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「おそ かりしシャーロック・ホームズ」(短編)
HERLOCK SHOLMÈS ARRIVE TROP TARD
初出:1906年6月「ジュ・セ・トゥ」誌17号 単行本「怪盗紳士ルパン」所収
他の邦題:「遅かったりシャーロック・ホームズ」(新潮)「遅かりしシャーロック・ホームズ」(創元)「大探偵ホームズとルパン」(ポプラ)「おそ すぎたシャーロック・ホームズ」(岩波

◎内容◎

 ディエップにあるティベルメニルの城館には大昔に作られた秘密の通路が存在する。その通路の扉を開く鍵となる二つの謎の文句が伝わっており、これを聞い たオラース=ベルモンことルパンはたちまちその謎を解き、城館へと忍び込む。おりしもイギリスの名探偵シャーロック=ホームズも謎解きの依頼を受け、海を 越えて城館へとやってきた。宿敵ルパンとホームズが初めて邂逅することに。



◎登場人物◎(アイウエオ順)

☆アルセーヌ=ルパン(Arsène Lupin)
青年怪盗紳士。

☆アンドロル夫妻(Androl)
ドゥバンヌの友人。

☆エストバン(Estevan)
ジョルジュ=ドゥバンヌの従兄弟。カジノで画家ベルモンをジョルジュに紹介する。

☆エドワール(Édouard)
ドゥバンヌの運転手。

☆オラース=ベルモン(Horace Velmont)
海洋画家。ルパンの写真によく似ており、友人達からからかわれている。

☆ジェリス神父(L’abbé Gélis)
ティベルメニルの村の司祭。城館の秘密の通路にまつわる伝承を調べている。

☆シャーロック=ホームズ(エルロック=ショルメス/ハーロック=ショムズ)(Herlock Sholmes)
イギリスの名探偵。ドゥバンヌから謎解きとルパンの犯行阻止の依頼を受け、海を渡ってティベルメニルにやってくる。

☆ジョルジュ=ドゥバンヌ(Georges Devanne)
銀行家の富豪でティベルメニル城館の主。

☆ネリー=アンダダウン(Nelly Underdown)
アメリカ人富豪の父とフランス人の母の間に生まれた令嬢。かつて大西洋横断客船上でベルナール=ダンドレジーことアルセーヌ=ルパンと恋に落ちた過去があ る。ドゥバンヌの友人アンドロル夫妻と共にティベルメニルの城館を訪れる。


◎盗品一覧◎

◇ルイ15世様式のひじかけ椅子6脚と椅子6脚

◇オービュソン産のタペストリー
オービュソンは絨緞など織物で有名な地方。

◇グティエールの書名の入った燭台
グティエールは18世紀フランスの彫金の名人。

◇フラゴナールの絵画2点
フラゴナール(1732-1806)はフランスのロココ期画家・版画家。代表作「かんぬき」「水浴の女たち」

◇ナティエ1点
ナティエ(1685-1766)はフランス・ロココ期の肖像画家。実在モデルを神話になぞらえる肖像画で人気があり、ロシアのピョートル大帝も彼を好んで 連れ帰りたいと思ったほど。

