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「女探偵ドロテ」(長編)
DOROTHÉE DANSEUSE DE CORDE
初出:1923年1月「ル・ジュルナル」紙連載 同年8月単行本化
他の邦題:「妖魔と女探偵」(ポプラ)「綱渡りのドロテ」(創元)

◎内容◎

 綱渡りを得意とする美しき踊り子、イザベル=ヨランド=ドロテは、戦災孤児の少年たちからなる小さなサーカス一座を率いて各地を旅していた。父親が死の間際に 口にしていた「ロボレー」の名がつく城を訪れたドロテは、この城で「In Robore Fortuna」という謎のラテン語が書かれたメダルの存在を知る。そのメダルはドロテたちの先祖の侯爵が残した莫大な財宝の隠し場所の手がかりだったのだ。 明晰な推理力で謎を解いていくドロテに、財宝を狙う怪人物の魔の手が迫る。200年後の復活を予告して眠りについた侯爵の遺言、家伝のメダルを手に世界各地から集まって来た侯爵の子孫たちとがからみあい、ドロテと少年たちの大冒険が展開される。



◎登場人物◎(アイウエオ順)

☆アーチボルト=ウェブスター
フィラデルフィア出身のアメリカ人青年。母方がフランス系。

☆アムルー
ペリアックで宿屋を営む未亡人。

☆アントワーヌ=デストレイシェ
初めは「マクシム」の偽名を名乗る。元軍人だがいくつもの犯罪を犯して身分を偽って活動。莫大な財宝を狙って暗躍する。

☆ヴォワラン
金貸し。ダヴェルノワ男爵に金を貸し、その質に土地を奪い取ろうとする。

☆オクターブ=ド=シャニー
ロボレー城を所有する伯爵。

☆カストール
ドロテサーカス団にいる10歳前後の少年。ポリュックスともども以前の記憶を失っている。

☆クロベレフ
ロシア人。黄金のメダルの一つをもちフランスにやってくる。

☆ゴリアテ
ダヴェルノワ男爵の愛犬。

☆サンカンタン
別名「サンカンタン男爵」。ドロテサーカス団にいる15歳の少年で、手癖が悪い。

☆ジェシー=ヴァレンヌ
ドロテの母。名前のみ登場。

☆ジャン=ダルゴンヌ
ドロテの父。ダルゴンヌ大公・マレスコ伯爵。何者かに毒殺される。

☆ジュリエット=アジール
ダヴェルノワ男爵の若い時からの女友達。

☆ジョージ=エリントン
ロンドン在住のイギリス人青年。

☆ジョフロワ
18世紀、ボーグルバル侯爵に仕えた召使。

☆ジョルジュ=ダベルノワ
ラウールの父。ヴェルダンの戦いで戦死。

☆ダベルノワ男爵
ラウールの祖父。

☆ド=シャニー伯爵夫人
ロボレー城主オクターブの夫人。

☆ドミニック
ド=シャニー伯爵の召使。

☆ドラリュ
ナントの公証人。

☆バルビエ
18世紀の公証人。ボーグルバル侯爵の遺言書を作る。

☆ボーグルバル侯爵
18世紀の貴族でフルネームは「ジャン・ピエール・オーギュスタン・ド・ラ・ロッシュ」。200年後の再生を予言して薬で眠りにつく。

☆ポリュックス
ドロテサーカス団にいる10歳前後の少年。カストールともども以前の記憶を失っている。

☆マルコ=ダリオ
ジェノヴァ在住のイタリア人。

☆モンフォーコン

ドロテサーカス団にいる5歳の少年。大人の軍服を着て「隊長(大尉)」と呼ばれ、一座の道化役。

☆ヨランド=イザベル=ドロテ
小さなサーカス団を率いる20歳の美女。綱渡りを得意とする踊り子だが、実はアルゴンヌ公女。

☆ラウール=ダベルノワ
ドロテの従兄弟にあたる青年。ひそかにドロテに恋する。


◎盗品一覧◎

◇ボーグルバル侯爵の財宝
インドから侯爵が持ち込んだ大きなダイヤモンド4つ。


<ネタばれ雑談>

☆ルパンは出てこないけど…

 『女探偵ドロテ』モーリス=ルブラン『八点鐘』に 続いて発表した長編小説で、発表の場はかつてルパン・シリーズの長編が掲載された新聞「ル・ジュルナル」だった。第一次大戦が終わってフランス国内もよう やく落ち着きを取り戻した時期に、ルブランがかつてのルパンシリーズのような血わき胸おどる冒険推理小説の復活を目指したかと思われるような明るく楽しい 傑作だ。

