第十七回「決断の時」(4月28日放送) 
◇脚本:池端俊策
◇演出:榎戸崇泰

◎出 演◎

真田広之(足利高氏)

沢口靖子(登子)

武田鉄矢(楠木正成)

陣内孝則(佐々木道誉)

柳葉敏郎(ましらの石)

高嶋政伸(足利直義)

本木雅弘(千種忠顕)

赤井英和(楠木正季) 瀬川哲也(恩智左近)
でんでん(神宮寺正房) 佐藤恵利(小宰相)
小田茜(顕子) 北九州男(二階堂道蘊)
にれはらゆい(虎女) 神野三鈴(萩) 阿部きみよ(小岩) 
伊達大輔・渡辺高志(近習) 石川佳代・呉めぐみ(侍女)
岸本一人・山瀬秀雄・鎌田吉次(番人) 平田まり(乞食) 稲葉洋介(千寿王)

フランキー堺(長崎円喜)

樋口可南子(花夜叉=卯木)

原田美枝子(阿野廉子)

片岡鶴太郎(北条高時) 

柄本明(高師直)

勝野洋(赤橋守時)

西岡徳馬(長崎高資)

児玉清(金沢貞顕)

藤真利子(久子)

若駒スタントグループ ジャパンアクションクラブ クサマライディングクラブ 鳳プロ 劇団ひまわり
劇団いろは 劇団東俳 セントラル子供タレント 足利市のみなさん 太田市のみなさん

緒形拳(足利貞氏)

藤村志保(清子)

片岡孝夫(後醍醐天皇)



◎スタッフ◎

○制作:高橋康夫○美術:田中伸和○技術:鍛冶保○音響効果:藤野登○撮影:永野勇○照明:森是○音声:鈴木清人○記録・編集:久松伊織 



◇本編内容◇

 河内で復活した楠木党は、乞食に化けて町に忍び込み、幕府軍の輜重隊を襲撃して武器や食糧を奪うなど、広範囲にゲリラ活動を展開していた。焦った六波羅探題は兵を送って拠点の赤坂城を攻略するが、守りが固く一進一退を繰り返す。

 そのころ鎌倉では佐々木道誉の屋敷を足利高氏が訪れていた。見ると道誉は花夜叉を相手に壺に立てた松を眺めながらヤケ酒をあおっている。花夜叉が「いつぞやは…」と高氏に挨拶すると、道誉は「解せん女よ」と怪訝な顔をする。それに対して花夜叉も「判官どのこそ分からぬお方」とやり返し、道誉が長崎円喜高資らに後醍醐天皇の暗殺を命じられたことを口にする。酒に酔った道誉は松を見て「美しいのう…立花はよい。花や木はわしの意のままになる。この立花のように思い通りにならぬものよ…世の中は!」と言うや、松を引き抜いて戸を破り、庭へと投げ出してしまう。そして道誉は高氏に酒を飲んで語り明かそうと酒宴に誘う。
 酒を酌み交わしながら、高氏は道誉に先帝暗殺などする気はあるまいと話し出す。「長崎殿にさからってはこの首が危ない」という道誉に、高氏は例えば自分が長崎を討ったらその心配はあるまいと言う。例え足利でも鎌倉の兵力にはかなうまいと言う道誉。すると高氏は、幕府が楠木攻めに力を入れれば鎌倉が手薄になる、そこを討つという戦略を口にする。「討ちそこなったら?」と道誉の問いに「足利は滅亡、世は変わらぬ」と高氏は答え、自分が行動を起こすまで道誉は先帝に手を出さず何もしないで見ていろ、と取引を持ちかける。「わしにそのような話をして、危ないとは思われぬのか?」と道誉が聞くと、高氏は「判官殿を強い味方と思うておる」と答えた。二人は互いに顔を見合って大笑する。
 高氏は花夜叉に今話した戦略を楠木正成に伝えるように頼む。楠木党に可能な限り大軍をひきつけておいてもらいたいと。

 佐々木邸からの帰路、高氏は鎌倉市中に乞食が最近急増していることに気づく。家臣に聞くと、奥州の乱で焼け出された難民であるという。高氏は乞食の中に我が子・不知哉丸ぐらいの年の子を見つけ、思わず手を差し伸べるが、その子の母親の乞食が奪い取られまいとするかのように子を抱き寄せた。そしてまるで恨むように高氏を見つめる。見れば自分の周りを恨むような目線で乞食達が取り囲み、ジリジリと近づいてくる。恐怖に襲われる高氏。しかそこでしハッと我に返ると、あたりに乞食の姿はない。高氏は自分がつかの間の幻を見ていたことに気づく。

