怪盗ルパンの館のトップへ戻る

映画「ルパン」ツッコミ鑑賞記

 ルパンの母国フランスで久々に製作されたルパン映画、その名も「ルパン」が、ルパンシリーズ生誕100年目の2005年に日本でも公開されました。
 「怪盗紳士アルセーヌ・ルパン」は名前こそ有名ですが、 ライバルのシャーロック=ホームズと比べると特に映像化にはあまり縁が無い。探せばそこそこ存在するようですが、多くは古い作品で現在鑑賞するのが困難なものばかり。そんな中での生誕百周年での映画化は長らくルパンファンにして映画ファンをやってる僕には嬉しい出来事でした。
 しかも原作が「カリオストロ伯爵夫人」というのがルパンファンを泣かせます。アルセーヌ・ルパンが青春まっただなか、駆け出し時代のエピソードである「カリ伯」(笑)を映画化するその狙いは、「いかにしてアルセーヌ・ルパンは誕生したのか?」をテーマにしているにほかならないからです。この映画は「カリ伯」をベースに置きつつ、「813」「奇岩城」などルパンシリーズの要素をさまざまにぶちこんだ、最初っからルパンファンをターゲットに作ったような内容となっています。それでいて濃いファンをも欺くアッと驚くトリックが仕掛けられているなど、なかなか油断のならない映画です。
 なおかつルパンが活躍した百年前のベル=エポック(古きよき時代)を見事に再現、21世紀の今日において「ルパンの時代」を華麗に描き出しつつ、ハリウッド的な銃撃戦や大爆発などアクションシーンも満載のサービス精神旺盛な映画でもあります。

 このコーナーではそんな映画「ルパン」を内容を紹介しつつ僕自身が見ながら脳内で入れていた「ツッコミ」を再現して掲載しています。

 なお、当コーナーは完全にネタバレです。映画を見ていない人でこれから見る気のある人は絶対に読んではいけません。

 ついでに言えば「カリオストロ伯爵夫人」「カリオストロの復讐」「813」「奇岩城」「水晶の栓」「怪盗紳士ルパン」を読んでない人も読むのは避けたほうがいいかもしれません…





●オープニング
 幻惑的なテーマ曲とともに、宝石がキラキラと乱舞していくオープニング映像。そして「ARSENE LUPIN」のタイトルが表示され、メインキャスト、メインスタッフが次々とクレジットされていく。


  …ほうほう、やっぱり原題は「アルセーヌ・ルパン」とフルネームなのね。邦題「ルパン」はまぁ仕方ないところだろうけど、味も素っ気も無いしなぁ。やっぱり長くても「アルセーヌ・ルパン」にしとくべきだったんじゃないかな。まさかとは思うけど「ルパン三世」の実写映画化と勘違いして来る客もいるかもしれないし(笑)。そういやハリウッドで「ルパン三世」実写版つくるって報道があったが、その後どうなってるんだろ?


●アルセーヌ少年の物語
 1882年、ノルマンディー地方のドルー=スビーズ公爵邸。伯爵の妹アンリエットは平民ボクシング教師のテオフラストと結婚したため家族から白い目で見られている。そのテオフラストは幼い息子アルセーヌにボクシングを仕込んでいる。そこへ憲兵隊がやって来てテオフラストを強盗容疑で逮捕しようとするが、テオフラストは逃亡。幼いアルセーヌと従姉妹のクラリスには事情がよくわからぬまま、アンリエットは立場を失い公爵邸を追われることに。
 その夜、こっそり屋敷に戻ってきたテオフラストは息子アルセーヌにスビーズ家の「王妃の首飾り」を盗み出すよう命じる。アルセーヌが首尾よく首飾りを盗み出して父に渡すと、テオフラストは息子を褒め、「いいか、相手の注意を他にそらすことだ。そうすれば絶対に捕まらない」と言い残して、顔の見えない何者かと一緒に立ち去っていく。
 翌日、屋敷を追われたアンリエットとアルセーヌ母子は、途中のエトルタの海岸で憲兵等が惨殺死体を見聞しているのを目撃する。顔がつぶされたその死体の手には、テオフラストの大きな指輪が…父の悲惨な死を驚き悲しんだアルセーヌは海へと走り出す。その向こうには白く尖った「針の岩」が…


 …事前に聞いてはいたんだけど、「女王の首飾り」の話をルパンの母親自身がスビーズ家の人間だったってことにして「カリオストロ伯爵夫人」で語られる少年時代ばなしと合成処理。このためクラリスがルパンの「いとこ」という設定になり、その父ゴドフロワ=デティグはドルー=スビーズに置き換えられてしまった。ま、わかりやすいといえば確かにそのとおりで、うまい脚色であると思う。ところでこの映画では「アルセーヌ・ルパン」が本名だということで断定してるんですな(「アンベール夫人の金庫」の項目参照)
 それにしても思わず感涙してしまうのがルパンの父テオフラストの登場。原作では名前が言及される程度だからなぁ…幼いルパンが父から体を鍛えられたって話は書かれてるんだけど、こうしてその特訓場面が映像化され見られるとは…。ま、これも後から考えると重大な伏線になっているのですな。
 だいたい推理小説の世界では「顔の無い死体」はたいてい別人(笑)。だけどなまじルパンファンの人は先入観があるだけに騙されると思う…実は僕もその一人だった。


