第七回「悲恋」(2月17日放送) 
◇脚本:池端俊策
◇演出:榎戸崇泰・佐藤幹夫

◎出 演◎

真田広之(足利高氏)

沢口靖子(登子)

萩原健一(新田義貞)

陣内孝則(佐々木道誉)

柳葉敏郎(ましらの石)

高嶋政伸(足利直義)

宮沢りえ(藤夜叉)

ストロング金剛(大男) Mr.オクレ(小男) 
河原さぶ(南重長) 高品剛(窪田光貞) 
高尾一生(大平惟行) 山崎栄(重臣)

大地康雄(一色右馬介)

勝野洋(赤橋守時)

児玉清(金沢貞顕)

サード長嶋(魚売り) 小池幸次(車夫) 山崎海童(寺男)
石川佳代・壬生まさみ(侍女)

若駒 ジャパンアクションクラブ KRC 
鳳プロ 早川プロ 国際プロ 丹波道場 園田塾 
劇団ひまわり 劇団いろは 太田市民劇団 足利市のみなさん 太田市のみなさん

フランキー堺(長崎円喜)

緒形拳(足利貞氏)



◎スタッフ◎

○制作:高橋康夫○美術:稲葉寿一○技術:鍛冶保○音響効果:藤野登○撮影:杉山節夫○照明:森是○音声:松本恒雄○記録・編集:久松伊織



◇本編内容◇
 
 正中2年1月、奥州の戦乱は依然としておさまる気配もなく、鎌倉の町には奥州から戻ってくる敗残の兵士たちが帰って来るばかり。人々はその様子を見て幕府の衰えを噂しあう。それを聞いてほくそ笑むだったが、一座の大男・小男のコンビから藤夜叉が妊娠したことを知らされ衝撃を受ける。
 一方、高氏も藤夜叉に会いたいと悶々としていた。右馬介は藤夜叉の存在を父・貞氏だけには伝えており、貞氏は登子との縁談が進んでいる今、無益なことはつつしめと右馬介を通して高氏を止めさせる。右馬介は藤夜叉のことは自分に任せてほしいと高氏に言う。
 そんなところへ長崎円喜が単身足利邸へやってくる。先日の遺恨から「斬る」といきまく直義。しかし貞氏は家を上げて出迎えるよう指示を出す。高氏も出迎えのために立ち上がると、直義は「そうら立った!そうやって兄上は北条から嫁を取り、北条にとりこまれてお行きになるんじゃ!」と吐き捨てるように言う。高氏が黙って立ち去ると、直義は「ああでも言わねば…兄上は少しのんびりされておるからの」と右馬介につぶやくのだった。
 貞氏らのあいさつを受けた円喜は、今回の訪問は赤橋家と足利家の縁組の確認に来たものだと言って、祝いの言葉を述べる。その上で、実際の本題を 切り出した。奥州での乱が北条の軍勢だけでは押さえ切れぬ情勢となっているので、足利家・小山家を初めとする北関東三国の武士に兵を出してもらいたいと言 うのだ。「お身内の足利家には6000ばかりの兵を出して欲しい」と言う円喜に、貞氏は準備に2、3カ月はかかると言って遠回しに断ろうとするが、円喜は 「お待ちいたそう」とにべもない。
 円喜が立ち去った後、貞氏は「長崎殿は勝手なおかただ…」とつぶやく。「なぜ断れませぬ」と問う高氏に「お身内と言われてはの」と貞氏。「で は身内にならねばよい…登子どのとのことは無かったことに」と高氏は言い出すが、「そうはいかぬ」と言って貞氏は立ち去る。「なにゆえでございます!」と 叫ぶ高氏。

 佐々木道誉の屋敷では藤夜叉が手紙を書いていた。そこへ石が忍び込んでくる。石は藤夜叉が高氏の子を宿したことを花夜叉から聞き出しており、藤夜叉が高氏に手紙を書いているのだと思ってなじる。「足利は親の仇だ」と言う石に藤夜叉は「もやもやしていたけど…やっぱりあの方が好きなんだと分かったの。忘れないように子どもができたんだって」と 自分の気持ちを打ち明ける。手紙は石の仇を好きになってしまったことを石に謝るものだったのだ。しかし石は高氏が近々北条の姫と結婚することを藤夜叉に告 げ、「北条の天下も長くは続かない、そうなったら足利などひとたまりもない」と諭す。高氏の結婚を知って藤夜叉は「ここにいてもしかたない…連れて逃げ て」と石に言う。
 石は藤夜叉を連れて佐々木屋敷を脱出しようとするが、佐々木家の武士達に発見されてしまう。斬り合いになったところへ、黒装束に身を包んだ一 色右馬介が現れ、二人を救い出す。石より先に屋敷から逃れた藤夜叉の目の前に、白馬にまたがった高氏が現れた。高氏は藤夜叉を抱き上げて馬に乗せ、そのま ま走り去る。「このまま…都へ帰りたい…帰ってしまいたい…」高氏の胸に抱かれて夢見心地の藤夜叉。
 
