☆マンガで南北朝!!☆
入間田宣夫・監修/森藤よしひろ・漫 画
「南北朝の争い」

(1998年、集英社・学習漫画日本の歴史8)


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◎ 集英社「日本の歴史」第三弾

 集英社は学習漫画「日本の歴史」の草分けで、1968年に最初のバージョンを出し、続いて他社が一斉に同種のシリーズを出した1982年にも内容を一新 した第二バージョンを出しています。そして1998年にはまたまた内容を一新したこの第三バージョンを出したのです。このペースで行くと次もそろそろ(2012年現在)で はないかと思うのですが、今のところ動きは聞こえずこのバージョンの刊行を続けています。またこの1998年版は2巻分を1冊にまとめて再編集、オール白 黒にして解説をつけた全10巻構成の集英社文庫版が2007年になって刊行されています。僕も所有しているのは文庫版の方です。

  内容的には過去の集英社のものと比べるとより「学習」に重点が行った気がします。これまでのバージョンだって「学習漫画」ではあったのですが、監修者が本 当にいたのかすら怪しく講談調の話を取り入れて史実の誤りも多かった第一弾、アニメ調の絵でドラマチックに盛り上げるため情報量に欠けた第二弾といった具 合で、「漫画として読ませる」ことに重点がいっていました。
 そこへいくとこの第三弾はコマも小さめでページあたりの情報量が多い。また監修者の 意向をかなり受けたかと思える、子供向けにしては専門的、その時点で最新の学術的な話題も出てきます。これには「名作」と評価が高くロングセラーとなって いる小学館版「日本の歴史」に対抗しようとの意図があったかもしれません。
 その代わり、内容的にはあまり子供向けになっていないような…という のが僕の印象です。実際あとで文庫版になった際には大人向けに「手っ取り早く読める日本通史」というコンセプトで売られていたように思います。高校・大学 の受験用参考書というような売り方も見受けますから、対象年齢は実のところ高めなのではないかと。

 これまでのシリーズ同様、集英社版は複数の漫画家さんで数冊ずつ分担する形をとっていて、この第8巻「南北朝の争い」森藤よしひろさ んが担当。おおむね中世担当ということだったようで、文庫版では同じく森藤さんが担当した鎌倉時代とまとめて一冊に収録されています。
  このコーナー内で紹介してますが、森藤よしひろさんはこれ以前に「くもんのまんが古典文学館」シリーズで「太平記」を担当されています。あちらは古典文学 の漫画化ですが、「太平記」の漫画版は結局南北朝史漫画になってしまうのが常。森藤さんにとっては事実上以前描いた話のリメイク作業になったわけで、この 両者を比較してみるのも一興です。

◎ 顔の見分けがつかないような…

 この第三弾集英社版、内容的にしっかりとしてより専門的になったのはいいのですが、正直なところ読みにくい。情報量が小学館版以上に多い割に ページ数は厳しく制限されていますから、どうなるかというと「詰め込み状態」になってしまうわけです。じっくり読めばなかなか勉強になる作りにはなってい るのですけど、漫画としてはやはり読みにくい。

 森藤さんの絵は線も綺麗で緻密な描き込みなのでひとコマひとコマの「絵」は大変見やす い。しかし情報量との兼ね合わせのためか顔のアップとセリフ・ナレーションの文字だけですまされてるコマも多いです。南北朝時代はもともと混乱しやすい複 雑な展開ということもあり、このやり方で描かれると読者にはそれこそわかりにくいんじゃないかなぁ…と思ってしまいます。あくまですでにいろいろ読み比べ てる僕の印象ですので、初読の方がどう思うかは分かりませんが。

 それと、同じ作 者さんの「太平記」と比較してしまうからなおさらその印 象が強いんですけど…この本ではキャラの顔パターンが非常に限られていて、しかも下の「お顔一覧」を見ればおわかりのように、武将というとヒゲづらのオッ サン顔ばかりなので、名前の表示がないと誰が誰やら区別がつきません。わずか数年で森藤さんの絵が変わったとは思えず(実際線に変化はありません)、 「あまり漫画的にデフォルメした顔を出すな」というような編集部の意向でもあったんじゃないかと思うんですが…。古い言い方をすれば「劇画調」になってい まして、先述のようにこのシリーズが最初からある程度高年齢を意識したらしいと思える理由はここにもあります。

 この「南北朝の争い」、先の「太平記」と同じキャラがたくさん出ていながら、まるっきり違うデザインになっているのですが、たった一人だけ、全く同じ顔 に描かれている人物がいます。ずばり、南北朝の名将・楠木正成で す。正成というと正統派二枚目に描かれるか、ゲリラ戦指揮者ということでワイルドに描かれるというパターンが多いのですけど、森藤版では一見老人かと思え るほどの老け顔のオジサン。この「南北朝の争い」の方では全体的に老け顔が多いので目立たなくなってはいるのですが、なぜ正成だけちゃんと同じ顔なのか。 森藤さんには正成といえばこの顔、という確信でもあったのかもしれません。