◇ウードン作の胸像1点
ウードン(1741-1828)は18世紀フランスの彫刻家。ルソー、モリエール、ミラボーなど同時代人の肖像彫刻も多い。

◇いくつかの小彫像

◇ブールの署名入りの飾り櫃
アンドレ=シャルル=ブール(1642〜1732年)は有名なルイ14世時代のフランスの宮廷家具師。

◇ガラスケースの中の金銀宝石の美術品類

…ただし、上記盗品の全ては翌日午後三時きっかりに返却している。

◇ルビーの指輪
ドゥバンヌの所持品だったが、いつの間にかルパンの指にはまっていた。これは返却するのを忘れたらしい。

◇シャーロック=ホームズの懐中時計
ホームズと挨拶したわずかな隙にくすねとったもの。包み紙に入れてホームズに返却。


<ネタばれ雑談>

☆名探偵シャーロック=ホームズ、とうとう登場。

 ルパンシリーズは早くも第二作『獄中のルパン』「シャーロック・ホームズ」の名を引き合いに出した。『女王の首飾り』でも名探偵の例えとして「ホームズ」の名が持ち出されている。21世紀の現在ですらそ うだが、20世紀初頭のこの時点ですでに「シャーロック=ホームズ」は「名探偵」の代名詞の地位を確立していたのだ。
 そのシャーロック=ホームズ当人が、ルパン物語の中にとうとう登場してしまった。警察や探偵と対決する犯罪者でありながら同時に頭脳明晰な名探偵である 「アルセーヌ=ルパン」というキャラクターを完成させたルブランは、すでに大成功を収めていた先達「シャーロック=ホームズ」を当然意識せざるを得なかっ たのだが、その対抗意識がこうじて他の作家の創作物であるホームズを自作にひきずりこんでしまった、ということなのだろう。
ジュ・セ・トゥ1906年6月  当時はまだ「著作権」なんて明確には確立していなかったんじゃないかとは思われるが、「ホームズ」はあまりに広く一般に浸透していたために「ドイル個人 の創作物」という感覚がルブランに限らず薄れていた可能性もある。右が本作の雑誌初掲載時のトビラページだが、確かにバッチリ「Sherlock Holmes」と明記されている。

 この辺の事情は創元版「リュパン対ホームズ」の解説に詳しいが、ルブランは晩年にインタビューを受けた際に「執 筆し始めた当時は探偵小説についてはまったく無知で、有名なコナン=ドイルだって知らなかった。影響を受けたのはエドガー=アラン=ポーだ」と 語ったという。しかしこれはほとんど信用できない話で、少なくともルブランはルパンをシリーズ化するにあたって当時すでに探偵小説の教科書的存在であった ホームズシリーズに目は通したと思われる。
 ポーが創作した探偵デュパン、それに刺激されてフランスのガボリオが創作したルコック氏、その後に登場したのがドイルの創作したホームズで、ホームズは そのデビュー作『緋色の研究』のなかでデュパン・ルコックの両先輩をこきおろしている。フランス人流の愛国意識も手伝ってルブランとしてはルパンにも先輩 ホームズをこきおろさせる必要を感じたとも思える。

 ルブランがこの「おそかりしシャーロック=ホームズ」を発表した時点で、ホームズの生みの 親コナン=ドイル(ジュ・セ・トゥに彼の作品が載っていたこともあったそうで)はさすがに異 議を申し立て、「ホームズ」の名を使った単行本発刊は不可能となった(最近の研究ではドイル自身が抗議をした事実はないともされ、出版社などが行った可能性もある)。一計を案じたルブラン(あるいは編集者)は「Sherlock Holmes」の頭文字を入れ替えた「HERLOCK SHOLMÈS」(英 語ならハーロック=ショーメス、仏語ならエルロック=ショルメス)なる名前を発明して全て入れ替え、友人ワトスン博士も全て「ウィルソン」 に変更されることとなった。従って本作のタイトルも原文どおりだと「おそかりしハーロック=ショーメス」と なるはずなんだけど、日本の翻訳では全て「シャーロック=ホームズ」に変更するお約束となっている。逆にホームズの母国イギリスでは翻訳の際にドイルに配 慮して「ハーロック=ショーメス」をさらに変形した「ホルムロック=シアーズ」なる名前に なっており、ホームズものパスティシュを集めた「シャーロック=ホームズの災難」の日本語版もこれを踏襲している。

 探偵小説界を代表する名探偵と怪盗の一騎打ちということで「ルパン対ホームズ」は有名ではあるのだが、ホームズファンにとってはやはり納得のいかない展 開になっているのは否めないところで、「あれはハーロック=ショーメスなる別人である」と強 く主張する向きもある(笑)。まぁルブランも改名してからは開き直れたか『奇岩城』『続813』で 「ショーメス」を道化役にしてしまっているから「別人」と考えるのも妥当ではあるのだが。

 ともかく本作を書いた当初は「ホームズ」のつもりでルブランは書いていたわけで…
 本作でホームズその人が初登場するのは、オラース=ベルモンことルパンが城館から駅に向かう途中。「おそ らく五十歳代のその男は、がっしりした体つきで、きれいにひげをそり、服装からして外国人風、手に重そうなステッキを持ち、首からかばんをさげていた」 とある。シャーロック=ホームズには「シャーロッキアン」と呼ばれる研究家が世界中に多数いることは有名だが、彼らの間ではホームズの生まれ年は 「1854年」とほぼ確定されているので、1901年ごろの設(つづく「金髪の美女」が1901年秋の事件と確定してい る)と思われる本作で「50歳代」で登場するのはおおむね当たっているとは思える。この世 代差も両者の対決を読む上で考慮したいところだ。
 ホームズ世界ではこの時期どうなってるかというと、実はホームズはその大半の冒険を終えており、1903年ごろに引退して養蜂業を営んでいたりする。 もっともその後第一次世界大戦を控えてイギリス政府の要請でドイツ人スパイを探索・調査していたから完全に探偵業から身を引いたわけでもなかった。多少の ずれがあるが、彼がル パンと対決したのはその間のヒマな時期だった、と考えることは出来なくもない(笑)。

