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「水晶 の栓」(長編)
LE BOUCHON DE CRISTAL
初出:1912年9月〜11月「ル・ジュルナル」紙連載、同年末単行本化 
他の邦題:「水晶栓」(新潮)「古塔の地下牢」(ポプラ)「死の連判状」(金剛社)「二重眼鏡の秘密」(白水社)

◎内容◎

 代議士ドーブレックの別荘に押し入ったルパン一味。計画をたてた部下のジルベールとボーシュレーはなぜか「水晶の栓」を探し回り、殺人まで犯して逮捕さ れてしまった。「栓」を託されたルパンだったが、「栓」は即座に何者かによって盗み出されてしまう。
 ドーブレックの身辺を調査したルパンは、彼が大疑獄事件に関与した人物のリストを握って政界に恐喝を繰り返し、そのリストを「水晶の栓」の中に隠してい ることを知る。ルパンはジルベールの母クラリスと共に「水晶の栓」を探し求めるが、ドーブレックはルパンをも手玉にとってしまう強敵。迫り来る死刑執行か らジル ベールを救うことはできるのか――?



◎登場人物◎(アイウエオ順)

☆アシル
ルパンの隠れ家に住み込む下男。

☆アデライド=ルースロ
ドーブレックのいとこの老嬢姉妹の一人。

☆アルセーヌ=ルパン
怪盗紳士。

☆アルビュフェ侯爵
コルシカ出身のボナパルト党代議士。ナポレオン公のもと政治局長をつとめた過去がある。運河事件に関与してドーブレックに恐喝され続け、ついにドーブ レックの誘拐・拷問を実行する。

☆アレクシス=ドーブレッ ク
ブーシュ・デュ・ローヌ県選出の代議士。運河疑獄事件の「27人のリスト」を「水晶の栓」の中に隠し持ち、それを種に政界に恐喝を繰り返して地位と財を築 いている。その風貌から「オランウータン」「ゴリラ」などと呼ばれる。

☆クラリス=メルジ
ビクトリアン=メルジの未亡人で、ジルベールとジャックの母親。かつてドーブレックに激しく片思いされた過去がある。

☆クレマンス
ドーブレック家の門番女。

☆グロニャール
ルパンの部下。

☆ジェルミノ
元法務大臣。運河会社総裁のいとこで、運河疑獄の「27人のリスト」を所有していたが病死。

☆ジャコブ
ドーブレックの部下。

☆ジャック
ジルベールの6歳の弟。

☆ジョン=ハワード
イギリス・スタウアブリッジのガラス職人。ドーブレックの注文で「水晶の栓」を製作。

☆ジルベール
ルパンの部下となった二十歳の若者。本名はアントワーヌ=メルジで、父親はドーブレックに脅迫されて自殺した代議士。ドーブレックから「水晶の栓」を奪お うとして逮捕され、死刑判決を受ける。

☆スタニスラフ=ボラング ラード
元代議士。プラビルの友人で、彼の代わりに運河事件に絡んでリストに名が載った。

☆セバスティアーニ
コルシカ出身で、アルビュフェ侯爵の紹介でモンモール公爵の猟犬係に雇われる。

☆ソールバ伯爵
ドーブレックと同じ代議士。ルパンが部下を執事としてもぐりこませている。

☆ドショーモン
上院議員で元大臣。ドーブレックに恐喝されている。

☆ニコル
ジャックの家庭教師。

☆ビクトリアン=メルジ
代議士で、クラリスの夫にしてジルベール、ジャックの父。運河疑獄事件に絡んで3年前に議事堂で自殺。

☆ビクトワール
ルパンの乳母。

☆フィリップ=バネル
葬儀屋に勤める男。ルパンに頼まれて裁判所で大声を上げる。

☆ブランション
国家警察部の警部。

☆ブランドボワとっつぁん
マルセーユに住むルパンの元部下。今は堅気になって食料品屋を営む。

☆ベルヌ
小太りの医者。

☆ボーシュレー
ルパンの部下。ジルベールを誘って「水晶の栓」強奪をくわだて、逮捕されて死刑判決を受ける。

☆ミシェル=ボーモン
シャトーブリアン通りに住む男。

☆モンモール公爵
大富豪の貴族で、アルビュフェ侯爵の友人。

☆ユーフラジー=ルースロ
ドーブレックのいとこの老嬢姉妹の一人。

☆ラルティーグ
プラビルの秘書。

☆ランジェルー
代議士で独立左派の党首。ドーブレックに恐喝されている。

☆ルイ=プラビル
パリ警視庁副総監。元弁護士・スポーツ選手・探検家で、過去にドーブレックと因縁がある。政府の指示を受けて副総監となり、国家警察部の刑事を使って「水 晶の栓」を探している。

