「巨人−阪神」殺人事件 『死者に捧げるプロ野球』改題

吉村達也

光文社文庫 1997.6.20 初版1刷 \495(税別)


 タイトルだけ見ると、「巨人−阪神」戦で何か殺人事件が起こって・・・と単純に連想しがちですが、野球の試合はあくまで脇役です。脇役でありながらも、事件を解決する重要なポイントとなっているのですが、主な舞台は富士山麓にある「管理職養成所」=「恐怖の洗脳工場」。

 東京ドームの地下駐車場で女子大生の畑中真弓が刺殺されたことから、物語が始まりますが、同時進行的に1992年5月20日に実際に東京ドームで行われたジャイアンツ対タイガースの試合の描写があり、その試合の中継を通じて、東京ドームと事件に関係した人達が繋がっていきます。

 殺人が起こったのが、東京ドーム内とは言え、試合中で人気がない地下駐車場であったことから、試合は何事もなかったかのように進行します。(実際に行われた試合ですから、当然と言えば当然ですが・・・)
 1992年と言えば、久々にタイガースが優勝争いに参加した年。また、この日の試合は、取れば取られる、取られれば取るといった典型的なシーソーゲームでした。その途中経過が随所に入るわけで、懐かしい名前も続々と登場します。
 結局、試合が始まった頃に事件が起き、試合終了と同時に事件は解決するという形態でストーリーが展開しますから、実際問題として一気に読めてしまうというのも、この作品の特徴なのではないでしょうか。

 殺された畑中真弓は、この養成所のやり方に対して憤りを感じ告発しようとしていました。読み進めるうちに実感する養成所の酷さと合わせてみれば、真弓殺しの犯人はひたすら怪しい養成所の実相寺所長。
 でも、その管理職養成所では、訓練の一環として、実相寺とともに訓練生7人がこの日の試合中継を見せられているということで、アリバイは完璧です。かと言って、全く養成所がこの殺人事件に関係ないかと言えば、最大の謎として、殺された真弓が被っていた帽子とタイガースの応援メガホンが血まみれで養成所に出現する点で、やはり関係はありそうです。でも、東京ドームと養成所のある富士山麓との距離を考えれば・・・。
 この真弓の帽子とメガホンがこの事件のトリックのポイントになります。

 トリック自体はおそらくちょっと注意をしていれば途中でわかるような、ある意味チープなものなのですが、じゃあ何故そんなことをするのか、その動機がわかりにくくなっています。事実、この物語で事件を推理する立場の青木聡美(養成所の取材のために訓練生として参加しているラジオ・ディレクター)の推理もいい線をつきながらも、その一点でどうしても矛盾を打破できません。

 結局、最後の最後に意外な展開が待っているのですが、これはちょっと推理できませんでしたね。ただ、それをわかって読み返してみると、また違った楽しみ方ができます。「なるほどな」と唸らせてくれること、請合いです。

 改題に際して、プロローグとエピローグが追加されています。
 これは5年後に、この事件に絡んだ2人の人物が、再び東京ドームでジャイアンツ対タイガースの試合を見ているという場面。5年という月日は、2人の状況を大きく変えていますし、それがタイガースとジャイアンツの状況の変化を通じて実感されるようになっています。特にタイガースファンにとっては、1992年という年は将来の希望が垣間見れた年であるのなら、その後の5年間はただただ絶望するだけで、その変化はある意味で劇的でした。そういう意味で、このプロローグとエピローグが追加されたことは、作品に奥行きを与えたんじゃないかなと感じました。

(2003.2.2記)


目次に戻る