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「続 813」(長編)
813:LES TROIS CRIMES D'ARSÈNE LUPIN


<ネタばれ雑談その3>

☆舞台は再びパリへ

 ベルデンツ古城から、舞台は再びパリへ。自由の身となったルパンはドイツ皇帝との約束どおり秘密文書の入手をめざし、全ての事件の犯人「L・M」に迫ろ うとする。
 ドロレス=ケッセルバッハが新たな住居を構え、ドロレスを守るべくルパンが珍しくも銃撃アクションを繰り広げるのがパリ西 部パッシーのビーニュ街。「パッシー」とはエッフェル塔 とセーヌ川をはさんだ対岸の一帯で、この当時はパリ市内のはずれで閑静な住宅街、という感じだったのかもしれない。『金髪の美女』事件の舞台となったオー トレック男爵邸もこの近くにある。
 そのビーニュ街に行こうとしていたポープレにルパンが声をかけて驚かすのがラ・ミュエット広場(広小路)で、そこから先にあるポンプ街にアルテンハイムの元部下ドミニックの住まいがある。

 そのドミニックから聞き出した情報を追って、ルパンはパリ郊外北西のヌ イイへ向かう。ここの「レボルト街道3番地」に 「L・M」の部下達のアジトがあるという設定なのだが、地図でいくら探しても「レボルト街道」が発見できない。ただ「テルヌ門のすぐ近く」という表現があり、ルパンが「L・M」 その人だと信じて尾行するレオン=マシェ「入市税徴収所(=テルヌ門)をすぎ、パリの城壁あとにそって歩いた。そして シャンペレ門から再び市外に出ると、レボルト街道をもときたほうへひきかえした」という動きをするので、だいたいの場所は推測できる(左地図参照。太い白線の高速道路がかつての城壁のあとである)。 マシェはその後競輪場に沿って歩き、ドレーズマン通りの 自宅に帰る。この競輪場も通りも現在の地図では確認できないのだが、航空写真で見るとシャンペレ門の南側近くにサッカースタジアムが存在しており、これが かつて競輪場だった可能性がある。市外すぐそばの地域はその後再開発でもされて大きく変わったのかもしれない。


☆「アルセーヌ・ルパンの三つの犯罪」

 くどいようですが、検索などで突然紛れ込んできた方、以下の話はネタばれ全開、小説を読み終えた人限定の雑談ですので、該当しない方は読まないように。

 『続813』は原題のサブタイトルが「アルセーヌ・ルパンの三つ の犯罪」となっている。これは物語の結末でルパンが三つの「殺人」を行うことに由来している。
 一つは発端となる連続殺人の真犯人であり、ルパンの正体を暴いて刑務所に追いやり、さらにはその脱獄計画をさんざん妨害し、さらにさらにベルデンツまで ルパンを追いかけ、その調査をさまざまな方法で妨害し、先に文書を手に入れてしまった凶悪かつルパンも舌を巻く知能犯「L・M」の意外な正体、レティシア =ド=マルライヒことドロレス=ケッセルバッハを殺して しまうことだ。寝ているルパンを殺そうと短刀で襲ってきたところを返り討ちにして首を絞めたが、そ の正体を知って衝撃のあまり首を絞め続けてしまったための「殺人」。『813』の冒頭で明示されるように犯罪者ではあるが殺人はしないことをモットーとす るルパンの最初の、正真正銘の殺人である。正当防衛と言えなくも無いが、ドロレスはその前に一度同じ方法でルパンを殺そうとしたものの憎悪と裏返しの愛ゆ えにやめたことがあるため、どこまで本気でルパンを殺す気だったか微妙でもある。
 児童向けである南洋一郎版では、この部分はルパンが殺人鬼の正体を知って驚いて真相を頭の中で整理しているうちにドロレスが「自殺」してしまう展開に変 更されている。そもそもルパンがドロレスに激しい恋情を抱く展開もバッサリとカットしているので、ルパンの受けた衝撃と自責の念の大きさは原作ほどには伝 わらない。それでも中学のときに最初に読んだときはやっぱり驚きましたねぇ。もっとも同時に同じ本を読んだ僕の母親は読んでる途中で気づいちゃったそうで ある。ルノルマンも分かっちゃったそうで、南版はやっぱりなんとなく感づくようには出来てるのかもしれない。

