊行に乗り出したわけです。

  長い準備期間も含めて実に緻密に制作された小学館版と比較すると、こちらはどうしても「やっつけ仕事」に見えてしまうのは否めません。漫画家さんも4名 でリレーして書いているので担当漫画家が変わると絵柄がガラリと変わり、同じ人物が次の巻でまるっきり別人になってるといった困った点もありますし、以前 出ていたものよりコマが大きくなったため情報量が格段に減り、どうしても「薄っぺら」な印象を受けてしまうシリーズです。
 あえていいところを探しますと、児童向けとしては「見栄えがする」という点です。表紙絵を見ればお分かりのように、より「漫画」というより「アニメ絵本」の印象を強く与える外見になっています。外見だけではなくカラーページの割合は他社のものと比較してもかなり多めで(カラーページを全体にばらまいてるようでもありますが)、しかもこのカラーが露骨に「アニメ塗り」なのです。
  見たところセル画を使用したわけではなさそうですが、漫画的な動きの表現をわざと使わず、一見TVアニメのセル画をそのままコミック化したようにも見える カラーページは当時でもかなりインパクトがありした。僕の小学校では教室で購入する「日本の歴史」漫画を生徒自身が選ばされたのですが、本シリーズが選ば れてしまったのは明らかにこの「アニメ絵」のせいでした(笑)。

◎南北朝時代を凄まじくダイジェスト

  ほかの日本の歴史漫画と同様、この巻に収録されているのは鎌倉末期から室町初期まで。皇室分裂の始まりから倒幕、建武の新政とその崩壊、室町幕府の成立、 そして足利義満の権勢の絶頂と死までが描かれています。ちなみに昭和40年代に出た集英社旧版の「南北朝の争い」の巻では両朝合体で終わっており、義満の 権勢は次の巻に持ち越されてました。
 
 この1982年バージョンでは後醍醐天皇が討幕を決意するまでの経緯に意外にページが割かれてます。いわゆる「文保の和談」の展開がかなりコミカルに漫画化されており、北条高時「こまったものだ。朝廷内の争いにまきこまれるのかなわん!おたがいに話し合って解決してくれればいいものを」と 呆れる様子が描かれています。このセリフ、全くごもっともなので、そのあと後醍醐天皇が皇位継承に口出ししてくる幕府を倒そうと決意するのが「逆恨み」に 見えなくもない(笑)。そういえばこの漫画の高時はお約束の「闘犬」「田楽」がまったく描かれず、手に鷹をとまらせて「遊び人」ムードをそこはかとなく示 す程度で、あまり暗君っぽくありません。

 後醍醐が挙兵すると楠木正成が登場。「幕府の軍をやぶるのはむずかしいが、ここでうまく幕府を倒せれば…」「そうか!ミカドよりほうびがいただける」「この機会を指をくわえて見のがすことはなかろう」な どと一族で相談するシーンは「忠臣」のイメージをかなりブチ破っていて面白い。ですが、なぜか漫画の中では笠置山攻防戦が大迫力で展開される一方、赤坂・ 千早の正成の活躍が完全にカットされてしまっており、湊川決戦も1ページ4コマとナレーションで片付けられてしまったため、正成の印象がかなり薄い南北朝 マンガとなってしまいました。

 足利尊氏(高氏)は表紙絵のとおり、この時期まで「足利尊氏像」と信じられていた騎馬武者像をもとにした、なかなかワイルドなキャラデザイン。烏帽子をかぶっている場面もあるのですが、カッコよさとわかりやすさを狙ったのか、もとどりを切ったザンバラ髪スタイルで登場する場面が多いです。
  尊氏の討幕の意思は、高時に命じられて畿内へ出陣する途中で決まったことになっています。陣中のかがり火に折った枝を投げ込み、その炎を見つめながら倒幕 の決意を燃やすという印象的なシーンとなりました。しかし建武政権に反旗を翻す過程はかなり簡単にまとめられており、出家騒動も出てきませんし、京都占領 →九州落ち→湊川もたった2ページでアッサリと片づけられるなど、出番はいまいち。その一方で義貞の戦死を聞く場面では紙で刀の手入れをしていて、紙を二 つに切って「南朝はもう終わりだ」などとつぶやく変に演出が凝ったシーンもありました。
 征夷大将軍に任じられ足利幕府を開いたところで尊氏勝利の表情が描かれ、「後醍醐天皇の死によって、両朝の争いは事実上終わりました」とのナレーションで南北朝動乱の章は終わってしまいます。観応の擾乱はなかったことにされ(汗)、続くページではもう尊氏が義詮にあとを託して死んじゃってます。このため足利直義はほとんど出番なし。1コマだけ登場してますが、これは護良親王の殺害を命じるシーンなんで、印象がかなり悪い(汗)。このシリーズでは欄外の「柱」部分に一行知識のように補足情報が書かれてまして、直義がその後尊氏に毒殺されたことが簡潔に記されています。

