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☆漫画にみる怪盗ルパン

おまけ企画
手塚マンガのアルセーヌ・ルパン

☆はじめに

 漫画という表現世界を大きく広げ、膨大な量の作品を遺して「漫画の神様」とまで称えられる手塚治虫。没後四半世紀を過ぎながらも誰知らぬ人はない…といってもいい存在だと思いますが、その手塚治虫とアルセーヌ・ルパンの縁について知ってる方はあまり多くはないでしょう。初期作品に限られる話なのですが、手塚治虫は作品内にアルセーヌ・ルパンその人を何度かゲスト出演させているほか、作品内のあちこちにルパンがらみのネタをちりばめているのです。実は漫画の神様もルパンファンだった?という話題をまとめてみました。


☆ルパン本人が登場した2作品

 こんなサイトやってて、それなりに手塚ファンでもあると自認していた僕でしたが、手塚漫画にルパン自身が登場していると知ったのはだいぶあとになってからです。きっかけは手塚治虫公式サイトにある手塚キャラクター名鑑を閲覧したことでした。ああ、こんなキャラいたよなぁ、などと眺めておりましたら、ずばり「アルセーヌ・ルパン」というキャラが表示されてて「あれっ?」と。それもまったく異なる顔で2作品に登場しているというのです。おやおや、これは…と驚いて、さっそくその2作品を入手して読んでみました。

 一冊目は昭和26年(1951)に単行本で発行された『化石島』という作品。「化石島」と呼ばれ、まるで彫刻のようなおかしな岩がたくさんある島にやってきた三人がそれぞれに見る夢を描いた作品です。最初の話の主人公は少年記者ロック・ホーム。手塚キャラ中の常連スターで、後年はヒネた悪役が多くなったキャラですが、初期作品では正統派美少年主人公が多く、本作でも同様です。その名前がホームズのもじりなのは明らかですが、本作では少年新聞記者で探偵でもあるなどむしろボートルレっぽい。

 夜にロックが目を覚ますと、なんと名探偵シャーロック・ホームズ当人が島にやって来ています。しかも国立博物館から彫刻を盗み出したルパンその人を追ってです!ホームズはこの島にある岩が実は石膏づくりで中に彫刻が隠されていることを見抜き、岩を次々破壊しますが(この場面、明らかに「奇岩城」の応用)、中身の彫刻は偽物とすり替えられていた。ルパンに出し抜かれたと嘆くホームズですが、実は島に住む老人がルパンも出し抜いて彫刻を横取りしていたのです。

 ところがところが、そこへルパン当人が登場(右図。けっこうオッサン顔)!実はルパンは愛する美術品を戦火から守る目的で長い年月をかけて博物館館長になりすまし(!)、ひそかに美術品をこの島に移していたと語ります。ルパンは彫刻を船に運び込んで島から逃げようとしますがロックにつかまって取り返され、それからまた話は二転三転…となり、意外とあっさりと終わります。そのあとは別の主人公の見る夢へとリレーしていくわけです。

 講談社から出ている手塚治虫漫画全集版に作者本人が書いた解説によりますと、この「化石島」は企画当初はロックを主人公にしたもっとシンプルな「宝島」っぽい冒険ばなしだったが別の漫画家が良く似た設定の連載を始めてしまったため予定を変更、当時アイデアをあたためていた雰囲気がそれぞれに異なるストーリーをオムニバス形式でつなげた構想に変わり、その第1話としてこのルパンとホームズが登場する話が作られたということだそうです。そのため全体としては統一感に欠け、夢の中の話とはいえルパンやホームズ当人たちが乱入して来る展開は無茶と言えば無茶です。
 それはそれとして、この作品に出て来るルパンは美術品を愛好し、殺人は嫌い、なかなかダンディに決めた紳士になってます。原作どおりといえばそうですが、カタキ役のホームズがかなり道化役じみているのが興味深い。手塚先生、かなりルパンにカタを持ったな、とこの作品でまず思っちゃったわけです。