●青年アルセーヌの登場
 15年後、税関吏ラウール=ダンドレジーを名乗って豪華客船に乗り込む青年アルセーヌ。彼は上司に言い寄られる女性を助ける善行などしつつ、貴婦人たちが身につけた宝石類を見事なテクニックで片っ端からスリ盗ってゆく。宝石がなくなった事に気づいた貴婦人たちが「泥棒がいる!」と騒いでも落ち着いたもの。それでもうっかり移動中に転んで服に隠していた宝石が飛び出してしまい、銃撃されて海に飛び込んで逃げる羽目に。
 アルセーヌは兵士に化けて母の入院する病院を訪れる。そこへアルセーヌの後を追ってきた憲兵たちが踏み込んできて、アルセーヌは母のベッドの下に隠れ、そのまま母の臨終を看取る事になってしまう。母の面倒を見ていた若い看護婦と共に母を海岸の墓地に埋葬し、悲しみにくれるアルセーヌ。そんな彼に若い看護婦は妙に親しく声を掛け、自分の屋敷へと彼を招く。その屋敷とは懐かしのスビーズ家。看護婦はいとこのクラリスの成長した姿だった。
 アルセーヌはダンドレジーと称してスビーズ家に武術教師として雇われる。そしてかつて自分が住んだ部屋で、アルセーヌはクラリスから愛の告白を受け、二人はそのままベッドを共にする…


 …豪華客船の場面は明らかに「ルパン逮捕される」からの引用。恋愛関係になるわけではないが、この場面でルパンと会話し映画終盤で再登場する貴婦人が明らかに「ネリー嬢」をモデルにしている。若きルパンが首をクイクイッと動かして「準備体操」しながら「仕事」にとりかかる場面は見ているほうもワクワクしてしまう(笑)。ここで初登場する主演のロマン=デュリス、若い頃のアル=パチーノを髣髴とさせる「暗さと明るさを併せ持つ危なっかしい若者」ぶりで、この序盤からいきなりハマリ役。
 続く母親の死の場面、これは完全に映画の創作。ついでにクラリス登場も処理してしまう。かなり慌しい展開だが、ルパンが隠れたまま声も上げられず目の前で母の死を見取る場面がかなり強烈。
 この映画ではクラリスのほうがかなり積極的にアルセーヌに迫っている。原作「カリオストロ伯爵夫人」ではラウール(ルパン)がデティグ邸に忍び込み、迷いつつも欲望に負けてクラリスの部屋に入り、クラリスは最初気絶しつつもラウールを受け入れ、そのまま朝まで過ごす(映画ほど直接的には記していないが…)という場面だ。


●カリオストロ伯爵夫人登場
 アルセーヌはクラリスの父スビーズ伯爵がなにやら怪しい会合に出ていることを知り、その会合の場となる修道院へと忍び込む。そこにはスビーズ公爵以外に年老いた枢機卿やフランス王復位を狙うオルレアン公、そして謎の男ボーマニャンらが集まっていた。彼等は王国復活を目指す王党派で、フランス王家の財宝を探していたのだ。
 そこへ「カリオストロ伯爵夫人」ことジョゼフィーヌ・バルサモなる謎の女が連れてこられた。枢機卿やオルレアン公ら老人達は彼女が昔のままの美しさを保っている事に驚愕し、ジョゼフィーヌもまた何十年も前の交際話を持ち出して彼らをあざけった。一同は「魔女」ジョゼフィーヌの処刑を評決し、ひとり強硬に反対したボーマニャンは一味から除名される。
 ジョゼフィーヌは縛り上げられたままボートに乗せられ、海へと放り込まれた。しかし一部始終を目撃していたアルセーヌが彼女を救出した。一方、一味の解散後にボーマニャンは枢機卿に除名の解除を求めるが受け入れられず、車椅子の枢機卿にアルコールをかけたうえ火をつけた。枢機卿は車椅子ごと火だるまになって修道院の外へ墜落してゆく。
 ジョゼフィーヌを救出したアルセーヌは近くの納屋に彼女を運び込んだ。その美しくも謎に満ちた寝顔に魅入られ恋に落ちてしまうアルセーヌ。そのまま自分も眠りに落ちて、翌朝目を覚ますと、ジョゼフィーヌは煙のように消えうせていた。


 修道院での裁判シーンはかなり原作に忠実。ただし王位を目指すオルレアン公は映画のオリジナルで、原作では「ダルコール大公」なる人物がやや似た立場になっている。またボーマニャンがジョゼフィーヌと過去に関係があったとする設定は同じだが、原作でのボーマニャンは一味の中心人物であり、ジョゼフィーヌ処刑を進める張本人だ。映画ではジョゼフィーヌ処刑にも反対するし、枢機卿を殺害してしまうなど一味の中で異質な存在として描かれている。これも後になると「ああ、なるほど」と思えるようになるわけだが。またこの枢機卿の火だるま墜落殺害シーンは、この映画にしばしば出てくる映像向け派手シーンの最初のものだ。
 
 ところでこの映画最大のキモである「カリオストロ伯爵夫人」であるが…う〜ん…予想以上にオバサンとして登場してしまった。若きルパンが恋人も捨ててゾッコンになってしまうほどの魅力が出せていたとは思えないが…
 この辺り、映画が進むに連れて明らかになってくるが、「カリオストロ伯爵夫人」自体の設定が原作と変えてあることもキャスティングに反映しているようだ。何十年も前と同じ顔をしている、というのは原作でも出てくるのだがそれは母親と瓜二つであることで処理されていて、映画のようにオカルトな設定ではない。またジョゼフィーヌの年齢設定もルパンより年上なのは間違いないが、せいぜい二十代半ばから三十前後。
 殺されかかったジョゼフィーヌをルパンが救出するが、朝になったら消えうせていたというのは原作そのまま。ただし原作では「私に会おうとしてはいけない」というメモを残していた。