 二つの目の「殺人」はルパン自らが「L・M」と思い込んで逮捕し、自らが主導した裁判で死刑判決に追い込んだレオン=マシェの無実の刑死だ。ドロレスが真犯人と知って慌てて刑 執行をとめるべく、自らの運転でスピード超過による事故まで起こしながらパリの内務省にかけつけ、バラングレーに執行中止を求めるルパンだったが、無残に も刑は執行された後だった。『水晶の栓』でくわしく 描かれるように、当時のフランスの死刑は公開のギロチン斬首である。衝撃のあまり昏倒までしてしまうルパンが痛々しい。それに対していたわりつつも冷徹に 「政治的処置」を勧めるバラングレー、さすがに一国を率いるだけの政治家である。
 この展開も残酷すぎると思ったようで、南洋一郎版ではすんでのところでルパンが間に合い、死刑執行が中止されるように変更されている。保篠龍緒訳を原作 としているはずの永井豪とダイナミックプロ作のコ ミック版でも同様の結末で、精神を病んでいたマシェが精神病院送りになって終わっている。

 三つの目の「殺人」がヘルマン4世ことピエール=ルドゥックを演じさせられていた貧乏詩人ジェラール=ポープレの自殺。あくまで愛する女性・ドロレスの死を 見て世をはかなんでの自殺ではあるのだが、そもそも彼を自殺に追い込み、かつそこから救出して別人になりすまさせ、当人の気持ちも考えずに勝手に一国の大 公の 地位と結婚相手(それも自分の娘)を与え、しかもそ の国の実権は自分が握ってヨーロッパの地図をぬりかえちゃおうという野望のために彼を利用しまくったルパンに責任がある。
 上記二つの「殺人」は自らが作る王国のための犠牲としてなんとか合理化しようとしたルパンだったが、ポープ レの自殺により全てが水の泡と消えてしまう。考えようによってはポープレの痛烈な「しっぺ返し」である。さすがのルパンもこれにはとどめを刺され、精神の 均衡すらも失ってしまい、最終的に自殺実行にいたってしまうのだ。
 この「自殺」の展開もやっぱり南版では変更されており、ルパンは秘密文書を焼き捨てていずこかへ立ち去っていくだけになっていた。


☆ルパンをめぐる女性たち

 すべての野望があっという間にパーになってしまったルパンは、真剣に自殺を考える。泥棒稼業からも足を洗う予定でいたので部下達にも金をやって縁を切 り、将来問題化しそうな証拠物件も全て隠滅したあとだけに、もはや思い残すこともなかった。で、こんな台詞をつぶやく。

 「生きていてなんになるんだ?おれを愛してくれた女性たちのあと を追ったほうがいいのではないか?…愛に死んだソニアや、レイモンドや、クロティルド=デタンジュや、ミス・クラークのあとを…」(大友徳明訳)

 ソニア『ルパンの冒険』のヒロインで、『奇岩城』の一年前に死んだことが確認されている。死因は不明だ が「愛に死んだ」とか「おそろしい死」とかいった表現があるので、ルパンと組んでの仕事上の悲劇があったのではないかと推測される。レイモンドはもちろん『奇岩城』のヒロインで、ルパンをかばってエ ルロック=ショルメスの銃弾を受けて死んでしまった。クロティルド=デ タンジュ『金髪の美女』のヒロイン で、『ルパンの冒険』中の台詞で死んだことが確認できるのだが、なんとなく自殺のような気配がある。とにかくルパンと恋愛関係に落ちた女性はみんな悲劇的 な死を迎えてしまうわけだ。