☆ル=バリュ
ルパンの部下。

☆レーバック
代議士。ドーブレックに恐喝されている。

☆レオナール
ドーブレック家の下男。

☆わたし
ルパンの伝記作家。


◎盗品一覧◎

◇オービュッソンのひじかけ椅 子4脚
オービュッソンは織物の名産地。

◇ベルシエとフォンテーヌ合作 によると思われる整理机
ベルシエとフォンテーヌは、18世紀はじめの第1帝政期にナポレオン1世に寵愛された家具職人。

◇グティエールの壁掛け燭台2 個
グティエールは18世紀フランスの彫金の名人。

◇フラゴナールの絵画1点
フラゴナール(1732〜1806)はロココ時代のフランス画家。

◇ナティエの贋作
ナティエ(1685〜1766)はロココ時代のフランス画家で、歴史画・肖像画で知られる。これは贋作ながら、アメリカの億万長者なら飛びつくだろうとル パンは評している。

◇置時計

◇ゴシック風の聖母像

以上は全てドーブレックの別荘「マリー・テレーズ荘」から盗み出されたもので、全部で113点もあった。

◇ドーブレックの財布
金額の明記はないが、10万フランを軽く超えるのは確実。この事件での諸経費を差し引いても十分おつりがくるほどの代金が入っていた。

◇プラビルの4万フランの小切 手
プラビルの汚職の証拠書類と引き換えに受け取ったもの。書類はただの白紙でルパンがだましとった形。

◇水晶の栓
ドーブレック代議士が「27人のリスト」を隠すためにイギリスのガラス職人に製作させたもの。中が空洞になっている。

◇27人のリスト
フランス両海運河会社が贈賄工作をかけた政治家の名を書いたリスト。運河会社総裁の血判が押されている。


<ネタばれ雑談>

☆スリルとサスペンスとアクションとミステリーとロマンスが見事に融合した傑作

 シリーズ発表順に読んでいくと、第一次世界大戦直前の1910年前後のルブランが、娯楽小説作家としてまさに乗りに乗っていたことが実感できる。少年探 偵とルパンの対決に歴史ロマンの彩りをそえた『奇岩城』、 ルパンが一人何役をも縦横にこなした上にヨーロッパの地図を塗り替える大陰謀にからむ『813』と、スケールの大きい長編をあいついで発表したの ち、ル ブランは休む間もなくシリーズ初期のスタイルに戻って「ジュ・セ・トゥ」誌に『ルパンの告白』に収録される傑作短編を連打する。それら短編 を書 き終えた直後の1912年秋には『813』を連載した「ル・ジュルナル」紙上でこの長編『水晶の栓』を発表するのだ。このあたりはまさに奇跡のような ライ ンナップだと思う。長い間純文学畑を歩いていたルブランのどこにこんな才能が眠っていたのだろう?

 なぜか『奇岩城』や『813』に比べてその名が挙げられない『水晶の栓』であるが、こちらだって前の二つに勝るとも劣らぬ傑作である。あえて言えば前者 2作と比べると壮大な歴史だの国際的陰謀だのといった大スケールの設定はないのだが、逆に「怪盗紳士」たるルパンがその「本業」に専念して(?)冒険を繰 り広げる、密度の高い面白さがある。ルブラン自身も作品ごとに違った色合いの魅力を出そうと意識して書いたものだろう。

