第六回「楠木登場」(2月10日放送) 
◇脚本:池端俊策
◇演出:佐藤幹夫


◎出 演◎

真田広之(足利高氏)

沢口靖子(登子)

陣内孝則(佐々木道誉)

柳葉敏郎(ましらの石)

高嶋政伸(足利直義)

宮沢りえ(藤夜叉)

赤井英和(楠木正季) 辻萬長(高師重) 
河原さぶ(南重長) 瀬川哲也(恩智左近) 
丹治靖之(木斎) 平吉佐千子(歌夜叉)
ストロング金剛(大男) Mr.オクレ(小男) 
高品剛(窪田光貞) 高尾一生(大平惟行) 佐藤信一(猿回し)
森喜行・鐘築建二・松井郁也(農民)
猪又太一・羽藤雄次(農民) 蔵木隆史(郎党) 楠野紋子(子夜叉)

樋口可南子(花夜叉)

大地康雄(一色右馬介)

片岡鶴太郎(北条高時)
 
勝野洋(赤橋守時)

藤真利子(久子)

稲川善二(赤橋家家臣) 上原恵子・石川佳代(侍女)
壬生まさみ・上原典子・山田弘恵・滝口優子(侍女)

若駒 ジャパンアクションクラブ KRC  わざおぎ塾 早川プロ
丹波道場 日光古式馬術保存会 足利市のみなさん 太田市のみなさん 日光市のみなさん

武田鉄矢(楠木正成)

藤村志保(清子)

緒形拳(足利貞氏)



◎スタッフ◎

○制作:高橋康夫○美術:稲葉寿一○技術:鍛冶保○音響効果:加藤宏○撮影:細谷善昭○照明:大西純夫○音声:岩崎延雄○記録・編集:津崎昭子 



◇本編内容◇

 高氏が無罪放免となって三日後、貞氏と高氏は赤橋守時邸へ挨拶に出かける。すっかり守時の妹・登子との「見合い」気分で浮かれている清子はあれやこれやと高氏の衣装に口出しする。その一方弟の直義は北条に頭を下げに行くことはないとふてくされて見送りもしない。市中に馬を進めながら貞氏と高氏は、今回の件は北条側に責任のあることだから向こうの態度次第では引き上げようと話し合う。
 赤橋邸に着き守時と顔を合わせると、守時は開口一番に今回の事件の北条の非を率直に認めて謝罪し、深々と頭を下げる。その誠意ある態度に貞氏と高氏は驚き、慌てて頭を下げる。そこへ登子も登場し、右馬介の冗談もあってなごやかなムードに。貞氏は庭に出て見事な盆栽を「よくここまで見事にお育てなされた」と登子のことも含めて守時をたたえる。守時は改めて登子と高氏の縁組みの話の承認を求め、互いに協力して幕府を正していこうと貞氏に語るのだった。
 二人きりにされた高氏と登子は、以前にも話した古今六帖の紀貫之の歌の写し間違いについて語り合う。「その後考えましたが、どちらでもよいのではないでしょうか」という高氏に、登子は「私もそう考えました…良かった、考えが同じで」と微笑む。

 そのころ花夜叉一座は鎌倉の佐々木道誉の屋敷に入っていた。道誉は藤夜叉が高氏の子供を身ごもったことを花夜叉から聞き、藤夜叉を屋敷にとどめて高氏に会わせてやると言い出す。そして花夜叉に日野俊基・資朝のいずれかが斬首というところで高時がなるべく話を丸く収めようとしていることを教えて「そう丸くおさめられてはわしの出番がない」と野心をのぞかせる。道誉は藤夜叉をそばに呼び寄せるが、その途端いきなり刀を抜いて床を貫く。床下には黒装束の一色右馬介が潜んで盗み聞きをしていたのだ。「曲者じゃ!」と道誉が騒ぎ、屋敷は大騒ぎに。この騒ぎに紛れて花夜叉は一座の木斎に「俊基・資朝いずれか斬首」との情報を楠木正成に伝えるよう命じる。