 …で、「ミス・クラーク」って誰よ!?全訳版を読んだ多くの人がこの部分に首をかしげたはずだ。名前から 察するに英米系の女性なのだろうが、『813』以前の作品でこんな女性が登場したことはない。『ルパン逮捕される』『おそかりしシャーロック=ホームズ』に登 場したミス・ネリーの間違いか?との見方もあったが、真 相はいまだ不明だ。ルパンのことだから年中あっちゃこっちゃの女性に手を出しているはずで(『バール・イ・ヴァ荘』でもそれを思わせる描写がある)、物 語化されていない女性との逸話はいくらでもあるのかもしれないが…
 ただ、日本で2006年に刊行された『戯曲アルセーヌ・ルパン』所 収の住田忠久氏による膨大な解説文のなかにこの件の大き な手がかりがある。この解説ではルブランが直接タッチしなかったルパンものの戯曲の数々を紹介しているのだが、1910年の10月から上演されたヴィクトール=ダルレイアンリ=ゴルッスの合作による四幕もの戯曲『アルセーヌ・ルパン対エルロック・ショルメス』のヒロインが「ミス・モード・クラーク」だというのだ!タイトルからすると『ル パン対ホームズ』の舞台化っぽいが、ルブラン公認ながらもストーリーはまるっきりのオリジナルで、ショルメスの息子や探偵犬までが登場し大活躍するという お話だったという。
 1910年10月というと『813』の新聞連載および単行本刊行は終わったあと。だからルブランがなにげなく(あるいはミス?)書いた「ミス・クラーク」のことが気になっ た脚本家がオリジナル・ストーリーに登場させたという可能性はある。しかしルブラン公認の戯曲だけにかなり早く、恐らくは草稿段階から脚本がルブランの チェックを受けていた可能性も高い。それで実は戯曲側が先に「ミス・クラーク」を創造しており、ルブランが気に入って『813』の中に取り込んだ(あるいはいずれ彼女が登場する小説執筆を考えていた?)とい う展開も十分考えられる。ソニアだってクロワッセと合作した戯曲での登場が先で、それから小説中にも登場するようになった経緯があるから、これが一番納得 できる説という気もする。

 自殺を決めたルパンはあちこち彷徨い歩いた末に、見納めにジュヌビ エーブに会うべくガルシュにやって来る。結局は遠目に見るだけで言葉はかわせぬままで、ビクトワール「僕の娘だ」と打ち明ける。まぁ『813』のはじめのほうから ルパンがジュヌビエーブを熱烈に見る目が恋愛感情によるものではないのは明らかで、たいていの読者はおおかた察しがついていたはず。セルニーヌ公爵になっ たルパンがジュヌビエーブに話して聞かせるその母親の思い出ばなしを読むだけでも事情は推測できちゃうはずだ。
 さてルパンに子どもがいることが発覚したのはシリーズにおいてはこれが最初になる。ではジュヌビエーブが生まれたのはいつか?ジュヌビエーブの年齢設定 は18歳(14歳のときを「4年前」と言っている)だ から、単純に計算すると1894年の生まれだ。アルセーヌ=ルパンのほうは20歳のころということになる。
 この話の執筆時点では問題はなかったのだが、のちにルブランはルパンが20歳のときの最初の大冒険を描く『カリオストロ伯爵夫人』を執筆しており、この冒険の結果ルパ ンはクラリス=デティーグと結婚して、数年後に息子ジャンをもうけることになる。とすると、ジュヌビエーブの母親との 関係はクラリスとの交際の直前ということになるわけで…しかもジュヌビエーブの母親はジュヌビエーブが4歳の時に亡くなり、その直後にルパンが彼女をバン デ地方の養父母のもとへ連れて行ったとあるから、クラリスとの結婚生活(6年続いたという)と同時にそんなこともやっていたことにな る。それとジュヌビエーブが生まれたアルプスモンは南仏ニースの近くで、ルパンとクラリスが知り合ったのも『カリオストロ伯爵夫人』の話の三ヶ月前の南仏(どこかは特定できない)での寄宿生活中のことだったというか ら、どうもジュヌビエーブの母親のところへ行った時にクラリスと会っちゃって、二股かけてたということになりそうだ。ま、『カリオストロ伯爵夫人』じたい がルパンが清純美少女クラリスと妖艶美女ジョゼフィーヌに 二股かける話であり、これに加えて若い未亡人が加わってもさして違いは…ま、とにかく若いころからお盛んなことである(汗)。