 『水晶の栓』の基本コンセプトは「お宝争奪戦」である。「水晶の栓」という「謎のお宝」をめぐり、多くの勢力が争奪戦を演じて策略が飛び交う。これだけ でも十分面白いのだが、その「水晶の栓」のありかのみならず正体自体が最後の最後まで明かされず、読者も推理を働かせて読まねばならない。さらにさらに、 ルパンの可愛い部 下の死刑執行のタイムリミットまでが加わり、スリルがいっそう高まる仕掛け。
 そして、これまでホームズやボートルレと対決してきたルパンが、シリーズ最強の敵と死闘を繰り広げる。ドーブレック代議士がシ リーズ最強のカタキ役であることに異論を唱える人はあまりいないと思う。あのルパンが、この作品では何度となく裏をかかれ、出し抜かれ、一時は命の危険に すらさらされて辛酸をなめ尽くすのだ。そしてこのドーブレックにからめて、シリーズ最年長のヒロイン(笑)であるクラリスとの、これまた シリーズ中でも異例の恋愛劇が展開される。

 …これらのぜいたくな要素が怒涛のスピードで展開していく、昨今のハリウッドアクション映画風味、いやそれよりずっと出来がいいと思うぐらいの密度の濃 い一作。一気に読み終えたときにはホントに映画一本見終えて劇場をあとにするような読後感が漂う。偕成社全集版の訳者・羽林泰さんも「ミステリーあり、サスペンスあり、アクションあり、ユーモアあり、ロマンス あ り、まるでフルコースのフランス料理のような豪華けんらんたる第一級の娯楽小説」と解説で絶賛するが、僕もまったく同意する。
 と、ここまでは未読の方向けの推薦文みたいになってしまった。以下、ホントにネタばれ談義を始めますので、未読の方はさっさと本を読むように(笑)。


☆シリーズ最強・最悪の敵!

 このあとも数多くの作品が書かれたルパンシリーズ、作品ごとにルパンの「敵」が登場して戦いを繰り広げていくわけだが、先ほども書いたように、『水晶の 栓』のドーブレック代議士「最 強最悪」と僕は断言する。この小説のラスト、ルパンが伝記作家の前でこの冒険を述懐し、「この事件ほど、わたしがひどいめにあい、手をやいた事件はなかったよ」と 語り、「六ヶ月におよぶ不運と失敗、徒労と敗北」と 表現している(羽林泰訳文より)。実はこの物語、新 聞連載時には<アルセーヌ・ルパンの最も奇怪な物語>(La plus étrange aventure d'Arsène Lupin)という副題がついており、これまでにな くルパンが苦労しまくる話として構想されたもののようだ。
 そんなに苦労しまくるのも、敵であるドーブレックがあまりにも
手ごわいからだ。これまで戦ったガニマールホームズ(ショルメス)ボートルレよりも断然手ごわい。なぜならこれまでの敵が全て「法の 正義」の側に立っていたのに対し、ドーブレックは代議士でありながらルパンなんて目じゃないほどの「巨悪」であり、ハッキリ言って手段なんか選ばないから だ。おまけに推理力も洞察力もワル知恵もルパン並みかそれ以上、オランウータンだのゴリラだのチンパンジーだの言われる類人猿系の体格で体力も人並みはず れており、ルパンと違って人殺しだって辞さない。さらには若き日に恋に破れた怨念までが加わっているからこれほど怖いキャラはない、まぁ悪事の出発点が手 痛い失恋である ことについては同情の余地がなくもないが…

 どんな名探偵だろうと敏腕刑事だろうと、いつも相手を茶化しまくるルパンが、この作品では終始茶化されまくるのも異例だ。初顔合わせの時には「ポローニ アス君」とからかわれ、二度目の顔合わせではルパンの変装をあっさりと見抜かれ、監禁されたところを助け出してやれば半死半生の目に遭わされ、偽情報で各 地を走りまわされ、ついに『水晶の栓』を手に入れて勝利したと思ったらこれまたドンデン返しが…!とまぁ、とにかくあのルパンがかくも手玉に取られ続ける のも珍しい。もっともそれだけに終盤の逆転劇が爽快なのであり、『奇岩城』『813』と続いた悲劇的結末に対して気持ちのいい読後感の作品になっていると も言える。
 もっとも苦労しただけに「勝った!」と思ったときのルパンのはしゃぎぶりもかなりのもので…(笑)、終盤のまるで子どもみたいにダンスして大騒ぎするル パン、ラストのラスト、ドーブレックにこれでもかとばかりに追い討ちの台詞をぶつけるルパンの姿には、やはりミステリー史上特異なキャラだな、と思わせる こと請け合い。