◎ 海外交渉史を詳しく解説

 内容的には後醍醐天皇の登場から足利義満の死までとよくある構成になっていて、やや駆け足ではありますが南北朝後半戦もだいたいのところは押さえていま す。歴史的に重要な場面はもちろん、「太平記」の伝える新田義貞の 太刀投げ入れとか楠 木正成の桜井の別れや、土岐頼員が 妻に陰謀を打ち明けてしまうところとか、文学的フィクションの可能性が高いとされる場面もかなり入っています。もっともその頼員が幕府に殺されている(頼兼と混同?)といった変な ところもありますが。

  劇画調ということもあり、漫画的ギャグは一切なし。せいぜい状況説明のためにSDキャラがコミカルな芝居をしていることがある、という程度です。義満によ る南北朝合体のくだり、後に「両統交互即位」の約束が破られたことを説明する場面で、義満のSDキャラが「し〜らないっと」と素知らぬ顔をし、南朝皇族が 「うそつき!」とわめいている場面はそんなコミカル場面の中で印象に残るわかりやすいものでしたが、最近の研究では義満自身は交互即位原則を守るつもりで 約束を破ったのは北朝朝廷側だったと見られています。
 ギャグシーンのつもりはないんでしょうが、足利尊氏が 中先代の乱で鎌倉にくだり、そのあと後醍醐天皇か ら追討をうけるも「わたしにはみかどへの敵意はないのだ」と言う場面で、尊氏が怒る後醍醐に「ゴメンナサイ」とぺこぺこ頭を下げているカットがなんか可笑 しい(笑)。そういえば幕府を作った直後に尊氏が「わしは出家したいのじゃ」とボソッと言う場面もありますね(「この世は夢の如く」の願文が元ネタでしょう)

 さて本書では義満の死を語った後に、いったん時代をさかのぼって「東 アジアの中の日本」という一章が最後にもうけられています。このテーマをわざわざ別に一章立てて語ることにしたのは1990年 代に学界的にこの分野が注目を集めたためでしょう(僕 自身その研究動向の影響を受けて倭寇なんかやってるわけで)
 この章ではまず足利尊氏が元に派遣した「天竜寺船」の話が語られ、その交易を請け負った博多商人・至本の 武力による脅しを含んだ海賊まがいの貿易(要 するに倭寇なんですね)ぶりが描かれています。この至本について尊氏と夢窓疎石が 「至本は中国人と聞いたが?」「わたしは高麗人だと聞きました」というやりとりをしているのも面白い。なお、この漫画では義満に命じられて明に行った商 人・肥 富を日本人に描いてますが、僕個人は彼も至本の話同様に中国人商人だった可能性もあると考えています。

 倭寇が朝鮮半 島、中国沿岸を攻撃した描写があるのもポイント。過去の集英社版にも倭寇襲撃描写はあったのですけど、人間そのものを略奪して外国に売り飛ばすという子供 向けにはちょっとショックかもしれない描写もあります(も ちろん事実ですが)。こうした倭寇のバックに九州に南朝王国を築いていた懐良親王の 存在があったのでは、という説も有力で、この漫画でもそれを採用しています。ただ懐良親王が「日本国王」と認められるくだりがありますが、実際にはその使 者は懐良に会う寸前で幕府に阻止されたはず。また明の朱元璋や 朝鮮の李 成桂と倭寇の関わりも結構ページを割いて描かれてまして、当時の国際関係をわかりやすくまとめています(だけどここでも朝鮮建国前に李成桂が対馬を攻めるとい う、応永の外寇と混同したらしき間違った描写があります)

  この流れで勘合貿易が出てくるのはお約束というものですが、この漫画では他ではめったにとりあげられない北方交易にも注目し、青森の十三湊(最盛期は15 世紀)のにぎわいが物品を具体的に出して描かれたのがユニーク。それを描いてから南方の琉球の市場で東南アジアの物品がやりとりされる場面を描き、東アジ アスケールの交易・流通がヴィヴィッドに示されます。
 海外交渉や交易といった分野は一般の通史的歴史本ではあまり扱われないもので、それを学習漫画で目に見える形で紹介した、という点で本書は大いに評価で きると思うのです。


◆ おもな登場人物のお顔一覧◆
割とまめにたくさんの人物が出てるので、若干絞り込みました。
皇族・公家

後 醍醐天皇 護 良親王 日 野資朝 日 野俊基 文 観
後 村上天皇 光 巌天皇 光明天皇 北畠親房 北畠顕家
千種忠顕 懐良親王 後小松天皇
北条・ 鎌倉幕府

北 条高時 長 崎高資
足利・ 北朝方


足 利尊氏 足 利直義
足 利義詮
足 利義満 高 師直
佐 々木道誉 斯 波高経 細 川頼之
今 川了俊 大内義弘
夢 窓疎石
新田・ 楠木・南朝方
楠 木正成 楠 木正行 新 田義貞 名 和長年 菊 池武光

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