 もう一冊は『冒険狂時代』という作品。『化石島』とほぼ同時期の昭和26年(1951)末から「冒険王」誌上に連載が始まり、昭和28年まで連載された長編です。
 ストーリーは作者も「行きあたりばったり」と言ってしまっているほど説明困難なもの。いきなりカリブ海で客船が海賊に襲われるところから始まり、主人公の日本の少年武士ほか数名が救命ボートで洋上をさまよううち、一人の神父が「ナポレオンの財宝」のありかを示す地図の切れ端を托して亡くなります。やがて大竜巻が襲って来て一行はいきなりアメリカ西部に飛ばされて西部劇ワールドで大冒険。さらにモロッコで外人部隊に入ったり、海賊たちと大乱戦したり、しまいにはバグダッドでアラビアンナイトな冒険をしたり…とまぁ、とにかくバラエティに富んだ展開に。一応「ナポレオンの宝」の争奪戦が主軸になってはいるのですけど、連載時は読者も毎回毎回のストーリーを追うのに大変だったんじゃないかなと思ってしまいます。
 作者自身も書いてますが、この作品はもともと西部劇のところで終わるはずが雑誌側の要請で話が延ばされたため、当時作者が大好きだったハリウッド映画の要素をあれこれと引っ張りこんで物語をでっち上げることになったようです。

 で、この漫画の第二部の西部劇部分から、変装が得意な謎の人物が登場します。やはりナポレオンの宝を追いかけていて、「モンテ・クリスト伯爵」なんて名乗ったりする。第三部に入るとますます変幻自在に暗躍するようになり、ついに端正な美青年の正体を現し、実はフランスの大盗賊アルセーヌ・ルパンその人であることが明かされます(左図。ただし手塚全集版はキャラの顔が書きなおされていて、このコマのルパンも手塚後期のタッチになってます)。大冒険の末に宝の争奪戦はむなしい結果に終わるのですけど、ここでルパンが主人公の少年武士に正体を明かして語りかけます。

 「幸福と富を追いかける主人公は古今東西の小説にうんと出て来るのさ。…またつぎの宝を探してすすんでいくものだ。これが人生というものだ。…人間というものはむだと知りながらも見えない宝を探しもとめていく…すばらしいじゃないか」

 う〜ん、なかなか含蓄のあるお言葉。実際にさまざまなお宝を追い求めたルパンその人の口から出るから、よけいに「いい言葉」に聞こえてきます。しかしそれに続けて、「私はマリアというすばらしい宝をみつけた…」と、物語冒頭から登場していた美少女キャラを紹介してくれちゃう。「またそれかよ、お前は!」とツッコんでしまうルパンファンも多いはず(笑)。南洋一郎版しか知らない人にはそんなルパンが意外でしょうが、この漫画が書かれた当時はルパンといえば保篠龍緒版ばかりで、その女性遍歴を読者はちゃんと承知してたはず。手塚治虫もこれは分かっててやってるんだと思います。

<以下、2015/5/24の追記>
 このコーナーの公開後、「怪盗紳士淑女掲示板」ほか各所でいろいろと情報提供をいただきました。いやはや、まだまだあったんですね、手塚ワールドのルパンネタ。それらの情報を以下に追加します。

 まずルパンその人が手塚マンガに出演しているケースが他にもありました。昭和34年(1959)に「冒険王」誌上で連載された中編『ジェットキング』がそれです。手塚治虫自身も週刊誌時代、テレビ時代の漫画界の変化に対応してあれこれ模索していた時期の作品としていて、確かに一風変わった作品です。悪く言えばかなり行き当たりばったりな内容で紹介が難しい作品でもあります。
 小学生の主人公が突然変身能力を持つようになり、先祖伝来の「仮面」をつけて「正義の味方ジェットキング」となり、悪人たち相手に大暴れ…というのが一応の基本設定。このころからテレビで盛んになってくるヒーローもののはしりと言えるんですが、このジェットキングに対抗するべく世界中の悪人たちが大集合。その中に華々しく登場するんですよ、我らがアルセーヌ=ルパンご本人が。

 さすがはルパン、他の凶悪一辺倒な悪人たちとは一味違い、得意の変装と策略によりジェットキングを打ち負かしてしまうんです!(右図)ルパンの名を聞いたジェットキングは「アルセーヌ・ルパンだって…!あの小説で有名な怪盗だな…」と悔しがりますが、そのまま生け捕りにされて悪人たちの集結する島へ連行されます。凱旋したルパンは「どうです諸君。アルセーヌ・ルパンはいままで絶対に人を殺さなかった。このとおり生けどりにしてきたんだぞ」と胸を張り、ジェットキングのマスクをはがせと騒ぐ悪人たちを「シャラップ!」と一喝して黙らせるカッコいい場面も。でもこのあとジェットキングが死刑にされかかったりするんでルパンは何をやってるんだと思っちゃうんですが、ルパンはそれっきり出て来なくなります。ジェットキングは結局助かるんですけど、ルパンに敗北したことは認め、天狗になっていた自分を大いに反省することになります。