 なかなか帰ってこない高氏を心配して母の清子直義に高氏を探しに行かせていた。高氏は直義を誘って海岸で語り合う。「母上は勘の鋭いお方じゃからの、わしが何を考えているか気がかりなのじゃ」と高氏。高氏は直義に自分の迷いを打ち明けていく。北条を倒し、後醍醐帝と共に良い世の中を作ってみたい。誰もが苦しむ事のない美しい国を造ることが自分の夢だと。しかし戦が起これば人が死に家は焼かれ、多くの人が苦しむことにもなる。自分達がやろうとしていることは恐ろしいことではないのか。まだ引き返せる、妻や子と安穏にくらしていける道もあるのではないか、という迷いもあると。直義も言う。「わしも迷いまする…じゃが夢は捨てられませぬ。夢を失うて安穏に暮らしたくはございませぬ」高氏の脳裏に父・貞氏の言葉が蘇る。「父のように迷うな。神仏の許しがあれば天下を取れ…!」
 兄弟が帰宅すると、登子清子千寿王と遊びながら高氏らの帰りを待っていた。高氏はその光景に思わず目を細め、千寿王を抱き上げてあやす。「ではお休みなされませ」と清子に挨拶し、家族を連れて寝室に引き上げる高氏。直義も同様にして引き上げていく。そんな息子兄弟を母の清子は不安そうにみつめるのだった。

 そのころ、河内の楠木正成一党は活動範囲を拡大し、天王寺あたりまで進出していた。正成は奇襲や待ち伏せなど神出鬼没の動きを見せながら幕府軍を翻弄していた。
 この楠木、そして吉野の護良親王の動きに幕府はさすがに焦る。円喜は彼らを「金で買われた水膨れの軍」と評してたかをくくり、それを聞いた高時は「では倍の恩賞を出して寝返らせてはどうじゃ。そうすれば戦もせんで済む」と言い出す。しかし恩賞に与える土地がないと円喜が言うと、赤橋守時「さよう。三浦を滅ぼし、安達を滅ぼし、皆から召し上げた領地は尽く得宗家とその重臣の長崎家がおのれのものとなされて参った」と皮肉る。「我らの領地を悪党どもにくれてやれと申すか!」と激昂する高資に「さよう!」と応じる守時。この問答を北条高時が「もうよいもうよい!」と遮る。そして畿内に二階堂道蘊らを大将に十万の大軍を送って一気に鎮圧するよう断を下す。そして守時の前に立って言う。「赤橋…北条が富み栄えるは父祖代々の血と汗の賜ぞ。これを手放せと申さば今度は北条の内々で争いが起きよう…むつかしいのう…戦は好かんが…やむを得まい」
 そこへ鞠が転がってくる。庭で顕子たちが蹴鞠で遊んでいたのだ。高時は鞠を拾うと「あとはよしなに…」と一同に言って顕子たちと庭で蹴鞠を始めてしまった。それを尻目に、幕閣たちは作戦を話しあい始める。
 幕府が出兵を決めたことを知り、高氏は鎌倉に残る兵力を計算し始める。高師直は今回の出兵が第一陣で、第二陣が出発する時が鎌倉が手薄になる時だと進言する。高氏はそれまで楠木が持つかどうかが鍵だとにらむ。

 楠木正成は河内の千早城の建設を進めていた。山全体を城にしてここで持久戦を戦おうと考えていたのである。正成の妻・久子をはじめ楠木家の侍女たちも戦力として参加し、が彼女たちの訓練を行う。石は正成の命令で隠岐の後醍醐帝脱出作戦に参加することになっていた。
 花夜叉こと卯木が正成に高氏の言葉を伝える。足利家が動くならば勝機がある、それまで徹底してこの千早城で「負けぬ戦」を続けようと正成は言い、各地に進出していた一党を全員河内に引き上げさせる。「正季…気長にやるぞ、気長に」と正成は立ち上がり、立ち去り際に卯木に「何か食べていくが良い」とだけ声をかけていく。
 卯木は久子と二人きりで語り合う。正成の冷たい対応を「意地っ張りなのです」と謝る久子に、卯木は「分かります。私もそうですから」と答える。人を殺さねば殺されるという武士そのものが嫌になって芸人と駆け落ちし、駆け落ち相手が死んだ今でも家に戻ろうとしないのもそのせいだと。しかし今なぜかこうして楠木の一大事と戦の手伝いをしてしまっている、と卯木が笑うと、「やはりよう似ておられますな…卯木どのと我が殿はどちらも武門に向かぬお方じゃ。戦嫌いが戦をしておりまする」と久子はため息をつくように言うのだった。
 鎌倉から送られた幕府の大軍は、吉野山にこもる護良親王軍を攻撃、これを破るが、播磨では赤松円心が挙兵し、大和でも小豪族の挙兵が相次ぎ、京都周辺には戦乱の火が燃え広がっていった。