 ホームズと初対面したルパンはついついクセで皮肉を言い、ホームズにマジマジと見つめられて「ネガをとら れた」と後悔する。以後、ルパンの変装はホームズの前では一切通用しない。考えてみればホームズもその冒険の中でしばしば見事な変装を見 せ、その道でもルパンの大先輩なのだ(「ミルヴァートン」の事件を考えると泥棒の才能もかなりある)
 そのときは断定しかねたが、ホームズは別れて間もなく今のがルパンだと確信する。そしてティベルメニル城館の秘密通路を解く暗号をルパンが解いた時間以 内で解いてみせる。さすがは…と思っていたら、いつの間にか懐中時計を盗まれていた、というオチは痛快ではあるけどホームズらしくないのは確か。ルパンの スリとしての才能はこれまでにも発揮されてはいたが…。

 ところで自分の懐中時計を見たホームズが思わずあげる叫び声。この日本語訳が訳者ごとにバラエティ豊かなので一部を紹介しよう(笑)

 「やあ!」(保篠龍緒訳)
 「やあ!」(創元推理文庫・石川湧訳)
 「これは!」(ハヤカワミステリ文庫・平岡敦訳)
 「ちくしょう!」(岩波少年文庫・榊原晃三訳)
 「やったな、ルパン」(ポプラ社・南洋一郎訳)
 「あれ!」(旺文社文庫・大野一道訳)
 「うっ」(ハヤカワミステリ文庫「シャーロック・ホー ムズの災難」・中川裕朗訳)
 「あつ」(早川ポケットミステリ・中村真一郎訳)
 「アオッ!」(新潮文庫・堀口大学訳)
 「アオッ!」(偕成社・竹西英夫訳)

 原文をあたってみたところ、やはり「Aoh!」となっていた。

 ホームズの件については『ルパン対ホームズ』以降でも考察することにしたい。


☆ルパンを知ることはフランス史を知ることである

 本作の魅力はルパンとホームズの初対決だけではない。ティベルメニルの城館の伝説、歴史に彩られた秘密の通路の謎解きが素晴らしい。のちの名作『奇岩城』『813』でも見られる歴史と暗号解読の融合のさきがけとなっている。
 この城館や秘密の通路はもちろんフィクションであるはずだが、ルパンも「そりゃ大物ですね」と 驚くほどの二人の国王が関わってくるので何やらリアリティがある。いずれも日本の世界史の教科書にも必ず載るほどの大物である。

 一人はアンリ4世(1553 -1610、在位1589-1610)。16世紀のフランスはカトリックとプロテスタントが激しく争う宗教戦争ユグノー戦争(1562-1598)の時代で、アンリはナヴァール王としてプロテスタント側に立ってい た。しかし1572年、両教徒の融和をはかるべくフランス国王ヴァロワ朝の王女マルグリットと アンリの結婚が実現した。しかしこの結婚式の夜に、マルグリットの母である王妃カトリーヌ=ド=メディシス (イタリアの名家メディチ家の出)の策謀により、式に出るためパリに集まっていたプロテスタントをカトリック側が大虐殺するという事件が発 生する。これが史上名高い「サン・バルテルミの虐殺」というやつである。
 その後も混乱が続くうち、ヴァロワ朝が断絶。最終的にヴァロワ朝と姻戚であるアンリがカトリックに改宗してフランス国王アンリ4世となり、ブルボ ン朝を創始することになる。彼は両教徒に信仰の自由を認めるナントの勅令(1598) を発してユグノー戦争を終結させ、フランスを絶対王政の統一国家へと導くことになった。しかし1610年5月4日にカトリックの聖職者により暗殺されると いう不慮の最期を遂げた。このアンリ4世の子が「三銃士」時代であるルイ13世、孫が「太陽王」ことルイ14世というわけで、日本で言えば徳川家康みたい な位置にいるとはいえる(生きた時代もほぼ重なる)
 さて本作とアンリ4世のかかわりだが、アルクの戦い(1589年9月にアンリがカトリック勢を破った戦 い)の前々日にアンリ4世がティベルメニルの城館に宿泊し、このとき美女ルイーズ=ド=タン カンビルがエドガール公爵の手引きで秘密の地下道を通り、アンリ4世の側にはべったことになっている。エドガール公爵から地下通路の秘密を 聞いたアンリ4世は大臣のシュリーにこれを教え、シュリーは著書の中でその暗号を書いておいた、という流れだ。

