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「奇岩 城」(長編)
L'AIGUILLE CREUSE
初出:1908年11月〜1909年5月 「ジュ・セ・トゥ」誌44〜52号
他の邦題:「奇巌城」(保篠訳・ポプラ・創元)

◎内容◎

 アンブリュメジーのジェーブル伯爵の屋敷に盗賊団が侵入した。秘書のダバルが殺害され、伯爵の姪レーモンドは一味の首領を狙撃し重傷を負わせる。ところ が屋敷から盗まれたものは何もなく、重傷を負ったはずの一味の首領も発見されない。謎だらけの事件の現場に現れ、快刀乱麻の名推理で事件の謎を解いたのは 17歳の高校生、イジドール=ボートルレだった!
 現場で発見された謎の暗号。それは古代よりフランス王家に伝えられてきたある秘密の鍵だった。その秘密は怪盗紳士アルセーヌ=ルパンの秘密そのものでも あるのだ。次々と変装し神出鬼没の活動をするルパンに、ボートルレ、ガニマール、そしてホームズが挑んでゆく。フランスの歴史とともにあった「エギーユ・ クルーズ(空洞の針)」の秘密とは何か…!?



◎登場人物◎(アイウエオ順)

☆アルセーヌ=ルパン
怪盗紳士。

☆アルベール
ジェーブル伯爵邸の召使い。

☆アンフレディ男爵
エギーユ城に住む謎の貴族。

☆イジドール=ボートルレ
パリのジャンソン高校三年生の少年。名探偵顔負けの明晰な推理力を発揮。

☆ヴァティネル親方
ルヴト村に住む馬引きの親父。

☆ヴェリーヌ男爵
マリー・アントワネットの古文書を所有する貴族。

☆ヴェルディエ夫人
ディエップに住む女性。

☆エティエンヌ=ド=ヴォドレイ
事業家。世界をまたにかける冒険家でもある。

☆ガブリエル=ド=ヴィルモン
ヴェリーヌ男爵の娘。最近自動車事故で夫と長男を失い、残された息子ジョルジュを育てている。

☆ガニマール
パリ警視庁の主任警部。長年にわたってルパンを追跡している。

☆クーリー
アメリカの億万長者。

☆クビヨン
憲兵隊班長。

☆ゴメル
税官吏になっているルパンの部下。

☆ジェーブル伯爵
ノルマンディのディエップ近くのアンブリュメジーに住む大富豪。修道院長の館を買い取り、改装して居住している。

☆シャーロック=ホームズ(エルロック=ショルメス、ハーロック=ショーメス)
イギリスの名探偵。過去にも何度かルパンと対決。

☆シャルプネ
ジェーブル伯爵の持つルーベンスの絵を模写しに来た若い男。

☆シャルロット
フロベルヴァルの娘。12〜13歳ぐらい。

☆シャレル
アンドル県の小村に住む研ぎ師の老人。

☆シャロレ
ルパンの部下。

☆ジャン=ダバル
ジェーブル伯爵の秘書。

☆ジュエ
アンブリュメジーに住む医者らしい。

☆シュザンヌ=ド=ジェーブル
ジェーブル伯爵の娘。

☆ジョルジュ
ヴィルモン夫人の子で、ヴェリーヌ男爵の孫。

☆セザリーヌ
ゴメルの妻。ヌービエットで婦人服の仕立てをしている。

☆テザール警視
パリ警視庁の刑事。

☆デュゲー=トルワン
フランス海軍水雷艇の艇長。

☆ドラットル博士
パリのデュレ通りに診療所を持つ有名な外科医。

☆ハーリントン
アメリカ人の億万長者クーリー氏の秘書をつとめる青年。ヨーロッパの美術品を買い集めていた。

☆ビクトール
ジェーブル伯爵邸の召使い。

☆ビクトワール
ルパンの乳母。

☆フィユル
予審判事。皮肉屋。

☆フォシエ
憲兵隊隊員。

☆フォランファン
パリ警視庁の警部。

☆ブレドゥー
フィユール判事の書記。

☆フロベルヴァル
シェルブール軍港の職員で、ボートルレ家とは親しいつきあい。ボートルレの父をかくまう。

