遠くからきた大リーガー シド・フィンチの奇妙な事件

ジョージ・プリンプトン/芝山幹郎・訳

文春文庫 1995.11.10 第1刷発行 \650


 文庫版のあとがきに書かれているのですが、元々この本の題名は副題になっている「シド・フィンチの奇妙な事件」。ちょうど文庫化が野茂が大リーグに移籍して大活躍した年だということを考えると、出版元は、かなり野茂のことを意識したことは明らかでタイトルだけ見ると、やはり野茂を彷彿とさせます。
 訳者の芝山氏のあとがきにも、主人公シド・フィンチが野茂を連想させるという記述がありますし、なにより本にかかっているオビには大きく「野茂の前にシドがいた!」と書かれていたりします。
 どうしても「あやかり商法」みたいな印象を感じてしまいます。そんなことしなくても、結構面白い小説なんですけどね。ま、売れなきゃ仕方がないというのも、わからなくはないのですが・・・。
 野茂を想像して読んでいると、前半はつまらない(^^;)んで、野茂のことは忘れて読むことをお勧めします。読み進めて行くと自然に忘れて、シド・フィンチの世界にはまっていきますけどね。

 物語は登場人物の1人である作家ロバート・テンプルの書いた回顧録といった形式で書かれています。ジョージ・プリンプトン(本当はこの本の著者なのですが)が、テンプルに頼まれてを序文を書いているというのっけからして読者を混乱させる展開。
 またメジャーのチームや選手が実名で登場して、フィンチたちに絡んでいくわけで、それこそ事実を知らなければ、プリンプトンが最初に書いているように、「小説」ではなく、本当にあったことの「記録」と勘違いするかもしれませんね。
 ちなみにフィンチはデイヴィ・ジョンソン率いるNYメッツに入団します。
 でも、フィンチの存在は非日常。何しろ時速270キロの剛速球をコントロールよく投げ込むことのできる投手なんですから!しかも本人はどうも野球をよく知らないらしい。
 そういう選手を日常の野球に放りこむとどういうことになるのか。ある意味、シミュレーションとも言えます。(野球を全く知らない超人(?)を、野球界に放りこむとどうなるか、という物語としては、マンガの「一球さん」を思い出します!)

 フィンチが大リーグのマウンドに上がるまでには、紆余曲折があって、結局初登板は物語の後半・・・。
 フィンチはその初登板で完全試合を達成します。しかも82球の27三振、つまりボール球はたった1球の全て三振という投球です。そりゃあ270キロでストライクをとられりゃ、いくらメジャーリーガーといえども打てませんわな。(しかし、270キロって想像もつきませんね)
 この試合の後にいろいろと議論が交わされるのですが、その中でなるほど・・と思ったのは、野球という試合の中では、人(選手、審判、観客)とボールには親密な関係があるといった内容の話です。要約すれば、人があらゆる局面でボールを確認できること、ボールがグラブに納まるときの音、バットに当たった打球音が聞こえるということが、野球というゲームの要素として重要であるという内容。フィンチの投球は、これらを全て排除してしまった・・・。
 ピッチャーからキャッチャーへの投球も見えない(んでしょうね、270キロ・・・)し、もちろん打球音も聞くことができません。よく、野球は「間のスポーツ」と言われますが、内野のボールまわしや、イニングの合間のキャッチボール等、試合の中では無意味と思われる動作(もちろんウォーミングアップという意味では必要ですが、テレビゲームでは当然省かれている部分ですね)も、野球というゲームを楽しむ上では重要な要素であると再認識しました。


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