殺人!ザ・東京ドーム

岡嶋二人

光文社文庫 1991.3.20 初版1刷発行 \500(税込)


 主人公の久松敏彦は、ちょっと危ない感じの人物。その敏彦が、ひょんなことから猛毒クラーレを手に入れたことから起こる無差別殺人と、そこに絡む人達の物語です。
 カバーに「長編推理小説」と打たれていますが、「推理」というよりは、敏彦の心理の移り変わりを描いた作品ですね。クラーレを手に入れる前後、そして東京ドームでの殺人を実行してからの気持ちの変化がきっちりと書かれています。

 球場での試合中の殺人は、球場の全ての人間が1つのボールに集中していることから、目撃者がいないってのが、パターンですな。まぁ、実際にはあり得ない出来事とは思うのですが、そう考えると結構恐かったりします。
 特にこの物語で起こる事件は「無差別連続殺人」です。球場で野球を見ていたら、知らずに殺されていたなんて、ちょっとぞっとしますね。

 敏彦は野球を知らないわけなのですが、そういう人が野球場で他の観客に感じるイメージについては、「あぁ、そうなんだろうなぁ」という説得力があります。曰く「ただ騒がしいだけ」とか、太鼓やラッパの音が「人の神経を苛立たせるような音」と表現しています。「全員が声を揃えてマスコットバットを振り上げ力の限りに叫んでいる」ことに対して「こいつらは正気じゃない」と思うわけです。
 言い得て妙なのですが、この物語で本当に正気じゃないのは、そう思っている本人なんですよね。

 殺人の動機なのですが、これもまた異常者の犯罪のきっかけとしてはありそうな出来事が絡んできます。敏彦は回りの人間から疎まれてきたと思いこんでいます。その中で唯一味方だと思っているのが、毎日通っているクリーニング屋の看板(?)娘。この娘が、近所のおばちゃんと話している言葉を隠れて聞いていたのです。
 「巨人・阪神戦なんて、どうしてあんなに騒がなきゃいけないの」
 この一言で、敏彦のターゲットは、東京ドームの巨人−阪神戦になるわけです。
 この娘は、もちろん、敏彦に対して特別な感情を持っているわけではないのですが、敏彦の方は完全に勘違いしています。所謂、ストーカー的な存在になってしまっています。
 物語の中で、決してこの娘は敏彦に対して悪感情を明らかにしていないのですが、最後、敏彦をどう思うかという捜査員に対して、「ちょっと気持ちの悪い人です」とはっきり言うんですね。実際に好意は持ってないにしても、どう思っているんだろうと思わせた上での、最後のダメ押しです。

 他の人間から見たら、なんでこんなことするんだろうと思わせるような犯罪が増えてきている昨今です。そういう目でこの作品を読むと、いかにもありそうで、恐いですね。でも、これって10年前の作品なんですよ。時代を先取りしていて、ある意味、凄いかも。


目次に戻る