 そのころ、後醍醐天皇が流された隠岐では、密かに天皇脱出の計画が進められていた。側近の千種忠顕阿野廉子のもとにその計画実行が「明日の夜」であることを告げに来る。しかしもう一人の妃・小宰相には帝が直々に計画を告げると聞かされ、廉子は心穏やかではない。廉子は火桶を持って雪のなか後醍醐帝の行在所に向かう。外から部屋の様子をのぞき見ると、後醍醐と小宰相が抱き合いささやきあっている。小宰相が「ここを出たいとは思いませぬ…ここで帝のお子を産むのじゃ」と言うのを聞いて愕然とする廉子。後醍醐は小宰相に「大事は明日の夜…」にささやく。その様子に耐えきれなくなった廉子は持っていた火桶を庭の雪の中に投げつける。「誰ぞ!」と出てきた後醍醐は廉子に気づく。廉子は恨めしそうに帝を見つめるのだった。



◇太平記のふるさと◇

  隠岐。後醍醐天皇が一年近く住んだのが隠岐のどこであったのか議論があることを紹介し、行在所跡とされる二ヶ所を紹介する。



☆解 説☆
 
 ここ二、三回ほど、高氏を主役にするとこの辺りはしんどいな、と思わされる内容が続く。高氏周辺よりも正成や後醍醐の周辺の方がずっと面白く劇的な状況が続くからだ。高氏はそんな中で「決起」に向けてウジウジと悩んでいるばかりで主役としての魅力にはいまいち欠けるかも知れない。前にも書いたが、ホントに全編にわたって良く悩んでいる男である。
 悩む、と言えばいつも豪快な佐々木道誉が、珍しくこの回では悩んでいる。「先帝を殺せ」と言われてヤケ酒飲んでここまで悩んじゃうとは、いささか意外の観もある。高氏がそんな道誉に密かな決心を打ち明け「味方と思うておる」と言っているが、これは最終回でも「初めて会った時から友と思っていた」というセリフで繰り返されるように、高氏が道誉に意外なほど信頼を置いている証し。

 高氏が乞食の大軍に囲まれる幻想を一瞬見るシーンは、高氏が深層心理に抱えている悩みがそのまま視覚的に現れるという、ちょっと珍しい描写。それにしても奥州(しかも青森県地方)の乱の難民が鎌倉まで流れて来るもんなのかな?
 直義と海岸で語り合うシーンでは緒形拳の「遺言」シーンが再現されているが、このドラマではこうした回想場面のみの登場でも、何の断りも無しに出演者表示に大きな扱いで名前が載せられることになっている。おかげで回想シーンが多々挿入される最終回の出演者表示がやたらに豪華になるという現象も起こった。

 あくまで高氏が主役ということもあり、楠木正成の天王寺辺りでの戦いはほとんど省略。それでも武田鉄矢の正成が家臣達にあれこれと作戦を指示している場面などは野外ロケで撮影されている。特にドラマ前半戦において「なるべく太陽の下に出て撮影しよう」という姿勢があったようだ(「歴史読本」に載ったプロデューサー高橋氏のインタビューにそうある)
 この天王寺近辺の戦いは古典「太平記」ではかなり詳細に書かれている。六波羅から派遣された隅田・高橋の両名がまず大軍で出陣して小勢の正成に当たるが、正成はこれを奇計をもって破ってしまう。続いて関東の猛将・宇都宮公綱が小勢で出陣、正成は公綱に対しては用心して退却し、夜に大量の篝火と旗で山を埋め尽くし大軍に見せかける。今度はこれを見た公綱が大事をとって退却してしまう。結局一度も刃を交えない変な名勝負だ。
 このあと古典「太平記」では、正成が天王寺で聖徳太子が書いたという予言書「未来記」を読んだという話を書いている。「未来記」によれば「人王九十五代のときに東魚来たりて四海を食う。日西に没すること三百七十余箇日、西鳥来たりて東魚を食う」とあり、正成は一旦は敗れた後醍醐帝が再び返り咲くであろうことをそこから読みとって、心強く思う。このエピソードは「私本太平記」では正成が士気を鼓舞するために仕掛けた計略として登場している。
 この回でいよいよ千早城が登場する。見る限り赤坂城と同じ場所でのロケ。ただし赤坂城の時には映されなかった山上からのアングルも加わり、女性達も戦闘に参加しているところが異なる。この千早城の場面で正季が卯木に「姉上」と声をかけているが、「私本」では卯木は正季の妹とされていた。

 幕府の評定で守時が「三浦を滅ぼし、安達を滅ぼし…」と言うセリフは2001年の大河ドラマ「北条時宗」でも描かれた過程。恩賞にやる土地がない、というのはまさにモンゴル襲来後の鎌倉幕府が抱えた問題で、これが結果的に幕府の命取りになった。

 隠岐の場面では後醍醐天皇の居場所が「黒木御所」となっている。「ふるさと」コーナーでも紹介しているが、後醍醐天皇が隠岐のどこに滞在していたのかは島前の黒木御所と島後の国分寺の二つの説があって確定されていない。吉川英治も悩んだようで「私本」では両説の顔を立てて後醍醐が国分寺から黒き御所へと行在所を移動し、その後脱出するという折衷案で物語を展開していた。ドラマでは脱出前後しか描かれないので黒木御所のみが登場することとなった。