●ルパン、冒険に乗り出す
 ジョゼフィーヌに夢中になってしまったアルセーヌは、クラリスを捨てて彼女に再会するために冒険に乗り出す。まずはスビーズ伯爵達の後を追って列車に乗り込み、俳優志望の女性乗客をだまして一芝居打たせる間に、十字架の入ったカバンを盗みとる。ボーマニャンがアルセーヌを追いかけるが、アルセーヌは列車の連結器を切り離してまんまと逃げてしまう。
 さらにアルセーヌはミサの最中の大聖堂に忍び込み、天井からロープを使ってジャンプし、まんまと十字架を奪い取ってしまう。追うボーマニャンたちが銃撃する中、ジョゼフィーヌが馬車で現れ、アルセーヌはそれに乗り込んで逃走する。ジョゼフィーヌとの再会に浮かれるアルセーヌだったが、ジョゼフィーヌは彼が泥棒で指名手配中のアルセーヌ=ルパンであり、テオフラストの息子である事を前から知っていたと打ち明け、「人殺し以外と組む気は無いの」と言ってアルセーヌを立ち去らせようとする。ところがいつの間にか銃傷を負っていたアルセーヌが気絶して倒れたため、ジョゼフィーヌは彼を自分の船に乗せて介抱してやる事に。
 一方、ボーマニャンは自分たちを妨害する青年の正体を知るべく、クラリスを尋問する。ボーマニャンはクラリスが処女を失っていることを察知し、それを父親に告げると脅してクラリスから「アルセーヌ・ルパン」の名を聞きだした。その名を聞いたボーマニャンは不可解な驚きの表情を見せる。


 原作では「七本枝の燭台」が謎を解く鍵になっているのだが、この映画では「十字架」に置き換え、それが組み合わさることで謎が解かれるという、かなり機械仕掛けなものに変更されている。ボーマニャン一味の目の前でルパンが燭台を盗み去っていく場面が原作にあるが、この映画では「インディ・ジョーンズ」ばりの大アクション連発で表現されている。この辺が映画流表現ってやつなんだろう。それにしても女性乗客をまんまと騙すあたり、まさに「嘘つきは泥棒の始まり」(笑)、思えば原作でもルパンはウソをつきまくっていた。
 ジョゼフィーヌとルパンのやりとりはかなり原作に近いが、気が付いたら銃で撃たれていた…ってのはなんじゃいな。
 

●カリオストロの手ほどき
 アルセーヌはジョゼフィーヌの持ち船「ホタル号」に運び込まれ、そこでジョゼフィーヌの部下で顔の半分を鋼鉄の仮面で覆ったレオナールという男の治療を受けた。そしてジョゼフィーヌから十字架の謎を教えられ、宝探しの前に泥棒のテクニックを磨く手ほどきをしてやると言われる。
 ジョゼフィーヌとアルセーヌは毎晩のように貴族たちの夜会やカジノに出かけ、ひと稼ぎする。ジョゼフィーヌが無言のうちに合図を送ると、アルセーヌはそれに従って貴婦人たちが身につける宝石をちりばめた装飾品を巧みなテクニックで盗み取っていく。そして船に帰ると二人はアヘンを吸い、情熱的にベッドを共にする。
 逸楽のうちに過ごすあるとき、アルセーヌはジョゼフィーヌの顔が急激に老婆のように老けていくのを目撃する。アヘンの幻覚かと思ううちアルセーヌは眠りに落ちるが、そこを突然レオナールが襲った。レオナールはアルセーヌを「邪魔者」と呼んで殺しにかかるが、突然頭を抱えて仮面を外して叫び、苦悶し始める。気づいたジョゼフィーヌが薬をレオナールに与えて落ち着かせる。彼は普仏戦争で顔に受けた傷の後遺症で発作が起こるようになっており、ジョゼフィーヌが作る薬に頼って生き、またそのためにジョゼフィーヌに忠実に仕えていたのだ。
 そんなおり、アルセーヌはボーマニャンから「父親殺しの犯人を教える」との呼び出しを受け、タンカルヴィルの灯台に向かう。ボーマニャンはアルセーヌの父親を殺した犯人が、何世紀も生き続ける女・カリオストロ伯爵夫人にほかならないと告げ、アルセーヌに十字架を自分たちのところへ持ってくるように誘う。そこへいつの間にかアルセーヌをつけてきたジョゼフィーヌとレオナールが現れた。ボーマニャンが過去にジョゼフィーヌと関係していた事をほのめかし、レオナールがナイフをボーマニャンに投げ、ボーマニャンはジョゼフィーヌを銃で撃った。格闘のためにガスタンクに火がついて、タンカルヴィルの灯台は爆発、アルセーヌはジョゼフィーヌを抱えて逃走する。
 ジョゼフィーヌは否定したが、アルセーヌの心の中に嫉妬とともに彼女への疑惑がふつふつと沸き起こっていく。


 レオナールの設定が原作とずいぶん異なる。原作でもレオナールはジョゼフィーヌの忠実な部下で、両者の関係が一つの謎になっているのだが、どうやら彼がジョゼフィーヌの実の父親らしいことがほのめかされている。この映画では「カリオストロ伯爵夫人」が実際に何世紀も生きちゃう女というオカルトな設定になったため変更されてしまったのだろう。普仏戦争はルパンの生まれる直前に起こったフランス人にとっては屈辱的な敗戦で、ここでそれが絡んでくるのはこの映画の歴史映画としての一面を覗かせるところ。なにやらサイボーグを思わせるレオナールの姿は映画的には確かに面白い。
 ジョゼフィーヌの手ほどきのもと、ルパンが貴婦人達の宝石類を次々と盗み取ってしまうあたりの描写は圧巻。「盗むのは快感」というのが映像的に実によくわかる(笑)。この映画で出てくる宝石装飾品類は全てカルティエのデザインなんだそうで、この時代風かどうかはともかくそれぞれ実に「魅力的」に映っている。
 タンカルヴィルの灯台は原作にも登場するが、ここではちょこっと使われるだけ。しかし派手な大爆発がついてくる。ルパンがジョゼフィーヌへの疑惑を深めていく描写で、父親が殺される現場の「再現映像」を幻視するというやり方も映画的にはなかなかうまい。これが繰り返され、次第に「意外な真相」が明らかになるところなんか、「羅生門」みたいでもある。