☆ボートルレの父
名前不明。ルパン一味に誘拐される。

☆ボバディリャ侯爵
スペイン大公でジェーブル伯爵の母方のおじ。登場はしないが伯爵にルーベンスの絵を遺贈した。

☆マシバン
文芸アカデミー会員の歴史学者。

☆ルイ=ヴァルメラ
エギーユ城の家主。30歳ぐらいの好青年。

☆ルカニュ
憲兵隊隊員。

☆レーモンド=ド=サン=ベラン
ジェーブル伯爵の姪。

☆わたし
ルパンの伝記作者。ルパンとボートルレの会見に立ち会う。


◎盗品一覧◎

◇4枚のルーベンスの絵
ルーベンス(1577-1640)はフランドル地方出身のバロック期の代表的画家。この4枚の絵は神話の一場面を描いたものとさ れ、ジェーブル伯爵が母方のおじのスペイン大公ボバディリャ侯爵から遺贈された。

◇ゴシック期礼拝堂の彫刻
ジェーブル邸敷地内の修道院廃墟の中にある礼拝堂の彫刻を、ルパンはそっくり頂戴して石膏で作った偽物とすりかえていた。

◇「空洞の針」の暗号文
ルイ16世から王妃マリー・アントワネットに託され、王妃はそれを祈祷書の中に挟んでおいた。ルパンがそれを盗み出し、自分のサインを残していた。

◇ラファエロの『聖母と神の子羊』
ラファエロ(1483-1520)はイタリア・ルネサンス期の代表的画家・建築家。ルネサンス三大巨匠の一人とされ美しい聖母像を多く手がけた。

◇アンドレア・デル・サルトの『レクレツィア・フェデの肖像』
アンドレア・デル・サルト(1486-1531)は16世紀初頭のフィレンツェの画家。「レクレツィア・フェデ」は彼の妻となった女性で、この肖像画はス ペインのプラド美術館所蔵。(下図)


◇ティツィアーノ『サロメ』
ティツィアーノ(1488-1576)は16世紀イタリア・ルネサンスのヴェネツィア派の巨匠。『サロメ』はスペインのプラド美術館所蔵。(下図)


◇ボッティチェリ『聖母と天使たち』
ボッティチェリ(1444?-1510)はフィレンツェ出身の画家で、イタリア・ルネサンスの幕開けを告げる巨匠。『聖母と天使』はイタリア・ナポリのカ ポディモンテ美術館所蔵。(下図)


◇ティントレットの絵画
ティントレット(1518-1594)はティツィアーノの弟子でルネサンス期ヴェネツィア派の代表的画家。

◇カルパッチョの絵画
カルパッチョ(1455?-1525?)はルネサンス期ヴェネツィアの画家。彼の好物だったことからその名を冠した料理がある。

◇レンブラントの絵画
レンブラント(1606-1669)は17世紀の画家。光と闇を巧みに使った絵画で知られる。

◇ベラスケスの絵画
ベラスケス(1599-1660)は17世紀スペインの画家。

◇タペストリー各種

◇世界で一冊の本各種

◇カルデアの護符◇ケルトの腕輪◇アラビアの鎖

◇ギリシャのヴィーナス像◇コリントスのアポロン像

◇ギリシャのタナグラ像
紀元前5世紀〜前3世紀にかけてギリシャ全域で作られた陶製の小彫像。本物は全部ルパンが所有していることになっている。

◇アンバザック教会の聖遺物匣
トマ(Thomas)一味なる盗賊団が中部フランスを荒らした(実はルパンの指図)時に盗まれたもの。

◇サイタファルネスの宝冠
1896年、ルーブル美術館に「サイタファルネス王の宝冠(ティアラ)」として購入・収蔵されていた金細工だが、現代人による捏造品と判明するスキャンダ ルが実際に起こった。実は本物はルパンが持っていたということになっている。

◇ダ=ヴィンチの『モナリザ(ジョコンダ)』
ルーブル美術館所蔵の、あまりにも有名な肖像画。これも実はルパンが偽物とすりかえて所有していた。(下図)