 もう一人の大物、というのがルイ16世(1754-1793、在位1774-1792)。ご存知フランス革命にかち合って処刑されてしまった 不運な国王で、その妃はハプスブルグ家から嫁いできたマリ=アントワネット。 例のルパンの初仕事『女王の首飾り』など夫婦そろってルパンシリーズではところどころでその 名が言及される。この夫婦についてはいずれまた語ることもあるだろうから、ここでは割愛。
 本作では、フランス革命も近い1784年にルイ16世がティベルメニルの城館を訪れ、そこで例の地下通路の謎をとく鍵を知ってそれを解く暗号メモを残し たことになっている。本作で語られるようにルイ16世が錠前マニア(笑)だったというのは史実。


 ティベルメニル城館は「封建時代」に建てられた城塞のあとに「ロロン 大公(訳本によりロロン侯爵、ロロン公)」が建設したものだとある。不覚にも僕は指摘を受けるまで気づかなかったのだが、この部分は原文で は「duc Rollon」で、フランスではこう書けば初代 ノルマンディー公である「ロロ」のことを指すのだ。ロロ は9世紀から10世紀にかけて生きた北欧のノルマン人の首長で、いわゆる「バイキング」として民族規模の海賊活動を行っていた人物。巨漢のために馬に乗れ ず「徒歩王」なんてあだ名もついたロロは、フランスの大西洋沿岸からセーヌ川をさかのぼってパリまで攻略し、手を焼いた当時のフランス王(正確には西フランク王国カロリング朝)のシャルル3世はロロ にセーヌ河口付近を領土とする「ノルマンディー公」に封じて手なづけた。彼の子孫がのちに「ノルマンの征服」でイングランド王になるなど、世界史上重要な 人物であり、ティベルメニル城館はえらい大物によって建てられていたことになるのだが、日本の訳本はここを「ロロン」を書くだけで全くその重大性に触れて いない。もしかして誰も気付かなかったのだろうか…
 なお、ロロについては『奇岩城』解説でもチラッと 触れるので、よろしく。

 さてロロ以来のティベルメニル城館の歴史をまとめた年代記は16世紀にまとめられたものだという。そこにヒントが書かれた地下通路の秘密は代々の城主が 臨終の床で子孫に伝えてきたが、最後の領主ジョフロワが19歳の若さ「革命暦2年テルミドール7日に断頭台の露となった」ために秘密の通路を解く鍵は謎に 包まれてしまうことになる。
 さあ、ここでもフランス史の知識が必要になる。「革命暦」とは1789年に勃発したフラン ス革命の急進化の過程で、王政廃止後の1793年10月に国民公会で採用が決定したものだ。革命と共和制の意義を強調するため、全てを新しくしようとした 試みの中の一つで(こうした試みの中で生き残ったのがメートル法だ) 、1年を一ヶ月30日の12ヶ月、余った5日は「サン・キュロットの日」として休日とし、月の名前も「テルミドール(熱)」「ブリュメール(霜)」など自 然現象に由来するものに統一、さらには日付にまでわざわざ植物の名前をつける徹底ぶりだった。急進のジャコバン派が主導する国民公会が成立した1792年 9月22日を革命暦1年の初日とした。しかしこの革命暦は定着するには無理があり、ナポレオンが帝位についたのち1805年に廃止が決定、1806年元旦 からもとのグレゴリオ暦に戻されることとなった(その後1871年のパリ・コミューンで一時復活)

