怪盗ルパンの館のトップへ戻る

「金三 角」(長編)
LE TRIANGLE D'OR
初出:1917年5月〜7月「ル・ジュルナル」紙連載 1918年単行本化
他の邦題:「運命の手」(小田律訳)「黄金三角」(ポプラ)など

◎内容◎

 第一次世界大戦のさなかの1915年。傷痍軍人パトリス大尉は、病院で看護を受けた美女コラリーに激しい恋情を抱いていた。だがコラリーはエジプト人の 銀行家エサレスの妻であった。そのエサレスは敵国勢力と結んで大量のフランス金貨を国外に送り出す計画に関与しており、「金三角」という謎のメモと 紫水晶のメダルを手に、顔を完全に破壊された惨殺死体となって発見される。パトリスはコラリーを守りつつ調査を進めるうち、二人の父親と母親がかつて恋愛 関 係にあり、何者かの手により非業の死を遂げた事実を知っていく。そして同じ悲劇がパトリスとコラリーにも襲いかかろうとしていた。
 その危機に、スペイン貴族ドン=ルイス=ペレンナことアルセーヌ=ルパンが駆けつける。二代にわたる悲劇と恐るべき殺人事件の真相、そして3億フランも の金貨の ありかを示す「金三角」の謎を、ルパンは解きあかすことができるのか―



◎登場人物◎(アイウエオ順)

☆アメデ=バシュロ
ギマール街の貸家の門番。シメオンの友人。

☆アルセーヌ=ルパン
怪盗紳士。『813』以後、世間では死んだことになっている。

☆アルマン=パトリス=ベ ルバル
パトリスの父。

☆アンジュール
ヤ=ボンの情婦。

☆エサレス=ベイ
フランス東洋銀行頭取。表向きエジプト人となっているがトルコ系。フランス国籍もとったがイギリスに帰化した。大量のフランス金貨を国外に持ち出す秘密工 作を進める。