 所は変わって河内の国・水分(みくまり)。日野俊基に頼まれて楠木館を探すだったが、道に迷い腹も減ったので、ついつい近くの畑にあった大根を引き抜いてかぶりついていた。そこへその畑の主であるらしい農民風の中年男が近づいてくる。その後ろからその妻らしき女性と子供達が賑やかにやってくる。「人の畑のものを盗むくらいなら舌かんで死んでしまえ…うちの父(とと)がそう言っとったです…」と恥じ入り、自分も農民の子で武士に家族を殺されたこと、楠木正成をさがしていることなど支離滅裂にしゃべって謝る石。なぜか子供達は大笑いしている。
 中年男は自分も大根を引き抜いて「その大根はまずかろう…河内の大根はもそっとうまいのだがのう」とかぶりつく。女性が「栗はよう育ちましたがなぁ」と言うと子供達が「柿も!」と声を上げる。「おお、そうじゃ。柿の木に挨拶じゃ」と中年男は子供達を引き連れて柿の木に「お見事、お見事!」と声をかける。不思議そうに眺める石に、そばにいた女性が、ああやって誉めてやると実をたくさんつけるとの言い伝えがあるのだと教える。それを村じゅうの柿の木にやるのだと。「おかしいでしょ?」とその女性は笑う。
 そこへ「お方様!」と侍女らしき女が駆け込んでくる。「龍泉どのが左近どのと激論あそばされ…」と言うのを聞いたくだんの女性は石にも荷物を持たせて「楠木館へまいるのでしょう?案内いたします」と歩き出す。

 楠木館では「龍泉どの」と呼ばれている正成の弟・正季が自分達の港が北条に取られたと言って武装し、手勢を引き連れて今にも出撃しようとしていた。石を案内していた女性が「馬から降りなされ」とたしなめると、正季はしぶしぶ馬から降り、女性を「姉上」と呼んだ。女性の正体は正成の妻・久子だったのだ。思わぬ展開に石が戸惑うところへ、先ほどの農民風の中年男が子供達や農民達を引き連れて館にやってきた。この中年男こそが楠木正成その人に他ならなかったのだ。
 正成は水不足で苦しむ農民達に「雨乞いをやろう」と呼びかけ、子供達に「さよなら〜」と声をかける。そして「先ほどの大根泥棒どのはいかがなされた?」と石を館に招き入れる。石は日野俊基から預かった懐刀を正成に渡す。「無残よのぉ…俊基どのは何度もこの館に足を運ばれ、兄上に請われたのですぞ!」と兄に詰め寄る正季。しかし正成は「斬り合いをして米が一粒でも多く取れるか?瓜が山のように取れるか?人が傷つき、人が死ぬ。無益な事だ」と言うばかり。正成は石に「刀は預かるが、すぐにお返しする」と言い、「世の中はゆっくり変わるもんじゃ…良い世の中を見たければ長う生きねばならぬ」と俊基に伝えてくれと頼む。
 その時、空が暗くなりゴロゴロと雷鳴が響く。「おおっ」と喜ぶ正成は農民達と「雨乞いじゃ雨乞いじゃ」と出かけていってしまう。ポカンと拍子抜けしている石に、正季が「兄上はあの通りのお方じゃから…俊基どのを救う手だてがある。話に乗らんか」と声をかけてくる。

 鎌倉では流鏑馬(やぶさめ)が催され、高氏は事件後初めて執権・北条高時の前に姿を現す。高氏の腕前を誉める高時。高時は田楽や闘犬・白拍子を好む大名は謀反など考えないから「良い大名」と呼んでいると話す。佐々木道誉は「執権どのの戦を厭う平らかなお心が忍ばれまするな」とおべっかを使い、高時と笑い合う。
 その道誉が高氏を呼び止めて、藤夜叉が高氏の子を身ごもり、自分の館に来ていることを教え、会わせてやろうかともちかけてくる。驚いた高氏は藤夜叉に会いたいと右馬介に話すが、右馬介は登子との縁組みも近い今会ってはならないと諫める。「登子どのを嫁に迎え赤橋どのと手をたずさえて鎌倉を変えていければ…それも良いかと傾いていく…だがそれでよいのか?」と悩み悶える高氏。都で見たものが夢ではなかったことを確認したい高氏は、無性に藤夜叉に会いたいと思うのだった。



◇太平記のふるさと◇

 楠木正成の故郷・大阪府南河内地方。正成が生まれたとされる千早赤坂村から建水分神社などを紹介し、楠木氏が水利権を握って勢力を拡大した歴史を説明。正成が学問を修めたと言われる観心寺、この地方に数多くある正成像なども紹介。



☆解 説☆
 
 この回から数回にわたって、「高氏青春編」とでも言うべき、高氏、登子、藤夜叉、石がからんだ四角関係(?)のドラマが色濃く展開される。登子と藤夜叉のそれぞれに思いを抱きつつ、足利家の跡継ぎという立場と一人の青年としての立場の間で懊悩する高氏。ほんとドラマ全編を通していつも悶えるように悩んでばっかりいる人だったな。
 佐々木道誉が忍者ものではお約束の「気配察知+刀突き立て」を見せてくれる。道誉っていったい…と思わせてしまうシーンであるが、実は古典「太平記」後半戦でも道誉は忍者まがいの神出鬼没ぶりを発揮しており、そうムチャなシーンでもないと言えるのである。ま、面白けりゃそれでいいですけどね。ここは一色右馬介が黒装束の忍者姿を見せてくれる最初のシーンでもあるし、花夜叉が楠木正成と何らかの関わりがあることを初めてみせる場面でもある。