 日本での翻訳はやはりムッシュ・ルパン訳者保篠龍緒によって最初になされ、「ドロテ」の邦題で1927年(昭和2)に刊行されている。その後も保篠版ルパン全集に「ドロテ」の題名で収録され続け、1956年(昭和31)の鱒書房版ルパン全集から「女探偵ドロテ」の邦題になっている。その後南洋一郎による児童向け、ポプラ社版「怪盗ルパン全集」の一冊として1971年(昭和46)に「妖魔と女探偵」の題で収録された。偕成社版の完訳「アルセーヌ=ルパン全集」では当初とりこぼされたが、1986年(昭和61)に同全集の別巻1として長島良三「女探偵ドロテ」が刊行されている。
 以上のように日本では保篠以来「女探偵〜」の訳題が多いのだが、原題DOROTHÉE DANSEUSE DE CORDE「綱渡りの踊り子ドロテ」と訳される。この原題を生かしたのが偕成社版と同じ1986年に出た創元推理文庫版の三好郁郎「綱渡りのドロテ」で、僕はこの訳で最初に全訳を読んでいる(全訳でないものなら南版で最初に読んだ)。 個人的にはこの三好訳が訳題もよし、ドロテや子供たちのセリフも可愛く少女少年冒険小説として読みやすい訳文もよしでお気に入りなのだが、残念ながら現在絶版で入手はかなり難しい。南 訳ポプラ社版も現行の「シリーズ怪盗ルパン」では「妖魔と女探偵」を除外したため、現在この小説は偕成社版でしか読めない状況だ(もちろん偕成社版も読みやすくこなれた全訳には違いない、とフォロー)

 この作品にアルセーヌ=ルパンは登場しない。主人公は20歳の美女(というより美少女か)ヨランド=イザベル=ドロテで、旅芸人の踊り子にして実は大公令嬢のお姫様、おまけにずば抜けた推理力と行動力とを持ち、何をやらせても超一流というスーパーキャラクターだ。しばしば指摘されるようにまさに「ルパンの女性版」である。もちろん泥棒や悪事はいっさいしない、身も心も麗しい可憐な美少女であると同時に、孤児たちにひたすら慈愛を注ぐ母親のような存在でもある。
 第一次大戦後、『虎の牙』フランス語版の発行によりルブランとしてはルパン・シリーズにひとまずケリを付けたつもりだったのだろう、『三つの眼』『驚天動地』といったSF大作も手掛け、映画のノヴェライズ『赤い輪』を発表するなど創作の幅を広げている。ルパン・シリーズである『八点鐘』にしても最初はルパンシリーズとして構想したものではなかった可能性もある。ドロテという魅力ある新主人公の冒険を描くこの小説も、そうしたルブランの姿勢の一環と見ることもできるだろう。

 ところがこの小説、最初からそう意図したかどうかは不明だが、ルパン・シリーズと設定にリンクがあり世界観を共有している。物語を貫く財宝のありかを示した謎の言葉「In Robore Fortuna」は、ルブランの次回作にしてルパン・シリーズの年代的に最初の物語となる『カリオストロ伯爵夫人』の中で、王妃マリー=アントワネットから教えられカリオストロの鏡に書かれたフランスに伝わる財宝のありかを示す四つの言葉の一つとされているのだ。四つの言葉は『カリオストロ伯爵夫人』『奇岩城』『三十棺桶島』そして『女探偵ドロテ』で解決される仕掛けで、「ドロテ」の物語はルパン物語と同じ作品世界であることが作者により明白に示されている。このためルパンは登場しないが「準ルパンシリーズ」と位置付けられている。やはりシリーズに入れられることが多い『ジェリコ公爵』よりはずっとシリーズ入りの要件を持っているのだ。

  ただ僕自身はルブランは最初からそのつもりではなく、『カリオストロ伯爵夫人』構想中に「ドロテ」を含めた各作品をリンクさせることを思いついた可能性が 高いと感じている。あのルパンが、謎の言葉を全部知る立場にありながら、この「In Robore Fortuna」の謎解きには一切かかわらない。『三十棺桶島』につながる「ボヘミア諸王の敷石」の謎を調べるためにボヘミアまで行ってるらしいルパンが この件に一切首を突っ込んでないのは明らかに不自然で、これがルブランが「ドロテ」執筆のあとでリンクを考えたと推測する理由となっている。


☆本当にルパンは出ていないのか?