☆グレゴアール
エサレスの部下。

☆コラリー
若く美しいエサレスの妻。ボランティアで野戦病院の戦傷兵看護にあたり、パトリスたちに「ママン・コラリー」と慕われる。

☆シメオン=ディオドキス
エサレスの老執事。ギリシャ系。

☆シャトラン
パトリスの仲間の傷痍軍人。

☆ジュラデック
モンモランシー街に住む老医師。裏稼業でパスポート偽造をやっている。

☆ジョリス
パトリスの仲間の傷痍軍人。

☆デマリオン
元判事。2年前からフランス金貨の国外流出ルートを捜査している。

☆ドン=ルイス=ペレンナ
スペイン貴族。正体はアルセーヌ=ルパンで、主にモロッコで活動している。

☆バティネル
パトリスの仲間の傷痍軍人。

☆パトリス=ベルバル
青年大尉。戦場で片足を失った傷痍軍人で、松葉杖をついている。病院で看護を受けたコラリーに激しい恋をする。

☆バラングレー
フランス大統領。『813』では総理兼内相だった。

☆プーラール
パトリスの仲間の傷痍軍人。

☆ブールネフ
ファキー大佐の部下。

☆ファキー大佐
中東系の軍人で、生粋のパリっ子なみの仏語を話す。コラリーを襲い、エサレスを脅迫するが逆に射殺される。

☆ムスタファ=ロバライ ヨフ
ファキー大佐の部下。コラリーを襲撃する。

☆モスグラネム夫人
エサレスの情婦。

☆ヤ=ボン
セネガル人の兵士。戦闘で片腕を失い、顔にも大きな傷を負った。パトリスの忠実な部下で怪力の持ち主。

☆リブラック
パトリスの仲間の傷痍軍人。

☆ルイーズ=コラリー
コラリーの母。フランス外交官の娘で、セルビア貴族オドラヴィッチ伯爵と結婚してコラリーを生んだ。


◎盗品一覧◎

◇3億フランの金貨
エサレスが国外に流出させていた金貨の一部を着服しようとしたもの。ルパンはこれを発見するが、私物化せずフランスの外交工作に使わせている。

◇400万フランの現金
エサレスが隠し持っていたものをルパンが発見。ただしルパンはこれを祖国の勝利のためにしか使わないと明言している。


<ネタばれ雑談>

☆「第一次大戦シリーズ」第2作

 第2作、と書いちゃったが、前作『オルヌカン城の謎(砲弾の破 片)』には当初ルパンは登場していなかったから、厳密には第一次大戦に怪盗ルパンが関与するのはこの『金三角』が最初となる。また、ややこしいことに執筆順から言 うと1914年にアメリカで発表した『虎の牙』のほ うが先行しており、『金三角』中で『虎の牙』の内容をふまえた個所も存在する。だが大戦後にフランスで発表された完全版の『虎の牙』は明白に大戦後を舞台 としており、ルパン年譜的にも『金三角』より後の年代の物語となった。
 1915年の『オルヌカン城の謎』のあと、ルブランは1916年に非ルパンもののミステリ長編『赤い輪』を「ル・ジュルナル」紙に連載している。これはルブ ランのオリジナル作ではなくアメリカで製作された映画のノヴェライズという変わり種。そしてその翌年の1917年にやはり「ル・ジュルナル」に連載された のがこの『金三角』だ。『ルパンの告白』シリーズが完結した1913年以後、久々にフランスにアルセーヌ=ルパ ンが帰ってきた作品で、アメリカで出版された単行本には「アルセーヌ= ルパンの帰還」と の副題が付せられていたという。
 小説中の年代でもルパン久々の復活である。『813』以降に発表された『ルパンの告白』や『水晶の栓』は『813』以前の年代の話で、『813』のラス ト、海に身を投げたルパンがドン=ルイス=ペレンナと名乗り、アルジェリアのフランス外人部隊に志願して以後の物語は、フランスでは『金三角』でようやく 明かされたのである(くどいようだがアメリカでは『虎の牙』で先に 明かされていた)

 さて、『オルヌカン城の謎』は戦争そのものを濃厚に描き、愛国心と敵国憎悪を強烈にに じませた小説だった。それに比べると『金三角』は大戦の序盤の1915年の時点の物語にはなっており、愛国心の強調や敵陣営の国民に対する敵視は随所に見 られはするものの、戦争そのものは直接的には描かれない。あくまで殺人事件 と暗号の謎解きをメインとした娯楽色の強い推理小説であり、戦時中という設定はその背景に使われているにすぎない。これは前者が大戦序盤の1915年、後 者が大戦後半の転機となった1917年という時期に書かれたことが大きいだろう。
 1914年夏に始まった世界大戦は、両陣営の短期決戦の思惑が外れて膠着状態の長期戦となった。戦線はほとんど動かず、それでいて最新兵器により双方の 兵士に大量の死傷者が生み出され続けた。戦争の長期化は銃後の経済にも大きな影響を与え、1917年にもなると市民たちも当初の愛国的熱狂をさすがにトー ンダウンさせていた。フランス軍でも前線で兵士たちが司令部を批判してサボタージュを起こすなど士気の低下が明らかになりつつあった。
 一方で長く続く大戦の推移に転機が見え始めたのもこの年だった。2月からドイツが無制限潜水艦作戦を展開、3月には大戦による疲弊からロシアで革命がお こり臨時政府が成立し10月にはボリシェビキ政権が成立して戦争から離脱する。逆に4月にはそれまで中立を維持していたアメリカが連合国側で参戦、パワー バランスを連合国側に大きく傾けることになる。まだ大戦の帰趨に楽観はできないもののフランスにとっては明るい兆しが見えかけた時期に『金三角』は書かれ ているわけだ。