 石が河内に入り、いよいよ主役の一人とも言える楠木正成の登場。原作同様に実際の登場までに時間をかけて、観る側の期待を高めるテクニックを使っているが(「三国志演義」の諸葛孔明の登場方法もこの一例だ)、なにしろ正成役はあの武田鉄矢。どのような「正成」が登場するのか期待半分恐怖半分(笑)で待ち構えていたものだ。
 白状すると、最初に「楠木正成役に武田鉄矢」と発表された時は「あちゃー」などと言っていたものだ(笑)。いや、実のところ歴史・時代劇ファンの多くがそう思ったのではないだろうか。武田鉄矢が時代劇に出るのは決して珍しい事ではなく、大河ドラマ「徳川家康」での秀吉役など、印象的な演技も多かった。しかしおおむね天性の明るさと庶民臭さが売りで、いわゆる「カッコ良い」というものとは対極にある親しみやすいキャラクターが身上だった。「楠木正成」といえば古典「太平記」で描かれたように神出鬼没の、ほとんど神がかり的な策士であり、最後には負けると分かっている戦いに赴いて忠義に殉じた(玉砕のルーツのような気もする)悲劇の名将というのが一般的イメージだ。戦後になって「散所の長者」とか「悪党」といったややアウトローな新興勢力というイメージも広まったが、それでもやはり「カッコ良い」存在であったには違いない。その役に武田鉄矢、となると多くの人が「うーん」と言ってしまうのも無理はなかった。実際、武田鉄矢さん自身も話が来たときには「何を血迷って」と思ったという(笑)。「正成といえば高倉健さんとか緒形拳さんといった二の線でしょ」とはご本人の弁。

 しかし「武田正成」というのは結果的に制作側の狙いを見事に表現する形になったと思う。その狙いとは「楠木正成」の存在を神格化された名将という位置から引きずりおろし、血も涙もある親しみやすいキャラクターにすることで新旧の正成ファン層に受け入れられやすくし、ともすればデリケートな南北朝の歴史評価の論争から彼を解き放つことでドラマを描きやすくすることだったと思う。武田鉄矢の正成はその狙いを受けてかなり斬新と言うか驚くほどドンくさいオッサンとして姿を現した。ほとんど農民にしか見えない正成像は個人的にはやややり過ぎという感もあるが、もともと実態がほとんど不明の人物なのでどうにでも描ける自由度の高さがあり、そこがまた魅力でもある。これからいろんな正成像が映像で創られれば比較できて楽しいな、と思うところなのだが…。
 ドラマ「太平記」での正成像はいちおう吉川英治の原作に出てくる正成像をヒントにしている。吉川英治もまた戦前イメージの呪縛から正成を解き放とうと努力していて、「散所の長者」「悪党」としての性格を示しつつ、戦争を嫌う平和主義者として正成を描いた。これも戦前とは逆のベクトルで正成を無理に美化した嫌いも無くはないのだが、自分たちの生活を守ることを第一に考えて天皇に即座に呼応しないあたりは、それなりに現実味がある。ドラマの正成はその正成像をより極端にした印象を受けた。ただもう少し野心というか大望を見せるような場面があっても良かったかな。
 ちなみにドラマにある「雨乞い」は原作にも出てくる。しかし「雨乞いじゃ雨乞いじゃ」と農民達と踊るようなマネはしません(笑)。

 この一連の楠木館のロケシーンは太田市に建設された武家館を楠木館に見立てて撮影したもの。第一回では足利館として使用されたものをアングルを変えて山間部の豪族館の雰囲気にして撮っている。館から騎馬武者姿の正季が出てくるところなど、なかなか効果的だった。残念ながらこれ以後「楠木館」のロケシーンはほとんど登場しない(勅使として藤房が来るシーンのみ)。正成が挙兵時に館を焼き払ってしまっているからだ。

 鎌倉での流鏑馬シーンは日光市の馬術保存会の協力で撮影されたようだ。真田広之が馬を駆って弓を射る映像が短いながらもしっかり入っている。これだってさりげないけど難しいシーン。真田広之が演じているせいもあってか、ドラマ「太平記」の高氏はなかなかスポーツ万能である。