プロ野球観戦術

江夏豊

スキージャーナル 1998.5.25 初版第1刷発行 \1,200(税別)


 プロ野球を観戦する際の、1つの見方を提示したのがこの本。
 ゲーム前、1回表裏の攻防、序盤戦、中盤戦、終盤戦と分けて、それぞれの場面に応じた野球の見方が江夏氏に対するインタビュー形式で語られています。
 江夏氏が語るという意味では、どうしても投手を中心にした部分に注目した内容になってます。
 この本では、1つのゲームの中のポイントで、いろいろな見方ができることが語られているのですが、先発投手としての試合に臨むときの心構え、そして中盤から終盤にかけてリリーフ投手の準備の仕方など、いろいろな視点での試合の観察の仕方が江夏氏の実体験と合わせてわかります。
 こういうところは、それぞれの役割で一時代を築いた江夏氏ならではという感じがします。やはり先発投手として、そしてリリーフ投手として一流の投手だったという点で、ここで語られる内容に関しては、本当に説得力があります。

 さて、長年野球観戦をしていると、この本に書かれているゲームの見方って、実はそれほど目新しいものではないんですよね。(と感じました。)
 ただ、やはり実際のプロ野球選手の試合中の心理であるとか、ベンチ裏(特に試合前の)で、どういう動きがあるのか、ということは、どうしてもわからない部分です。それがわかるだけでも、また実際の観戦に深みを与えると思います。

 投手心理の面で、なるほどなぁと感じたのは、1回表裏の攻防での「先発投手」に関しての話。
 立ち上がりのうまいピッチャーの例としてジャイアンツの桑田の名前が出てくるのですが、じゃあタイガースでは誰かということで、藪、湯舟の名前が挙がってきます。でも、ここで挙がった理由は決して「立ち上がりがうまい」ということではありません。
 江夏氏は、この2人に関して「あまりにも窮屈にピッチングを考えすぎている」と指摘しています。これは私も感じていたことで、どうしても初回から慎重になりすぎて、ボール球が多くなり、最初はいいのですが、球威の衰える中盤に捕まるということが、あまりにも多過ぎますよね。これはタイガースの投手全般に言えることでもあります。
 個人的には、タイガース打線があまりにも打てなさ過ぎるために、どうしても大胆に攻め込めないんだろうという考察をしていたのですが、投手心理という点から考えると、江夏氏の指摘がより正しいだろうなという気がしてきます。
 「全て自分の方を基準に、調子のバロメーターを測ってしまう傾向がある」ということのようです。要は相手のことを考えていないということ。自分の調子が悪くても相手の調子がさらに悪いこともあるし、また逆のケースもある。すなわち、相手打者の名前だけは把握していても、その日の調子はインプットされていないということです。いや、データ等ではインプットされていたとしても、実際のピッチングに活かされていないということなんですね。
 もっと楽に考えれば、それこそ立ち上がりもうまくいき、そしてその分、中盤から終盤にかけてのスタミナ切れも防げるはずなんです。わかっていても、なかなかできないんでしょうけどね。

 それから、野村野球に関する意見にも同意します。
 私は以前から「ID野球」というネーミングは、ちょっと実際の野村野球を表す言葉としては乖離してるんじゃないかなと思っていました。もちろん、データを重視するという点ではIDなんでしょうが、IDという言葉で感じられる冷たさは感じないのです。
 むしろ、野村野球はIDという「言葉」とは対極の「情の野球」の部分も大きいと思うのですよ。
 江夏氏の解釈はこうです。
「一人一人の能力を見極め、それぞれが一番力を出すことができる場所に配置するのが指導者の役割」
「野村監督の素晴らしいところはまさにこの部分」
「ID、IDと言われているけれど、決してシステマチックで機械的なものではない。むしろ逆に人間臭い部分が感じられる。」
ということです。やはり野球は人間がやるところに面白さがあるんであって、決してコンピューターゲームでは代替できるものではないということでしょう。

(2002.1.6記)


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