◇フランス王家の財宝
歴代のフランス王が秘蔵、各国から嫁いできた王妃らも持参した宝物をそこに加えていた。


<ネタばれ雑談>

☆シリーズでもっとも愛された一編

 ルパンシリーズの最高傑作は何か、という議論になると、さまざまな傾向の作品があるバラエティ豊かなシリーズだけに、ルパンファンの間でも好みがかなり 分かれ、決着がつきにくい。あくまで一般論として、シリーズの最高傑作の候補として挙がるのがこの『奇岩 城』『813』ということにはなっていて、どちらかといえば『813』のほ うが優勢というところだ。
 しかし本作『奇岩城』が、シリーズ中「もっとも愛された作品」であることは断定していいだ ろう。本国フランスでもルパンもののドラマや映画でこの作品の舞台であるエトルタの海岸は(本筋に関係ない ものでも)お約束のように出てくるところを見ると、「ルパン=エギーユ・クルーズ(奇岩城)」というイメージはかなり浸透しているらしい。

 日本では原作単行本が刊行されてから3年後の大正元年(1912)に三津木春影による翻案 小説『大宝窟王』がこの物語を紹介した最初のものと言われる。その後大正8年(1919)に保篠龍緒による最初のルパン全集(金剛社)にちゃんとした原典からの翻訳が出された。このときに保篠龍 緒が「L'AIGUILLE CREUSE(中空の針、空洞の針)」という日本語的にはピン と来ない原題の小説につけた訳題が『奇巌城』 だった。以後、ルパン翻訳業は長いあいだ保篠龍緒の専売特許という状態が続いたためもあるが、その訳題があまりに見事で代わる物がなかったため、この作品 は保篠氏以外の訳でも『奇巌城』あるいは『奇岩城』と題されるのが慣例となってしまった。こうした見事な訳題で広く定着したものとしては『ああ無情(レ・ミゼラブル)』『巌窟王(モンテ・ク リスト伯爵)』など他にも例があるが、これらが最近では原題に近いタイトルに取って代わられつつある中で、『奇岩城』だけは依然として健在 だ(最新訳は2006年5月刊行の平岡敦訳『奇岩城』)

 『奇巌城』『奇岩城』といったタイトルのインパクトもさることながら、この物語はルパンシリーズ中もっとも多くの訳本が出た作品でもあり、その膨大な訳 本の数々を眺めると(本サイト内リストを参照のこと)いかに日本で人気のある作品であるかが 良く分かる。ルパン全集への収録のみならず、世界名作文学集やミステリ傑作集にルパンシリーズ代表として収録作に選ばれたり、児童向けのリライトも含めた 単発での発行も数多く、漫画版もいくつか存在する。
 かく言う僕も小学生の時に最初に読んだルパンシリーズが児童向けの推理小説全集に入っていた抄訳『奇岩城』で、その後漫画の挿絵入りのもの(恐らく横山まさみち絵のもの)、岩波少年文庫の全訳、南洋一郎の全集版、と子供の時分だけでも4冊ぐ らい読み比べている。偕成社全集版の全訳はようやく最近になって手にとったが、ほかにもこのコーナーを作るに当たって集英社文庫版(これは単発)、つい最近出たばかりのハヤカワミステリ版も購入して同時平行で読んでいる(笑)。現在 刊行中のものにかぎっても、ルパンシリーズ中もっとも数が多いのは間違いないだろう。


☆少年探偵対怪盗紳士

 それだけ本作が愛される理由とは何か。
 まず推理冒険小説としての抜群の面白さ。発端となる不可解な事件の謎解き、そして暗号解読。二転三転するめまぐるしいストーリー展開、さらにはフランス の歴史物語を散りばめたお宝探しの興味、最終的に明らかになる怪盗ルパンの秘密基地…と、これでもかとばかり贅沢に多くの要素が詰め込まれている。実は本 作は原作者ルブランにとって初の本格長編推理小説でもあり、その読者へのサービス精神を思いっきり発揮している形だ。

 次に実質的主人公がイジドール=ボートルレなる弱冠17歳の紅顔の高校生、それでいて シャーロック=ホームズも顔負けの推理の冴えを見せる「少年探偵」 である、という点。これが本作がしばしば児童向け書籍として発行された大きな理由なのは間違いない。まして戦前の保篠龍緒による翻訳では「中学生」(もちろん旧制中学)となっていたのが戦後も一時踏 襲されていたため、よけいに低年齢のイメージが広がった可能性も指摘される。このキャラクターが江戸川乱歩の「少年探偵団」の小林少年や、その後の『鉄人 28号』の正太郎少年に代表される昭和30年代ごろの日本の少年漫画に多く見られたリアリティ度外視の「職業的少年探偵」の数々の原型になっているはず。 もしかすると「ショタ」のさらなる元祖と言えないことも無いか…(汗)。