●陰謀渦巻くパリ
 「ホタル」はセーヌ川をさかのぼってついにパリに到着した。クリュニー修道院にあった第三の十字架はルーブル美術館にひきとられ、学芸員の調査を受けていた。ジョゼフィーヌの指示を受けたアルセーヌは深夜、女性に変装してルーブルに忍び込み、学芸員の部屋に入り込んだ。ところが驚いた事に学芸員はすでに殺害され十字架は盗み去られ、壁には血で「ルパン」と大きなサインが書かれていた。アルセーヌは学芸員が調べていた修道院の位置を示す地図が気になり、それを持って屋根の上へと逃亡する。
 屋根の上にはボーマニャンが待ち受けていた。学芸員を殺し血文字をしたためたのは彼だったのだ。ボーマニャンはアルセーヌをルーブル内部の展示室に誘い、ナポレオンの戴冠式など18世紀以来の歴史絵画を見せた。そのいずれの絵にも現在とまったく変わらないジョゼフィーヌ・バルサモの姿があった。驚くアルセーヌにボーマニャンは彼女が霊薬によって生き続ける魔女であることを告げ、自分たちの味方になるよう改めて誘ってそのまま立ち去っていった。
 翌日、「ルパンが殺人事件を起こした」と新聞売り子が告げる中、スビーズ公爵とクラリスはパリにやって来た。新聞を見たクラリスはその場に昏倒する。診察した医師はスビーズ公爵に「彼女はすでに結婚しているのか」と聞いた。いぶかしむ公爵に、医師はクラリスが妊娠しているという衝撃の事実を告げる。
 一方、船に戻ったアルセーヌはジョゼフィーヌの体からいつの間にか銃創が消えているのを見て愕然とする。このままこの「魔女」と一緒にいてはいけないと感じたアルセーヌはジョゼフィーヌに別れを告げるが、ジョゼフィーヌは薬でアルセーヌを眠らせ、船倉に監禁してしまう。見張りを任されたレオナールがアルセーヌを殺そうとするが、そのときれオナールの例の発作が起こり、アルセーヌは薬を与えるのと引き換えに監禁を解かれ、ジョゼフィーヌの持つ十字架の隠し場所を教えられた。


 この辺から映画は原作との乖離が激しくなる。ルーブル美術館とか、このあとのオペラ座といった舞台はパリならではの華やかさを出そうという意図だろう。18世紀の絵画の中にジョゼフィーヌが描かれている、といった話は原作にもあるけど、この映画では妖しげな霊薬による不老長寿ということで処理してしまい、この点はそれなりに合理性を重視している原作から離れてしまって残念なところだ。あと、ルパン自身は手を下さないのは当然としても、それ以外のメンツがやたらに軽々と殺人を連発するのはいかがなものかと。
 クラリスが妊娠してしまう展開、実は僕は最初映画のオリジナルかと思っていた。ところが原作を読み返してみたら、ちゃんと書いてあったことだったので驚いた。原作でもボーマニャンがジョゼフィーヌに「クラリスはお腹の赤ん坊を父なし子にしたくなかったからラウールとの関係を父親に告白した」と説明する場面があったのだ。けっこう読み飛ばしているものだ。


●ルパン神出鬼没
 アルセーヌはケッセルバック銀行に忍び込み、ケッセルバック頭取を空の拳銃で脅してジョゼフィーヌの金庫をあける暗証番号を教えさせた。その番号は「813」。金庫を開けたアルセーヌは二本の十字架と共に、幼き日に自分が盗み出した「王妃の首飾り」がそこに納められていたのを見て驚く。
 一方、ボーマニャンは自分のアパートで街で拾った混血の売春婦と一夜を楽しんでいた。ところが良く見るとその売春婦はジョゼフィーヌ・バルサモその人。驚くボーマニャンにジョゼフィーヌは催眠術をかけ、現在の記憶を失わせると共に「ホタル」のキーワードでオルレアン公の持つ十字架を持ってくるよう後催眠をかけられる。その現場を、ボーマニャンに住所を教えられていたアルセーヌが物陰から目撃していた。
 ボーマニャンに催眠をかけたジョゼフィーヌは船に戻るとアルセーヌの逃亡を知り、慌ててケッセルバック銀行へ向かう。十字架も王妃の首飾りもアルセーヌに盗み取られた事を知ったジョゼフィーヌは激怒し、ケッセルバックを殺害する。
 翌日、クラリスは教会で哀しげにしているところを初老のロシア人貴族に声を掛けられた。相手にせず立ち去るクラリスだったが、狭い路地で強盗に襲われ、そこへ先ほどの初老貴族がかけつけてきて暴漢を撃退した。クラリスは感謝して彼の名前を聞くと「セルニーヌ公爵」であるという。クラリスが立ち去ると、セルニーヌは先ほど自分が撃退した暴漢を呼んだ。全てはセルニーヌ、すなわち変装したアルセーヌが仕組んだ芝居だったのだ。


 この辺はいよいよ原作無視の展開になってくるのだけど、その代わりのつもりなのか、細かいところにルパンファンをニヤリとさせるものがポンポン出てくる。
 まず「ケッセルバック(ケッセルバッハ)」なる銀行頭取。これはもちろん長編「813」の冒頭で殺害される人物だ。しかもその金庫を開ける暗証番号が「813」だなんて、完全に楽屋オチである(笑)。「007」シリーズで爆破装置が爆発まであと7秒、ちょうど「007」で止まるというギャグシーンを思いだしてしまった。
 また、クラリスの前に現れた「セルニーヌ公爵」も「813」でルパンが変装していた人物。この映画では初老の男に変更されていたが、名乗った時点で彼がルパンであることに少なくともルパンファンはすぐに気が付く仕掛け。ついでに言えばこの映画のセルニーヌは「画家」でもあることになっており、これは「遅かりしシャーロック・ホームズ」でルパンが変装していたオラース=ヴェルモンの設定を拝借したかと思われる。
 それにしてもジョゼフィーヌ・バルサモは催眠術まで駆使してしまうのか。どうもなんでもアリ状態になってるような。


