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「うろ つく死神」(短編)
LA MORT QUI RÔDE
初出:1911年9月「ジュ・セ・トゥ」誌80号 単行本「ルパンの告白」所収(一部「怪盗紳士ルパン」への収録あり)
他の邦題:「謎の家」(保篠龍緒訳)「彷徨する死霊」(創元)「さまよう死神」 (ポプラ)など

◎内容◎

 モーペルチュイの村に住む美しい娘・ジャンヌは相次いで災難に見舞われていた。あるときは危うく落石に当たりかけ、あるときは銃弾のようなものが耳をか すめ、あるときは小川の橋が落ち…そしてこの日は鎖の切れた猛犬に襲われたところをポール=ドーブルイユことルパンによって救われる。ジャンヌの父も謎の 病気で伏せっており、何者かがこの父娘の命を狙っているとしか思えなかったが…



◎登場人物◎(アイウエオ順)

☆アルセーヌ=ルパン
怪盗紳士。

☆ガニマール
国家警察部の警部。ルパンの宿敵。

☆ゲルー
モーペルチュイの村に住み、ダルシュー氏を診ている老医師。

☆ジャンヌ=ダルシュー
モーペルチュイの館に住む美少女。なぜか最近災難に見舞われ続ける。

☆ダルシュー
ジャンヌの父。謎の病で寝たきり状態。

☆バチスト
モーペルチュイの館の番人。

☆ポール=ドーブルイユ

パリのシュレーヌ通りに住み、国家警察部と個人的に関わりがある青年。

☆マルスリーヌ
ベルサイユに住むジャンヌの友人。兄がジャンヌと恋仲。


◎盗品一覧◎

なし。


<ネタばれ雑談>

☆最初からまるわかりだろっ!

 ミステリ入門期の小学生ならともかく、この短編の「真犯人」の正体に気づかない人はまずいないんじゃなかろうか。ミステリとしてみればあまりにも安直な アイデアで一作作っちゃった、そんな短編である。
 登場人物が極端に少ないせいもあるが(実質4人しかいない上にそ のうち1人はルパンだ)、どう考えても犯人はあいつしかいない、とすぐに分かる。動機だって容易に想像がつくものだし。それでいて何度も命 に関わる災難にあっても真相に気づかないジャンヌがバカ としか思えない。まぁ寝たきりになってるから疑いもしない…ということなんだろうけど、仮にも「推理小説」の形をとっている小説だけに読者としてはかなり 不自然な印象を持つ。
 
 またこの話ではルパンは完全に「仕事」ではなく趣味として人助けをする。それはいいとしてジャンヌが道端で捨てた手紙を、どういうルートでか知らないが 偶然手に入れてこの事件に首を突っ込むことになるというのが不自然。まぁこれも『結婚指輪』のときと同じで、ルパンにはフランス全土にとんで もない情報網を張り巡らしてるってことかもしれないが…。
 本文中のセリフから『赤い絹のスカーフ』でガニ マールが容疑者を逮捕した直後の出来事と思われる。だが、前作の11月中の段階で「うろつく死神から少女を助けないと」と言っておいて、それか ら間をおいてこっちに駆けつけ、偶然目の前で猛犬に襲われたジャンヌを助けたことになる。たまたま助かったからいいようなものの…逆にジャンヌちゃんの悪 運の強さに感心してしまったりもするんだが(笑)。
 
 さらに事件でやってることはといえば、戸籍を調べたことと犯人をけしかけるために工作をしたことぐらい。木の上にいたら銃で撃たれて落っこちる、という ドジもやっている。本人いわく「弾が財布に当たって助かった」の だそうだが、これだって単なる「悪運」である。犯人を阻止するために銃を撃って見せ場をつくるのもルパンではなく好人物だがヤブ医者としか思えないゲルー老医師だ。
 ところでこの「財布に弾が当たって助かる」にさすがに無理を感じたか、南 洋一郎はルパンが「イタリア製の防弾チョッキ」を つけていたことに変更している。ついでにゲルー医師が銃撃しないことに変更、逃亡したダルシューがその後悪党仲間の仲間割れで無残な他殺体となって発見さ れるというオチまで追加している。


☆必死にネタ探し(笑)

 これといって書く話題のない本作だが、なんとかネタを搾り出してみよう。

 まず舞台となる「モーペルチュイ(モーペルテュイ、 Maupertuis)」とはどこなのか。ルパンがこの村からバイクで9時間ぐらいかけてパリに行っており(夜半に出発、午前9時に着いたという描写がある)、それが手 がかりだなぁ、と思って探してみたのだが、何のことはない、スペルを確かめてネット検索したらすぐ見つかった。大西洋沿岸のバス・ノルマンディー地方、マ ンシェ県にある村で、どうも人口も120人程度らしい。うーん、まさにド田舎なのですな。こんなところで手紙を落っことしてもルパンが駆けつけてくるので す(笑)。

 ところで「モーペルテュイ」で検索していると、ピエール=ルイ=モー ペルテュイ(1698-1759)というフランスの有名な科学者の名前が真っ先にヒットする。「有名」と書きつつ、僕はこのページ執筆のお かげで初めて知ることになったのだが(笑)。まるっきり門外漢なのでさっぱり分からないが「最小作用の原理」の発見者として非常に重要で、それは彼の名を とって「モーペルテュイの原理」とも呼ばれ、彼の名は小惑星にまでついているというから凄い。
 姓のスペルが全く同じだが、生まれはサン・マロという別の都市。でもたいして離れたところでもないし、先祖がこの地の出身者だったのかもしれない。

 ジャンヌが「母が亡くなったのは16年前。そのとき私は5歳にな る少し前でした」と話したことから、ルパンは彼女が「成 人に近づいている」ことが事件の鍵をにぎると考える。「あれ?20歳はとっくに過ぎてるのでは?」と思っちゃう日本の読者も多いだろうが、 調べてみたらフランスでは1974年に法律を改正するまで21歳か らが法律上の「成人」だったのだ。ヨーロッパ諸国でもこの「21歳」制度はかなり後まで続いていたが、70年代以後は一気に下がって18歳以上を「成人」 とする国が多い。

 ルパンが本作で名乗る偽名は「ポール=ドーブルイユ」。 前作『赤い絹のスカーフ』では「ジャン=デュブルイユ」で、 両者ともにシュレーヌ通りに住んでいることになっているので、もしかして翻訳時に同じ姓を表記違いしたかと思ったのだが、スペルを確認すると 「Dubreuil」と「Daubreuil」で、似てはいるけど確かに発音は異なる。だが、これは単にルブランのミスなんじゃないかと思うのだが…。

 なおこの『うろつく死神』を『ルパンの告白』にで はなく、第一短編集『怪盗紳士ルパン』に収録してい る訳本がいくつかある。現在刊行されているものとしては創元推理文庫版と早川ポケットミステリ版がそれだ。これは本国フランスで最初の単行本刊行からしば らく経ってルパンシリーズの普及版・叢書版が刊行された際に短編集の収録作の変更が行われており、創元・ポケミスの訳本がそれらを底本としため。『うろつ く死神』を収録した『怪盗紳士』では『アンベール夫人の金庫』『黒真珠』が収録されず、知らないでシリーズを読んでる人も少なくないみたい。


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