 海岸について高氏は藤夜叉と生まれてくる子を足利家に引き取りたいと切り出す。しかし藤夜叉は「高氏さまが姫君を迎えるのを見たくない…側女としてお情けにすがるのも嫌です!」と拒絶し、「一緒に都へ…」と 高氏に懇願する。思いがつのって激しく抱き合う二人。「一緒に行けぬと申したら子はどうする?」と問う高氏に藤夜叉は「一人で育てます」とキッパリと答え る。「都の思いは同じぞ」と言う高氏だったが、そこへ石が現れ「足利の言うことなど聞くでないぞ」と藤夜叉を高氏から引き離す。高氏は「明日、ここで…」 と言い残して去っていく。

 高氏が足利邸に帰ってくると新田義貞が出てくるのに遭遇した。今度の奥州出兵で出陣することになったので挨拶に来ていたのだ。義貞は「我が新田は足利殿と違うて貧乏御家人。これから新田庄に帰り、田畑(でんぱた)売って戦に備えねばなりません」と言い捨てていく。
 家に入ると、貞氏は関東の地図を眺めていた。「新田殿は何を…?」と問う高氏に、貞氏は扇を開いて地図の北関東に置き、扇のかなめが鎌倉に来る ようにする。それはまるで北関東に集まった軍勢が鎌倉に殺到するようにも見える。「新田殿はそれを?」と聞くと「何も言わん。腹を探りに来たのだろう」と 貞氏は言う。北条への挙兵も考えつつ北条との縁組を進める父の気持ちが分からず高氏はついに激昂する。
「父上は何を考えておられる!その次第では高氏にも覚悟がございます!」と詰め寄る高氏に、貞氏は逆に問う。「覚悟とはどの覚悟だ…北条と戦う覚悟か?…登子どのを迎える覚悟か?…戦も家も捨ててどこぞの白拍子と夢のごとく生きていく覚悟か!?どの覚悟だ!」い つになく厳しい父の口調に高氏はひるむ。貞氏は落ち着いた口調に戻り、「覚悟は難しい…」とつぶやく。自分が動けば足利家が動き、そこにはその家族も含め た万の数の命運がかかっている。その責任を貞氏は息子に語る。「赤橋殿と力をあわせて戦もなく幕府を正せていけるなら、登子殿は救いの神だ」と貞氏は縁組 の意義を高氏に諭す。「わかっていることは…わしもそなたも足利の棟梁として生を受けたということだ。それから逃れることはできぬ」との父の言葉に、高氏は自分に負わされた重い宿命を思い知るのだった。

 北関東御家人への奥州出兵要請に対する批判は幕府内にもあった。金沢貞顕は関東に足利などの大軍を集めることの危険性を論じ、赤橋守時はそもそも北条の不始末が乱の原因なのだから北条だけで処理すべきと主張する。やむなく円喜は今回の出兵要請を取り消すことにする。
 帰宅した守時は妹の登子に、高氏との結婚の日取りが決まったことを告げる。「同じ鎌倉の中だが、ずいぶん遠くへやるような気がする」とつぶやく守時。「この鎌倉を戦から守るのはそなたとこの守時になるやもしれぬ。頼むぞ、登子」と守時は妹に言うのだった。

 その日の夜、高氏は藤夜叉と約束した海岸へと馬を走らせていた。「夢の覚めぬうちに…高氏さまと都へ帰りたい…」という藤夜叉の声が高氏の心の中に響いていた。



◇太平記のふるさと◇

 東京都青梅市の吉川英治記念館。夫人の吉川文子館長、ドラマの原作となった「私本太平記」の生原稿などを紹介。



☆解 説☆

  出演者もあまり多くない、密度濃く続いたドラマの息抜きのようなラブロマンス主体の回。全編にわたってこのドラマ中白眉の名曲「はかなくも美しく燃え」 (藤夜叉のテーマ)のメロディが美しく奏でられる。青春まっただなかの高氏が「足利家棟梁」という責任ある立場に次第に目覚めていく、成長過程を描く回で もある。