 ところで2005年に日本で公開された映画「ルパン」のDVDの初回限定版「コレクターズ・エディション」にはフランスのTV局が製作したルブランおよ びルパンの生涯をたどるドキュメンタリー番組「ARSENE」が 特典としてついている。このルパンの部分、架空人物の生涯をもっともらしく映像をおりまぜて描く仮想ドキュメントの面白さがあるのだが、ここではクラリス とつきあう前にジュヌビエーブが生まれたとハッキリ描いていた(ジュ ヌビエーブの母親やクラリスの写真まで映るんだが、どっから拝借してきたんだ(笑))。しかし問題は日本語字幕。なぜかジュヌビ エーヴがルパンの子を産むが彼女を愛せずにルパンは去った」と誤訳しているのだ!

 さて、ルパンの子どもはジュヌビエーブとジャンの一女一男だけだっただろうか?いやいや、こんなお方であるからいたるところに落としダネがいたはずであ る。
 ほのめかされてるところで『二つの微笑をもつ女』で 東欧某王国のお世継ぎが実はルパンの落としダネらしい、というオチがある。未刊行の作品だがルブランが最後に書いたシリーズ最終作『ルパン 最後の恋』ではさらにジョゼフィーヌマリー=テレーズという二人の娘が登場するという。またルブランが タッチした作品ではないが、戯曲『アルセーヌ・ルパン』の後日談という形でソニアが主役となる『謎の手』という戯曲ではソニアとルパンの間に娘が生まれている ことになっている。ただしルパンは他界している設定で、いわばパラレルワールドな関係である。
 ルパンの子孫というと誰もがお孫さんの「ルパン三世」を 思い浮かべるわけだが、原作コミックの第94話「さらば愛しきルパ ン!」で登場する「アルセーヌおじいちゃん」は 100歳ぐらいと思えるのに相変わらず美女をまわりにはべらせ、何人もの子どもがいて三世をビックリさせている(笑)。この1話には三世の父親にしてアル セーヌの息子である「ルパン二世」も登場するが、これが クラリスとの間に生まれたジャンなのかどうかはファンの間でも議論がある。無国籍ワールドな世界観なので真面目に考えるのはヤボというものだが、三世の周 囲が日本人ばかりであることから三世も日本生まれであり、アルセーヌ=ルパンが『黄金仮面』(江戸川乱歩作)で来日した際にヒロインの不二子に二世を生ませちゃったのではないかという説も根強い (笑)。


☆ルパン、死す!?

 ジュヌビエーブとビクトワールとの別れもすませ、ルパンは一つ残った仕事のためにイタリア・カプリ島に現れる。ここでドイツ皇帝相手に一芝居うって「握 手」をさせてから秘密文書を渡し、そして「ティベリウスの絶壁」か ら海に身を投じるのだ。
 ティベリウス(前42〜後37)とはローマ帝国第2代 の皇帝。カエサルの養子で初代皇帝となったアウグストゥスのそのまた養子として帝位につくことになった人物だ。ナポリの近くにあるカプリ島に別荘をもち、 晩年はこちらにこもって政務を見ており、小説中にも書かれているように粛清した反対派、あるいはなぐさみものにした少年少女らを、その「絶壁」から突き落 としていたという伝説もある。あくまで伝説であり、観光名所にもなるほどの絶壁の奇景と結びつけた創作だとも言われているが。ともあれこの観光名所でルパ ンはこの世からオサラバすることになった。
 …が、しかし。それから続けてすぐに舞台は唐突にアルジェリアの町シ ディ・ベル・アベスに飛ぶ。そしてそこに駐屯するフランス軍の外人部隊にスペイン貴族のドン=ルイス=ペレンナなる人物に扮したアルセーヌ=ルパンが入隊 してくるところで『813』の長い物語は終わる。

