男たちの大リーグSUMMER OF '49

デヴィッド・ハルバースタム/常盤新平・訳

宝島社文庫 2000.6.8 第1刷発行 \933(税別)


 日本のプロ野球と比較して、いまいち大リーグに思い入れってのがないんですよね。近年、日本人大リーガーが増えてメディアの露出が増えたこともあって、多少は興味も引くのですが、日本の野球以上に引きこまれるまでには至っていないってのが現状です。
 野球そのものは確かに面白いんですけど、というか、ゲームそのものに対しては日本もアメリカも同じように楽しめるのですが、それ以外の部分〜チームや選手の背景みたいなところ〜の知識が大リーグに関してどうしても少ないってのが要因だと思います。昔は、テレビや映画でたまにやる好プレー珍プレー集や、何年かに1度来日する親善試合くらいでしか、実際に大リーガーを見る機会はありませんでしたしね。
 かつての名選手にしろ、現在の大リーガーにしろ、名前はそれなりに知っているとは思うのですが、やっぱりその選手のプレーを意識して見ていないから、どうも親しみが湧かないってところもあります。

 この本は、1949年のヤンキースとレッドソックスの1年間の優勝争いをいろいろな側面からたどっていくというスタイルのお話。両チームの監督、選手をはじめ、その家族やチームに携わる人たちの人間模様を通じて、当時のアメリカの様子が非常によく伝わってきます。
 ちょうど、この本を読んでいるときに、テレビでレッドソックス×ヤンキースの中継(野茂が先発した試合)を見る機会があって、ちょっと感慨深いものがありました。
 もちろん、両チームの名前は昔から知っていましたが、2つのチームの間のライバル関係は知らなかったし、その歴史的背景を知るだけで、テレビで放送している現在のゲームも新たな思いで観戦できました。
 この本に書かれている1949年というのは、その2年前に初めての黒人選手ジャッキー・ロビンソンが登場したという時代に当たります。それでもまだ黒人選手(白人以外の選手)への軽視が大勢を占めていた時代でした。特にヤンキースとレッドソックスは、そういう意識の強いチームだったそうです。
 そういう記述を読みながら、レッドソックスのマウンドに日本人である野茂がヤンキース相手に投げているという図は、時代が変わったとは言え感慨深いものがありました。

 この本に書かれている時代は、野球とメディアにとってもターニングポイントになった頃のようです。まだまだラジオ中継がメインだったようですが、ワールドシリーズのテレビでの中継が始まったりして、スポーツとメディアとの関り方が大きく変わり始めた時代だったようです。
 「現在のテレビ社会に至るまでには三つの段階があった」という話は非常に興味深かったところです。第一の時代は「技術者主導」。そして、10年くらいで技術革新が進むと、今度はその技術を活かした創造性の要求「ディレクター主導」の段階。そして最終段階はディレクターの力を制限しリスクを最小限に抑える「会計士主導」。
 1949年はまだ技術者主導の時代で、いろいろと新しい試みを試すことができた時代でした。スポーツ中継もそのひとつだったようですが、野球に関しては「いつ終わるかわからない」スポーツがゆえに、30分刻みのプログラムに組み込むことができないという理由でなかなか放送局が興味を示すことがなかったそうです。そういう中で1948年にWPIXという放送局が開局し、あっさりヤンキースと契約することになります。しかし、放送機器の設置等で球場関係者らと幾度となく衝突します。「前例がない」という理由だけで。
 テレビ放送が始まった当初は、球団関係者は、それが観客動員に関してマイナス要因であると思っていました(テレビで見れるから球場にこないという論理)。だから、放送件拡張を反対したり、カメラのアングルを制限したりしていました。
 ただ、これも時代の流れとともに、「規制緩和」されていくことになるわけで、そういう経緯を経て、現在に至る野球中継が成立していったわけです。
 いまや、日本で大リーグが生中継される時代なんです。これまた感慨深い・・・。
 また、このテレビ中継の話は、スポンサーやエージェントの誕生などの話と絡んでいきます。この辺りは、いまの大リーグや日本のプロ野球に繋がって行く流れですね。

(2002.1.6記)


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