 この回のラブロマンス以外の要素は奥州への出兵要請をめぐって様々な思惑が駆け巡るあたりだが、結局中止になってしまっていることも あって史実とは思われない。出兵を命じられた義貞が「田畑(でんぱた)売って備えねば」と言っているあたり、当時の中小御家人の切迫した経済状況がしのば れるところだ。基本的に鎌倉時代の戦争は各御家人の「手弁当参加」であり、必要経費はすべて自腹で賄わなければならなかった。戦争で功績を上げ恩賞をもら えることが前提であるわけで、戦争となると必要経費を調達するために土地を担保に借金をしたり土地を売り払ったりしなければならないことも多かった。「蒙 古襲来」後このバランスが崩れていったことは第十回のプレタイトルでも解説されている。

 それにしても義貞は「足利殿と違って貧乏御家人」ってセリフをイヤミったらしく何度も言ってくれますね。これは高氏のライバルとなる義貞がスタートラインで高氏と大きな差があったことを強調するためのセリフなんだろうけど。
 実は萩原健一の新田義貞はこのシーンで見納め。確か持病の中耳炎が悪化し、治療に専念したいから、というのが発表されていた降板理由である。萩 原健一の義貞はこの回でも見られるようにやや「陰謀家」めいているのだが、第17回で久々に、しかも根津甚八に変身して再登場するとかなり純粋な田舎武士 という雰囲気に変わっている。あのまま「陰謀家」的義貞だったら、中盤以降の尊氏との対決はまた違った盛り上がりを見せていたかもしれない。

 佐々木屋敷から逃げ出した藤夜叉を高氏が馬に乗せて走り去るシーン、モロに「白馬に乗った王子様」な んだよなぁ(笑)。夜の闇の中を白馬が駆け抜ける、とても幻想的な映像でラブロマンスを盛り上げていた。引き取るという高氏に藤夜叉はハッキリ「側室なん て嫌だ」と断り、「子どもは一人で育てる」と毅然と答える。それまでなんだか危なっかしい演技を見せていた宮沢りえがここから俄かに見ごたえ十分になって くる重要なシーンだが、史実としてはどうだったのか、全く分からない。
 「藤夜叉」のモデルは尊氏の庶子・直冬の母「越前の局」である。名前以外何も情報の無い女性で、古典『太平記』によれば「尊氏がたった一夜だ け忍んで関係をもった」という。子の直冬がその後なかなか尊氏に認知されず、弟の直義の養子となって尊氏と戦うという数奇な運命をたどることなどから、か なり身分の低い女性だったのではと推測される程度だ。尊氏と「越前の局」の出会いは直冬の年齢などを考えると登子との結婚前になると考えられ、それが多く の作家たちの想像力をかきたて、吉川英治は「藤夜叉」という白拍子を創作し直冬の母としたわけだ。ドラマも吉川英治の創作にのっとった形だが、そのストー リー展開はほぼオリジナルとなっていて原作と異なりドラマ中盤で死んでしまうことになった。
 なお、ドラマには登場しなかったが高氏は登子と結婚した同時期に加子六郎の娘を側室に迎えて、登子が義詮を生むより先に「竹若」という子供を 産ませている。この竹若は高氏が幕府に反旗を翻した際に逃げそこねて自害することになった悲劇の子なのだが、小説などでもあまり取り上げられずドラマでも 完全に無視され、より悲劇性が増しているような…。

 貞氏が高氏に「足利の棟梁」としての責任を語る場面、武将もの時代劇では定番とも言える「父と子の対話」シーンだが、この場面は珍しく 貞氏が厳しい一面を見せ見ごたえがある。「どこぞの白拍子と…」のセリフで一喝し、直後に「覚悟は難しい…」とシュンとなる演技は圧巻だ。第9回の家督引 き継ぎシーンと合わせて緒形拳の見せ場の一つ。
 守時が登子に言う「鎌倉を戦から守るのはそなたとこの守時になるやも」のセリフはその後の運命を知っているとグサッとくるところ。守時役はこのドラマでは実に美味しい役どころでありました。