●舞踏会の大騒動
 その夜、オルレアン公の館で仮面舞踏会が開かれた。スビーズ公爵やクラリス、スビーズの従兄弟のボンヌト、ボーマニャンらも出席する。そこへ招待状を持たないセルニーヌ公爵が到着、「クラリスの友人」ということでまんまと舞踏会に潜り込んだ。クラリスに紹介を受けるうち、セルニーヌはボーマニャンに「ホタル」のキーワードを聞かせる。ボーマニャンは途端に目がうつろになり、十字架をとりに階上へ上がってしまう。
 舞踏会が始まり、セルニーヌはクラリスと踊り始める。なぜか心躍るクラリスにセルニーヌは「私は30分しかここにいられない」と言う。そこへジョゼフィーヌが到着、クラリスと踊るセルニーヌを見て、それがアルセーヌ=ルパンに他ならないことを察知する。そして驚いたことに、セルニーヌと踊るクラリスの首にいつの間にか「王妃の首飾り」が輝いていた…クラリスはまったく気が付かないが、ジョゼフィーヌ、スビーズはそれを見て目を丸くする。舞踏が終わって娘のもとに駆けつけたスビーズだったが、いつの間にかクラリスの首から首飾りは消えており、セルニーヌも姿を消していた。
 ジョゼフィーヌはボーマニャンを追って二階に上がったが、そこにはセルニーヌが待ち受けており、「別の人生であなたを愛した男だ」と名乗って、ジョゼフィーヌに「王妃の首飾り」を見せ、なぜ彼女がこれを持っていたのかと問い詰める。ジョゼフィーヌは隙を突いてセルニーヌの顔をナイフで切り裂いた。変装用のマスクの頬の部分が傷ついて血が流れたが、アルセーヌは部屋から出て鍵をかけ、ジョゼフィーヌを閉じ込める事に成功する。
 そのときクラリスもセルニーヌを探して二階に上がってきた。そこをかねてからクラリスを妻にしようと狙っていたボンヌトが襲いかかる。そこへセルニーヌが駆けつけてきてクラリスを救うが、ジョゼフィーヌにつけられた傷から人工皮膚が炎症を起こして破れていく。恐ろしい光景に目をそむけるクラリスだったが、人工皮膚をはぎとった下から現れた素顔は愛するアルセーヌだった。妊娠の事実を告げようとするクラリスだったが、アルセーヌはボーマニャンに用があると言って素早く立ち去ってしまう。


 この舞踏会シーンは、この映画のまさに映画的な見せ所だ。ベル・エポックの雰囲気が一番良く出ている華麗なセットと衣装が目を奪い、盗むのではなく本人も気づかないうちに首飾りをつけちゃうという離れ業のおまけもついた名シーン。もっとも、この映画の首飾りのデザインからすると気が付かないうちに着けたり外したりってのは無理なんじゃなかろうか(笑)。
 スビーズ(原作ではデティグ)の従兄弟のボンヌトというのは原作にも出てくるが、それがクラリスに言い寄るというのは映画オリジナルの展開。だけどはっきり言ってほとんど意味がなかったような。
 セルニーヌの変装が解ける(溶ける?)ところは劇的ではあるけど、原作のルパンの変装は決してこんなものではない。せいぜい俳優がメーキャップする程度の変装と思われるのだが、この映画では「ルパン三世」ばりのマスク変装になってしまった。後のシーンでそうした変装用マスクを作ってるところも出てくるが、30分しかもたない、激しく炎症を起こすなど、どういう仕掛けになっているのか気になってしょうがない(笑)。


●衝撃の真相
 ボーマニャンは催眠術にかかって十字架を握ったまま部屋に呆然と座り込んでいた。アルセーヌはその十字架を取りあげ、父を殺した犯人を追及しようと「王妃の首飾り」をボーマニャンに見せた。ボーマニャンは聞かれるままに、それは自分がジョゼフィーヌに贈ったものだと認め、「アルセーヌ、忘れたのか、これはお前が盗み出したものじゃないか」と妙に馴れ馴れしい口を利き始める。「父を殺したのは誰だ」というアルセーヌの質問に、「誰もお前の父親を殺してはいない」と答えるボーマニャン。その笑顔を見ているうちに、アルセーヌの脳裏に電光のようにひらめくものがあった。
 エトルタの断崖で「王妃の首飾り」を奪い合う男たちの幻影が彼の脳裏で再生される。片方の男を殺して顔をつぶし、その死体の手に自分の指にはめていた大きな指輪をはめた一方の男、その顔はテオフラスト…!?テオフラストの顔に整形が施されてゆき、いつしかそれは目の前にいるボーマニャンの顔になっていった。そのボーマニャンの優しげな眼差しは、まさに息子アルセーヌに向けたあの眼差しだった…!「相手の注意を他にそらすことだ。そうすれば絶対に捕まらない…」というあの言葉が蘇ってくる。
 衝撃の真相を知り、驚愕するアルセーヌ。いつ催眠が解けたのか、ボーマニャンはアルセーヌに襲い掛かり、両者は激しく格闘する。結局アルセーヌが勝利してボーマニャンを組み伏せるが、アルセーヌは激しい憎悪にかられながらもボーマニャンにとどめは刺せない。
 そこへクラリスが駆けつけてきた。アルセーヌはクラリスに自分のパリでの隠れ家を教え、キスをして十字架を手に逃げ去っていく。オルレアン公たちが銃で撃つ中、アルセーヌは馬車を操って館から走り去って行った。一方でジョゼフィーヌはオルレアン公たちの捕虜となった。