 ここで気になるのが「ドロテ」中に登場するキャラクター、ラウール=ダベルノワの存在だ。作中とくに活躍するわけではないのだが、主人公ドロテに思いを寄せるサブ主人公的な位置づけにある青年であり、なんといっても名が「ラウール」である。シリーズでルパンが「ラウール」を名乗ったのは『女王の首飾り』で語られる少年時代が最初で、つまりこれが本名ということになる。『カリオストロ伯爵夫人』で20歳のルパンが「ラウール=ダンドレジー」と名乗り、以後発表された作品でもしばしば「ラウール」の名で登場する。このため「ドロテ」に登場する「ラウール」も実はルパンなのではないか…という説が昔からある。
 この小説を最初に訳した保篠龍緒がすでにそうした解釈を取っていた。南洋一郎も同様の解釈をし、「ドロテ」を原作とする『妖魔と女探偵』でもほんの一部だがラウールの正体がルパンにしか見えない改変をくわえ(とどめのように南がルパンによく使う「スーパーマン」という表現がラウールに対してもされる)、自身の解説でも「ラウールがルパンのような気がしてならないのだ」と書き記している。偕成社の訳を担当した長島良三氏も解説で同様の解釈を書いている。

  ただしこれまでルパンに慣れ親しんだ読者からすると、本作のラウールくんはとてもルパンとは思えない…というのが本音だろう。ルパンなみの能力をもつドロ テの前でかすんでしまっている面もあろうが、誠実ではあるがまるで役に立たない内気な青年で、女性に対しても思いは寄せつつもほのめかすばかりで、積極性のかけらも ない。むしろ敵であるデストレイエシェのほうが変装はするし神出鬼没だし悪事はするし女性にも積極的だし(笑)で、よっぽどルパンっぽい。いや、実際僕も 南版での初読時に、途中までデストレイシェがルパンなんじゃないかと思っちゃったものだ。もっととんでもない想像では「実は女装!?」というのもあった んですが(笑)。

 「ドロテ」の設定年代は作中に明記があり、1921年と確定できる。さてその年といえばルパンは何をしていたか?この2年前の1919年にルパンは『虎の牙』の冒険をしており、その後の「モーリタニア帝国」の処理のために1年以上は時間をついやし、ようやくフランスに戻って来て楽隠居をきめこんだころ。そういう事情もある上に1874年生まれのルパンはこの年47歳である。20代前半としか思えないラウール=ダベルノワに変装するのはさすがに無理なんじゃない?と思うわけ。確かにルパンは変装の名人ではあるが、実年齢よりあまりに若い変装をみせたケースは記憶にない。『ウネルヴィル城館の秘密』で40歳ぐらいのルパンが「今日は君のために、僕は二十歳だ」なんて名セリフを吐いたこともあるが、これはルブランが書いたものじゃないし。またラウール=ダベルノワの祖父や父親も存在しており出自もはっきりしていて、ルパンが本名である「ラウール」名義で出てくる必然性が薄いことも「実はルパンの変装」説の否定要素になるだろう。
 ただ先述のように、「"In Robore Fortuna"の言葉を知っていたはずのルパンが、なぜこの件に首を突っ込まなかったのか?」という疑問は残る。首は突っ込んだけど解決できなかったのか、それともまだ『三十棺桶島』解決から大してたってないし、モーリタニア帝国関係で忙しかったから後回しにしていたか…。そしてこの1921年にはフロランスとの新婚生活でそれどころじゃなかったとか(笑)。
 と、ここで「ん?待てよ?」という考えも浮かぶ。新婚ホヤホヤのルパンとしては他の女に浮気できない状況ではなかったか?「ロ ボレーの城」に目をつけ、実在するたまたま本名が同じラウール=ダベルノワと何らかの方法で入れ替わって事件に首を突っ込んでみたけど、なんだか自分みた いのがガンバっちゃってるんで、あくまでサポートに回った。恋愛にかんしては新妻を置いて冒険にきちゃってる以上どうしても積極的にはなれず…という解釈 は一応可能か(笑)。もし本作のラウールが本当にルパンだったとすると、鳥山明の「孫悟空とアラレの共演」の例みたいである(笑)。
 