 「海がおれを必要としなかったから、いや、最後の最後になって、 このおれが海を必要としなかったから」とルパンはつぶやくが、もちろんカプリ島からアルジェリアまで地中海を漂って流れ着いた、ってわけで はない。ちなみに両者の位置関係は下図のようになる。



 この種明かしは『虎の牙』で伝聞情報として明かされている。ルパンがティベリウ スの絶壁から身を投げた直後、近くを通った一隻の船が「合図をしているひとりの男」を救い上げ、そのままアルジェ(アルジェリアの首都)の方角へ立ち去った、という話が出てく るのだ。恐らく船員から出た話ということなのだろう。アルジェに到着して数日後にドン=ルイス=ペレンナがシディ・ベル・アベスの外人部隊に現れたことも 確認されるという。この話を読むとルパンは最初から死ぬ気などなかったんじゃないかという気もしてくるのだが、なまじ体を鍛えていたもんだから海に飛び込 んだくらいじゃ死ねなかったということだと解釈したい。なんせ毒入りクッキーを食べたって死なないんだもん(笑)。

 シディ・ベル・アベスはアルジェリアの西部に実在する町だ。当時アルジェリアはすでにフランスの植民地となっており、まもなく保護国化するモロッコがす ぐ隣にある。ルパンがモロッコ兵と戦うと言っているので、このシディ・ベル・アベスはアルジェリアからモロッコに向かうフランス軍の基地となっていたのだ ろう。ルパンが入った「フランス外人部隊」というの がそもそもフランスによるアルジェリア征服の過程で生まれたものだ。この外人部隊についてはその隊員としてのルパンの活躍が語られる『虎の牙』の解説で触れることにしたい。

 物語中のことはおいといて、この「ルパンの死」に関してはよく聞く言説がある。作者ルブランがルパンシリーズを書き続けることに嫌気がさして、ルパンを 作中で殺したのではないか…しかし人気があったので読者および編集者に押されて彼を生きながらえさせるハメになったのではないか、というものだ。
 ただしこの言説は明らかにドイルがシャーロック=ホームズを「最後の事件」でライヘンバッハの滝に落として葬り去ったが、結局「空き家の冒険」で復活さ せるハメになった有名な例をヒントにささやかれてるものなので、事実かどうかは疑わしい。別作品での復活ではなく『813』そのものの最後に復活が書き込 まれているため、少なくとも読者の要望で作者の意に反して復活させたということはないだろう。
 ルブランに「ルパンを殺したい」という心理が部分的にあった可能性は否定できない。もともとフロベールやモーパッサンを目標とする純文学志向作家のルブ ランにとり、「怪盗ルパン」の生みの親・大衆的人気作家としての成功には内心やはり複雑であったようだ。それでも人気はあるから次から次へとせがまれるよ うにルパンの冒険を書き続けて、いいかげん疲れていたとは思える。ここらで一区切り…と思っての『813』の雄大な構想ではなかったか、という推測も出来 る。『813』の終幕ではあまりにも残酷にルパンが痛めつけられるので、あるいは本気で死なせるつもりで当初は構想していたかもしれない。あるいは自分を 苦しめるルパンへの作者からの復讐のつもりだったのか?(笑)
 ともあれ、『813』の翌年にはルパンを生み出した古巣の「ジュ・セ・トゥ」誌上で『ルパンの告白』に収められる短編の連作が開始され、長編が続い ていたルパン・シリーズはいったん初期の形式に戻ることになる。