 
 「げげーっ!」と劇場で思わずつぶやいてしまったシーン。いや、あとから考えればしっかり伏線も張ってあって、気が付いた人も多かっただろうけど、原作ファンはテオフラストがアルセーヌの幼いときに悲劇的に死んだという「刷り込み」があるために、かえってこのトリックに引っかかってしまうのだ。ボーマニャンというキャラクターが原作でも独特の味のある人物だけに、まさかそれがルパンの父だったというのはさすがに思いもよらない、大胆な設定だと思うしかない。
 この大胆な脚色を思いついた経緯を推理すると、原作の中でボーマニャンが「クラリスの実の父親」らしいことが匂わされているので、そのあたりにヒントを得たのではなかろうか。それにしてもこの大胆な脚色のために、この映画は「カリオストロ伯爵夫人対ルパン」のみならず「父と子の宿命の対決」という味付けもある話になってしまったのである。なんだか「スター・ウォーズ」みたいになってきたな(笑)。
 銃撃される中を馬車で逃げる場面はまさに映画的なアクションシーンで予告編やCMに使われていた。正確な考証は分からないが、彼らの使ってる銃がこの時代よりさらに古風っぽいものに感じた。オルレアン公ら王政復活派の「古さ」を象徴させるための武器描写だったかもしれない。


●オペラ座前の大爆発
 アルセーヌは自分のために変装用の道具を作ってくれる、医者のルイのところに隠れていた。そこへオルレアン公たちに言いつけられたクラリスが訪ねて来る。オルレアン公らはジョゼフィーヌの命と引き換えに十字架を渡せと言ってきたのだ。それを伝えたクラリスは自分のお腹にアルセーヌとの子どもがいる事を打ち明ける。
 あれこれ悩むうちアルセーヌは修道院の地図と三つの十字架の謎を解こうと没頭する。考え込んでいるうちに偶然頭が十字架にぶつかり、それぞれの十字架が動かせるようになっていて、しかも三つを組み合わせることが可能である事を発見する。組み合わさった十字架は地図に書かれた七つの修道院の位置に重なり、しかも「大熊座」の北斗七星の形をつくっていたのである。
 アルセーヌは十字架を手にオルレアン公らの呼び出しに応じてオペラ座前のレストランに向かった。待ち受けるボーマニャンは捕らえたジョゼフィーヌとアルセーヌが来るか来ないか賭けをしていた。ジョゼフィーヌはむろんボーマニャンがアルセーヌの父であることを知っていたが、アルセーヌに本気で恋をしたためその正体を明かさなかったのだ。それを聞いたボーマニャンは内心自分の息子に誇りを感じつつ、クラリスがアルセーヌの子を宿しているとジョゼフィーヌに明かす。衝撃を受けるジョゼフィーヌ。
 やがてアルセーヌが姿を現し、オルレアン公らが待つレストランに入った。その時入口でレオナールと出くわし、不審に思った次の瞬間、レストランは大爆発。オルレアン公らは即死し、スビーズ伯爵も瀕死、ボーマニャンも重傷を負う。ジョゼフィーヌはレオナールが止めるのも振り切って倒れているアルセーヌを担ぎ出し、逃げ去る。


 ルパンの隠れ家にいる「ルイ」という医師がさりげなくいい味を出していたが、原作にはこんなキャラは登場しない。ルパンのマスクを使った変装をそこそこ科学的に説明するために創作されたキャラだ。原作ではルパンは医学生に化けて病院の研究室に通って皮膚の変化のさせかたなどを学んだことになっており、それを二人にキャラに分身させた感じだ。
 「三つの十字架」の仕掛けは映画オリジナルだが(そもそも原作では燭台だった)、修道院の位置を結ぶと北斗七星の形になるという大技は原作のまま生かされた。ただちょこっと変更点があるんだけど、それは次の部分で。
 オペラ座前のシーンはおおがかりで時代再現という点でも面白いんだけど…あの大爆発はやりすぎでは(笑)。どうもこの辺はキャラクター達の動向が入り乱れすぎちゃって話が読みにくい。それはそれとして、ボーマニャン、実はテオフラストが息子ルパンに「誇り」を感じてるらしい描写はなかなかうまい。
 ボーマニャンがジョゼフィーヌにクラリスの妊娠を告げるやりとりは、やや状況が異なるとはいえ原作にもある。ただしこの映画ではジョゼフィーヌが不老不死の霊薬を使っているがゆえに「子どもが産めない」という設定を加えて、ジョゼフィーヌの「怨念」がいっそう強まるように脚色されている。


●ルパン、出し抜く
 ジョゼフィーヌはアルセーヌをホタル号に連れ帰り、自分を捨てないで欲しいと懇願する。アルセーヌはそれを拒絶し自分が財宝の謎を解いたとハッタリをかけた。ジョゼフィーヌはこっそり霊薬を水に盛ってアルセーヌに飲ませ、自分の言いなりになって財宝のありかを教えるよう催眠術をかける。ところがアルセーヌは隙を突いて霊薬を飲まずに捨て、催眠術にかかったフリをする。
 船倉にはクラリスが囚われの身となっていた。ジョゼフィーヌはアルセーヌの子を宿したクラリスをなぶりものにした上殺そうと考えていたが、クラリスは毅然とジョゼフィーヌに対峙する。そしてジョゼフィーヌに忠実だったレオナールもクラリスを殺すことには反対した。しかしジョゼフィーヌは船に爆弾をしかけてクラリスを殺すように言いつけ、アルセーヌに財宝の隠し場所へと案内させる。
 催眠術にかけられたフリをして機械人形のように歩くアルセーヌはパリの街中の地下納骨堂へとジョゼフィーヌを案内した。そこへあとをつけてきたボーマニャンも現れる。ボーマニャンが、ジョゼフィーヌが船に爆弾を仕掛けてクラリスを殺そうとしていることを話したので、アルセーヌは催眠術に掛けられた演技をしつつも焦る。そしてまんまと二人を騙して仕掛けを動かし、二人を鉄格子の中に閉じ込めてしまう。アルセーヌの部下達が警察を呼んで来て二人を逮捕させ、アルセーヌはクラリスを救出するべく走り去った。「我々を出し抜くとは奴は天才だな」と複雑な笑みを浮かべるボーマニャンだった。
 アルセーヌは途中で自動車を手に入れ、ホタル号へと急行した。時限爆弾は間一髪のところで爆発前で、レオナールも協力してクラリスを助ける。レオナールは死を選んで残り、アルセーヌとクラリスは爆発する船から水へと飛び込んで難を逃れた。
 一方、逮捕されたはずのボーマニャンはただちに釈放され、警視総監と馬車の中で密談していた。実はテオフラストことボーマニャンは王党派を壊滅させるために共和国政府が放ったスパイだったのだ。王党派が壊滅した今、彼等が探していたフランス王家の財宝を手に入れることがボーマニャンの任務だった。
 そしてジョゼフィーヌは女性監獄の囚人となり、アルセーヌへの復讐を心に誓っていた。