 念のため書くと、1921年より後に起こったことが分かっている『特捜班ビクトール』『カリオストロの復讐』『ルパンの大財産』などのルパンの冒険があるため、「デストレイシェ=ルパン説」は完全に否定できる。ま、そんな説をまともに考える人はいないと思うが(笑)。


☆戦災孤児たちのサーカス一座

 「ドロテ」はさまざまな魅力をもつ作品だが、まず「子供ばかりの旅芸人一座」という主人公たちの設定が最大の魅力だろう。綱渡り、射撃、占い、ダンスなんでもござれの美しき踊り子・ドロテを筆頭に、手癖が少々悪い年長のサンカンタン「男爵」、二人組の男の子カストールポリュックス(もちろんこれは神話の双子からとったものだが別に二人が双子というわけではない)、そしてまだヤンチャな5歳の男の子ながら軍服を着た一座のスター道化にしてドロテ最愛のモンフォーコン「隊長(“大尉”と同じ)」。男の子たちはいずれも戦災孤児だが、「ドロテ・ママ」と共に明るく楽しく旅から旅への生活を送っている。
  ラウールがドロテに接近すると4人そろってヤキモチを焼き、モンフォーコンに至ってはデストレイシェよりラウールに危険を感じるほど(笑)で「あっちへいって」と なんとか追い払おうとする描写も微笑ましい。こうした何気ない日常の描写が、そのモンフォーコンが誘拐される物語終盤の危機感をいっそうあおりたてる仕掛け でもある。最後の最後、クライマックスのドタンバに子供達が駆けつけてドロテ・ママの危機を救う場面に思わず喝采を送ってしまう読者も多かったはず。

 どこの国にも旅芸人、大道芸人は存在する。とくにヨーロッパにおいては俗に「ジプシー」と 呼ばれる旅芸人たちが存在することは、ヨーロッパを舞台にした物語を多く読んでいる人にはおなじみだと思う。シャーロック=ホームズ・シリーズでも「まだ らのひも」でジプシーの存在がチラッと出てきた。海を越えたイギリスですら出てくるぐらいだからフランスではなおさら。
 最近では「ジプシー」という表現を避けて、土地を持たない放浪する民族ととらえ「ロマ民族」と 呼ぶのが一般的になってきた。「ジプシー」という呼び名はかつて彼らのルーツがエジプトと信じられたことにあり、ボヘミア(現在のチェコ)方面から来た 「ボヘミアン」と呼ばれることもある。フランスで「ジタン(Gitans)」と呼ばれ、これもエジプト人という意味から来たとされるが、実際には彼らの ルーツは遠くインドであると言われている。もちろんその間に混血もあったろうし、ヨーロッパ各地の旅芸人が同様の扱いをされたことも想像され、ひとまとめ の「民族」ととらえること自体が難しい。この点、ユダヤ人ともよく似ていて、ナチス・ドイツをはじめとしてヨーロッパ各国で差別・迫害の対象とされてきた歴 史もある。
  一方で祭りを盛り上げるときなど彼らの存在は必須でもあり、差別意識ばかりでなく神秘的な存在、土地に束縛されない自由な存在としてあこがれの対象とされ ることもあった。「ドロテ」における旅芸人の描き方はもっぱらそのイメージで、ドロテが見せる手相占いや「千里眼」の魔法(もちろんトリックはある)ド・シャニー伯爵達がほとんど疑惑を抱かず信じてしまっているのも、そうした神秘イメージがフランス社会で深く浸透していたからにほかならない。