 ネタばれになりますけど「ジェットキング」って実は夢オチ作品でして、全体的に現実感がとぼしく、小学生の子供が見た白昼夢の大冒険といったところで、ホントにとりとめのない話なんですね。だからここに登場するルパンも、主人公が日ごろ読みふけっていた「あの小説」の人物が夢の中にまで登場しちゃった、と解釈できそうです。そうだとしても世界の悪人代表としての登場、主人公を完璧に打ち破り、人殺しはせずダンディにキメてるルパンのカッコよさは上記作品にも通じるものがあります。


☆手塚少年はルパンファンだった?

 さて上記の『冒険狂時代』、実はもととなった企画がありました。全集版あとがきで手塚治虫本人が明かしているのですが、手塚治虫が中学生の時(もちろん戦前なので旧制中学)に書いた習作の長編「おやじの宝島」が『冒険狂時代』のベースなのだそうです。この「おやじの宝島」はなんと1000ページ近くの大長編で、主人公は手塚漫画のスター・ヒゲオヤジ演じる私立探偵で、そこにシャーロック・ホームズ、さらにガニマール警部、さらにさらにアルセーヌ・ルパンが登場して、宝島の地図をめぐって大乱戦、という聞くからに楽しそうな内容だったそうです。
 それでいて当時から既に大人向けのストーリー漫画を志向していた天才手塚は、この習作を後年の劇画のようなリアルな話に仕立て、恋愛要素までぶちこんでいたというから驚きです。本人もかなりの自信作だったようで、『冒険狂時代』全集版のあとがきでも機会があればちゃんと形にしてみたいということを書いてますが、残念ながらそれは実現しませんでした。

 『冒険狂時代』はその習作の設定を流用して書かれたわけですが、ホームズやガニマールは登場せず、連載の都合からかなりハチャメチャな展開になりました。それでいてルパンだけはちゃんと登場、おまけにささやかながら恋愛要素も一応含んでいる点は「おやじの宝島」の名残なのだと思われます。また上記の『化石島』の一話もルパンとホームズが登場していることから、「おやじの宝島」が念頭にあったと考えるのが自然でしょう。
 習作に登場していたヒゲオヤジ・ホームズ・ガニマールが『冒険狂時代』に登場しなかったのは、そのアイデアをあの有名な『メトロポリス』で使ってしまったから、と手塚治虫本人が書いてます。さすがに『メトロポリス』にルパンが登場する余地はなかったでしょうが、おかげでルパン一人が『冒険狂時代』に出演してかえって印象に残ってしまう「美味しい役」をいただけた、とも言えそうです。
 
 ところでルパンにしてもホームズにしても、戦前の日本では広く読まれて人気を博し、すでに「誰もが知るキャラクター」であり、怪盗・名探偵の代名詞となっていました。だから手塚治虫も「勝手に」自作に登場させてしまったわけなんですが、この二作品の扱いを見てると、手塚先生、明らかにルパンびいきなんじゃないか?という気がします。ホームズは『化石島』でも道化役でしたが、『メトロポリス』でもあまりいい扱いとは言えません。そもそもどちらも一般的なホームズイメージとかけ離れたキャラデザインになっていて、手塚治虫はあまりホームズものには深入りしてなかったんじゃないか?とも思えてきます。
 一方でルパンについては登場する2作品ともなかなかカッコいいですし、ルパンのみならず宿敵のガニマール警部までが「手塚キャラ」の一員になっています。こうした点から、手塚治虫は少年時代からルパンファンだったのでは?との疑いを抱いていたのですが…