 すでに数多くの指摘がなされているが、ボートルレには原型となった先輩キャラクターが存在する。ルブランと同時期にフランス推理小説界の寵児となってい たガストン=ルルーが書いた密室ものの古典的傑作『黄色い部屋の謎』でデビューした、ジョゼフ=ルールタ ビーユ だ。こちらは高校生ではなく新聞記者ではあるものの、やっぱり弱冠18歳の少年。16歳ですでに難事件を解決する名推理を見せ、『黄色い部屋の謎』ではす でに序盤から真相を見破ってしまっている。頭がでっかいために「ルールタビーユ」なるあだ名がついてしまったというぐらいの異相とされ、ボートルレはこれ を可愛くしたキャラということになりそう(笑)。
 「アルセーヌ・ルパン」シリーズは書き手のルブランだけではなく、そのヒットを仕掛けた編集者ピエール= ラフィットの手腕で産み出されたものでもある。名探偵ホームズ(名前こそ変えさせられたが) を作中に引きずりこんでルパンと対決させたのも編集者の仕掛けたヒット作戦だったのだろう。これがまんまと当たり、次なるルパンの敵手は…と考えた結果が 同じ国の名探偵ルールタビーユとの対決だった、それがこの『奇岩城』、という見解はかなり有力だ。ボートルレが最初新聞記者に変装して現場にもぐりこんで いるのもその現れだし、謎だらけの事件という発端じたいが『黄色い部屋の謎』を思わせるものがある。
 怪獣映画で例えて言うと、『ゴジラ』のヒットを受けて作られた続編『ゴジラの逆襲』ではゴ ジラと同じ島に住んでいたアンギラスをゴジラと対決させ、続く『ゴジラ対キングコング』では 外国の有名怪獣を引っ張り込んで対決させ、さらに『ゴジラ対モスラ』では国内の人気怪獣を対 決させたパターンと同じというわけ(笑)。てぇことはガニマールはアンギラスなのか、って怪獣映画ファン以外には意味不明の例え、すいません(汗)。
 
 実質的主人公は少年探偵ボートルレと書いたけど、やっぱりその相手がアルセーヌ・ルパンだからこそ盛り上がる。この物語はボートルレの目線で話が進むた め、ルパンの神出鬼没・変幻自在ぶりがいつになく派手。一人で何役もこなしてしまう変装技術には、初読で多くの人がダマされてしまうはず。
 そしてこの作品はこれまでの一連のルパンシリーズの集大成という位置づけでもある。怪盗紳士ルパンの力の源は何であったのかが明らかにされ、ガニマール「わたし」ホームズ(ショルメス)ビクトワールシャロレ などこれまでのレギュラーメンバーも総登場する。さらには、これまでも多くの女性と恋を重ねてきたルパンが、怪盗紳士としての自分を全て投げ出して愛する 女性と共に静かな生活を送ろうとまで決意させるほどの激しい恋をしてしまう。それは結局は悲劇に終わるわけだが、作者ルブランもここでルパンシリーズに一 つの区切りをつけようとしたフシも感じる。またそれだけ力の入った巨編になっているのだ。


☆暗号解読小説として

 推理小説のジャンルの一つに「暗号解読」がある。もっともこれは推理小説の初期にアイデアが出尽くした感もあり、近年ではほとんど見かけないように思 う。
 暗号解読ものの元祖は、やっぱりエドガー=アラン=ポーで、『黄金虫』(1843)がその代表的古典とされている。コ ナン=ドイルもこのテーマにアタックしており、ホームズものの一編『踊る人形』(1903) という名作を残した。それに続くルブランも対抗意識を燃やしたようで、ホームズを引っ張り込んでしまった『お そかりしシャーロック=ホームズ』でティベルメニル城館の秘密の通路を開く謎の暗号二つをホームズとルパンに解かせている。やはりホームズ (ショルメス)が登場する『ユダヤのランプ』にも部分的ではあるが暗号解読っぽい要素があ る。