 大衆作家であるところのルブランは読者のニーズを巧みにつかんでいたと言える。『オルヌカン城の謎』で描かれた勇壮な戦争描写に代わって戦争により身体 を損なった傷痍軍人らが物語の中核におかれたのは象徴的だ。もちろん彼らを英雄と称え戦意を鼓舞する意図もあるわけだが、それは戦争によってもたらされた 悲劇的現実を直視するものでもあった。これまでのルブラン作品に比べてひどく陰惨な描写が目立ち、犯人のキャラクターも徹底して残忍になっていて、その犯 人に自殺を強要して事実上「処刑」するラストなどは、戦争ですさんだ市民の心情の反映ととることもできる(この傾向は次作『三十棺桶島』でより濃厚になる)。それでい て戦場描写そのものは一切描かず、フランスを優位に導く外交工作をルパンが展開し、明るい展望を読者に抱かせるつくりにもなっている。
 そもそもルパンの再登場じたいが、読者層の渇望に応じたものだったのだろう。大戦以前のベル・エポックでこそ魅力を発揮するキャラクターであった怪盗ル パンは本来戦争の時代には不向きで、ルブランも大戦勃発以降はルパンシリーズをストップさせた(アメリカで出した『虎の牙』はルパン引退の物語でもあった)。 だが戦争が長引き、重苦しい空気におしつぶされそうになった人々は、かつての平和な時代の国民的スーパーヒーローであり痛快無類の怪盗ルパンの冒険物語を 欲した。それに応じて『金三角』がルパン物語として書かれることになったのではなかろうか。
 『金三角』をお読みになった方は分かるだろうが、物語の前半はかなりルパン的なキャラクターであるパトリス=ベルバル大尉を主人公として展開される(初読時にパトリスが実はルパンなんじゃないかと思いつつ読んだ覚えがある)。 ところが後半からルパンが「救世主」よろしく突然乱入、それまでカッコよかったパトリスがドジばっかりやるお荷物キャラに変化していく。僕はこれは当初ル パンが登場しない予定で組み立てられていた小説に強引にルパンを登場させたことを示しているのではないかと思っているのだが、どうだろう。同様のことは最 終盤になってルパンが乱入する『三十棺桶島』についても言える。


☆ミステリとしての『金三角』

 毎度くどく書いてますけど、ここは「ネタばれ雑談」コーナーですからね。未読の方は以下を読んではいけません。
 
 上記のように、もともとルパン物語として構想されたものではないんじゃないかと思える本作、ルブランは本格ミステリとして評価されるようなものを書こう とかなり意欲的に綿密な構想を進めたのではないかと思えるところがある。それが成功しているかどうかは意見の分かれるところだと思うけれど。
 物語の中核となる殺人事件は、推理小説の用語でいう「顔のない死体」の パターンをとっている。顔が判別できない死体(あるいは頭部自体が 失われてる場合あり)が見つかり、被害者と思われた人が実は別人で…という展開になるパターンで、推理小説の世界では内外問わず例が多い(未読の方のためにタイトルは挙げないでおきます)。ルブラン が『金三角』を書いた時点でもすでに前例があり、それを百も承知で書いたものと思われる。だいたい「顔のない死体」が出てきた時点で、被害者と思われたエ サレスが生きていることは大方の読者には予想がついてしまう。そこにルブランはエサレスとシメオンの「人間入れ替わり」トリック(これがそもそも「ルパン的発想」)を加えることである程度読 者の意表を突く工夫はしているが、これも早い段階で気づいちゃう人が多そうだ。
 そこでルブランはストーリーにさらなる工夫を凝らしている。青年大尉パトリスと美しき人妻コラリーの、幼い日から「運命の手」に仕組まれていたかのよう なラブロマンス。そしてそれが実はそれぞれの親同士の恋愛関係の悲劇から始まっていたことが次第に明らかになっていく過程なんかはルブランのストーリーテ ラーぶりがいかんなく発揮されている。そして後半にいたってシメオン=エサレスが実はパトリスの父親なのではないかとギリギリまで疑わせる展開にも、読者 は手に汗握らされることになる。結局のところ本格ミステリとしてよりもサスペンス満載な、ハラハラドキドキのスリラーの性格が強い小説になっていると思 う。もっと もルパンが登場する後半以降はルパンならではの冒険要素が強くなってきてバランスが悪い嫌いもあるのだが。