 その疑いを裏付られけたのが右図です。これは手塚治虫没後だいぶたってから出た手塚研究本に載ったもので、戦時中に書かれた「習作」の1カット。手塚キャラには有名な「ヒョウタンツギ」はじめ謎のギャグ生物が含まれますが、その中のひとつ「ママー」という生物ばかりが登場する変な作品です。そのうちの1ページしか紹介されていなかったのでどういう内容なのかは分からないんですが、ママ―たちが経営する映画館が登場し、そこに掲げられているポスターが右図なのです。
 タイトルはずばり「怪盗紳士」(と書いて「アルセーヌ・ルパン」と読ませるようです)。主演は「モールス・ルブラン」(笑)です。その主演の姿も「ママー」がシルクハットにモノクル(もともと一つ目なので「片眼鏡」にはならんけど)という、「ルパンファッション」になってるところも注目です。

 たったこの1コマだけで「ルパンファンだ!」ときめつけるのは気が早すぎるかもしれませんが、ルパンファンにして手塚ファンとしては嬉しくなっちゃう一コマではありませんか。

<以下、2015/5/24の追記>
 手塚治虫のデビュー前の習作についてもいくつか情報をいただきましたので、追記します。

 まず『おやじの宝島』の前に書かれた『幽霊男』という作品があり、世界的な秘密結社の首領である「ルセーヌ・パン」なるキャラが登場していたそうです(「シャーロック・ホームズ」→「ロック・ホーム」と同じ手法ですね)。表の顔は「ゴンドラ・カヌー博士」なる人物を名乗っていますが、裏では世界的に暗躍する大悪人。ルパンその人ではないにしても「ルパンもどき」なキャラなのは確かです。また1951年に発表された『新世界ルルー』というSF作品にも「ゴンドラ卿」なる、やはり世界的な秘密組織の首領であるダンディな怪紳士が登場しており、これも『幽霊男』のルセーヌ・パンを意識した、あるいは流用した可能性があるようです。
 そして『おやじの宝島』では『幽霊男』の反動か、はたまた「ルパンその人」であるためか、ルパンは恋人を殺されたヒロインを助けたり(ガニマールに「女が事件に絡んでるならまた情痴関係か」と言われるそうで)、刑事に変装してガニマールやホームズをからかうなど、原典通りのカッコいい怪盗紳士ぶりを発揮しているとのことです。


☆手塚ワールドのルパンネタ

 アルセーヌ・ルパン本人の登場は『化石島』『冒険狂時代』の2作品に限られましたが(ホームズもそうですが、脇役とはいえ多く使うのは難しかったでしょう)、『メトロポリス』に出演したガニマール警部の方は手塚劇場脇役スターとして息の長い活躍をしています。同じ顔のキャラは『メトロポリス』以前から登場していますが、「役者」としての名前は「ガニマール警部」で定着しています。悪役が多めですが人情味のある親分・親父役にうってつけの顔で、初期作品から晩年の作品までよく登場しています。手塚治虫公式サイトでその顔を確認していただければ「そういや見たことあるな」と思う人が多いのでは。
 登場作品のうち少女漫画「ひまわりさん」では「ガニマタ親分」という役で出演してまして、これは明らかに「ガニマール」にひっかけた名前です(笑)。

 ほかにルパンに関わりのある手塚キャラといえば、「金三角」が有名。これも顔は公式サイトで確認していただきたいのですが、うさんくさい東アジア系が多い悪役スターの一人。「金」を姓にして漢字三文字ということでシャレで「金三角」とつけたのでしょう。モデルは意外にも手塚治虫少年を昆虫マニアにいざなった恩人とのこと。

 さらにしつこく手塚漫画にルパンネタを探しますと、やはり初期のSFミステリ短編である「くろい宇宙線」という作品に見つけることができました。この作品では名物コメディリリーフ役の「チック」「タック」のコンビが新聞記者を演じていて、殺人事件の犯人は警部ではないか?という迷推理を披露する場面で「アルセーヌ・ルパンだって警察署長だったことがあるんだぞ」というセリフがあるんです。

<またまた2015/5/24の追記>
 その後読んだ方からご教示頂いたのですが、初期SF三部作のひとつ『来るべき世界』のなかでも、登場人物が「いかにも秘密のありそうな家」を見て「怪人ルパンでも住みそうだな」と口にするセリフがありました。よくある「怪盗」ではなく「怪人」なのは、恐らく当時としては「盗」という字が児童向け漫画としてよろしくない、という配慮からと思われます(実際古い児童書に実例があります)

 なにせ膨大な量の手塚ワールド。僕もまだまだ読んでいない作品がたくさんありますから、マメに探して行けばもう少しは見つかるんじゃないかな、と思いつつ全集に順番に目を通しているところです。


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