 何度か読み返した物語だが、2007年に平岡敦氏 による最新訳刊行を機に読み直してみて、改めてこの小説における「ルパンピンチ」の密度の濃さを思い知らされた。これは一つには新聞連載小説であったた め、毎日毎日読者を飽きさせない工夫をルブランが強く意識して凝らしていた、ということもあったのだろう。『813』も新聞連載作品だが、その時の反省や 慣れからか、よりその傾向が強くなっている。娯楽作家となったルブランはなんだかんだ言いつつ読者サービス心の旺盛な作家だったと言えるだろう。


☆隠し場所トリックの古典
 
 そしてこの最強最悪の敵・ドーブレックの権力の源泉である「リスト」、それが画された「水晶の栓」はどこにあるのか、が本作のミステリーとしての見 所だ。「意外な隠し場所」はミステリーのテーマの一つだが、その最古にして最高の傑作はエドガー=アラン=ポー『盗まれた手紙』だとよく言われる。
 「本格ミステリ作家」とはあまり扱われないルブランだが、人気を得たルパン・シリーズにおいてポーやドイルといった先達に負けないトリックを出そうと懸 命にひねり出してはおり、『水晶の栓』が『盗まれた手紙』を強く意識して執筆されたことは間違いない。ルパンが「水晶の栓」のありかに気づく場面にこんな 記述がある。

 彼はふと、エドガー= アラン=ポーのみごとな物語を思い出した。盗まれた手紙を大さわぎして探していたところ、それはだれの目にもふれるところにあったという物語だ。人は、お よそ、ものを隠しそうもないところは疑わないものなのだ。(偕成社全集版、羽林泰訳、267p)

 このときルパンが気づいたのはタバコの「マリーランド」の 箱の中、というものだった。これ以前の場面で拷問を受けたドーブレックが「マリー」とつぶやくのがヒントとなっており、読者に挑戦する形でもある。もっと もこれは実はニセモノというドンデン返しが待ち受けていたわけだが…
 ところでこの「マリーランド」とはどういうタバコなのか昔から気になっていた。スペルを見ると「Maryland」となっている。英語で読めば「メリーランド」…そう、アメリカのメリーランド州産のタバコのことなのだ。前 半だけ聞くと女性の名前になることからルブランが隠し場所候補として思いついたのかもしれない。なお、堀口大學の訳文では「Maryland」をちゃんと フランス語読みにして「マリラン」と表記している。

 この一度の「解決」をドンデン返しさせて見せた後、真の解答が示される。これこそルブランが知恵を絞って考え付いた、「絶対に安全な隠し場所」アイデアの傑作、「義眼の中」という解答で ある。タイトルにもしてる「水晶の栓」じゃないからアンフェアだという意見もあるだろうが、よく読みこめばドーブレックの二重の眼鏡については途中で記述 がちゃんとあり、ドーブレックの得体の知れないキャラクターの描写に見せかけて実は最大のヒントになっていた、というフェアプレイは心がけている。まぁそ れでも奇をてらったアイデアとしてビックリはするが、「推理」の余地が少ないという声はあるだろうなぁ…
  ところで右に示したこの『水晶の栓』のラフィット社普及版単行本の表紙絵(レオ=フォンタン画)は完全にネタバレになっちゃうと思うの だが、いいのだろうか(汗)。新聞連載時に みんな読んでるだろうということなのかなぁ…?ネタバレといえばこの小説が日本で訳された初期のものの邦題にも『二重眼鏡の秘密』なんてのがあったりした。

 この「義眼」アイデアはその後多くの作品で流用されている。といいつつちゃんと挙げられないのが悔しいのだが、アニメ「ルパン三世」の第2シリーズで使われたものがあったし、『カリオストロ伯爵夫人』を原作とするフランス映画「ルパン」においても義眼の中に謎を解く鍵が隠されているとい う流用が見受けられた。大切なものを目の中に隠すことから「目の中に入れても痛くない」という言葉が出来た…というのはもちろん冗談だ(『民明書房』かよ)

その2へ続く

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