 そして『奇岩城』だ。ルブランは本作をルパンシリーズの集大成として構想したらしく、冒頭の謎の盗難事件のトリックにとどまらず、綿密に練られた暗号解 読の要素まで組み込む離れ業をやってみせた。読者への挑戦というつもりもあったようで、連載当時から下図のようなイラストが掲載されている。

暗号羊皮紙

 まぁボートルレもダマされるぐらいなので、この暗号文をヒントなしに解くのは無理ってもんだろう。ただ1〜5の数字が母音(a,e,i,o,u)に置き 換えるということは見当がつくかもしれない。ドイルの『踊る人形』も、英語のスペルに「e」が一番多い、というのが手がかりになって単語との置き換えを模 索していた。
 同じように母音が配置される単語なんていくらでもあるんじゃ…とついつい日本人としては思ってしまうところだが、二行目後ろを「.e.oi.e.. e.」とすると当てはまる単語が「demoiselle(ドゥモワゼル=令嬢たち)」 しかない、とボートルレが断定するように、案外幅は狭いのだ。またフランス語というのが非常に複雑なスペルを書く言語で、読まない文字を飾りつけのように いろいろつけちゃうので、余計に推測がつきやすいのかもしれない。ルパンにハマったことが一因で大学の第二外国語に仏語を選んだ僕だが、このスペルの複雑 さには泣かされたものだ。実はフランス人自身も苦しめられているそうで(笑)、発音に従ったスペル単純化を求める運動もあったりする。日本の漢字交じり文 のようなもので、保守派の反対にあっているそうだが。

 同様の推理をして最後の行の「ai.ui..e」が「aiguille(エギーユ=針)」と 断定され、その後ろの「..eu.e」はあてはまる単語が「fleuve(川)」「preuve(証拠)」 「pleure(泣く)」「creuse(空洞の)」しかなく、「針」と組み合わせられるのは「空洞の」だけ、ということでタイトルにも なった「エギーユ・クルーズ(空洞の針)」が読み解かれちゃうわけだ。ちなみにフランス語で は名詞のあとに形容詞が来る、ということを僕は大学で習う以前にルパンシリーズで覚えたようなものだ(笑)。ちなみに英訳だと「Hollow(空洞の) Needle(針)」である。

 『奇岩城』の暗号解読は、そのトリックも含めてなかなかの出来だとは思うのだが、やはり仏語を母国語にしてないとその面白さはつかみにくいのが残念なと ころ。
 ルブランはその後のルパンシリーズでも暗号ものをいくつか書いており、『ルパンの告白』中の『太陽のたわ むれ』は傑作として知られているし、『813』『カリオストロ伯爵夫人』も暗号解読の要素が強い。


☆作中年代の考証

 『奇岩城』は作中に年代の明記こそ無いが、発端となるアンブリュメジーの館の盗難事件の発生日は「4月 23日木曜日」と明記されている。これに該当するのは「1908年4月23日」と いうことで特定される。つまりこの小説の連載が始まった年の出来事、とされているのだ。これまでの作品が「数年前の話」ぐらいの間をおいて語られているの に対して、『奇岩城』はかなりリアルタイムに近い「小説化」だったということになる。

 この作品の前にルブランが書いているのが戯曲『アルセーヌ・ルパン』(小説版『ルパンの冒険』)で、 これはその項目でも書いたように舞台劇という性格上、ルパン物語の中での年代特定が難しい。しかし『奇岩城』ではこの戯曲とのつながりが何点かあり、とく に重要な点としてこの戯曲のヒロインだったソニア=クリチノーフが『奇岩城』の1年前に死亡 したと明記されていることに注目したい。その後に書かれた短編『白鳥の首のエディス』ではル パンと協力して盗みをはたらくソニアが出てくるので、二人の協力関係(ちゃんと結婚したのかどうかは不明だ が恋人関係ではあったはず)は数年間は続いていたとみていいだろう。僕自身は仮に1902年に「宝冠事件」があったものとして、それからこ の『奇岩城』の1908年まで、『水晶の栓』やら『ルパンの告白』収録の細かい事件やらが起こっていたと解釈している。



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