 どうも催眠術が便利に使われすぎている嫌いも。おまけに霊薬を飲まなければ効かない、演技で十分にごまかせるなど問題の多い催眠術って気もする。そのためこのくだりでルパンがジョゼフィーヌを出し抜く展開は見ていてかなり無理を感じた。
 あと、ボーマニャンの裏設定がさらに混乱を呼ぶ。ボーマニャン、原作ではこの辺でジョゼフィーヌに先に財宝を奪われて自殺しちゃうんだよね。そしてルパンに「後を頼む」形になっていた。


●謎は解けた!
 アルセーヌはクラリスを連れてルイのもとへと行った。そこで手当ての甲斐なくスビーズ公爵は死亡してしまう。死体を見ると、意外なことにスビーズはガラス製の義眼をはめていた。アルセーヌが取り出してみると、義眼の裏側が開くようになっており、その中に一枚の紙が隠されていた。そこにはラテン語で謎の文句が書かれており、その頭文字を並べると「ALCOR」となる。それは「北斗七星」の中にあって目立たない8番目の星の名だった。
 修道院の位置を示した地図の上に置かれた、北斗七星の形に組み合わさった十字架の「ALCOR」の位置に確かに宝石があり、それをアルセーヌは押してみた。しばらくして仕掛けが動き出し、宝石のそばから小さな針が飛び出して地図上のある一点を示した。そこにはエトルタの海岸にある、あの「針の岩」の絵が描かれていた!
 さっそく「針の岩」を探索するアルセーヌ。岩の近くの海岸にある洞窟の中に、十字架をはめこむと動き出す秘密の扉を発見したアルセーヌは海底の地下道を経由して「針の岩」の内部に入った。岩の中は空洞になっており、そこにはフランス王家が隠していた大量の金銀財宝が満ちあふれていた。
 そこへアルセーヌの後を追ってきたボーマニャンが現れた。ボーマニャンはアルセーヌを銃で撃ち、アルセーヌは岩の外壁へと逃げる。追ってきたボーマニャンともみ合ううち、ボーマニャンは断崖から転落してしまう。海岸に打ち付けられたボーマニャン、いや父・テオフラストの死体を、アルセーヌは万感の思いで見下ろしていた。


 スビーズの義眼の中に秘密文書が…というアイデアはもちろんルパンシリーズ中の名編「水晶の栓」からのいただき。今後もしかしたらシリーズ化するかもしれないって話もあるというのにここでこのトリックを使っちゃうとはもったいないことを…。原作では北斗七星の「アルコール」という星の位置そのものに財宝が眠っていることになっていたが、ここではこれまたシリーズ中の名編である「奇岩城」の謎を拝借している。まぁ「カリオストロ伯爵夫人」によると実際ルパンはその後間もなく「奇岩城」を発見していたらしいので、今後このシリーズで「奇岩城」を映画化しようと思えばできなくもないわけだ。
 それにしても、このボーマニャンとルパンの対決は映画的な見せ場ではあるんだけど、この映画全体のクライマックスとしてはちとしょぼい。しかも最後の二人のやりとりはどう解釈すればいいのか判断に困るところもある(観客の判断に任せてるつもりかもしれないが…)。ボーマニャン自身も政府の工作員とアルセーヌの父親の二つの人格に引き裂かれて苦悩していた…と解釈するのが一番なんだろうけど。


●カリオストロの復讐
 二年後、ジョゼフィーヌは首吊り自殺を装って看守をおびきよせて殺害し、刑務所を脱獄した。自分を裏切ったアルセーヌに復讐するために…
 一方、アルセーヌはクラリスと結婚し、愛児ジャンにも恵まれて表面的には幸福な日々を送っていた。しかしアルセーヌは夜にしばしば「カードゲーム」に行くと言って正装して外出する。アルセーヌが泥棒稼業をやめていないのではないかと疑うクラリスが「いつか全てを失うわ」と諭すが、アルセーヌは適当にごまかして出かけてしまう。
 アルセーヌはやはり泥棒をやめられなかったのだ。部下達を率いてある城館に押し入り、美術品を鑑定して盗み出していく。この城館でアルセーヌは以前豪華客船で出会った女性と思わぬ再会をし、丁重に挨拶した上絵の一部が偽物であることを指摘して立ち去った。
 アルセーヌが留守にしていた自宅では惨劇が起こっていた。脱獄してきたジョゼフィーヌがクラリスとジャンを襲ったのだ。クラリスはジョゼフィーヌに撃たれ、アルセーヌが駆けつけた時にはすでに息絶えていた。アルセーヌが屋敷の外に出ると、ジョゼフィーヌがジャンを抱えて逃げ去ろうとしていた。アルセーヌが自分を撃てとばかりににらみつけたが、ジョゼフィーヌはアルセーヌに銃口を向けつつも撃たず、ジャンを抱えたまま立ち去ってしまった。


