☆マンガで南北朝!!☆
沢田ひろふみ・著
「山賊王」

(2000年〜2009、講談社「マガジンGREAT」連載)


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◎少年誌長期連載の南北朝大河漫画

 連載が始まったのはギリギリ前世紀の2000年。現時点で実に8年間も連載されている、少年誌としては異例の長期連載作品です。もっとも連載されている「マガジンGREAT」(月刊少年マガジン増刊)は隔月発行の雑誌で、一回およそ50ページが載るとはいえ、読者が読めるペースはおっそろしく遅いことになってしまいます。連載8年目の2008年6月現在でようやく鎌倉幕府滅亡寸前、と聞けば、そのスパンの長さがわかるでしょう。
 実は僕も連載開始後まもなくこの漫画の存在に気づいたんです。「あれ、足利高氏が出てるぞ」と驚いたのですが、掲載誌がめったにみかけない(隔月である上に置いてくれない書店も多い)こ ともあって、それっきりチェックを怠っていました。ようやく全巻を買って一気に読みとおしたのは実に今年になってからのことです。現時点で全11巻、計 2200ページ超えという内容は、このコーナーでとりあげた全南北朝漫画中最大のボリュームです。それでもまだ鎌倉幕府が滅亡してないんですから(驚)。

 作者の沢田ひろふみさんは源平合戦を描いた「遮那王義経」を月刊マガジンに連載しており、それと同時並行(こちらのほうがペースは遅いですが)で 南北朝時代を描くという、少年向け漫画家としては異例の執筆活動を続けています。正直なところよくこんな企画が少年漫画誌で実現したもんだと思うばかり。ストー リー的にはどう考えても10年はかかるとふんでスタートしたはずで、作者もさることながら編集部がそうとうに腰を据えた態勢をとっていることがうかがえま す。
 大人向けの雑誌の企画ならわからないではないんです、といってもその例すらつい最近までなかったわけですが…それを少年誌、とくに雑誌の対 象年齢が明らかに小中学生と思われる雑誌で「南北朝大河漫画」をやってしまったというのは大英断というか大暴挙というか。しかも10年計画となると読者の ほうも読み終わる頃には大人になってしまうという、とんでもない事態(笑)。少年少女読者の反響については知らないのですが、これは読む方も大変です。


◎見事に「少年マンガ」している南北朝

 大人向けですらなじみのうすい「南北朝」(厳密には鎌倉末期ですけど)を、どうやって少年読者に提示するか。これは作者も編集部も相当に頭を使ったのではないかと思います。手法としてとられたのはよくあるやり方ではありますが、架空の少年ヒーローを仕立てて「狂言回し的主人公」に使う、というやり方でした。それがこの漫画の主人公・樹長門(いつき・ながと)というわけです。長門は少年ながら知恵にあふれ、作戦をたてる名手という設定で、正成と出会うことでさらに磨きをかけた天才軍師へと成長していきます。

 さらに―これがいかにもゲーム世代の少年マンガ的なギミックなんですが―オカルト・ファンタジー要素を大きくとりこんでいます。北条氏に仕える陰陽師・土御門と、怪僧・文観が天下を変える力を持つ「五行の星」の存在、その五行の星を結びつける中心の星となる男がいるということをつきとめる。主人公・長門の父がこの「中心の星」と思われて北条高時に捕らわれ殺されてしまいますが、実は長門こそが「中心の星」であった、ということで話が始まります。長門の家には「ダマスカスの剣」なる蒙古襲来のときに伝わったイスラム刀があり、ピンチになると長門がこれを抜いて絶大な力を発揮する―ってあたりもいかにもファンタジーRPG的です。
  長門と「五行の星」の男たちには体のどこかに星型のあざがあり、長門は彼らの結集をはかって北条打倒をめざす、というのがストーリーの骨格になってます。 明らかに「八犬伝」をヒントに味付けしてるわけですね。「五行の星」にあたるのが誰なのかは巻を追うにつれ明らかになっていくのですが、それは楠木正成足利高氏(尊氏)新田義貞護良親王赤松円心の五人。名和長年(長高)も登場しますが気の毒にも「星」には数えてもらってません。
 
  この五人、割と早く出そろうのですが、やはり出色の存在感を誇るのは楠木正成です。この漫画では「悪党」という存在が一種の自由民として描かれていて、そ のリーダーである正成は初登場時から酒と女が大好きなかなりヤンキーかつファンキーな面白キャラに描かれます。もちろんキメるときはビシッと決めるオジサ ンで、この漫画をいきなり読んだ少年少女はただちに正成ファンになっちゃうであろうなぁ、というぐらいカッコいい。後醍醐天皇に笠置に呼び出され、そこで例の「南の木」の夢の話を聞かされて、感激するどころか「嘘…でございましょ?」と身もフタもなくツッコむところなんか最高(笑)。赤坂・千早の戦いも「太平記」の記述をより少年マンガ的に面白くしながら盛大に描かれます(もともとマンガみたいな話ですしね)。笠置落城と後醍醐隠岐配流も「戦略のうち」という設定になってるところはいかにも少年マンガで、さすがに大人の目線では無理があるような。
  ほかに変わったところで護良親王が女と見まがうほどの美青年キャラ。「女みたい」と言われるとブチ切れるという怖いキャラでもあります(笑)。この護良も 「五行」の一人ですから活躍はかなり詳しく描かれ、「太平記」でおなじみの村上義光父子の壮烈な戦死シーンも描かれてます。
 赤松円心はイメージ通り(笑)。この人が正成並みに大きく扱ってもらえるというのは南北朝マニアとしては嬉しいところです。
 足利高氏はまだキャラが読めないといいますか(8年もたってるのに)…やはり内にこもって悶々とするタイプという感じですね。一方の新田義貞はかなり快活な好青年キャラになっていて対照をなしています。