 新田義貞は意外にも正成より出番が多い。鎌倉攻めでは稲村ケ崎突破シーンも描かれていますが、なぜかお約束の太刀投げ込みシーンが描かれず、潮が引くのをあらかじめ知っていたことになってるだけです。
 妙にページが割かれているのが義貞の北陸での戦い。金ヶ崎城の馬を殺して食べながらの凄惨な籠城戦がじっくり描かれるため、攻める側の高師泰も登場します(珍しいことに高師直が登場しません)。義貞戦死シーンと言えば「太平記」が描くように眉間に矢が当たるのが定番ですが、この漫画では「ミカドにさからう賊軍め この新田義貞が…」と突撃するうち「あっ!」と驚きの表情、見れば義貞の胸に流れ矢が突き立っていて「ミ…ミカド…むむ…ざんねん」と死んでしまうという、なんとなくオマヌケな死に方になってしまっています。

 「学習漫画」らしさで際立つのは建武政権を批判する「二条河原の落書」を紹介する部分。落書の内容一つ一つを漫画で表現するという手間のかかることをしており、あまりページ数のない本書のなかでわざわざ3ページにわたって紹介するという熱の入れようです(右図)。
 建武政権の混乱ぶりを象徴する形で赤松円心が登場してるのも南北朝マニアは要チェック(笑)。ほとんどゴリラにしか見えませんが(笑)。逆に後醍醐天皇側では名和長年が2コマだけ登場しており、こちらは彼の肖像画とされるものを忠実に再現しています。北畠顕家は名前が出てくるだけで登場しませんが、父親の北畠親房は「神皇正統記」の関係で顔がアップで描かれています。
 

◎南北朝終盤戦

 南北朝時代の終盤戦、足利義満による統一の過程はドラマはおろか歴史小説でもめったに取り上げられないところで、こうした学習漫画でしかビジュアル的にみる機会がありません。それだけに貴重な読み物と言えます。

 尊氏が義詮にあとを託して亡くなった、すぐ次のページで今度は義詮が細川頼之を呼びつけて後事を託してます。次のページをめくるとカラーで凛々しく少年・義満が登場、「頼之どのを父と思い よく いうことをきくのだぞ!!」と義詮から言い渡される名シーンがしっかり漫画化されてます。続いて頼之と義満が馬で駆け回るという珍しいシーンが描かれてますが、ここまでやっておいて頼之が失脚する「康暦の政変」が描かれないのが不思議。いつの間にやら頼之は出てこなくなっちゃいます。

 以下、花の御所の建設、美濃の乱、明徳の乱、南北朝合体、金閣建設、応永の乱と義満の権力形成過程をよく整理して描いていきます。南北朝動乱のすっ飛ばしからすればずいぶん丁寧な展開。ちょっと面白いのが応永の乱で大内義弘と戦うくだりで「それにしても大内め 明との貿易で財力をたくわえ 勢力をめきめきのばしてきおった。貿易がそんなにもうかるなら わしもやってみるか」と義満が思い、日明貿易に乗り出す伏線にしてるところでしょう。
 義満が妻を天皇の准母にして権力の絶頂を迎え、間もなく死んでしまったことを記してこの章は終わってますが、「義満のために鹿苑院太上天皇の号が用意されたが、義満はこれをうける前に、病で急死しました」というのは明らかに前後関係を誤ってます。

  義満の死までいったん書いておいて、続く二章で倭寇と勘合貿易、北山文化を描いていくという構成は、工夫とは言えましょうが、一度死んだ義満が復活しちゃ うなど児童向けとしては混乱を招くだけのような…とくに「日本国王」となるくだりは政治史の部分でまとめて入れておくべきだったかと。倭寇の派手な活動 や、勘合による確認の「実演」を見せてくれるあたりなどはさすが学習漫画、わかりやすいです。
 「北山文化」解説の章は、観阿弥世阿弥父 子を主人公とする話です。義満の前で観阿弥・世阿弥が「鉢の木」を実演する展開がなかなかドラマチックに描かれていて、能文化の紹介としては実に読み応え あり。演技に感心した出家姿の義満が彼らの後援者となるわけですが、これは史実では義満がまだ青年期のことです。義満と世阿弥の関係についてはさすがに深 入りはしてませんが、「花伝書」執筆中の世阿弥が義満急死の報を聞いて思わず筆を落とし、「義持さまは義満さまにかわいがられたわれわれを放ってはおくまい…」とつぶやく描写があります。
 

◆おもな登場人物のお顔一覧◆
他の漫画との比較を目的に選出してるので、出番が多いのに選ばれなかった人やセリフもないのに選ばれてる人もいます。
皇族・公家

後醍醐天皇護良親王日野資朝北畠親房
北条・鎌倉幕府


北条高時北条時行

足利・北朝方
足利尊氏足利直義足利義詮細川頼之足利義満
赤松円心高師泰大内義弘
新田・楠木・南朝方その他


新田義貞楠木正成名和長年観阿弥
世阿弥

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