☆『813』の他メディア展開

 ルパンシリーズの最高傑作とされる雄編『813』は、これを原作としてさまざまなメディアで展開されている。『813』の雑談のしめくくりにそれらを列 挙してみよう。
 素材が映画的ということなのか、発表から10年後の1920年に早くも『813』の映画化が実現している。製作国はアメリカで、チャールズ=クリスティーが監督、ウェッジウッド=ノウエルが主役を演じた。当然まだ無声映画の時期 で、どういうふうに映像化したのか興味のあるところだ。

 1923年(大正12)には日本で『813』を翻案した舞台『813』が上演されており、その映画版を日本映画史上の巨匠・溝口健二が監督しているという事実は、ルパンファン・映画ファンと もにビックリの組み合わせだ。配役(ここを参照)をみるとルパンにあたる成瀬晃(なるせ・あきら。なんとなく語呂合わせ)と私立探偵・片山悟郎南光明が二役で演じ、宝石商は黒須泰助、その後妻は綾子、といったように翻案されている。ただ黒須の前妻の娘・明子とか(ジュヌビエーブに当たるのかな?)「謎の支那人・林斯朴」とか(アルテンハイム?)、明子の老僕・芳造(ビクトワールの代わりか?)といった変更点も多いようだ。「聾唖の娘」とあるのは恐らくイジルダだろう。この映画、ム チャクチャ見たいものであるが、残念ながら溝口作品は最古でも翌年の1924年のものしか現存が確認されておらず、まず見ることはできないと思われる。

 半世紀も時代をくだって1973年にジョルジュ=デクリエール主 演の仏TVドラマシリーズ「アルセーヌ・ルパン」の一編「ルパンの バカンス」が『813』を原作としている。冒頭で事故死したルノルマンにルパンがなりすまし(デクリエールのものすごいメイクによる変装は必見!)、カン ヌを舞台にケッセルバッハ殺人事件を捜査することになるのだが、原作を使っているのはごくごく一部で、ルパンとドロレスが協力して真犯人を暴くというほと んど別物のドラマになっている。

 1979年には日本で5月5日の「こどもの日」のTVアニメ特番として『813の謎』がフジテレビ系列で放映された。制作はタツノコ プロで、監督は笹川ひろし、あの天野喜孝もキャラクターデザインで参加している(だから何か「ガッチャマン」風味だった記憶がある)。配役も なかなか豪華で、ルパンが中村嘉葎雄、ドロレスが島田陽子、セルニン公爵が納谷悟朗(また銭形がルパンを演じてた!)、ルノルマンが富山敬(ルパン一人に凄い豪華な配役…)、ケッセルバッハが富田耕生、バラングレーが大木民夫といった布陣だ。マルコやドードビル兄弟らルパンの部下達 も登場していた。
 原作はあくまで南洋一郎版だがさらに簡略化されており、原作に忠実なのは序盤だけ、一人三役はルパン本人があっさりバラすし、逮捕されたりドイツ皇帝が 出てきたりする展開は省かれていた。「813」はそのままだが「APOON」は最初から「ナポレオン」となっていて、ルパンがマルコを連れてベルデンツの 古城に赴き、「ナポレオンが泊まったんだから一番いい部屋に決まっ てる」という名推理(笑)で部屋をみつけ、あっさり謎を解いてしまう。L・Mの謎もアルテンハイム男爵が火にまかれて死ぬまぎわに「レティ シア!」と叫んでしまうためあっさりバレてしまう。もちろんルパンがドロレスを殺す直接展開にはなっておらず、「あなたほど美しく、あなたほど恐ろしい女性はみたことが ない…」などとルパンが言いながら去っていくラストが記憶にある。僕は恐らく再放送された時に見ていてその記憶をもとに書いているのだが、 DVDなど最新 メディアによるソフト化が望まれる一本だ。
 
