☆マンガで南北朝!!☆

内野正宏・著
「ナギ戦記」

(2009年、集英社「スーパージャンプ」連載)


「マンガで南北朝!!」トップに戻る



◎ 青年誌連載の「少年漫画的正成」

 2008年年末から「スーパージャンプ」誌上にこの「ナギ戦記」の連載が始まった時は正直驚きました。青年誌で歴史ものの漫画、それも南北朝、よりによって楠木正成、と三重の驚きがあったのです。もっともこの連載と入れ替わるように完結した少年誌連載の「山賊王」が楠木正成を主役級に扱っていて、こちらも微妙に影響を受けている気はしましたが。
 そ れとこの連載と同時期に漫画・小説で楠木正成が相次いで主役になるという不思議な現象があり、ちょっとした「プチ正成ブーム」になっていました。実のとこ ろ本作も含めてそのほとんどが世間的には不発だったのですが、偶然にしては異様に集中したため何か共通する背景事情でもあったのかな?と今でも思ってま す。

 この「ナギ戦記」の連載は「スーパージャンプ」(月二回発行)の2009年2号〜15号まで続きました。回数でお分かりのようにおよそ半年でミもフタもなく「打ち切り」になってしまった作品です。作者自身第一巻カバーの作者コメントで「この漫画で、歴史認識から作画技術に至るまで、自分の非力を思い知らされました。さらなる精進を目指します」と書いていまして、意欲的かつ果敢にこのテーマを描きだしたものの、本筋に入る前にあえなく「討ち死に」してしまった形です。

  僕も南北朝マニアであり、南北朝漫画大作を自分で書いてみたいという野望もある人間ですので、この連載が始まった時はちょっと「先を越された」ような気分 もあったのですが、読んでいてやはりこれはキビしいだろうな…と思ったものです。史実どおりにやるとかやらないとかそういうことではなく、この雑誌の読者 に提示すべき漫画のコンセプトがいま一つ明示できなかった。肝心の主人公の魅力を伝えるのに失敗してる、と思ったんですね。わざわざこのテーマを選んだの だから作者の正成やこの時代に対する思い入れは察せられるのですけど、空回りしてしまっていると言いましょうか。

 第一回から濃厚に感じ たのですが、この漫画、青年誌に連載していながら、絵柄も主役のキャラも実に「少年ジャンプ」的なんですよね。そりゃまぁ同じ系列の雑誌ですから当然では ありますけど、あまりに「少年」的だったと思うんです。正成とか南北朝といったなじみのない素材で読者にウケてもらおうと狙った場合、そうせざるを得な かったかも、とは分かるんですが。

◎正成は「楠木」じゃなかった?

 主人公の多聞丸、のちの楠木正成の初登場シーンは「夜這い」ならぬ「昼這い」の場面から。お相手は多くの正成伝で正成の妻となっている「南江正忠の娘・お久」になってます(正成の妻の素性なるものは戦前に創作されたもので全く不明というのがホントのところです)。そのお久といきなり真っ昼間からやっちゃってるとか、股間を見せつける(さすがに絵では隠してるけど)といった思いきった描写は青年誌だからということもありましょうが、従来イメージの正成像をブチ壊して読者をひきこもうという狙いがあったと思われます。ただやっぱり「無理に背伸びしてる」印象はぬぐえませんでした。

 そのお久の父の土地にいかにも山賊的な「悪党」集団が押し寄せる。その親分(「おやぴん」と部下には呼ばれてる)楠木河内入道! 史料上確認される実在した悪党で正成の父か祖父じゃないかと言われてる人物ですね。ところがこの漫画では多聞丸は寺に預けられた孤児であってこの「楠木河 内入道」とは何の関係もない。この悪党「楠木党」と幕府から派遣されている地頭たち相手に大暴走の大暴れを多聞丸がしてしまい、そのハチャメチャぶりを見 た河内入道が気に入ってしまい…という展開になります。この辺もジャンプ的王道と言っちゃっていいんでしょうか。

 ただ話が進むと多聞丸の父は実はこの地の領主であり、なおかつ「まつろわぬ民」(サンカとかのイメージかな)の流れをくむ橘正澄であって、幕府に土地訴訟に行ってそのまま帰って来なかった(死んだことになってますがこれも伏線っぽい)という設定が明らかになります。その父親が多聞丸に「正成」、弟の七郎に「正季」と名前をつけていたということになってようやく主人公は「正成」になるわけですが、これは謎だらけの正成の出自の諸説を入り混じらせたものですね。
  これらの設定が明かされてゆく過程で当時の荘園支配の多重構造や徳政令、市や問丸といった経済事情、はたまた網野史学チックな印地打ちや非農業民の存在と いった歴史的背景を説明していこうとしたようですが、ノリは少年漫画なのに難しい歴史用語が頻出することになってしまい、いきなり学習漫画っぽくなってど うしても読みにくい。やりたいことは分からなくもなかったのですが、諸勢力入り乱れてストーリーの展開が僕ですら分かりにくかった。正成の出自設定も河内 入道一本に絞った方がよかったんじゃないかなぁ、という気もします。