 この部分、映画としては完全にエピローグに属するのだが、この映画ではこのエピローグが妙に長い。ハリウッド映画だったらカットだったろうな。ルパンファンとしては見逃せない場面の連続なのだが、映画としてみると蛇足にも思える。
 アルセーヌとクラリスが初体験で作っちゃった子供がそのままジャンになっているが、原作ではクラリスは最初の子を流産している。しかもジャンを産んで間もなく産後の肥立ちが悪くて死んでしまうことになっていて、映画はわざわざジョゼフィーヌに殺されるために生かされてるみたいで、かえって痛々しい展開となってしまった。
 クラリスの目を盗んで泥棒稼業を続けてしまった、という話は原作にもある。その泥棒稼業の最中に冒頭の豪華客船で出てきた貴婦人と再会する場面は、「ルパン逮捕される」に登場した「ネリー嬢」が再登場する「遅かりしシャーロック・ホームズ」の場面そのままで嬉しくなってしまった。部下にオートバイを置いていかせて一人だけ残り、ガラスケースに入った宝石類を物色している場面はまさに原作そのまま。ただ絵が偽物だと指摘するのは映画のつけたし。


●「怪盗ルパン」の誕生、そして…
 クラリスを葬り、悲しみにくれるアルセーヌは奇岩城の中にこもって、「アルセーヌ・ルパン」の身分証明書を焼き捨てた。そして医師のルイに「俺を別の人間にしてくれ」と頼むのだった…
 以後、彼は次々と名と姿を変える変幻自在の怪盗・アルセーヌ=ルパンとなった。次から次へと別の人間に成りすまし、恋や冒険を重ねていくルパン。しかしその目にはどこか憂いをたたえ、十数年の間、彼は息子とジョゼフィーヌ・バルサモことカリオストロ伯爵夫人を探し続けていた…

 十五年後。すでに四十を過ぎて白いものも見え始めたルパンは若い貴婦人のエグランティーヌとのアバンチュールを楽しんでいた。しかしエグランティーヌはルパンの目にどこか哀しげな影を見て取る。
 二人がパリに着くと、偶然オーストリア皇太子フランツ・フェルディナントの一行に出くわした。人ごみに紛れて見物しているうち、ルパンは人ごみの中に十五年前とまったく変わらないジョゼフィーヌ・バルサモの姿を認めた。そしてジョゼフィーヌの側には一人の若者が立っている。「ジャン?」と駆け寄るルパン。ジャンと思しきその若者は持っていたトランクを皇太子の車の近くの路上に置いた。その中に皇太子暗殺のための爆弾が入っていることを悟ったルパンは、若者からトランクを奪い取る。若者も慌てて奪い返そうとするが、自分をじっと見つめる相手の顔にただならぬものを感じて思わず手を離してしまう。ルパンがトランクを空中へと放り投げると、トランクは大爆発、周囲は大騒ぎになる。ジョゼフィーヌもルパンの姿に気がついたが、爆発の混乱の中、いつの間にかルパンの姿は消えていた。そして路上には昇り藤(ルパン)の花が一輪残されていた…


 多少話は変わっているが、原作『カリオストロ伯爵夫人』の結末に結構忠実なエピローグとなっている。妻と子を失ったルパンが、「怪盗ルパン」になっていったという原作の文章そのままの映像化と言っていい。ただし、それで一分かそこらでその後のルパンの冒険人生を列車の中で次々と姿を変えていくという描写だけで処理しちゃったため、今後もしシリーズ化した場合どうするんだというツッコミもしたくなる。
 そんなわけであっという間にルパンは40過ぎのオジサンに(笑)。ここからは実質ルパン最後の冒険譚といえる『カリオストロの復讐』のアイデアを拝借したエンディングとなる。しかし原作とは大幅に異なり、カリオストロは生きている上(だいたいこの映画では不老不死だ)、なんとジャンは泥棒ではなく(いや、原作でも泥棒にはならなかったらしいが) テロリストになっちゃっている。それにそのテロの対象がオーストリア皇太子で、突然史実と絡んでくるところには意表を突かれた。ここに出てきたオーストリア皇太子フランツ・フェルディナントはもちろんこの直後にサラエボで暗殺され第一次世界大戦が勃発、ベル・エポック(古きよき時代)は幕を下ろすことになるのだ。この映画の作者達はルパンが活躍した時代「ベル・エポック」の終焉を示唆しようとしたのかもしれない。それにしてもジョゼフィーヌがなんでオーストリア皇太子を暗殺しようとするのか、またルパンはジョゼフィーヌとジャンとを相手にどう行動するつもりなのか、余韻を残すというよりハンパなところで放り出されたようなラストには釈然としない観客も多いのではなかろうか。
 

 さて、最後にこの映画についてのまとめを。
 いろいろツッコミは入れているが、事前の予想からすれば思いのほか原作(「カリオストロ伯爵夫人」)に忠実に脚色された映画であるとは言えるだろう。特に「百年前を描いた時代劇」であることを強く意識して華やかなベル・エポックの血湧き肉踊る冒険譚を21世紀初頭風味で巧みに映像化して見せたスタッフには素直に拍手を贈りたい。なんといっても濃い目のルパンファンにこれだけツッコミ(文句ではない) を入れさせ満腹させてしまう洒落っ気(エスプリ?)のある映画を作ってしまったんだから、大したものだ。TVドラマシリーズの「ルパン」に見られる軽いノリではなく、サスペンスとアクションに満ちたハードな冒険映画に仕立ててくれたのも嬉しいところ。未熟な若者が「怪盗」に成長していく姿を演じた(ついでに中年以降も演じちゃったけど)ロマン=デュリスもなかなかにハマっていたと思うので、ぜひ彼主演で他のルパンシリーズの映画化も望みたい。


怪盗ルパンの館のトップへ戻る