  後醍醐天皇はいまのところ非常に聞き分けの良い「名君」「聖天子」な感じです。その一方で側近の文観は思いっきり不気味キャラに描かれてますが…。また少年マンガ的にわかり やすくということのようで、北条氏連中は北条高時をはじめそろって典型的極悪人キャラになっていて、行動もかなり極端にワル。なんか「北斗の拳」みたいだ な、と思ったところもあります。さすがに赤橋守時だけは例外のようですが。
 

◎今後の展開に注目!

 この漫画、まだ当分終わる様子がありません。内容的には少なくともあと2年はかかると僕はふんでます。もしかしたらもっとかもしれない。そんなわけで作品全体の評価はまだできないのですが…

 主人公・樹長門、その親友の小夜叉とその姉・ナツメの 架空キャラのメイン三人が、全国で暗躍して倒幕運動を盛り上げていく展開になってまして、毎回毎回さまざまな試練が彼らを襲ってそれを巧みな知略により解 決していくという、少年マンガらしいわかりやすいストーリーがここまで語られているのですが、「その後」を知る読者としてはそれがいずれ破綻することは容 易に予想できます。幕府を倒すところまでは一致団結していた仲間が、その後敵味方に分かれて戦うことになるのは明白です。そこらへんをどう処理するのか、 作者が最初から考えていないはずはなく、すでにいくつか伏線を張っている気配もあります。楠木正成と「悪党」をメインに描くこの作品としては湊川の戦いが最後のクライマックスになるのでは、との予想もできます。

 ところが最新の10・11巻を読むと、初登場時からいきなり大物キャラになった千寿丸(足利義詮)が 今後の展開の鍵を握っている可能性が強くなってきました。また、チラッとしかでてこないんですが、どうやら足利直冬の母親となるらしき白拍子の美少女がすで に登場しており、この両者が架空キャラたちを交えて対決する構図になるんじゃないか…という予感もあります。それと、深読みかもしれませんが、足利直義が いまだ登場していないのが気になります。もしかしたら作者は「観応の擾乱」まで視野に入れて構想を練っているのでしょうか…だとしたらあと何年かかるん だ?

 ともあれ、少年向けに「南北朝ワールド」を読ませるためにさまざまな工夫を凝らし、それは僕の見る限りではかなり成功していると思 います。まぁすでに南北朝マニアの僕が喜んでるだけかもしれず(笑)、これをリアルタイムで読んでる小中学生の感想を聞いてみたいところです。

<2012年4月 追記>

 「山賊王」は2009年に無事その連載を終え、秋には単行本最終巻第13巻が発売されました。さすがにその後の南北朝動乱まで描いていたらキリがないということで、作者も「ここで完結」と想定していた鎌倉幕府の滅亡で物語の幕を閉じました(だから厳密には南北朝時代に入らず終わったことになります)。終盤は足利尊氏の六波羅攻めと新田義貞の鎌倉攻めがカットバックの同時進行形式で描かれて大いに盛り上がり、物語は主人公・樹の仇討が達成されるという形で大団円を迎えます。高時の少年漫画的非道の極地の悪役っぷりは最後の最後まで堂に入ったものでありました。

 かくして「星」のついた武将たちが力を合わせて悪の鎌倉幕府は滅び、建武の新政の時代を迎えるという一応のハッピーエンドになります。 ただし作者は「その後」のこともにおわせるエンディングにすることを忘れませんでした。楠木正成・新田義貞・赤松円心・名和長高(年)の体についていた星 のアザは幕府が滅亡すると「使命は達成された」とばかり、そろって消えてしまいます。ところがただ一人、高氏だけは消えていない。「これは俺にはまだ使命 があるということか?」と運命に恐れを抱く高氏の姿が描かれています。正成たちは恩賞もたっぷりもらってメデタシ、メデタシな感じのまま終わるのですが、 主人公の樹たちは仇討を果たして正成と別れて故郷に帰って「安全圏」に逃げてしまいますし、「その後の悲劇」については読者ご自身でお調べください、とい う形になっています。上の文中で触れたように直冬の母としか思えないキャラも出ていたのですが、それっきりになります。

 あとがきによるとこの漫画の正成はやっぱり人気があったみたいですね。10年近くにわたる長期連載、一応作者の想定したエンディングをちゃんと迎えられた点など、幸福な作品だなと思う次第です。

◆おもな登場人物のお顔一覧◆
漫画の性格上、幕府方の武将がかなり出てくるんですが、ここでは割愛。
皇族・公家

後醍醐天皇護良親王日野俊基文観万里小路藤房




千種忠顕

北条・鎌倉幕府



北条高時赤橋守時長崎高資
足利・北朝方


足利高氏(尊氏)足利貞氏
千寿丸(足利義詮)赤橋登子赤松円心
新田・楠木・南朝方

楠木正成楠木正季樹長門ナツメ小夜叉
新田義貞脇屋義助名和長高(長年)

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