  そして1980年、本国フランスで『813』を完璧に映像化したTVドラマ「アルセーヌ・ルパンの賭けと損失(Arsène Lupin joue et perd)」が放送される。監督はアレクサンドル =アストリュック、主役ルパンを演じたのはパスティシュ映画「アルセーヌ・ルパン対アルセーヌ・ルパン」(1962)にも出演していたジャン=クロード=ブリアリ。全6回、合計5時間半の連続ドラマと いう形式で、以前のTVシリーズに顕著だった「明るく楽しい路線」ではなく原作に忠実にシリアスに徹し、ちゃんと変装も演じ分けたブリアリの熱演もあっ て、今なお「最高のルパン映像化作品」として高い評価を 受けている(もっともシリアスすぎてウケが悪く、続く「虎の牙」制 作はボツにされてしまったそうだが)。日本ではソフト未発売のため(フランスでは今度「全集」に含まれる形で出るそうで)、筆者 も当然見たことは無く、一日も早いソフト発売が待たれる。
 なお当サイトの掲示板の住田氏の書き込みで教えていただいたのだが、、僕がこの『813』の原稿を書いている最中の2007年5月30日に、『813』 のルパン役者であるブリアリは74歳で亡くなられている。本国でのDVD発売直前のこともありフランスじゅうに大きなショックを与えたそうだ。追悼企画と してドラマ『813』の第1回のDVDがTV雑誌の付録にもついたそうで…とにかく日本でのソフト化をぜひ!(懇願)

 『813』と映画のからみだと2004年にフランスで制作されたジャ ン=ポール=サロメ監督、ロマン=デュリス主 演の映画「ルパン」(メイン原作は「カリオストロ伯爵夫人」)では、ルパンがセル ニーヌ公爵に変装すること、銀行頭取としてケッセルバッハが登場すること、金庫の暗証番号が「813」であること、などで一応つながりはあった。

 メディアは映画やドラマだけではない。漫画でも『813』は素材とされている。
 古くからルパンファンの多い日本ではいくつかルパンシリーズの漫画化がなされているが、『813』をまともに扱ったものとしてはこの文でもチラッと触れ た永井豪/安田達夫とダイナミックプロ「劇画怪盗ルパン」(1984、小学館)シリーズの第4巻『813の謎』がある。これは保篠龍緒版を原作としており、かな りスピーディーな展開であの長編を一冊の単行本にまとめている。おおむね原作どおりの展開なのだが、このシリーズは「永井豪色」ということなのかお色気要 素がちりばめてあり、ジュヌビエーブが意味も無くヌードになるうえアルテンハイムに下着姿で拷問されかかったりするし、ドロレス(色っぽい未亡人を絵に描いたようなデザイン)とポープレが ベッドを共にしているところにルパンが踏み込む、なんてえらく直接的な描写もある。ジュヌビエーブを遠くから見るだけで「さようなら、わが最愛の娘よ…」とルパンが去っていくラスト はなかなか余韻があっていい。

 本国フランスでは1994年にジャック=ジュロンのイ ラストとアンドレ=ポール=ドュシャトーの文による全5 冊のコミック版ルパンシリーズがあり、『813・ルパンの二重生活』 『続813・ルパンの三つの犯罪』のちゃんと二分冊体制でほぼ完全にコミック化されている。このコミックシリーズは嬉しいことに完訳ルパン 全集を出した偕成社から日本語版も発行されている。
 本国のコミック、しかも原作にほぼ完璧に準拠と嬉しい内容なのだが、欧米のコミックは日本のそれとはずいぶん異なり、大判オールカラーで一冊は48ペー ジしかない。『813』全部が96ページ程度でまとめられちゃうわけで、漫画というより絵物語、紙芝居に近い感覚もある。1ページあたりの情報量も多いの で日本人は読み慣れるのに時間がかかりそうだ。とくに原作が長い『続813』の詰め込み方はかなりのもので、ポープレの自殺からルパンが海に身を投げるま でが1ページに詰め込まれるアワタダシサには読んでいて苦笑してしまったものだ(笑)。

同じシーンを並べてみると…どの場 面かもちろん分かりますよね?


ダイナミックプロ版「813 の謎」
フランス版コミック「続 813」


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