さらば、新京成電鉄


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 千葉県の松戸駅と京成津田沼駅を結ぶ新京成電鉄。

 もとは大正時代にできた陸軍鉄道連隊の演習線だったが、戦後に西武との争いを制した京成電鉄に払い下げられ、1946(昭和21)年に京成の子会社として設立、翌年12月に新津田沼駅(現在地と場所は異なる)から薬園台駅まで車両4台で開業、少しずつ伸ばして1955(昭和30)年に全通、複線化や最終的に1435mmとなった改軌や津田沼あたりの度重なるルート変更を経て、1975(昭和50)におおむね今の形になった。

 開業当初は京成からの譲渡車両、言い方を変えれば使い古しを走らせていたため故障による乗り換えが多く、「新京成じゃない、旧京成だ」という陰口もたたかれたらしいが、やがて利用客も増えて自前で新車を導入できるようになり、関東では最後に残った準大手私鉄でもあった。

 そんな新京成もこの2025(令和7)年に親会社の京成に吸収合併されて路線は「京成松戸線」となり、78年の歴史に幕を閉じることになった。そこで私も3月23日、見納めの乗車をすることにした。かつて北総開発鉄道(現在の北総鉄道)が分岐していた北初富駅で下車したが、駅名標は紙を貼ったもので、その後ろには4月1日から使う京成の駅名標が用意されていた。


 北初富から歩いて車両基地のそばを通り、本社のあるくぬぎ山駅まで行った。同じことを考える人は多く、周りから車両を撮影している人たちが見られた。また京成大久保駅近くの市民プラザ大久保で、習志野市が簡単な写真展をやっていたのでそっちも見てきた。


 各駅では京成松戸線移行を伝えるポスターがはられていた。新京成には雄雌のツバメやウサギとカメをモチーフにした4匹のマスコットキャラクターがいるが、同社のHPをみたら彼らが横に並んであいさつした後、卒業証書の筒をもって飛び上がるという絵が掲載されており、要するに御役御免となることが紹介されていた。



追記:新京成線が京成松戸線となった4月1日に、兄が「ニュースな史点」の四月馬鹿ネタにこの話を使っていたのはさておき、私は4月5日に高校野球を見るため松戸運動公園に行った帰り、最寄りの松戸新田駅から松戸駅まで乗ってきた。

 駅の看板や駅名標が京成のものとなり、車内放送でも松戸につくとき、「本日も京成電鉄をご利用いただき、ありがとうございました」といっていたのも聞き、合併が現実になったことを痛感した。





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