 ではドロテ・サーカス団の面々は本当に「ジタン(ジプシー)」といえるのか…というとこれもまた微妙な話になる。少なくとも物語中の描かれ方はまさにそのまんまなのだが(ドロテ自身がモンフォーコンと「ジプシー女(Gitane)誘拐」の寸劇を演じる描写もある)、 ドロテの正体はアルゴンヌ公・マレスコ伯の世継ぎとなるお姫様、そして子供たちは戦災孤児たちの寄せ集めだ。彼らが独立して生きていくための方法として旅芸人 を選んだわけで、「にわかジタン」とは言えるかもしれない。そういう存在がこの時代に実際にあったかどうかは分からないが、ルブランの小説のこれまでの創 作方法から見ても、まるきり絵空事とは思えない。とくに第一次世界大戦を通じて、このような戦災孤児は実際に数多く生まれたはずだ。

 ドロテ・サーカス団の男の子たちはいずれも本名を持っていない。一番年長の15歳のサンカンタンは姓が「バロン(“男爵”と同じ)」と判明しているが「サンカンタン(Saint-Quentin)」は 彼の出身の村の名前。パリ北東部に同名の都市があるが「村」と呼ぶには大きすぎる。探してみるとフランスの北部国境近くには「サンカンタン」という地名が 複数あることがわかり、どこも一度はドイツ軍に占領されてるようなので具体的にどこのことなのかは分からない。サンカンタンは占領中に両親を失ってか ら、パリの東方200kmにあるバル=ル=デュック(Bar-le-Duc)の病院で働いているうちにドロテと知り合ったという。このバル=ル=デュックの倉庫にドロテの父ジャン=ダルゴンヌが家財の一部を避難させていたという記述もある。
 カストールとポリュックスは、大戦終盤の1918年に攻勢に出たドイツ軍がシャロンを占領した際に混乱の中で孤児になったとされている。よほど悲惨な体験をしたらしく二人とも完全に記憶を失っており、兄弟なのかどうかすら分からないという痛ましい子供たちだ。
 モンフォコンはもっと事情が分からず、わずか4歳でアメリカ兵たちに連れられていたとあるがアメリカから連れてきたとはさすがに思えず、おそらくアメリカ兵たちが現地で孤児となっていた彼を拾って育てていたものと思われる。この子が発見されたのが「モンフォーコン山(Montfaucon,“モン”だけで山の意)」の頂上近くの戦場で、これが彼の名前の由来となっているのだが、この山は第一次大戦で独仏両軍の激戦地となったヴェルダン要塞のすぐ近くにある。ここでアメリカ軍が激戦を展開したのは1918年9月26日から27日にかけて、戦ったのはアメリカ陸軍第79師団だ。
 このヴェルダン要塞の戦いでラウールの父・ジョルジュ=ダベルノワが戦死している(1916年中のこととされている)。ジャン=ダルゴンヌも戦闘で負傷して入院先で毒殺されるが、彼が負傷したのはベルギーに隣接するノール県だった(「ノール」は「北」なので偕成社版では「北フランス」となっている)

 ドロテの出身地であり、父や先祖が所領の地として姓の由来となっているのが「アルゴンヌ村(village d’Argonne)」。ドロテは「アルゴンヌ地方にその名を与えたあの人知れぬ小さな村は、もう存在していないのです。戦火で破壊されてしまいました」と語り、ド・シャニー伯爵も「1914年8月に略奪の憂き目を見た」と語っている。フランスで単に「アルゴンヌ(Argonne)」といえば第一次大戦で戦場となった、フランス・ベルギー国境付近にある「アルゴンヌの森」のことだ。その地方に名を与えたという「アルゴンヌ村」なるものは現在の地図では確認できず(ドロテも言うように「もう存在していない」わけだし)、恐らく「あの辺にある」といったイメージの架空の村なのだろう。ちなみに「モンフォーコン」もアルゴンヌの森の中にあり、現在の地図でも「モンフォーコン=ダルゴンヌ(Montfaucon-d'Argonne)」と、「ドロテ」読者には嬉しくなっちゃう表記がなされている。
  この物語は主にフランス南西部を中心に展開するのだが、遠く離れた北部国境付近の戦地の地名がしばしば登場し、登場人物たちの多くが戦争による心の傷を 負っている。「ドロテ」は明るく楽しい冒険小説でありながらも、当時のフランス国民の多くに濃厚だった悲惨な戦争体験の記憶が反映された物語でもあるのだ。

「その2」へ続く

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