◎ どうにか倒幕まではこぎつけて

 2巻の内容に進みますと、大塔宮、すなわち護良親王が謎めいた美少年として登場。それを狙う忍者軍団みたいな六波羅探題の刺客が出てきたりといろいろ盛り上げる工夫もしていきます。そして急に話を急いで(恐らく打ち切り方向が決まったため)楠木河内入道がいきなり壮絶に死んでその間際に「楠木」の名字を多聞丸に譲り、ここにようやく「楠木正成」が誕生。といっても山賊の親分同然ですけどね。
  それから大急ぎで後醍醐天皇の挙兵と正成の笠置参陣、赤坂城の攻防戦が描かれます。これをやりたかったんだろうなぁ、と思えるのが赤坂城でのゲリラという より「ケンカ戦法」の描写で、ここでの正成は智将でもなんでもなく、手段を選ばぬガキ大将そのまんま。それにしても「ウンコ戦法」描写に妙に力が入ってま すが(1巻でも見られた)、これは以前TV番組のクイズで出たのが大きかったんでしょうかねぇ(「糞谷」という地名があるから、ということらしいんですが…)

 しかし赤坂城は陥落、正成たちは逃亡し…という半端なところで「スーパージャンプ」における連載は打ち切りになってしまいます。単行本2冊で何とか形を整えるために「スーパージャンプ増刊オースーパージャンプ」誌上で最終話50ページが掲載されました。
 赤坂落城からしばらく正成は姿をくらまし、お腹も大きくなったお久と暮らしています。そして時が来た、と赤坂城を奪回、吉野の護良親王と呼応して千早城でまたゲリラ戦を展開。村上義光平野将監といった仲間たちが戦死してゆき(正成周辺のマイナーキャラはちょこちょこ出てますね)、 千早城もさすがに長い籠城に疲労していきます。そしてある夜、幕府軍の灯りが一斉に消えてゆき、「ついに総攻撃か」と覚悟を決める正成たちでしたが、夜が 明けて見たら幕府軍が一人もいない。六波羅探題が陥落したためみんな逃亡してしまったのです。かくしてあっけなく幕府は滅び(鎌倉陥落は描かれませんが)、 正成とお久の間には正行とおぼしき一子が生まれ、親子三人で幸せそうにしているハッピーエンドカットで唐突に物語は終わります。このわずか3年後に「桜井 の別れ」があるわけですから正成・正行ともに絶対に年齢がおかしいですが、まぁそういうツッコミはヤボというものでしょう。
 どう見ても強引すぎ ますが事情が事情、その中ではよく形にしたものだとも思えます。ハッピーエンドではありますが一応正成や護良がその後の動乱で「散って行った」ことに触れ てはいます。このあたり、恐らくこの漫画も影響を受けたであろう「山賊王」と偶然にもほとんど同じ終わり方(ただしあちらはほぼ予定通りの円満完結)になってしまったように見えます。

  大きな構想があったと思うんですが、結局その入口までもたどりつけなかったと言いましょうか…いろいろ描きたいこと、描きたい名場面があっただろうと思う のですよ。僕も似た立場としてそれは痛いほど分かります。他の南北朝漫画も同様の討ち死に状態が多いので、マンガ雑誌自体が発表媒体として不向きなのかも なぁ…と改めて思いました。
  最後になりましたが、タイトルの「ナギ」の由来は例の「南に木」の夢の話とそれにちなむ南木(なぎ)神社と思われ、漫画の中ではこれに海の「凪(なぎ)」の意味がくわえられ、時代の変化の流れのたとえとして使われています。
 それと第2巻の帯にある「鎌倉時代末期に成し遂げられた歴史的政権交代。」のキャッチコピーはちょうどこのころ民主党中心の政権が成立したことにひっかけたものです。先例としてはあまり縁起がよくないんですけどね(笑)。

◆ おもな登場人物のお顔一覧◆

皇族・公家



後 醍醐天皇 護 良親王
新田・ 楠木・南朝方その他


楠 木正成 楠木正季 楠木河内入道 お久 瀧覚坊


「マンガで南北朝!」のトップに戻る