 さて、ティベルメニルの最後の領主ジョフロワが断頭台で処刑された革命暦2年とはどういう時代だっただろうか?グレゴリオ暦に直せば1794年7月とい うことになるのだが、この時期は革命史でいう「恐怖政治」の末期にあたる。急進派のジャコバン派が「反革命」とみなした人物を次々と断頭台に送ったという 恐ろしい時代で、この時代に「反革命分子」とされギロチンで処刑されてしまった貴族や役人は数多い。ジョフロワはもちろん架空の人物だが、そうしたことが 多々あった時代を背景にしているわけだ。
 しかしジョフロワが処刑された日付、「テルミドール7日」というのを見ると「惜しい!」という声もあがる。この二日後、テルミドール9日にジャコバン派 の指導者で恐怖政治を推進したロベスピエールがクーデターで失脚、自らも断頭 台に送られる「テルミドールの反動」が発生して恐怖政治は終わるのだ。
 

☆その他いろいろ

 このエピソードは解説に力が入ってしまい、かなり長文になってしまった(笑)。あとはこぼれ話を手軽に。

 ルパンがノルマンディーのコー地方をしばしば舞台にしていることは『ふしぎな旅行者』の項 でも触れたが、ティベルメニルの城館もその地方の一角、英仏海峡に面したディエップにあることになっている。そして城主ドゥバンヌがルパンがこの地方で活 動しているとの情報を口にしており、「モンティニー、グリュシェ、クラビル等における強盗事件」を ルパンの仕業としている。これらは物語化されていないルパンの冒険としてリストに加えることができる。

 またこの話でルパンの初登場作品『ルパン逮捕される』で、ルパンシリーズを彩る数多くのヒ ロインの第一号となったネリー嬢が再登場する。ルパンならずとも嬉しい驚きだろう。シリーズ を通してほとんどのヒロインは一作限りの登場となっており(これは007シリーズにも通じるヒーローものの お約束)、再登場というのはかなり珍しいのだ。他の例は『ルパンの冒険』『白鳥の首のエディ ス』に登場するソニアぐらいしかない。さらに本作は単行本収録の際に雑誌掲載時よりも描写の追加をおこなっており、とくにネリー嬢とルパン とやりとりがふくらまされているという。
 しかもネリー嬢、ルパンの意外に必死なアプローチにもかかわらずルパンを振る(笑)。これも実は珍しいケースだ。助けてはくれるし、それなりに思い出の 品も残して行ってくれるのだが、やっぱりプロヴァンス号上でまんまとあざむいていたのがいけなかったか。あの時はうっかりすると共犯にされかねなかったわ けだし。
 ま、さらに言ってしまえばルパンとゴールインした女性はほぼ確実に不幸な死に方をしてしまうので、逃げるのが賢明だったとは言える。さすがはルパンヒロ イン第一号、あなどれないものがある(笑)。

 それと本作でティベルメニル城館に忍び込んだルパンが部下達を先に帰らせ、「おれにはオートバイを残して おいてくれ」と言う場面がある。世界初のオートバイは四輪自動車の発明とさして遅れるものではなく1885年にダイムラーが特許をとってお り(翌年に実物製造)、フランスではプジョーが1898年に開発を開始しているから、この当 時は「最先端」とまではいかず、ぼちぼち普及していたというぐらいではなかっただろうか。

 なお、2004年にルパン誕生百周年記念で久々に製作された映画「ルパン」(原題「アルセーヌ・ルパ ン」)『カリオストロ伯爵夫人』をベースにした内容だが、エピローグ部分で 『おそかりしシャーロック・ホームズ』におけるティベルメニル城館侵入とネリー嬢(映画では特に名前は出て こないが)との再会シーンがほぼそのまま使われていて、ルパンがちゃんとオートバイに乗っていた。

 本作でルパンが扮する海洋画家「オラース=ベルモン」は、『ルパンの告白』収録の一編『結婚指輪』で も登場し、これまた珍しいケースだ。この偽名についてはルパン研究家のあいだでは面白い説がとなえられてる。シャーロック=ホームズシリーズの一編『ギリシャ語通訳』 のなかでホームズの祖母が実在のフランスの画家「ヴェルネ(オラース=ヴェルネ)」の妹であ ると言及する箇所があり、ルブランはホームズが登場する物語のルパンの偽名としてこの名前をもじったのではないかというのだ。確かに画家でもあるし…やっ ぱりホームズ譚を知らないふりしてしっかり読み込んでるんじゃないのか、ルブランさん(笑)。


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