 もうひとつミステリとしての中核となっているのはタイトルにもなっている「金三角」という言葉の謎解きだ。もっともこちらのほうは僕も初読時いらい納得 しかねているところで…金貨を三角に、というかピラミッド状に積んで砂山の中に隠しているから「金三角」、という解き明かしは正直驚きが少ない。だいたい その砂山じたいが謎解きの場面で登場するので全くフェアではない。謎解きをしてみせたルパンがエドガー=アランーポー『盗まれた手紙』を引き合いに出して「誰 にも目につく、とても隠し場所にならなそうなところにものを隠す」という心理的盲点をついたトリックであることを説明してみせたりするが(これは『水晶の栓』でもやっていた)、小物を隠すのとはわけ が 違うので説得力に乏しい。
 あくまで想像なんだけど、ルブランは「金三角」という魅惑的な言葉をまず最初に思いつき、そこから物語を構成したんじゃなかろうか。「Le Triangle d'or」、英訳では「The Golden triangle(ゴールデン・トライアングル)」と いう言葉はかなり強烈である。言葉の面白さから始まって謎をあとから作ったために説得力ある謎解き展開が作れなかったんじゃないかなぁ、と思っているのだ が。

 脱線めいた話になるが、タイ・ミャンマー・ラオスにまたがる麻薬産出地は日本語では「黄金の三角地帯」と呼ばれるが、英語ではまさに「ゴールデン・トラ イアング ル」、中国語ではずばり「金三角」と表記される。また漫 画家・手塚治虫の作品には映画の俳優のような「スター・ システム」がとられていることはよく知られるが、その悪役スターの中にズバリ「金三角」というのが いる(知らない方は、こちらを参照されたい)。もちろん元ネタはルパンシリーズのこの小説の題名からで、翻訳史のリ ストを見ると「金三角」の邦題は1930年刊行の保篠龍緒の平凡社版ルパ ン全集から使われているから、手塚治虫も少年時代からなじみがあったのだろう。ついでながら手塚治虫の漫画にはアルセーヌ=ルパンその人がキャラクターと して登場する作品が複数存在する。これについてはいずれ専用のコーナーで紹介したい。

 このコーナーを書くためにあれこれ検索かけて調べていたら、横溝正史の 金田一耕助ものの長編『三つ首塔』(1955年発表)は 『金三角』に似ている、との指摘を見つけた。横溝はそこそこ読んでるけどまだまだ未読が多い僕はこれを機に初めて『三つ首塔』を読んでみた。横溝作品の中 にあっては推理よりもストーリーの面白さ、サスペンスと悪趣味(笑)満載でジェットコースターのように展開、読者に一気読みをさせてしまう系統の作品だ が、確かに物語の中核になる男女に『金三角』のパトリスとコラリーの設定が重なってくるところはある。特に二人を結婚させようと子どもの時から見守ってる存在がい て、幼い時からの写真が出てくる、というあたりはよく似ている。ほか何点か細かいところで似てるような、と思わせるところがあるが(出てくるたんびに変装・変名するルパンみたいなのがいるんだよな…)、 キャラクターや全体の話の構造はまるっきり別モノである。
 ただ横溝正史は戦前にルパンの子供向け翻案小説をいくつか手がけているので、重々承知の上でこの設定を拝借している可能性はある。横溝とルパンシリーズ といえば、なんといっても『三十棺桶島』があるが、 これについてはそちらで語ることにしたい。

「その2」へ続く

怪盗ルパンの館のトップへ戻る